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2007年3月31日 (土)

千駄木庵日乗三月三十日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後は、諸雑務。

午後四時半より、新宿にて、『四宮正貴さんの「新生」を祝い、激励する春の宴』開催。山口申民族革新会議議長・鈴木邦男氏・大原康男国学院大学教授・藤元正義忠孝塾愛国連盟会長・岡樹延大行社理事長・蜷川正大二十一世紀書院代表・近藤勢一青年思想研究会議長代行・渡辺謙二大日本一誠会会長・長谷川光良氏・木村三浩一水会代表などから祝辞を頂いた。小生が謝辞を述べ、『長編歌謡浪曲・俵星玄蕃』『ああモンテンルパの夜は更けて』を熱唱した。最後に犬塚哲爾氏が挨拶を行った。

この催しは、小生が満六十歳になったという事で、小生の「新生」を寿ぎ、今後の活動に対する激励意味を込めて、永年の同志である犬塚氏の肝いりで開かれたものです。多くの先輩・同志に参集していただき本当に有難く思いました。

私は、高校生時代に生長の家にて運動を行うようになって以来、四十数年間この運動にたずさわって来ました。しかし、ただの一回も警察に捕まった事はなく、囹圄の身になった事はありません。文弱口舌の徒との御批判を免れる事はできません。

ただ、ものを書くことと話すことは得意ですので、今後ともあまり無理はせず、己の天分というか得意な分野で頑張って参りたいと思います。皆様のより一層の御指導御鞭撻を伏してお願い申し上げます。

私は昭和二十二年生まれの団塊の世代ですから、同年代の人も多く、今年か来年還暦を迎える同志が多いにもかかわらず、わたくしのためにこのように多くの方々に還暦をお祝いしていただいたことに恐縮致しております。

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2007年3月30日 (金)

千駄木庵日乗三月二十九日

午前は訪問看護師来宅。父のお世話

午後は、父のお供で近くの診療所に赴く。

帰宅後、原稿執筆。

              〇

愈々春本番で、今日は暑いくらいの気候になりました。桜の花も一斉に咲き出しました。春の語源は、「張る」であると言われています。色々な生物が外に向って張り出すからだそうです。また、冬の間の忌み籠りから開放されて「晴れ」の状態になることであるとも言われています。さらに罪穢れを冬の間の忌み籠りによって「祓う」ことであるとも言われています。ともかく春は、寒い冬の季節から開放され生きとし生けるものが生命力を発揮する季節であります。

萬葉名歌に「石ばしる垂水の上のさわらびの萌えいづる春になりにけるかも」(志貴皇子)という歌があります。明るさを好む日本人にとって春とはまさに待ち遠しい季節なのであります。しばらくは、理屈抜きにこの春という季節を楽しみたいと思います。

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2007年3月29日 (木)

千駄木庵日乗三月二十八日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後一時半より、ある会合に出席。スピーチ。「従軍慰安婦強制連行」という事実無根のデマ宣伝に屈することなく、日本民族の尊厳を護りぬくへぎたという事を訴えました。

この後、高輪の萬松山泉岳寺参拝。慶長十七年創建の曹洞宗のお寺ですが、申し上げるまでもなく、播州赤穂藩主・浅野家ゆかりのお寺です。浅野内匠頭長矩・同夫人瑶泉院の墓所そして赤穂義士四十七士の墓所があります。謹んで拝礼。山門のそばには大きな大石内蔵助良雄像が建立されていました。東京の住んでいながらはじめての参拝でした。お天気が良かったせいか、何か清々しく明るい雰囲気のお寺でした。また境内の桜は七分咲きでした。

お寺の横の細道を通り広い道に出ますと、高松宮様の御殿がありました。高輪の町をゆっくり歩くのははじめての事でした。

帰宅後は、原稿執筆。憲法論を書いています。ワープロの具合が悪く四苦八苦しています。

                 〇

浅野内匠頭長矩の刃傷そして赤穂義士の吉良邸討ち入りについては、史家によっていろいろな見方・評価があります。国史においてすらそうなのですから、対外関係においては、先日も書きましたが、我が国と相手国との間で歴史的評価が全く一致するなどという事はなおさらあり得ないと思います。

勅使御接待役の大任を仰せつかっていながら、勅使が来られる当日に江戸城内を血で汚した事に対する将軍綱吉の怒り凄まじく、切腹を命ぜられたのだと私は思います。綱吉は歴代将軍の中でも、尊皇心が篤かった人だといわれています。しかし、赤穂藩側から見れば、「喧嘩両成敗」の御定法に反する片手落ちの処断ということになったわけです。

義士の討ち入りは、いまの言葉でいえば集団テロでしょうが、今日に至るまで高く評価されています。赤穂義士を悪く言う人はいません。墓所に線香の煙が絶えた事はなく、今日も、墓所にはお線香が手向けられていました。赤穂義士の討ち入りは武士の鏡として当時から誉めたたえられ、元禄時代の奢侈と安逸を覚醒反省せしめる大きな事件となりました。大石良雄をはじめとした赤穂義士は、尊皇思想家・山鹿素行の影響を強く受けていました。

法を犯すことが絶対的悪とは言えないという事は、幕末の桜田門外における井伊直弼誅殺についても言えることです。井伊誅殺は明治維新の起爆剤となりました。赤穂義士の討ち入りは、武士道精神を復興させました。決意も実行力もない私が滅多なことを言うべきではありませんが、現代においては果たしてテロは肯定されるべき否か、私はできる限りテロはない方が良いとは思います。しかし、本当に国の爲にならない人物に対しては罰を加えるのは萬止むを得ないと思います。それが時代の覚醒にもなると思います。

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2007年3月28日 (水)

千駄木庵日乗三月二十七日

午前は訪問看護師来宅。父のお世話。

午後から資料整理・書状執筆など。

                 〇

新聞報道によると、米国務省高官は、いわゆる『従軍慰安婦問題』で、安倍総理が参院予算委員会で「謝罪」したことについて「歓迎すべき一歩だ」と評価し、「女性たちは第二次大戦中、悲惨な扱いを受けた。日本政府がこの問題で、近隣諸国との良好な関係を促進する事を望む」と述べたという。

日本軍は「従軍慰安婦の強制連行」など一切やっていない。全く事実無根のことで外国からとやかく言われる筋合いはない。アメリカは、自分が原爆投下や大都市の無差別空爆による日本国民大虐殺をやったことを正当化するために、日本軍を悪玉にしたいがためにこのような理不尽なことを言うのだ。

ベトナム戦争当時、無数の米軍管理の売春施設がベトナムにつくられた。また、終戦直後、米軍が真っ先に我国に求めたのは慰安所の設置であった。さらに米兵による日本女性に対する買春は勿論、強姦も多発した。当時の新聞・ラジオは米軍の報道規制によって米兵が強姦や強盗をしたとは報道できないので、「色の黒い大男」「色の白い大男」と報道した。

わが國の軍隊が集団レイプや人さらいをやったなどという事が事実として定着することは絶対に防がねばならない。政府は速やかに有効な対策を講じるべきである。

とくに許し難いのは、民主党の鳩山氏や小川氏がこの問題で政府攻撃を行っていることである。こういう政治家を売国奴と言わずして何と言うのか。

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2007年3月27日 (火)

千駄木庵日乗三月二十六日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後は、ある新聞の記者来宅。取材を受ける。

