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2006年12月31日 (日)

千駄木庵日乗十二月三十日

午前から、資料整理など。

午後は、父のお見舞い。

夜は同志と忘年會。

             〇

今月九日、サンフランシスコで開かれた在米華僑による南京事件追悼行事で、ニューソム同市市長が当日を「サンフランシスコ南京追悼の日」とするとの決定をたという。しかもその行事にサンフランシスコ市当局者も出席したという。

共産支那による反日謀略活動がアメリカにおいてたくみに展開され功を奏しつつあるのである。南京において、日本軍が三十万人もの一般大衆を虐殺したなどという事はまったくの捏造であり、デマである。そのデマがアメリカ社会で「真実」であるとして喧伝され、アメリカの人々が反日感情を持つようになる事は絶対に防がねばならない。

歴史問題で、日米離間を図ろうとする共産支那の策略を粉砕しなければならない。そのためには、歴史の真実をアメリカのみならず全世界に向けて発信しなければならない。

今日、アジアにおける最大の軍国主義国家、覇権国家は共産支那である。共産支那政府が日本を歴史問題で攻撃するのは、その本質を隠蔽するための高等戦略である。断じて許してはならない。毛沢東及び中国共産党こそ、支那民衆を大量に虐殺した犯罪者である。

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2006年12月30日 (土)

千駄木庵日乗十二月二十九日

午前中より、部屋の掃除整理整頓など。

夕刻は、父のお見舞い。

帰宅後、年賀状・書状執筆など。

               〇

台湾の高官・与野党幹部の汚職が報道されています。支那大陸は、権力者による汚職・権力の私物化は当たり前のことになっています。孫文が「天下為公」という言葉を繰り返し闡明したのも、支那の歴史は、政治家・官僚といった権力者が国家権力を私物化して来た歴史だからです。この孫文の言葉は、台湾のあちこちの公共機関に掲げられていました。そもそも、標語が掲げられているという事は、その標語が実践されていないということです。毛主席万歳とか蒋総統万歳という標語が多かったのも、そう思っていない人が多かったからなのだと思います。「酔払い運転をするな」という標語があるのは、酔払い運転をする人が多いからなのです。

比較するのも大変畏れ多いことですが、わが國においては、戦時中と雖も「天皇陛下万歳」という標語があちこちに掲げられたという事はありませんでした。日本人にとって「聖壽万歳」「天皇陛下万歳」という祈りは当たり前のことであり強制されなくとも誰もが抱いている心だからであります。

台湾が日本統治を離れ、大陸から来た国民党亡命政権に支配されるようになって六十年。台湾の人の中に、支那の歴史的陋習と申しますか、支那人の体質の影響を受け汚染されてしまった人が多くなったのではないかと危惧します。ともかく、台湾の完全独立が一日も早く達成されることを祈ります。

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2006年12月29日 (金)

千駄木庵日乗十二月二十八日

午前から午後にかけて資料整理。

夕刻、父のお見舞い。

夜は、書状執筆。

                〇

このところ忙しい日が続いていましたので、手紙を書く時間も無く、資料整理の時間もありませんでした。山のようにと言っては大袈裟ですが、郵便物や新聞雑誌書籍が相当たまっております。その整理を部屋の大掃除と共に大晦日までに行わなければなりません。頂いた手紙の返信なども書かねばなりません。また、入院中の父を年末年始は家で過ごして頂くべく、一時帰宅を病院にお願いしております。その準備もあります。

今年も色々な事がありましたが、祖国日本が再生するにはまだまだ多くの苦難があると思います。真正保守政治家と言われる安倍氏が総理になったからといってそう簡単に日本が良い方向に向かうとは思えません。色々な妨害や謀略もあるでしょう。安倍新内閣に期待するというよりも、しっかりやってもらうべく、我々も国民運動を正しくそして強靭に展開していかねばならないと思います。

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2006年12月28日 (木)

千駄木庵日乗十二月二十七日

午後は、諸雑務。

夕刻、父のお見舞い。

夜は、書状執筆。

               〇

マスコミとりわけテレビと週刊誌は、視聴率と購読者を増やしたいがために、煽動的な報道を行います。大した問題でもないのに興味本位の報道をします。そのことがどれだけよの中を悪くしてゐるか計り知れません。

