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2007年5月28日 (月)

千駄木庵日乗五月二十七日

午前は訪問看護師の方と共に父のお世話。

午後一時より、深川の富岡八幡宮にて、『二宮報徳会総会』開催。小林幸子会長の挨拶などが行われた。続いて湯澤貞前靖国神社宮司が記念講演を行い、「昭和天皇が松平永芳元宮司を批難されたたことになっているのは、松平宮司にお仕えしたものとして捨て置けない。松平宮司は最後の宮内大臣だった松平慶民氏の子息であり、明治維新の時に活躍した福井藩主松平春嶽公の孫である。尊皇精神のきわめて篤い方であった。筑波藤麿宮司時代に、私が議事録を見た限りでも二度にわたり昭和殉難者合祀が靖国神社で機関決定された。しかし当時は国家護持問題が解決したら合祀しようということになった。宮司は独裁者ではない。機関決定に基づいて事を運ぶ。松田宮司時代の昭和殉難者合祀も、二度にわたる機関決定を実行しただけ。昭和天皇は、公平無私を心がけられ、ご自分の好きなテレビ番組や力士の名も明かされなかった。個人の好悪に関わられない。『松平云々』と言われたというのは信じられない。昭和五十年の天皇陛下のご親拝の前日、国会において、当時の宮内庁の冨田朝彦次長は野党議員から『ご親拝すべきではない』と追及された。その年の八月十五日三木首相は『私的参拝だ』と言った。こうしたことが原因でご親拝がその後行われなくなった。昭和殉難者合祀が原因ではない。いわゆる『戦犯』の合祀は、国会において、戦犯として処刑された方々を『法務死』として戦死者と同じ扱いにすると決定されたからである。そして明治維新殉難者と同様に昭和殉難者と呼ぶようになった。法律に従って合祀したのであって靖国神社が勝手に合祀したのではない。」と語った。もっと多くの重要なことが語られたのですが、ブログには書ききれません。あらためて『政治文化情報』でご報告いたします。

この後開かれた懇親会で、小生は次のようなスピーチを行った。「靖国問題・教育問題・国防問題など今日の日本をおかしくしている問題の根底に占領憲法がある。今日改憲の機運が盛り上がっているが、現行占領憲法の三原理たる『国民主権』という國體破壊思想、『恒久平和主義』という似非平和主義、『基本的人権の尊重』という欲望民主主義・利己主義が、日本国民の道義心を低下せしめ国家の根幹をおかしくしている。現行憲法の三原理を肯定したままで一部の条項を変えるだけでは駄目である。占領憲法の無効を宣言して真の自主憲法を制定すべきである」と訴えました。

帰宅後は、資料の整理。

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