以後、ずっと資料整理など。

                       〇

取材を受けるというのは大変気を使います。重要な問題であれば尚更です。相手の記者は、私と同じ考え方や思想の持ち主ではないのです。しかも相手が知りたがっていること、聞きたい事は、私が話したい事と一致しないことが多いのです。私がどうしても言いたいこと、理解してもらいたいことにはあまり関心を示さない場合が多いのです。

今日来た記者の人は人柄の良さそうでしたし、真面目で良く勉強している人のようでした。それだけに好い加減なことは話せません。しかし、同志ではないのですから、こちらの真情を全て吐露するわけには行きませんし、世間に知れ渡ってはいけないことは勿論話すことはできません。

私は今の日本は相当な危機的状況にあると思います。北朝鮮の核攻撃の危険だけではなく、アメリカ国内における反日の機運が高まること、歴史問題で米中が共同歩調をとること、台湾に反日政権が誕生すること、似非保守の政治家がわが国の政権をとることなど、わが國の自存と安全に直結する好ましくない事態となる危険があります。

これに対してわが日本はどう対処するのか。無為無策で過ごせば、わが國は米中の属国となると思います。私はナショナリズムの興起が必要だと、この日誌でも主張し続けています。しかし正直に申しまして、では一体どういう具体的な方策があるのか。アメリカと支那を同時に敵に回すというのではなく、日本の米中の言いなりにならずに国家の独立と尊厳性を護るにはどうしたらいいのか。なかなか難しいと思います。

これまでの護憲安保体制と謝罪外交・朝貢外交のツケが回ってきているのです。

今日来た記者の人にはそういうことを話しました。

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2007年3月26日 (月)

千駄木庵日乗三月二十五日

午前は訪問看護師の方が来宅。父のお世話。

午後は、原稿執筆。完成。送付。

夜は資料整理。

             〇

パソコンの具合が悪くて困ります。私の生活が機械に支配されるようになっていることを深く感じます。日本の伝統の守護と復興を主張し西欧文明を批判している私ですが、そういうことを皆様にお伝えする手段は、まさにコンピューターという西洋文明の機械なのです。この矛盾はまさに近代以後の日本の矛盾なのです。

最早私の生活は、公的にも私的にもパソコン無しではあり得ないというところまで来ております。チャップリンの「モダンタイムス」という映画を思い出します。考えてみれば、チャップリンという人は大変偉大な俳優であり、映画製作者だったと思います。ヒトラー全盛期に、ヒトラーを痛烈に批判しその末路を預言したのです。また、人間が機械に支配される危険性を痛烈に批判しました。

文明社会の中で、電気ひとつ止まったら、人間は生活できません。そうした状況は今ますますひどくなっています。私のパソコンなどは修理すれば元通りになるのですが、修理とかでは解決しない大きな地球規模の自然破壊や科学技術文明による人間精神の破壊の危険が人類全体に待ち受けているように思えてなりません。

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2007年3月25日 (日)

千駄木庵日乗三月二十四日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後は、日本橋高島屋で開催中の「没後五十年・川合玉堂展」参観。

玉堂はわたくしの好きな画家の一人です。美しい日本の自然を描いた作品が数多く展示されていました。奥多摩にある旧居跡の記念館にも何度が行きました。玉堂の絵は、自然の美を描くだけでなく、その絵の中に自然の中に生活する人物が描かれているところに魅力を感じます。自然の中に自然と共に生活する日本人の姿が本当に美しくそして温かく描かれています。私は言うまでもなく美術の専門家でも何でもありませんが、家の中に飾ると心が落ち着き癒されるような絵が良い絵だと思っています。玉堂の作品はまさにそういう絵です。玉堂は香淳皇后さまの絵の先生でもありました。

いまの日本特に東京というところは、高層ビルが乱立し、インターネットだ、情報化社会だ、格差社会だと何とも殺伐とした所になっています。そうした中に生きるわれわれは、時々こうした美しい自然を描いた美術作品を鑑賞することが大事であると思います。現行憲法に保障された「健康で文化的な最低限度の生活」だけは営みたいと念願しております。許されれば「健康で文化的な最高限度の生活」を営みたいのですが、それは無理でしょう。

帰宅後は、資料整理及び書状執筆。

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2007年3月24日 (土)

千駄木庵日乗三月二十三日

午前は訪問看護師来宅。父のお世話。

午後からずっと、資料整理。ともかく新聞雑誌書籍がたまってしまい、その整理が大変です。しかし資料の整理とは勉強でもあります。

              〇

昨日のことで恐縮ですが、「めぐりん」という台東区営のバスで上野駅から上野桜木町を通り抜け谷中で降り千駄木まで歩きました。都知事選挙が開始された日でしたが、ポスターの掲示板には石原慎太郎氏と共産党推薦の何とか言う歯医者のポスターしか貼られていませんでした。組織力は宮城県知事をしていた男よりこの二人の方がまさっているということでしょうか。石原氏にはいろいろ不満はありますが、この国家の危急時に、東京都知事に正しき国家防衛意識と戦略を持っていない人になられたらたまったものではありません。前宮城県知事を叩き落とし、石原氏の三選を強く望みます。

私は、今日ほど国民と政治家が国家意識・ナショナリズムを持たねばならない時は無いと思います。保守派の知識人にもナショナリズムは危険だなどと言う人がいますが、元寇や明治維新の歴史を見ても明らかな通り、国家的危機を救ったのは国民のナショナリズムであります。ナショナリズムとは、祖国が外敵の侵略に晒され危険な状況となった時に、国民が抱く祖国防衛意識であります。まさに国家の危険な状態を打開する精神がナショナリズムなのであります。

ところで、発明家といわれる候補者が、北朝鮮の核兵器が飛んで来てもそれを逆に北朝鮮に向けてしまう発明をしたと言っているとのことですが、本当なのでしょうか。戯言では困ります。

季節的には春を迎えますが、歌の文句ではありませんが、「祖国の春はまだあさし」の感を深くします。

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2007年3月23日 (金)

千駄木庵日乗三月二十二日

午前は、父は訪問看護師来宅。父のお世話。父はの看護師の方と共に治療の為に病院へ。

午後三時、小生も病院に赴き、父の病状そして今後のことにつき相談。

帰宅後、資料整理など。

               〇

いささか旧聞に属しますが、十六日阿南惟茂全駐共産支那大使が、日本記者クラブで会見し、安倍総理が日米とインドオーストラリアとの連携を目指していることに対して、「懸命な外交とは思わない。中国が改革開放に失敗し不安定になれば世界の脅威になる」と批判して、「日中友好」の重要性を強調したという。

阿南氏が外務省を退職したのかどうか知らないが、前任の大使・外交官が退任直後に自国の総理を公の席で批判するのはおかしい。総理大臣に対して意見があるのなら、退職の挨拶の時にそれを直接言えばいいのである。それがかなわなければ文書で提出すればいいのである。外交は国家・政府の意志統一が図られていなければならない。しかるに総理大臣の基本的外交方針と異なる考え方を持っている人が特命全権大使をしていたという事が公なったのは問題である。中川幹事長が「閣僚・官僚の総理大臣に対する忠誠心」を云々したが、中川氏は阿南氏をこそ批判すべきである。