知る権利とか知らせる義務とかを振りかざし正義の味方面をして、弱い者いじめとしか思えない取材や報道を繰り返しています。いまのテレビを一日中子供に見せたら確実にその子供は悪くなります。週刊誌も同じです。日本の国を悪くしているのは、マスコミであると言っても過言ではありません。そしてそのマスコミが正義の味方面をし、言論の自由を主張するのですから、困ってしまいます。

しかも、いまのマスコミは国家社会のために、このことはどうしても追及してほしい、報道してほしいということを無視する場合があります。テレビのチャンネルがとてつもなく増えても、言論機関としての使命を正しく果たしているとは思えません。

テレビや週刊誌は、言論によって国家社会に貢献するという使命感は希薄なり、視聴率稼ぎ、販売部数の増加がその最大の目的となっているのです。つまりは、営利至上主義であります。実態はそういうことであるにも関わらず、正義の味方面して言論の自由を言い立てるから腹が立つのであります。マスコミはよく「言論には言論を」と言いますが、それを言う前にまともな言論活動を行ってもらいたいと思います。

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2006年12月27日 (水)

千駄木庵日乗十二月二十六日

午後は、年賀状作成。

夕刻、父のお見舞い。

午後七時より、新宿にて、同志関係の忘年會。

帰宅後、年賀状作成。

               〇

一日中強い雨が降り、深夜に雷鳴が鳴り響いています。十二月してはとてもめずらしい天候です。何か変事が起こるのではないかという不思議な思いにかられます。まさかそんな事もないでしょう。

数ある週刊誌の中で、小生は「週刊新潮」は必ず毎週買います。その次が「文春」です。それだけ読み応えのある記事が多いと思うのです。創価学会批判を正面切って今も続けてゐる姿勢を高く評価します。

しかし、「皇室」に関する記事はやはり良くないと思います。というよりも腹立たしく思います。今週号の「新潮」も筆致は柔らかく、さも皇室のことを思っているような書きぶりですが、記事の内容は、皇室に関して、書いてはならないこと、書くべきではないことを興味本位に書き連ねています。「新潮」は何故か皇室の権威を貶める記事を時々載せます。やはり営利がその目的であり、購読者数を増やすためには、皇室に対する不敬記事も平気で載せるという事なのでしょう。これでは「週刊金曜日」を批判する資格はありません。というよりもあの記事も、販売部数増加を目的とした単なる扇動記事だったのかという疑いを持ちたくなります。

ともかく、皇室を貶め、皇族を侮辱する記事の氾濫は許し難いと思います。外敵による日本破壊と共に、内側からの國體破壊・国家破壊の動きを食い止めねばなりません。

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2006年12月26日 (火)

千駄木庵日乗十二月二十五日

午後は、年賀状作成。

夕刻、父のお見舞い。

夜は地元の忘年會。

帰宅後、年賀状作成。

               〇

もうすぐお正月ですが、お正月には、地元の神社に初詣をするのが慣わしとなっています。東京下町には、まだ神社を中心とした地域共同体がのこっています。一時は、お祭りの時に神輿の担ぎ手がいなくて困ったという話も聞きましたが、最近は全くそういう事はありません。方々に神輿の會が作られていますし、町内にも神輿を担ぐ人も多くなっています。創価学会員や公明党の議員も神輿を担いだり、お祭りの行事の手伝いをするようになっているようです。それは結構な事と思います。

神社は、その地域をお守りくださる神様を祭っているのでありまして、氏神さまとか鎮守の神さまと言います。神道には難しい教義や独善的な教条はなく、天神地祇をお祀りする道が神道なのであります。それは太古より続いてきた日本人の道であります。それを敬神崇祖と申すのであります。一年中日本の何処かの神社で祭礼が行われています。まさに日本は神の国なのであります。

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2006年12月25日 (月)

