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2007年5月14日 (月)

千駄木庵日乗五月十三日

午前は訪問看護師の方と父のお世話。

午後一時より、上野にて開催されたある祝賀会に出席。帰途同志の方と不忍池畔にて懇談。

帰宅後は名簿の整理など。

                ○

不忍池は子供のころから親しんで来た池です。新緑に囲まれた不忍池とその向こう側の上野山の今日の景色は大変素晴らしいものでした。この池は、平安時代以前はこの地まで入り込んでいた東京湾の入り江が、海岸線の後退により池となったそうです。天海という徳川家康の側近であった僧侶が、上野山を東の比叡山とし、比叡山延暦寺を模して東叡山寛永寺という名の大きな寺をを造営しました。そして歴代貫主には京都から皇子をお迎えしました。さらに上野山の下にある不忍池をなんと琵琶湖の見立てて中の島に弁天堂を築きました。

そして、徳川家康没後、徳川家康を東照大権現などと称して神格化し、日光に東照宮という大きな祠を立てました。これも皇祖天照大神が伊勢に祀られていることを真似したものです。天皇・皇室の神聖なる権威を借りつつ、天皇に対抗する権威を徳川幕府に持たせようとしたのであります。ところが戊辰戦争の時彰義隊が立て籠もったことにより、東叡山寛永寺の壮大な堂塔伽藍は灰燼に帰しました。

しかし、不忍池と上野山の五重塔の姿は今も残り、我々庶民の安らぎの地となっております。戦後、永田雅一という人物が不忍池をつぶして野球場にしようとしましたが、反対に遭って頓挫しました。

上野山と不忍池そして谷中墓地・東大構内といったところは都心でありながら、緑も多くたくさんの史跡もあり素晴らしいところであります。私はその近くの千駄木に生まれ育ち現在も生活していることをうれしく思っております。

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