今までの「日中友好」は、日本による一方的な共産支那に対する「奉仕」であり「朝貢外交」「土下座外交」だったのである。その結果、支那が軍事力を増強し日本にとって最大最悪の軍事的脅威をもたらす國になった。今までさんざん支那に経済援助して来たのに、日本の国連加盟を妨害しているのみならず、日本に内政干渉し、領土を侵そうとし、軍事的恫喝を加えているのだ。これから日本支那に協力したとて、日本の国連加盟に支那が賛成するとは思えない。支那よりもインドと深い友好関係を結ぶのは当然である。阿南氏の考え方は全く間違っている。支那の手先がわが国の駐支那大使になってたのだから、対支那外交がおかしくなっているのは当然である。ああ悲しいかな。

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2007年3月22日 (木)

千駄木庵日乗三月ニ十一日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後は、北区にある菩提寺に赴き、四宮家の墓所を清掃・参拝。御先祖に祈りを捧げた。本堂にて行われた彼岸會法要に参列・焼香。

このあと、埼京線板橋駅前にある近藤勇の墓所に参拝。工事中とのことで墓碑は白い布で覆われていた。高さ3.88mの墓碑には、正面に「近藤勇宜昌、土方歳三義豊之墓」と彫られているという。また、「新撰組永倉新八墓」と刻まれた墓も建てられていた。「史蹟 頭山満書 近藤勇 土方歳三両雄墓地記念碑」と刻まれた石碑があった。頭山先生が碑文の題字を書かれていることに感動した。

流山で官軍に捕えられた近藤勇はこの近くの刑場で処刑され、首は京都に送られたが、胴体はこの地に葬られたと伝えられる。(異説あり)元新撰組隊士・永倉新八がこの墓所建立に貢献したという。永倉新八の墓碑の背面の碑文には、池田屋事件について討たれた長州藩士を賊徒としている。明治維新史については、薩摩長州の側に立つ見方と、幕府側に立つ見方ではその評価が百八十度異なる。私自身、京都の霊山観音にある維新の志士たちの墓に参ると、幕府に対する反感がつのり、会津に行くと、薩摩長州のやり方に怒りを覚える。国史についてすら色々な見方が成り立つのである。対外関係史は尚更の事である。日本と支那が歴史の共同研究をするなどと言うが、一致した見方や評価ができるとは到底思えない。

当時の幕府は、長州や薩摩の武力行使を封じ込めるために、旗本などの正規の武士たちを使わず、浪士などを集めた武装組織を用いたのは、薩長との武力直接対決を避けたためであろう。どうもやり方が汚いし、それがかえって幕府の立場を悪くしたと思う。新選組は幕府に利用され汚れ役を担わされたと言って良い。

午後六時より、新宿にて、「林忠一さんを囲む會」開催。林忠一氏は、『台湾哀史』という本の著者で、台湾独立運動を戦ってきた老台湾人であられる。石戸谷慎吉氏の肝いりで今回の会合を開かれた。マスコミ関係者や在日台湾人数人の方々と李登輝前総統の発言問題・胡錦濤のチベット人虐殺など台湾情勢・共産支那の動向などについて懇談した。

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2007年3月21日 (水)

千駄木庵日乗三月二十日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

お昼知人と懇談。

午後は、今夜の講演の準備。

午後七時より、横浜市関内の横浜市技能文化会館にて、「安岡教学研究会第九六回定例会」開催。村山實会長が挨拶した後、小生が『現行日本国憲法の欠陥と自主憲法の制定」と題して講演。

「現行憲法三原理の見直しなくして、真の憲法改正・自主憲法制定とはならない。自民党や読売新聞の改憲試案は、『現行憲法三原理』を肯定した上での改正を謳っている。これでは駄目である。西洋成文憲法というのは、専制支配者であったイギリスのジョン国王とそれに対立する貴族との間で結ばれた契約である『マグナカルタ』が起源である。また國民主権論は、専制国王ブルボン王朝を打倒したフランス革命から発した思想である。日本天皇の御本質そして日本国の本質とは全く異なる西洋から発した思想を基本原理としているのが現行憲法なのである。国民主権・主権在民論は、祭祀主日本天皇のを君主と仰ぐ君民一体のわが國體を隠蔽し破壊する規定である。似非平和主義は、戦勝国に対する詫び証文であり、この原理がある限り外国からの侵略から祖国を守ることは出来ず、自衛隊違憲の状態が続き、日本国が法治国家たり得ない。基本的人権の尊重と共に基本的人徳の涵養そして国家・家庭の尊重規定がなければ、家庭崩壊・教育荒廃・凶悪犯罪の続発を是正する事は出来ない。日本の伝統的国体観・君主観と相容れない原理で成り立っている現行憲法が続く限り現代の混迷を打開できない。『現行憲法』の履き違えた平和論・誤れる人権思想が道徳の頽廃・人権侵害・人命軽視の元凶である」ということを論じました。

終了後懇親会。

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2007年3月20日 (火)

千駄木庵日乗三月十九日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後は、明日の講演の準備。

午後六時半より、豊島区立駒込地域文化創造館にて、『萬葉古代史研究会』開催。小生が萬葉集巻十三の作者未詳歌を講義。

帰宅後は、明日の講演の準備。

                 〇

アメリカに民主党政権ができる事と、台湾で国民党が政権復帰する事は、わが國にとって大変重大な事態となります。支那と結託してわが国を開戦へと追い詰め、わが國に原爆を落とし、東京をはじめとして都市を悉く焼き尽し、無辜の民を殺戮したのは、アメリカ民主党政権です。今日も、民主党は、支那と結託して『従軍慰安婦問題』とやらをアメリカ議会で取り上げ日本を責め立てようとしています、これは、民主党政権がかつて日本に対して行った大量虐殺をカモフラージュするための策謀です。民主党政権が出来たら、今日以上に共産支那と結託して、日本を追い込むでしょう。そして北朝鮮に対しても今以上に融和政策をとるでしょう。そしてわが國は、支那とアメリカに挟撃され北朝鮮の核攻撃の恫喝に晒されることとなるのであります。韓国も北朝鮮・支那と一体となって日本に敵対するでしょう。

さらに、台湾に国民党政権が出来たら、第三次国共合作が行われ、台湾は反日国家に変身する危険があります。これは、わが國の安全に直結する危険な事態です。台湾が支那の手に落ちたら、次は尖閣であり、沖縄です。そして日本が支那の属国にならざるを得なくなります。

まさに有史以来未曾有の危機が迫りつつあります。我々日本国民は切歯扼腕するしかないのでしょうか。これは、私の杞憂でしょうか。

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2007年3月19日 (月)

千駄木庵日乗三月十八日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

「政治文化情報」三月号発送完了。読者の皆様には、明日お届けできると思います。

午後は、明日の「萬葉古代史研究会」の講義の準備。

午後四時より、湯島の湯島聖堂にて、「中斎塾フォーラム創立記念式典」執行。第一部は、孔子を祀る大成殿前にて、奉納吟詠・論語(『学而第一』)素読などが行なわれた。第二部は、近くのホテル聚楽にて、懇親会開催。深澤賢治塾長が挨拶し、石川忠久前二松学舎大学学長・安岡正泰郷學研究所理事長・木内孝氏などが祝辞を述べた。そして、坂本坦道氏が西郷南洲作「獄中有感」などを吟じた。懐かしい母校の同窓生などと懇談。

中斎塾は、小生の二松学舎大学における同期生であり永年の友人である深澤賢治兄がこの度発足させた儒教と陽明学を基本とする東洋学の精神修養・提言・行動のための塾である。

今日大成殿前にて素読した『論語』の言葉は、「巧言令色、鮮(すくな)きかな仁」「吾日に三度吾が身を省みる、人の爲に謀りて忠ならざるか、朋友と交はりて信ならざるか、習はざるを伝へしか」であった。また、奉納吟詠で吟じられた王陽明の詩には「知者は惑はず、仁は憂へず」とあった。