千駄木庵日乗十二月二十四日

午後は、年賀状作成。

夕方、父のお見舞い。

帰宅後も年賀状作成。

               〇

不思議に思うのは、公明党の竹入義勝元委員長と、矢野絢也元委員長があれほど、創価学会公明党が非難攻撃され、罵詈雑言を浴びせかけられているのに、マスコミが一切その事を報道しないことである。矢野氏はついこの間まで、TBSの筑紫哲也の報道番組に出て政治評論をしていた。しかるにぷっつりと出て来なくなった。仮にも、野党党首として、一定の政治的影響力を持っていた人物二人が、所属政党及びその最大の支援組織から追放され、手ひどい人身攻撃を受けている事について、マスコミが全く報道しないのは異様としか言いようがない。

自民党と連立を組んで政権の一翼を担っている政党の異常体質について、正しく分析し報道するのは、マスコミの使命であり役割ではないのか。それが行われていないという事は、創価学会・公明党のマスコミ対策が功を奏しているのであろうか。

池田大作に逆らえば、犬畜生だとか地獄におちるなどと罵声を浴びせかけられ、組織内では生きていけなくなるというのは、完全に北朝鮮と同じ独裁専制体質である。この事の危険性をマスコミは正しく追及すべきである。

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2006年12月24日 (日)

千駄木庵日乗十二月二十三日

午前、皇居に赴き、天長の佳節を祝賀し奉る。第一回のお出ましで、宝算七十三歳になられた天皇陛下の聖壽萬歳を謹唱し奉った。雲一つ無い晴れ渡る大空の下で、聖壽萬歳を唱えさせて頂きまことにもって清々しかった。多くの同志の方々の姿があった。

午前十一時四十五分より、靖国神社に昇殿参拝。午後十二時半より、靖国會館にて、『天長節を祝ふ會』開催。教育勅語奉読・天長節の歌奉唱・小田村四郎会長の式辞などが行はれた後、森田忠明氏が「万古天皇を仰ぐ」と題して記念講話を行った。そして直會が行はれた。

夕刻は、父のお見舞ひ。

帰宅後は、年賀状作成。

               〇

聖壽萬歳は、日本国民の心からなる祈りであります。日本国の祭り主であらせられ、仁慈の大御心で国民を慈しまれる、天皇陛下に対し奉り、心からなる仰慕の思ひを抱かせて頂くことの喜びを今日は感じました。天皇陛下のおはしますかぎり、日本国は安泰であり、国民は幸せであります。國體護持・皇室彌栄こそが日本国永遠の隆昌の基礎であります。

今上陛下の萬壽無窮と皇室の彌栄を熱祷し奉ります。

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2006年12月23日 (土)

千駄木庵日乗十二月二十二日

午後は、『政治文化情報』発送準備。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後、発送準備。

              〇

少し早いのですが、今年の総括と来年の決意を少し記してみたいと思います。

安倍新政権が期待通りの動きを示していない。私は、安倍氏総理就任前からあまり過度の期待をすべきではないと主張したが、その通りになった。岸信介氏の孫であること、小泉前総理の事実上の後継指名があったこと、吉田松陰と同じく長州である事、総理就任前は真正保守政治家として正論を吐露していた事などから、多いに期待された。しかし、国会答弁では歴史問題や憲法問題でこれまでの内閣や自民党の誤れる路線を継承すると言っている。困ったことである。

真正保守派・民族派が全体として安倍新総理に対して非難攻撃するのは戦略的に時期尚早であると思う。安倍氏はいまの政治家に中ではやはり、まともな歴史観・国家観を持った政治家であると思う。もう少し時間をかけて、安倍氏らしい政治を行うようになる事を期待すべきである。しかし、私個人としては、安倍氏に重要問題についておかしな言動があった場合は、言うべきことは言わねばならないと思っている。

民族運動・真正保守運動において、私は来年も、言論活動を行っていく事は言うまでもない。むかしの物語に一寸法師というのがある。格別大きな力も無い私が、巨大な戦後体制に立ち向っていくには、一寸法師のように小さいながらも相手の急所を突く運動をしなければならないと思っている。

来年以降の事で心配なのは、真正保守派の中で、主張の違いなどから対立抗争が起こってきていることである。団体や運動内部の主導権争いなどはどうでも良い。しかし、國體観・天皇観・皇室典範のことなどで、抜き差しならぬ感情的対立が起ることを危惧している。こうした重大な問題こそ、「尊皇精神」が確立している者同士の論争は冷静でなければならないと思う。

