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2007年4月29日 (日)

千駄木庵日乗四月二十八日

午前九時半より、明治神宮参集殿講堂にて、『藝林会研究大会』開催。登壇者の発言は主な次の通り。

〈所功氏〉「昭和二十一年占領軍は祝祭日の全面的改廃を迫ってきた。祭日は祝日となった。『国民の祝日法』は戦後日本の在り様を如実に示している。祝日は世俗的で、祭日は宗教的。しかし双方ともホリデイであり神聖な日である。『昭和の日』制定の意義は、①時代の理想を掲げ、時代を象徴するものが元号であることを明確にした。②昭和天皇ご生誕の意義を明確にした。スメラミコトは、人々の心を澄ますお方であり、統べるお方である。その役割を最大限に発揮された方が昭和天皇。③国民の真心が結集して『昭和の日』が制定された。十一月三日の『文化の日』を『明治の日』に改称できないか。そのために我々は何ができるかを考えたい。」

小生の「元号が支那の古典の言葉に準拠にしているが、『記紀万葉』など日本の古典のことばに準拠するべきではないか」という質問に対し、所氏は、「漢学は外国の学問ではない。東洋の古典であり人類の古典である。日本は和漢の文化を見事に融合させている。理想を表明するには漢籍の言葉がふさわしい。」と答えられた。

〈伊藤陽夫氏〉「『人間宣言』という呼称は間違っている。冒頭に示されている『五箇条の御誓文』には『大いに皇基を振起すべし』とある。そして『叡旨公明正大、又何をか加へん』と示されている。」

〈岡野弘彦氏〉「近代以降『短歌』という言葉が使われるようになった。正岡子規の短歌革新運動によって古典から離れて新しい歌を作るべきだということになり、和歌という言葉は使われなくなった。和歌とは和する歌、心を交し合うための歌という意であり、和歌という言葉が大事。日本の伝統的和歌に対する理解が敗戦後衰えた。国語教育が文語を軽視した。文語文体の奥深さは使ってみればわかる。口語とは心に響いて来るものが違う。文語文体が読めなくなったら、日本の文化伝統は断絶する。現代語訳では古典の心がわからない。歌は調べが重要。歌は声に出して朗詠するものである。神武天皇以来ご歴代天皇の御製には特別の格調がある。歌のルーツは神と人との問答。神の声を素直に聞くことができたのは女性であった。敗戦後の日本人の心のいびつさはいまだに治っていない。」

この後、希望者がバスで立川に赴き、昭和天皇記念館見学。昭和天皇のご生涯に関する展示、生物学御研究に関する展示などを拝観。ご遺徳を追慕し奉った。特別展示として、先帝陛下がご巡幸の時のご使用になったメルセデス・ベンツも展示されていた。

まことに有意義なる催しであった。明治神宮の新緑が美しかった。昭和天皇は、日本国民とともに苦難の道を歩まれた。大東亜戦争敗北による亡国の危機から日本が脱し得たのは、昭和天皇の無私の大御心によるのである。昭和天皇のご聖徳は、永遠に語り継がれねばならない。

明治天皇崩御後、官民挙げての努力により、明治神宮が創建された。本来なら、立川の昭和記念公園に、昭和神宮が創建されても不思議ではないのである。政教分離という憲法規定により、政府が神宮を建設することはできないということだ。神社神道という日本伝統信仰を一般の教団宗教と同列に扱うことが根本的誤りなのである。

帰宅後は書状執筆など。

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