支那の先哲の言葉には本当の素晴らしいものが多い。わが國において支那から伝えられた儒教や陽明學は思想は血となり肉となっている。わが国は外来文化・思想・文明を取捨選択し、自己のものとし、さらにそれを発展させ洗練させてきた。これはわが國の誇るべき傳統てある。然るに、今日の共産党一党支配下の支那大陸は、孔孟の教えは全く実践されず、弱肉強食の社会となり、他のアジア諸國に対して侵略し軍事的政治的恫喝を行っている。一体これはどうした事であろうか。

孔孟の教えは、吾が日本においてこそ、今日まで正しく伝承され、実践されている。いわゆる漢学は日本において、花開き実を結んだのである。深澤氏及び中斎塾の活動が発展し日本そしてアジア・世界の正しい発展に貢献する事を祈る。

帰宅後も明日の萬葉集講義の準備。

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2007年3月18日 (日)

千駄木庵日乗三月十七日

午前は、訪問看護師来宅。父のお世話。

午後から、「政治文化情報」発送準備。そして講演の準備。

今日はわたくしの満六十歳の誕生日です。還暦を迎えました。以前も書きましたが、「村の渡しの船頭さんは、今年六十のおじいさん」という唱歌があります。しかし、今日は平均寿命も伸びまして、還暦だからといって「おじいさん」というわけにはいきません。私は精神的には勿論肉体的にもそんな自覚は全くありません。

今年還暦を迎える我々の年代は「団塊の世代」と言われています。堺屋太一氏の造語だそうです。これから生きて行くのが大変だと言われています。しかし、悲観的にならず、還暦とは、暦がもとに還るという意味ですから、新たに生まれたという気持で頑張りたいと思います。

これからこそ、団塊の世代のパワーが世の中を動かしていくのではないでしょうか。何しろ数か多いのですから。我々の世代が第一線から引いてしまって、世の中の厄介者になるという事は絶対に避けなければなりません。あらゆる分野において、これからこそ世のため人のためにお役に立つ人生を正々堂々驀進していくべきだと思います。

私のホームページを愛読してくださっている皆様方、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

色々な方から電話やメールでお祝いの言葉を頂き感謝致しております。

                 〇

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2007年3月17日 (土)

千駄木庵日乗三月十六日

午前は、訪問看護師来宅。共に父のお世話。

午後は、二十日の講演の準備。

午後六時より、春日の文京区民センターにて、「角野英毅区政報告會」開催。角野氏は、小生の小学校・中学校の後輩で、地元選出の区議会議員を二十年間つとめています。今回何かの事情で自民党の公認を得ないでの出馬です。教育の正常化に熱心で、偏向教育・左翼イデオロギー教育の排除を目指す「文京区の教育を考える會」で共に活動しています。

帰宅後は、資料整理。

                  〇

堀江貴文被告に実刑の有罪判決が出ました。これに対して、自民党の武部前幹事長はテレビのレポーターにマイクを突き付けられたら、「関係ない。裁判は裁判」と言いました。大変無責任な言い方だと思います。武部氏は堀江氏を「わが弟です。息子です」とか言って持ち上げたのです。「弟」「息子」と思っていた人が有罪判決を受けたのですから、もう少し別の言い方があるでしょう。道義心が欠如しています。「選挙演説なのだから…」と言う人がいますが、選挙演説だからこそ問題なのです。選挙演説では嘘やお世辞をいっても良いという風潮は、政治が如何に堕落しているかの証明です。結婚式で嘘八百を並べ立てて新郎新婦を誉め上げるのはまだ御愛嬌ですが、国政選挙で嘘や無責任な言葉が罷り通るのは困ります。

安倍総理も「自民党は公認も推薦もしませんでした」と言っていましたか、これもおかしい。堀江氏の立候補声明・記者会見は自民党本部で行なわれ、自民党を除名した亀井氏を落すために刺客として堀江氏を立てたのです。公認しなかったのは、その方が選挙に有利と判断したからです。安倍氏のことはあまり批判したくはありませんが、安倍氏にはできるだけ長く総理をしていてもらいたいのですから、あまり変なことは言わないでもらいたいと思います。

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2007年3月16日 (金)

千駄木庵日乗三月十四日

午前二時頃、父が苦しみ出し、看護に当りました。何とかおさまりましたが、朝また苦しみ出しました。訪問看護師や介護の方に来て頂きました。病院に連れて行く事となりました。私は、午後から萬葉集の講義がありますので大変困りましたが、介護の方に付き添って行って頂きました。看護師さんと介護の方が良くやってくれるので本当に助かります。父は今年米寿です。母も八十七歳ですので心配です。私事を書き連ね申し訳ございません。

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、「萬葉會」開催。柿本人麻呂の吉野讃歌等を講義。

終了後、病院の赴こうとしましたがすでに帰宅したとの事でした。今回は何とか再入院という事にならずにすみました。

夜は、二十日に行なわれる「安岡教学研究会」における憲法論の講演準備。

                  〇

テレビで、都知事候補の討論会をやっていました。いろいろ批判はあっても、やはり、国歌国旗問題で、正しい姿勢を貫いている石原慎太郎氏に都知事としてこれからも頑張ってもらいたいと思います。国歌・国旗を否定し冒涜するような教師を処分するのは当然だす。これを強制と言うのなら、算数の九九を覚えさせるのも、漢字や英語の単語を覚えさせるのも強制であり止めさせねばなりません。国旗・国歌を強制だなどとと言って否定するのは、教育の否定であり、国家の否定であります。教育は強制で成り立っているのです。国歌・国旗の尊重は国民としての義務です。これを否定する人は、公立学校の教師としては不適格であり、処分されて当然であります。

共産党推薦の候補が「国歌国旗の強制は良くない」などと言うのは噴飯ものです。共産国家こそ、国旗・国歌を強制し、共産党に反対する人々を粛清し殺して来たのです。黒川・浅野両氏も、「強制は良くない」などと偏向マスコミ受けする主張をしています。この二人も駄目です。

反日都知事誕生を阻止しなければなりません。

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2007年3月15日 (木)

千駄木庵日乗三月十四日

午前は、訪問看護師来宅。共に父のお世話。

午後は、最近完成した六本木の新国立美術館にて開催中の「異邦人たちのパリ」展参観。

レオナルド・フジタ(藤田嗣治)、モリディアー二、シャガール、ピカソ、荻須高徳などの作品を見る。パリで活躍した外国人(フランス人ではない人)藝術家の絵画・彫刻・写真などが展示されていた。

私はやはり日本人であり、小生の文藝上の師である中河與一先生と親しかった藤田嗣治の絵が一番素晴らしいと思いました。戦後そして現代の作品も展示されていましたが、何だかわけの分らない作品が多く、全然感動しませんでした。デパートの包装紙に描かれた模様のような絵ばかりでした。

期待して行ったのですが、大変不遜な言い方ですが、あまり大した展覧會はありませんでした。

この新国立美術館は、今度都知事選に立つ黒川紀章氏の設計ですが、上野にある博物館・美術館に比べると落ち着きがありませんでした。ただし千代田線の乃木坂駅に直結しているので、千代田線沿線に住む私には大変便利です。また、すぐ前が青山墓地なので、六本木に来たという気がしません。