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2006年12月22日 (金)

千駄木庵日乗十二月二十一日

午後一時半より、豊島区立千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が高市黒人の歌を講義。

午後五時より、北青山の大東會館にて、『時局戦略懇話会』総会開催。本年の回顧と反省そして来年の運動について活発に討議。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備。

今日は時間が無く、父のお見舞いに行けませんでした。

              〇

内外の反日勢力が、わが國の戦前戦中の政府指導者に対し『A級戦犯』なる呼称を用いて非難攻撃している事について、名越二荒之助先生は、「毛沢東は終りかけていた朝鮮戦争に参戦したことにより三年間も血みどろの戦争となり、多くの韓国国民が犠牲となった。毛沢東こそA級戦犯である。安倍総理は、中韓を訪問する前に正々堂々靖国神社に参拝すべきだった。そして相手国の戦没者慰霊施設にも参拝すべきだった。戦没者の慰霊を行なうことは最も大切な外交儀礼である」と語っておられました。

毛沢東と共に、金日成・金正日父子、スターリン、ポルポトも多くの人々を殺戮し餓死せしめたA級戦犯であります。これらの人々を断罪しないで、『絞首刑』という最高の「断罪・報復」を受けた人々即ちわが國の昭和殉難者の事を六十年も経過しているのに、非難攻撃し続ける内外の反日勢力は許し難いと思います。

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2006年12月21日 (木)

千駄木庵日乗十二月十九日

午後一時半より、ある会合にてスピーチ。

その後、入院中の父を見舞う。

午後六時半より、豊島区立地域文化創造館にて『万葉古代史研究会』開催。小生が萬葉集巻十三の作者未詳歌を講義。

帰宅後、明日行われる『萬葉會』における講義の準備。

                〇

青島幸男氏が亡くなった。死者に鞭打つのは良くないと言われるが、この人ばかりは批判せずにはいられない。現代日本を駄目にした人物十人の内に入るのではないか。彼は、高度成長期・昭和元禄と言われた時代にテレビで活躍し、一億総白痴化の推進者となった。無責任時代・C調などという俗語を作り出し、日本人の真面目さ・勤勉さを揶揄し破壊した人物である。そしてタレント議員としてマスコミ受けする体制批判の姿勢をとった。しかもそれは確固とした政治信条や理念に基づくものではなく、ただマスコミ受け・大衆受けしたいがためのものであった。何よりも許せないのは、三島由紀夫氏の自決に対してここに書くことも憚られる言葉で罵詈讒謗誹謗中傷を行ったことである。私は大橋巨泉や青島幸男はテレビ時代が生んだ社会・共産両党の政治家よりタチが悪い非日分子と思っている。

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2006年12月20日 (水)

千駄木庵日乗十二月十九日

午後は、明日の「萬葉古代史研究会」における講義の準備。

夕刻、父のお見舞い。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、「一水会フォーラム」開催。木村三浩代表が挨拶。

ジャーナリストの歳川隆雄氏が、「安倍政権の今後」と題して講演し、「岸信介元総理のキャリアについての理解が安倍政権理解の為に大事。巣鴨から釈放された後、日本再建連盟をつくった。①自主憲法制定②自主軍備確立③自主外交展開が、岸の基本的スタンス。いまの官邸の中はテンデンバラバラで機能していない。支持率三七㌫が赤信号。このままリーダーシップを発揮できないと、さらに支持率が下がる。参院選で与野党逆転し、安倍退陣となれば、ポスト安倍の有資格者は平沼。ライバルの中川秀直はそれを阻んだ。安倍は参院選をクリアしたら人事で求心力回復を図る。ブッシュ政権の高官はそれぞれイラク戦争で莫大な利益をあげた企業の役員。クリントン政権の高官はウォール街の金融会社役員。日米同盟は民主党政権になっても続く。米高官に胡錦濤は『ブッシュ大統領と同じように私も金正日が嫌い』と言ったという。胡錦濤は来年十月の党大会で、江沢民派を一掃して完全に権力を掌握する。江沢民は反日・親北朝鮮だった。米中首脳はアウンの呼吸で金正日排除で合意する。中国に留学経験のある北朝鮮軍幹部をリクルートして金正日を排除する。今やっている『六カ国協議』は決裂する。このままではブッシュは何の功績もあげられないまま任期を終える。核兵器を保有している体制と指導者を打倒するしかない。米中は北朝鮮に核兵器を持たせないということで利害が一致している。日本は十三省庁横断的な情報収集機関設立が急務。胡錦濤政権は、北京五輪・上海万博を成功させるために日本と事を構えたくない。この二つが失敗すれば中共政権が持たなくなる。核抜きの朝鮮統一が良い。核を残したままの統一は日本にとって脅威。」と語った。

