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2007年3月14日 (水)

千駄木庵日乗三月十三日

午前は、訪問看護師来宅。共に父のお世話。

午後は、北海道から上京された同志の方と懇談。

帰宅後、「政治文化情報」来月号の発送準備。カードの整理。

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カードの整理をしていたら、「愛国」という言葉の起源についてのカードが出て来た。鈴木鶴子さんの著書『江藤新平と明治維新』という書物によると、近代においては、板垣退助が結成した「愛国公党」という政党名において、近代における「愛国」という概念が打ち立てられたという。また、「愛国」という文字は『日本書紀』にも出て来るが、「ミカドヲオモフ」と読み、「天皇を慕う」、あるいは「天皇に忠義をつくすこと」を意味したという。

古来、日本国における「愛国」と「天皇仰慕の心」「天皇への恋闕」と同義である。現行占領憲法下おいても、天皇は日本国および日本国民統合の象徴であらせられるのである。天皇を仰慕申し上げる事は、即ち國を愛することであり、天皇仰慕の心は、國民同胞との一体感と同一である。

中世近世において、日本國全体を愛する観念は無かったと言われるが、それは大いなる誤りである。元寇において祖国防衛の精神・日本民族の愛国心は燃え上がった。それは神国思想と一体であり、尊皇心と一体であった。幕末期の外患の危機においても、祖国愛・愛国心は燃え上がり、尊皇攘夷という言葉に集約されたようにも愛国心と天皇仰慕の心は一体であった。

内憂外患交々来たるという状況の今日においても、太古以来の日本の尊皇愛国の心を興起せしめねばならない。天皇の御祭りの心・無私の大御心に回帰する事が、日本民族の道義の基本であり、愛国心の基礎である。天皇仰慕の思いの無い愛国心は我国においてはあり得ないし、あってはならない。それは道義を喪失した危険なものとなる。

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