帰宅後は、明日の「萬葉會」における講義の準備。そして、「政治文化情報」発送準備。今日も大変多忙な一日でした。

                 〇

松岡農水相が野党やマスコミの追及に対して、やけに強気で平然としていると思ったら、民主党幹部の中井洽氏も同じような事をしていました。国家の将来を左右する重大事ではないとは思いますが、こういうスキャンダルをいまのマスコミも野党も鳴り物入りでとりあげるのです。また、そう言っては大変失礼ですが。松岡・中井両氏とも、余り人相が良くなく、いままでも良い噂は聞かなかった人物なので、余計、批判の的となってしまいます。政治資金を集めるのが大変なのかどうか知りませんが、「せこい」という言葉がぴったりな不祥事です。二人とも同じ穴の狢ということでしょうか。いまの日本の政治家の質がこの程度では困ります。いまの日本はこんなことで大騒ぎをしている状況ではありません。北朝鮮と共産支那にどう対処するかが最重要課題なのです。

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2007年3月14日 (水)

千駄木庵日乗三月十三日

午前は、訪問看護師来宅。共に父のお世話。

午後は、北海道から上京された同志の方と懇談。

帰宅後、「政治文化情報」来月号の発送準備。カードの整理。

              〇

カードの整理をしていたら、「愛国」という言葉の起源についてのカードが出て来た。鈴木鶴子さんの著書『江藤新平と明治維新』という書物によると、近代においては、板垣退助が結成した「愛国公党」という政党名において、近代における「愛国」という概念が打ち立てられたという。また、「愛国」という文字は『日本書紀』にも出て来るが、「ミカドヲオモフ」と読み、「天皇を慕う」、あるいは「天皇に忠義をつくすこと」を意味したという。

古来、日本国における「愛国」と「天皇仰慕の心」「天皇への恋闕」と同義である。現行占領憲法下おいても、天皇は日本国および日本国民統合の象徴であらせられるのである。天皇を仰慕申し上げる事は、即ち國を愛することであり、天皇仰慕の心は、國民同胞との一体感と同一である。

中世近世において、日本國全体を愛する観念は無かったと言われるが、それは大いなる誤りである。元寇において祖国防衛の精神・日本民族の愛国心は燃え上がった。それは神国思想と一体であり、尊皇心と一体であった。幕末期の外患の危機においても、祖国愛・愛国心は燃え上がり、尊皇攘夷という言葉に集約されたようにも愛国心と天皇仰慕の心は一体であった。

内憂外患交々来たるという状況の今日においても、太古以来の日本の尊皇愛国の心を興起せしめねばならない。天皇の御祭りの心・無私の大御心に回帰する事が、日本民族の道義の基本であり、愛国心の基礎である。天皇仰慕の思いの無い愛国心は我国においてはあり得ないし、あってはならない。それは道義を喪失した危険なものとなる。

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2007年3月13日 (火)

千駄木庵日乗三月十二日

午前、訪問看護師来宅。共に父の世話。

午後は、木曜日に行なわれる「萬葉會」の講義の準備。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。同志と懇談討議。また、小生の還暦祝いをして頂いた。

             〇

今日は、同志の方々が小生の還暦祝いをしてくれました。まことに有難いことでした。同志の方々に心より感謝します。赤いちゃんちゃんこを生まれて初めて来ました。還暦というのは一生に一回しかないのですから、初めて着るのは当たり前ですが、気恥ずかしい気がしました。

これまでの私の人生は、一所懸命努力はして来たつもりですが、誇れることはあまりありません。民族運動の一員として生きて来ましたが、口舌の徒であるという自責の念は大いにあります。だから同志諸兄からお祝いをして頂くのはまことに恥ずかしいと思うのです。

しかし敢えて言わせていただけば、還暦とは再び生まれた時の干支に還るということですから、新たに生まれたという気概を持ってこれからも生きて行きたいと思います。

それにしても、いまの日本はきわめて危険な状況になっていると思います。そのことはこの「日乗」で繰り返し書いて来ました。いつテポドンが飛んでくるかわからないし、共産支那の軍事的脅威も一層高まっています。また、アメリカに全幅の信頼を置いてわが國の安全を保つわけにもいかなくなりつつあります。そして国内においては、そうした危機的状況を正しく自覚しない人が多いどころか、日本の脅威を及ぼしている北朝鮮・共産支那の手先も跳梁跋扈しています。

私のできることは、やはり書くことと語ることです。これからもそれを自分の使命と考え精一杯努力して行きたいと考えています。

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2007年3月12日 (月)

千駄木庵日乗三月十一日

午前は、訪問看護師来宅。共に父の世話。

終日在宅して、資料整理。

              〇

鹿児島県の選挙違反事件は検察が控訴を断念し無罪が確定した。被告とされた方々に地獄の苦しみを味あわせた警察官は、一体どう責任をとるのか。罪を償うのか。捜査の指揮をとった当時の警察署長や警部はマスコミの取材に対して逃げ回るだけで、何の釈明も謝罪もしない。不埒千万ある。しかも、この期に及んでも鹿児島県警は「捜査に違法性はなかった」などと言っている。そして当時の県警本部長や捜査幹部は公務員法上の懲戒処分にはならない「厳重注意」という処分で済まされようとしている。今の県警本部長は記者会見にすら出なかった。無責任である。検察は謝罪しているのに、警察はこのような体たらくである。断じて許し難い。鹿児島県公安委員会そして上級官庁たる警察庁は何をしているのか。このままでは再発防止は覚束ない。

鹿児島県警本部前には、川路利良大警視(初代警視総監)の銅像が建てられている。そして台座には川路の言った「声ナキニ聞キ形ナキ二見ル」という言葉が刻まれている。テレビではこれを「国民の声を良く聞くこと」と説明していたが、誤りである。この言葉の前段には、「探索ノ道微妙ノ地位ニ至リテハ」とあるのである。すなわち、捜査や情報収集を行うときの心構えを説いたのである。これは行きすぎると事実でないことを事実であるとして無実の人を犯罪人としてしまう危険がある。

西南戦争の原因は、川路大警視が西郷隆盛の暗殺を極秘に命令した事にあると言われている。そして警視庁密偵が鹿児島に入り、情報収集と西郷暗殺の機会を狙っていたら、当時の鹿児島県警に逮捕され、凄惨な拷問を受けて、警視庁密偵たちは全員そろって川路の暗殺命令を自白した。これによって、鹿児島は決起したのである。鹿児島の警察の歴史にはこういう事があったのである。

強大なる権力を持つ警察が、無反省で自浄能力がなく、またチェック機能が働かない事くらい恐ろしい事はない。川路利良はまた「警察官ノ心ハ総テ仁愛補助ノ外ニ出デザルベシ」とも言っている。この心をきちんと保持していれば、冤罪事件は起らない。

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2007年3月11日 (日)

千駄木庵日乗三月十日

午前は、「政治文化情報」四月号原稿完成送付。

訪問看護師来宅。共に父の世話。

午後三時より、永田町の星陵會館にて、「米田建三時局講演會」開催。登壇者の発言は次の通り。

<小田村四郎前拓大総長>「今日は奉天大会戦勝利の日であり、陸軍記念日。その日にアメリカは東京大空襲を行った。北朝鮮の態度は無礼極まる。ニセの遺骨を送って来て謝罪もせず暴言を吐く。これ以上の侮辱はない。反日国家北朝鮮が核爆発実験を行ったことに対して、わが国と国民の安全をいかにして守るか全く議論されていない。こういう国を北朝鮮・中国・アメリカが馬鹿にするのは当然。中国の国防費は前年度に比して二十三%増加。日本は防衛費が減額。日本は国家意識がなくなってしまった。その原因は現行憲法にある。『前文』は詫び証文。国軍の規定のない憲法は外国には存在しない。憲法に編成と統帥の事をきちんと規定すべし。憲法に自衛権を規定していない。日本の主権が制限されたもとで作られた憲法は正しい憲法とはいえない。日本の傳統に即した新しい憲法つくるべし。」