大変面白くためになる講演であった。一昨日も書いたが、安倍総理には、岸信介氏を見習い、信念と気概を持って総理として日本の舵取りをしてもらいたい。それには、岸氏の悲願であった自主憲法制定に邁進してもらいたい。ただし、現行憲法の三原則を踏襲している自民党の改正案では自主憲法にはならない。また、米支が共同して北朝鮮金正日体制を解体する事になれば面白い。しかしその後、北東アジアにおける共産支那のアメリカの力は今以上に大きなものとなり朝鮮半島は完全に支那の属国になる。日本は一体どうなるのか。軍事力が全てではないが、わが国もやはり北朝鮮を圧倒し解体できるくらいの軍事力は持たねばならない。

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2006年12月19日 (火)

千駄木庵日乗十二月十八日

午後は、原稿執筆。

夕刻は、父のお見舞い。

帰宅後、原稿執筆及び明後日の『萬葉古代史研究会』の準備。

          〇

十二月十七日の『朝日新聞』の報道によれば、清朝最後の皇帝で満州国の皇帝でもあった愛新覚羅溥儀が、その自伝の完全版の中で、極東国際軍事裁判での自らの偽証を謝罪し、吉岡安直陸軍中将(関東軍参謀副長・満州国宮内府御用掛。満州国宮廷と関東軍の連絡仲介の任に当ると共に皇帝の側近をつとめた)に罪をなすりつけたことを謝罪しているという。

しかし、この偽証の罪は軽くはない。吉岡中将はソ連に抑留され、昭和二十四年栄養失調でモスクワで死去している。ろくな手当てもされなかったのであろう。溥儀は、シンガポール陥落の時、夜中の二時に吉岡中将を呼び、徹宵祝い酒を酌み交わしたという。(草地貞吾元関東軍作戦参謀著『将軍三十二人の風貌・姿勢』による)

比較するのは大変畏れ多いことですが、先帝陛下が、終戦の時、「自分の身はどうなってもいい」と仰せになって終戦の聖断を下されたこと、そして、マッカーサーのところに赴かれて、「一切の責任は自分にある。これ以上国民の苦しめないでもらいたい」と仰せになったことと、溥儀の終戦後の言動とはあまりにも大きな違いがあります。

やはり日本天皇と他国の皇帝・国王とはその本質が全く異なるのだと思います。それは徳がある無いの問題ではなく、日本天皇は現御神であらせられ、無私のご存在であられるということであります。日本天皇には、「氏」も「姓」もありません。世界に比類の無い神聖君主が日本天皇であらせられるのであります。

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2006年12月18日 (月)

千駄木庵日乗十二月十七日

午後は、資料整理。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後は、年賀状作成。

                    〇

いよいよ今年もあと十日あまり。色々忙しくしておりますと、年賀状の作成も遅れがちとなります。本当はすべての皆様に手書きでお出ししたいのですが、なかなかそうはまいりません。せめて原稿は墨字で書かせて頂いてお出ししています。一応、学生時代に書道専攻コースをとりましたが、今や毛筆をとるのは、年賀状と暑中見舞を書く時だけになりました。

ところで、毛筆・書道ということで思いますのは、最近の政治家の色紙などを見る機会がありますが、やはり昔の政治家と比較すると、最近の政治家の字は大変見劣りがします。そう言っては失礼ですが、小学生の字の方がまだましというものもあります。これでは色紙など書かないほうが良いと思うのですが、そうはいかないのでしょう。

