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2007年5月30日 (水)

千駄木庵日乗五月二十九日

午前は、父と共に病院に赴く。医師の治療を受けると共に、今後のことについて相談。介護士の方と共なり。お世話になった病院ですが、父の病気に関する専門医の数が少なく、病院側も私も専門医の多い別の病院で治療を受けるということで合意しました。

午後は、別の病院に赴き、父のことを相談。

帰宅後は、原稿執筆。

               ○

日本人が、他国民と比べて自殺・自決者が多いかどうか、その統計を見たことはありません。また、外国思想・文学について深く勉強したわけでもありませんので迂闊なことは書けませんが、我が国の文藝史・思想史そして実際の歴史を考えますと、我が国は他国と比較して自決・自殺が多いのではないかと思います。また、大津皇子以来、自殺はともかく自決は讃嘆されこそすれ否定されることはありません。日本人は、古来、恥を知る民族であり、名を惜しむ民族であります。日本では古事記・萬葉集の昔から「滅びの美・散華の美」が歌われ語られています。それは絶望したから自分で死を選ぶというのとは異なります。恥をさらしたくない、主君や世話になった人や家族に迷惑をかけたくない、自分の名を辱しめたくない、という思いで自ら死を選ぶのだと思います。日本人が桜の花を好むのもそういう精神の表れです。パッと咲いてバッと散る美しさに憧れるのです。西洋から来た薔薇のようになかなか散らずに何時までも醜い姿をさらすということは嫌うのであります。私は、そういう精神=散華の美というものは肯定します。

日本人の悪い癖は、ある特定の一人の人物を、みんなで寄ってたかって悪の権化として裁き、あることないこと暴き立てて糾弾し、責め苛むことです。マスコミは、マイクやカメラを突き付けてそういう人を追い回します。市中引き回しの刑の現代版です。しかもテレビは繰り返しその映像を垂れ流し的に興味本位に放送します。そういうテレビ映像を見て育った子供たちが学校で特定の子供を寄ってたかって苛めるのです。国会における民主党による松岡氏追及は、まさに学校における苛めと同じだったのではないでしょうか。鈴木宗男氏をさんざん糾弾した社民党の女性議員(土井たか子の子分。名前は失念)がその後、自分が糾弾される立場になったのは、自業自得だと思いました。民主党議員も、マスコミも、あの人相で強持てと言われた松岡氏が自殺するとは夢にも思わなかったのでしょう。だから尚更、松岡氏への憎しみをかきたて攻撃したのでしょう。政治家苛め・官僚苛めも度が過ぎると、誰も政治家・官僚になりたがらなくなると思います。しかし、そうは言っても政治家になれば巨万の富が稼げる、官僚になれば一生涯親方日の丸で楽な生活ができるというのも困ります。

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