<田久保忠衛杏林大学客員教授>「お金と技術がロシアに滔滔と流れているのに北方領土は動かない。プーチンは領土問題は無いと言い出した。戦後六十万人の日本人が旧ソ連で強制労働させられ、六万人が死んだ。満州では百二十万人がひどい目にあった。俳優の宝田明氏の母親はソ連兵に暴行された。北朝鮮と韓国がくっつくと中国の影響下に置かれる。日本は敗戦後国家と軍事力を弱めている。日米同盟は強めねばならない。六カ国協議では日本はあくまでも突っ張れば良い。日本の主張を入れないと協議は進まないと米中に分らせるべし。」

<米田建三帝京平成大學教授>「ハーグ条約四十三条に違反して憲法と教育基本法を押し付けられた。アメリカはイラクを叩いたその思いで同盟国日本のために北朝鮮を叩く気は無い。経済封鎖をいくらやっても北朝鮮は倒れない。『悪行を止めろ。然らずんば滅びる』という強力なカードを突きつけるべきなのにそれをしない。軍事力は外交カードを裏付ける力。軍事力がなければ国民を誘拐されても断固たる姿勢を示せない。北朝鮮の犯罪を誘発したのは戦後日本の平和ボケ。専守防衛とはいくら殴られても蹴られても反撃しないという事。侵略戦争はノーだが交戦権は保持すべし。専守防衛の放棄なくして主権回復は出来ない。」

帰宅後は、資料整理など。

                 〇

星陵会館に行くために、議員会館の裏の崖の下を通りましたが、すでに議員会館改築のための仮設の議員会館の建設が進行中でした。議員宿舎は入った事がありませんので分りませんが、議員会館の議員事務室はたしかに狭いと思います。いまの倍はあっても良いと思います。しかし、議員の数が多すぎるのではないでしょうか。衆参両院とも今の半分で充分です。永田町に来て何時も思うのですが、総理官邸が要塞のような凄い建物になり、今度は議員会館も建て直され、さらには、議員宿舎も豪華なものが建てられるということです。一体首都移転はどうなったのでしょうか。近頃は全然話題にもならなくなりました。まあ首都移転などという税金の無駄使いはやめた方がいいでしょう。

今日は東京大空襲の日です。東京の下町が焼きつくされ十万人以上の無辜の日本国民が焼殺されました。しかも逃げ場ないように四角に囲んで焼夷弾を落としさらにその内側にも落したのです。米軍のやったことはまさに東京大虐殺です。そのアメリカが、事実無根の「従軍慰安婦強制連行」などというでっち上げ問題に加担してぐずぐず文句を言う資格はありません。

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2007年3月10日 (土)

千駄木庵日乗三月九日

午前は、訪問看護師来宅。共に父の世話。

終日在宅して原稿執筆。

               〇

この間テレビで放送されたチベット問題の記録映像を見ていて驚いたのは、共産支那の兵隊が笑いながらチベット佛教の僧侶を蹴飛ばしていたことです。共産支那の兵隊はまことに残虐であり、チベット人を人間と思っていないのです。西戎(西に住む野蛮人)と思っているのです。共産支那は、多くのチベット新疆ウイグル独立運動・反共産支那運動をする人々を殺し、多くの寺院を破壊し、貴重な教典・佛像などの文化財を破壊しました。

「人民日報」や天安門には「全世界の被抑圧民族団結せよ」と書かれていますが、共産支那はそれと全く逆のことをやっているのです。共産支那こそ他の民族を侵略し抑圧しているのです。また共産支那の軍隊は「人民解放軍」ではなく「人民虐殺軍」なのです。共産支那政府は七千万以上の支那民衆を殺戮したのです。ヒトラーは自国民を大量殺戮しませんでした。毛沢東はヒトラー以上の残虐なる独裁者でした。

こんな国が六十年も七十年も前のことで、わが国を責める資格は毛筋の横幅ほどもありません。北朝鮮・金日成正日父子も、数百万の北朝鮮民衆を餓死せしめ、多くの反対派を粛清しました。そして多くの日本人・韓国人を拉致しました。こんな者どもが、歴史問題とやらで日本を批判する資格はこれまた毛筋の横幅ほどもありません。

筑紫哲也・小川敏夫民主党参院議員などが、事実無根の「慰安婦強制連行問題」で政府を責め立てるのは、まさに、北朝鮮に手を貸す行為であり、祖国への反逆であります。民主党内にも、この問題で正論を主張する議員が出て来た事は当然の事です。

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2007年3月 9日 (金)

千駄木庵日乗三月八日

午前、訪問看護師来宅。共に父の世話。

午後、「政治文化情報」の原稿執筆。

夕刻、所用で外出。

夜も原稿執筆。

               〇

アメリカ下院に出された『従軍慰安婦決議案』に対し、加藤良三駐米大使が「客観的、正確な事実に基づかないもので採択されたら、日米関係にいい効果をもたらさない」と発言した。その通りである。

こうしたことに対し、筑紫哲也氏は、「よき敗者になるために負けっぷりを良くして多少の問題があっても謝罪した方が良い」という意味のことを言っていました。何という言い草でしょうか。

この問題は、わが国の名誉に関することです。人狩り・人さらいのような日本軍による強制連行は全く無かったのです。慰安婦とはいわゆる売春婦であり、それなりの収益を得ていた人たちです。そして、自分自身あるいは家族の意志で売春に従事したのです。もしも日本軍が人狩り・慰安婦狩りをしたら、朝鮮で暴動が起っていたでしょう。

事実無根のことで祖国の名誉が傷つけられても、黙っていることが「よき敗者」であるはずかありません。筑紫という人は、一体どういう頭の構造を持っているのでしょうか。自虐史観の持ち主などというのも通り越しています。絶対に許し難い発言です。また、この問題を国会で取り上げた小川敏夫という民主党参院議員も許せません。

あまりこういう言葉は使いたくありませんが、あまりのことですので敢えて書きます。筑紫・小川の両名は祖国を内側から破壊しようとする国賊と言って良いと思います。

自民党の有志議員が事実関係の再調査に乗り出したのは結構なことです。小川のような人物のいる民主党には絶対に政権を渡してはならないとあらめて実感しました。

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2007年3月 8日 (木)

千駄木庵日乗三月七日

午前、訪問看護師来宅。共に父の世話。

午後は原稿執筆。

夕刻、知人と懇談。

帰宅後も原稿執筆。

                 〇

台湾の陳水扁政権が、従軍慰安婦問題については安倍総理の発言に対して、抗議声明を出した。全く困ったことである。わが国と台湾とは緊密な絆を築いて共に「中華帝国主義」のアジア侵略支配の策謀を阻止しなければならないのである。この重大な時期に、台湾政府がこのような声明を行なうのは、共産支那および日本国内の反台湾勢力を喜ばすだけである。許世楷駐日代表も困っているだろう。