私の見たかぎりでは戦後政治家で見事な字を書いたのはやはり岸信介氏でしょう。書道家の字のようでした。『信は萬事の本となる』『千萬人と雖も吾往かむ』という言葉の色紙を見たことがあります。岸氏の自負心と信念の強さを表白した言葉です。安倍総理も是非祖父に劣らぬ名宰相になってもらいたいと念願します。

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2006年12月17日 (日)

千駄木庵日乗十二月十六日

午後一時半より、目白の学習院百周年記念會館にて、「アジア太平洋交流学会」開催。久保田信之代表幹事が挨拶。

松尾文夫元共同通信ワシントン支局長が「米中関係と日本」と題して講演し、「昭和十七年四月十八日の米軍による東京発空襲の時、私は超低空で飛んで来た米爆撃機の副操縦士の顔を見た。それが白人との最初の出会い。当時の私は典型的な愛国少年だった。去年九十一歳のその副操縦士と対面した。硫黄島には今も一万人以上の戦死者が眠っている。日本は明治維新以来、アメリカという国を正確にとらえていない。日中関係は日米関係より五十数年先行している。しかも貿易から始まっている。建国直後のアメリカにとって対中国貿易は大きな財源だった。日本に対しては武力を持って行かないと言うことを聞かないというので、ペリーが軍艦でやって来た。当時の日本はアメリカに関する知識を中国経由で得ていた。蒋介石・宋美齢とアメリカとのチャンネルが開戦前の日米交渉を崩壊させ真珠湾攻撃へと導いた。毛沢東とアメリカの関係も悪いものではなかった。『銃を持つ民主主義』と『妥協』がアメリカのプリンシプル。南部の奴隷制度と北部の宗教的理想国家建設との妥協がアメリカの建国。戦前の日本とアメリカもどこかで妥協すべきだった。ハーバードに留学した経験を持つ日本の将軍が硫黄島で玉砕した歴史が日米関係の悲劇を象徴している。中国は格差の問題があり、これを是正するために共産党独裁体制下でもう一つの共産党が必要だという意見がある。上海にはガードマンに守られた特別安全地域がある。米中には多民族国家の凄さがある。対北朝鮮問題でも六カ国協議で日本は孤立している」と語った。

夕刻父のお見舞い。

午後七時より、蒲田にて『山河の會』開催。故野村秋介氏未亡人を囲む會。多くの同志と懇談。

                  〇

昨日も少し書きましたが、日本とアメリカの関係は微妙です。アメリカのご都合主義に振り回されてきたのが戦後日本です。日本を二度と再びアメリカに刃向かわせないようにするために、占領憲法を押し付けたのに、朝鮮戦争が始まり共産国家との対決が激化するや、再軍備を迫って来ました。また最近、核武装論議が起っています。私も日本は核武装すべきだと思いますが、アメリカは許さないでしょう。日本がアメリカの下にいて、アメリカを助けるのならいいのですが、日本が核武装をすると、あの真珠湾攻撃のようにアメリカに撃ち込んでくるのではないかという恐れを今も持っていると思います。

ただし、共産支那・北朝鮮による軍事的脅威を受けている日本は、今はアメリカを敵に回してはならないと思います。それこそ支那の思う壺です。

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2006年12月16日 (土)

千駄木庵日乗十二月十五日

午後は、原稿執筆。

夕刻は、父のお見舞い。

帰宅後も原稿執筆。

                    〇

イラク情勢が大変なようです。宗派対立によるテロが頻発し、多くの国民が殺されています。石油の利権をめぐって国家が分裂する可能性もあるようです。アメリカのブッシュ大統領はかつて「日本における占領政策を手本にしてイラクの占領政策を行う」という意味のことを言いました。ところがこの結末です。イラクの内戦はベトナム戦争よりも長期化すると言われています。

戦後日本の復興は、アメリカの占領政策が成功したからではありません。明治大正世代の日本人が優秀だったから復興したのです。日本人の血のにじむような努力で復興を遂げたのです。むしろアメリカは日本を弱体化しようと様々なことを行ったのです。

アメリカという国は、わが國に対しても、爆撃すれば相手が屈服すると思って、原爆投下・焼夷弾投下などの空爆を敢行し無辜の民を殺戮しました。いくら日米同盟が大事だとは言っても、この事は忘れてはならないと思います。

