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2006年12月19日 (火)

千駄木庵日乗十二月十八日

午後は、原稿執筆。

夕刻は、父のお見舞い。

帰宅後、原稿執筆及び明後日の『萬葉古代史研究会』の準備。

          〇

十二月十七日の『朝日新聞』の報道によれば、清朝最後の皇帝で満州国の皇帝でもあった愛新覚羅溥儀が、その自伝の完全版の中で、極東国際軍事裁判での自らの偽証を謝罪し、吉岡安直陸軍中将(関東軍参謀副長・満州国宮内府御用掛。満州国宮廷と関東軍の連絡仲介の任に当ると共に皇帝の側近をつとめた)に罪をなすりつけたことを謝罪しているという。

しかし、この偽証の罪は軽くはない。吉岡中将はソ連に抑留され、昭和二十四年栄養失調でモスクワで死去している。ろくな手当てもされなかったのであろう。溥儀は、シンガポール陥落の時、夜中の二時に吉岡中将を呼び、徹宵祝い酒を酌み交わしたという。(草地貞吾元関東軍作戦参謀著『将軍三十二人の風貌・姿勢』による)

比較するのは大変畏れ多いことですが、先帝陛下が、終戦の時、「自分の身はどうなってもいい」と仰せになって終戦の聖断を下されたこと、そして、マッカーサーのところに赴かれて、「一切の責任は自分にある。これ以上国民の苦しめないでもらいたい」と仰せになったことと、溥儀の終戦後の言動とはあまりにも大きな違いがあります。

やはり日本天皇と他国の皇帝・国王とはその本質が全く異なるのだと思います。それは徳がある無いの問題ではなく、日本天皇は現御神であらせられ、無私のご存在であられるということであります。日本天皇には、「氏」も「姓」もありません。世界に比類の無い神聖君主が日本天皇であらせられるのであります。

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