こうした姿勢が、陳水扁政権が安定せず支持を伸ばさない原因であろう。そして国民党の政権復帰という最悪の事態を招く事となる。

もっとも日本国内にも、共産支那に媚を売って、歴史を捏造してまで、祖国の歴史を冒涜する勢力がいる。台湾独立支持は、それが正義であるからである。陳水扁政権がこのような発言を行ったからとて、台独支持をやめるわけにはいかない。しかし、陳水扁を支持するわけにはいかなくなるのは仕方がない。やはり李登輝前総統と比べると陳水扁は相当劣る人物である。ただし、いまの台湾外交部は、統一派の支那人が主導権を握っているという説もある。陳水扁の意向を無視してこういう声明を出したのかも知れない。

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2007年3月 7日 (水)

千駄木庵日乗三月六日

午前は、訪問看護師来宅。共に父の世話。

午後は、父と共に近所の病院に行き診察していただく。

帰宅後、「政治文化情報」来月号の原稿執筆。

              〇

ロシアも支那も相変わらず大国主義を剥き出しにして領土拡張、覇権拡大を図り、軍事的外交的に攻勢を強めている。ロシアは共産主義体制が崩壊し、支那は「四つの現代化」とか言って毛沢東時代の専制支配ではなくなったかのように思われた時期もあったが、その本質は全く変化していない。むしろ、共産主義イデオロギーの表面上の奇麗事(万国の労働者団結せよ、世界の被抑圧階級の解放とかいうスローガン)を言わなくなり、覇権拡大が露骨になってきている。ロシアも支那も、内には独裁専制政治、外に対しては膨張政策を推し進めている。ロシアは、北方領土を返しもしないし、わが國の漁民を平気で撃ち殺している。支那は、わが國の領土・資源を狙って軍事的圧迫を加えている。加えて、北朝鮮の核攻撃の危機にさらされているのがわが国なのである。

わが国は一致結束してこの国難に当らねばならない。政治家が権力抗争をしている時ではない。私は、色々批判すべき事はあっても、石原都政は継続すべきだと思うし、安倍政権も存続させねばならないと思う。

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2007年3月 6日 (火)

千駄木庵日乗三月五日

午前、看護師の方来宅。共に父の世話。

午後は、先輩の事務所訪問。懇談討議。戦後史も色々な新資料が公開されることによって、新たなる事実が浮き彫りとなってきている。いままで立派な人物だと思われて来た人も実は違う側面を持っていたことが明らかになっているという事などが話題となった。

午後六時半より、平河町にて、『新風倶楽部』開催。魚谷哲央維新政党新風代表らと、今夏の参院選について討議。

帰宅後、原稿執筆、完成、送付。

                   〇

今日の参院予算委員会で、元検事の小川という民主党議員が、「従軍慰安婦」問題で、安倍総理に質問をしていましたが、まことにお粗末なものでした。お粗末というよりも、安倍総理が言ったように「祖国を貶める」不見識な質問でした。そもそも、「強制連行」や「従軍慰安婦」などということがあり得なかった事は明白なのです。わが日本軍が「慰安婦」にするために女性を強制連行した事もなければ、わが日本軍が「慰安婦」なるものを従軍させた事実もありません。それを恰も事実であったかのように論じて、何とか安倍総理の失言を引き出そうとしていました。政治闘争の場で対外関係しかも祖国の歴史と名誉に関わる事を材料にすること自体、許されざることです。安倍氏が毅然とした態度で反論していた事を評価します。

小沢一郎も、いわゆる「従軍慰安婦」について、「哲学」がと゛うのこうのと言って安倍総理を批判していました。この問題に哲学は関係ありません。事実かどうかが問題なのです。小沢氏には一体どんな哲学があるのでしょうか。私には、小沢氏が哲学を論じるのを聞いた記憶は全くありません。自民党憎しの怨念に凝り固まった政治論議ばかりをしているのが小沢一郎氏です。

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2007年3月 5日 (月)

千駄木庵日乗三月四日

午前中より、訪問看護師の方が来宅。共に父の世話。看護師の方が明るく親切に父の面倒をみてくれるので、父も喜び、大変助かります。介護も看護も、家族でなければできないことと、看護師でなければ出来ないことがあります。人間は誰でも老いるものであり、肉体は衰えゆくものと、理屈では分かっていても、肉身の事となると、本当に可哀想でなりません。何とかこれ以上苦しむ事のないように、そして精神的に元気でいてほしいと念願しております。

午後からずっと在宅して、資料整理、書状執筆。

              〇

中川自民党幹事長の発言に関連して、日本人の傳統道徳の重要な柱である「忠誠心」について論じるために、色々な資料を探し、小生が作成したカードを検索して勉強しております。中世以降、「忠誠心」は封建領主に対するもののようになっていますが、「忠誠心」とは本来的には、上御一人・日本天皇に対してまごころを以って仕えるという精神であります。特に「絶対的忠誠心」は、天皇以外に対して持ってはいけないと私は思います。詳しくは、小誌『政治文化情報』来月号で論じさせていただきます。

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2007年3月 4日 (日)

千駄木庵日乗三月三日

午後一時半より、新宿区戸山の学習院女子大学互敬會館にて、『久保田信之学習院女子大学教授退職記念特別講演會』開催。李登輝前台湾総統の映像によるメッセージが放映された。そして久保田信之氏が「教育の本質を問う」と題して次のような講演を行った。

「ハワイの歴史もハワイ日系人の歴史を知らないまた知ろうともしない日本人がワイキキの浜辺で遊んでいる。自分の存在を明らかにするには真面目に任務を遂行するしかない。日系二世の政治家・ダニエル井上氏はヨーロッパ戦線で大きな戦果をあげ任務を果たした。アメリカ政府は戦時中日系人を迫害した事を謝罪した。ハワイの大学生の四〇%以上が日系人。二十歳まで日本人であった李登輝氏は『公のためにつくすことに喜びを感じる』と言っている。日本は戦後七年間言論統制されて、日本精神を骨抜きにされた。日本について語ること自体後ろめたさを感じるようになった。日本がアジアに対してどういう政策をとるかが第一であって、ブッシュがどんな政策をとるかが大事なのではない。人間関係が狭い人は感性が乏しい。お蔭様という言葉が大事。教育とは暗記ではなく豊な感受性を開発すること。『俺が一番偉い』と言いはじめたら調和は保てない。戦後教育では真の主体性・自主性は育っていない。」と語った。

この後、懇親会が催され、許世楷台湾駐日代表が祝辞を述べた。

以前訪問した学習院大学そうでしたが学習院女子大学も敷地の広さには驚きました。煉瓦造りの古い校舎も趣のあるものでした。樹木も巨大なものが多く歴史を感じさせました。

校庭に建てられている昭憲皇太后様の御歌碑を拝しました。貞明皇后様の御筆によるものでした。

「金剛石」
金剛石も みがかずば たまの光は そわざらん
ひとも学(まな)びて 後(のち)にこそ
まことの徳(とく)は あらはるれ
時計(とけい)のはりの たえまなく
めぐるがごとく ときのまも
光陰(ひかげ)惜(おし)みて はげみなば
いかなる業(わざ)か ならざらん

「水は器」
水はうつわに したがひて そのさまざまに なりぬけり
人は交(まじ)はる 友により よきにあしきに なりぬなり
おのれに優(まさ)る よき友を えらびもとめて もろともに
こころのこまに むちうちて
学(まなび)の道に すすむべし