私は最近、ベトナムという国を見直しています。フランスと戦い、アメリカと戦い、共産支那と戦い、屈服しなかったあの国を日本は見習わねばならないと思います。

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2006年12月15日 (金)

千駄木庵日乗十二月十四日

午後は、『政治文化情報』来月号の原稿執筆。

夕方、父のお見舞い。

帰宅後、原稿執筆。

            〇

今日の『日経』朝刊に、「中国は世界第二位の貿易大国と途上国の盟主という二つの顔を使い分けている」という記事があった。貿易大国ならまだいいが、共産支那は今や軍事大国・侵略国家の顔を持っている。日本に公害・自然保護対策などの協力をしてもらいたい時には開発途上国の顔を使い、わが國の領土や資源を奪おうとする時には、軍事大国・侵略国家としての顔をして迫ってくる。

支那は「日中国交」樹立時には、「ソ連は覇権国家だ」と主張し、日米安保も容認し、わが國の北方領土返還要求を支持していたが、最近は、支那自体がアジアにおける覇権国家となり、日本をはじめとしたアジア諸国に脅威を与えている。

わが国は共産支那のこうした戦略に毅然とした態度でのぞまなければ、やがて支那の属国になるかさもなければつぶされてしまう。「日中友好」などというのはもはや過去の話である。然るに、わが國の政治家や経済人に、支那の体質を見誤っている人が実に多い。これはまことに危険なことである。

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2006年12月14日 (木)

千駄木庵日乗十二月十三日

午後は、原稿執筆。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後も原稿執筆。

                  〇

わが國の歴史を回顧しますと、国家的危機の時こそ、尊皇精神・愛国心が勃興し、その危機を乗り切ってきました。白村江の戦いに敗れ、唐新羅連合軍のわが国への侵攻の危機に見舞われた時には、大化改新を断行し、天皇中心の国家体制を明徴化しました。壬申の乱の後には、記紀及び萬葉集が編纂され天皇中心の国家思想が正しく確立しました。元寇の時には、それこそ全国民的に神国思想が勃興し国難を乗り切りました。幕末の外患の危機に際しては、尊皇攘夷をスローガンとする明治維新が断行され、日本の独立を維持し近代国家として出発しました。

今日の日本の危機的状況も、日本伝統精神の復興により必ず打開し乗り切ることができると確信します。そのためにも近代における最大の危機であった大東亜戦争が何故敗北したのか、その原因を正しく究明することが大切であると存じます。

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2006年12月13日 (水)

千駄木庵日乗十二月十二日

午後は、原稿執筆。「政治文化情報」新年号の原稿です。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後、原稿執筆。

               〇

ナショナリズムは危険だとか、健全なナショナリズムは良いが偏狭なナショナリズムはいけない、などという議論があります。なかには、ナショナリズムは不潔だと言う人もいます。果たしてそうでしょうか。確かにナショナリズムは戦闘的であり、他国他民族との戦いを辞さない精神であり行動であります。しかし、ナショナリズムとは、祖国が他国から圧迫されたり侵略されたりした時にそれを撥ね退けようとする精神と行動のことを言うのですから、戦闘的なのは当然です。ただ年がら年中ナショナリズムを燃え立たせているというのではなく、祖国が危機に際会した時に燃え上がるのであります。大化改新・元寇・明治維新という国史を回顧致しましても、ナショナリズムが国家民族の危機を打開し国家変革を断行してきたのであります。

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2006年12月12日 (火)

千駄木庵日乗十二月十一日

午後は、父のお見舞い。そして医療機関と今後の事について相談。

その後、千代田区三番町の山種美術館にて開催中「千住博展」参観。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。北朝鮮問題専門家の話を聞く。その人は「中国をのさばらせてはならない。中国が一番の敵。北朝鮮とルートを持っていないと、日本は中国にやられる。アメリカは北朝鮮に①日朝国交正常化を日本にやらせる。②朝鮮半島の統一は韓国寄りでなくてもいい。という二つの飴玉を与えた。北朝鮮はアメリカを味方につけたから、『六ヶ国協議に日本は出る資格がない』と言い出した。アメリカも中国も北朝鮮の現状維持を望んでいる。休戦ラインを取っ払うには、北と中国とアメリカが話し合う。アメリカと中国によって金正日外しが行われ、金正日が殺される恐れがあるので、金正日はロシアを引っ張り込もうとしている。北東アジアで日本の存在感がなくなるのは悲しいこと。」などと語った。