という御歌が刻まれていました。

帰宅後、資料整理など。

                 〇

昭憲皇太后様の御歌は、まさに学校教育の本質を歌はれてゐると拝します。明治天皇の渙発あそばされた「教育勅語」、そして明治天皇の御製・昭憲皇太后の御歌は、日本国民の歩むべき道を示されております。日本国民は、皇室を道義の鏡と仰ぎ、天皇・皇室に絶対的忠誠をつくすことを道義の基本としてまいりました。それは、近代のみならず、わが国肇国以来の道統であることは申し上げるまでもありません。本日、学習院女子大学をはじめて訪問致しまして、あらためてそのことを実感いたしまた。

穢れ切ったいまの日本を祓い清め道義国家日本を再生せしめる道は、天皇・皇室に対する仰慕の心を復興する以外にありません。日本国民が皇室に対して絶対的忠誠をお誓いする事が最も大切なのであります。国務大臣・官僚の絶対的忠誠の対象は、天皇であらせられます。総理大臣ではありません。『天皇への絶対的忠誠』とは「大君に誠を尽くす」という事であり、権力者に対する服従とは全く異なります。

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2007年3月 3日 (土)

千駄木庵日乗三月二日

午前は、父の世話。訪問看護師来宅。

午後は、両国の江戸東京博物館で開催中の『特別展・江戸城』参観。太田道灌築城以来幕末までの江戸城の歴史が展示されていた。太田道灌書状・慶長大判金・江戸城本丸天守閣外面の図・江戸城普請分担図・本丸大奥絵図・将軍宣下当日大広間着座絵図などを見る。

将軍宣下が、新将軍が上洛せず江戸城で行なわれ、しかも勅使・院使が将軍より下座に着座するという事に憤りを覚えた。また、江戸城内および将軍の生活が贅をつくすようになり将軍家が次第に貴族化していく様が分かった。

博物館の裏には大きな徳川家康像がある。最近つくられたものである。太田道灌像は日暮里駅前にある。(再開発が進捗中なので今もあるかどうかはわからない)都内に建てられている戦前からの銅像は、戊辰戦争に勝った西南雄藩出身者のものが多い。(西郷隆盛・大山巖・大村益次郎・品川弥二郎・川路利良など)家康や太田道灌という江戸期以前の人々の銅像は戦後に建てられたものである。西南雄藩は江戸の人々にとっては戦勝者でありある意味の進駐軍であった。ただし大手町には旧幕臣の渋沢栄一像がある。これは戦前からのもの。

大東亜戦争敗北後の占領期間中に東京のど真ん中に、マッカーサーの銅像が日本に建てられなかった事はまことに有難いことであった。日本人はそこまで精紳的に敗北していなかったという事だろう。

そこで一首、

日本人の誇りとすべし マッカーサーの 銅像がこの国に 建てられざりしこと

帰宅後、書状執筆・資料整理。

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2007年3月 2日 (金)

千駄木庵日乗三月一日

午前より、『萬葉集講義』の原稿執筆。完成。送付。

午後は、知人の事務所訪問。懇談。

帰宅後は、諸雑務および書状執筆。

             

その昔は、参院選挙で宗教教団の集票力が大きな力を持っていました。私も高校時代から大学時代に、生長の家で活動していました。そして玉置和郎・重宗雄三・玉置猛夫・村上正邦・田中忠雄といった人々の選挙運動に参加しました。大学卒業時には、谷口雅春先生から直々に玉置猛夫氏の秘書になるようにとの推薦状を頂きました。母校二松学舎に就職しましたので、政治家の秘書にはなりませんでした。

その頃は、霊友会・佼成会・救世教・真光など殆どの大教団が全国区で推薦候補を立てていました。創価学会に対抗する意味もあったと思います。私に言わせれば、宗教教団は自民党に利用されたと言って良いと思います。重宗氏や玉置猛夫氏などは全く生長の家の信者ではありませんでした。

創価学会・公明党と連立を組んだ自民党は、あまり学会以外の宗教教団票に頼らなくなりました。また、自公連立に反発する教団が自民党支持を止めました。そして最近は、宗教教団の選挙運動は話題にならなくなりました。

いまや自民党は学会・公明党の協力が不可欠になっていると言われます。果たしてそうでしょうか。歴史問題・靖国神社・対支那外交・軍事問題など国家基本問題で安倍総理が自己の政治理念を枉げずに政治を行なえば、必ず公明・創価学会とは対立する事態になるはずです。

しかし自民党も、学会公明党も、権力を握り続けていたいから、決定的対立になるような事態は避けると思います。という事は、学会が自民党についていくということでしょう。安倍氏は学会に遠慮せずに自己の信念を貫きとおす政治を行ってほしいと思います。いま安倍氏に必要なのは、小泉前総理や岸元総理のような強さであり実行力であり決断力であります。『千萬人と雖も吾往かむ』という気概であります。

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2007年3月 1日 (木)

千駄木庵日乗二月二十八日

午前は、父のお世話。訪問看護師さん来宅。

午後一時半より、ある会合に出席。スピーチ。

午後六時半より、文京区春日の文京区民センターにて、『台湾二・二八革命六十周年記念大講演会』開催。主な登壇者の発言は次のとおり。

黄文雄氏「二・二八事件の意義は、①全台湾人の共通の歴史記憶は二・二八のみ。②二・二八は台湾と中国の文明衝突、文化摩擦のシンボル。③二・二八は平和的時期における報復。④歴史的性格はこれからも問い続けられねばならない。去年末の意識調査で、台湾独立を希望する台湾人の六〇%以上。陳水扁は急進的台独派になった。馬英九の支持率は四〇%を切った。」

田久保忠衛氏「九・一一でブッシュ政権は台湾政策を変えた。対テロで米中が共通の立場になった。『北朝鮮問題を何とかしてくれ』とブッシュは江沢民に言った。江沢民は『その代わり武器を台湾に売るな』と言った。ブッシュ政権の中国への依存度は高まった。中国は、人口問題・経済問題・資源問題・環境問題でこれから窮地に陥る。『台独は戦争を意味する』と中国は言う。しかしこの言い分を許したら、尖閣は中国に取られる。台湾の民主主義体制はミサイル以上の強力な武器。民主主義台湾をアメリカが見捨てたらアメリカの信用は失墜する。安倍首相の親台姿勢に期待する。」

平松茂雄氏「中国による台湾の軍事統一は難しい。中国はこの五十年間、一番力を入れたのは核兵器を持つ事。日本は日米安保に依存し經濟大国になったが、中国は核大国になった。中国は核戦略と海洋戦略と宇宙戦略が一体となって動いている。平和的併合のテーブルに台湾を着かせるために軍事力を台湾に見せつけている。台湾と沖縄は東アジアの中心。それを中国に取られないようにすべし。朝鮮半島よりも台湾の方がはるかに重要。」

帰宅後、原稿執筆。

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超軍事大国・軍事独裁国家共産支那によるアジア支配をいかに食い止めるかが、日本にとって最も重要な今日的課題である。そのことを日本の政治家もマスコミもそして一般国民も正しく認識せず、媚中姿勢を取り続けていることが危機を招いている。この危機を打開するために、中華帝国主義の恐ろしさを国民に正しく認識してもらう運動を強く推し進めねばならない。まず北京五輪ボイコット運動を推進すべきである。

さらに、現行占領憲法破棄して自主防衛体制を確立する事が重要である。また、米・中・北朝鮮・ロシアが核武装しているのに、なぜ日本だけは核武装をしてはいけないのだろうか。私にとってそれが最大の疑問である。日本が独立と安全を維持する爲には、核武装が必要であると小生は考える。

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