                   〇

北朝鮮は外交駆け引きがうまいといわれるが、北朝鮮の外交官は命懸けなのだと思う。下手なことをすれば収容所送りになる。日本の外交官はそういう危険は全く無い。日本の政治家は権力闘争に負けても、刺客とやらを選挙区に立てられるくらいなものであるが、共産支那・北朝鮮と言った独裁国家の政治家・官僚は、独裁者に疎んじられたり権力闘争に負ければ命に関わる。権力を失えば、何時殺されるか、投獄されるか分からない。そういう国を相手としているのだから、日本の甘っちょろい外交では太刀打ちできない。だから何時もしてやられて金や技術をふんだくられ、何時までも歴史問題とやらで謝罪されられ続けているのだ。

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2006年12月11日 (月)

千駄木庵日乗十二月十日

昼、父のお見舞い。

午後三時より、九段會館にて、「故三浦重周氏一周忌(早雪忌)」執行。小田村四郎氏などが追悼の言葉を述べた。

三浦重周氏は、日本学生同盟及び重遠社の代表として、長年にわたり民族運動に挺身して来た人である。昨年十二月十日、故郷の新潟の岸壁で壮絶な自決を遂げられた。行年五十六歳であられた。

優れた理論家であり、且つ、学生時代から一筋の道を歩み続けた信念の人であった。小生とは、紀元節奉祝運動・終戦記念日活動で共に運動を行った。三浦氏の他界は惜しみてもあまりあることであり、これからこそ、国家民族のために頑張っていただきたかった。しかし、自決という事は余程の覚悟と深い思いがあってのことである。今はただご冥福をお祈りするばかりである。

今日は、学生時代からの同志同憂にたくさんお会いできました。本当に久しぶりの人もいました。ある同志は、「これから定年を迎える人が多い。私は定年後また民族運動に挺身したい。六十代の人々が一斉に民族運動に回帰したら、それなりの動きになるだろう」と語っていました。

私も同感しました。民族運動には定年はありません。高齢化社会になるこれからの日本のおいては、六十代はまだまだ壮年です。一層奮励努力しなければならないと思います。

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2006年12月 9日 (土)

千駄木庵日乗十二月九日

午後は、諸雑務。そして父のお見舞い。

午後六時より、神田学士会館にて、「憲法懇話会」開催。

鈴木満氏(平成国際大学大学院生)が、「筧克彦著『国家の研究』を読む」と題して報告したあと、高乗正臣平成国際大学教授が「美濃部達吉著『逐条憲法精義』について」と題する報告を行った。

「『祭政一致』『祭政分立』『政教分離』が近代憲法の原則。司法権・教育権は独立していなければならない。明治憲法体制は権力主義ではなかった。『帝国憲法』の解釈は、『告文』に基づき不文の憲法を根幹とせねばならない。憲法の天皇条項は確認規範であり、第九条は創設規範である。『帝國憲法』下においては、皇位継承・摂政就任については、全て皇室自らこれを定め、議会の議決によってこれを決することを適当しないとされていた。」などということが話された。

『大日本帝国憲法』下においては、天皇御自ら主宰される皇族会議があった。枢密院という、天皇の最高諮問機関があった。また、常時、天皇を輔弼し奉る内大臣がいた。そして宮内省があった。このように、天皇及び皇室を輔弼しお守りする体制が整えられたいた。戦後は、占領軍の弱体化政策により、悉く廃された。宮内省は宮内庁に格下げとなった。

こうしたことが、天皇を君主と仰ぐ日本国の國體を隠蔽する原因の一つである。一刻も早く是正されなければならない。

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千駄木庵日乗十二月八日

午前十一時より、靖国神社にて「大詔奉戴六十五年祭」執行。昇殿・国歌斉唱・祝詞奏上・玉串奉奠・大詔奉読などが行われた。

午後十一時より、小生が「開戦の大詔についてー安倍総理国会答弁に関連して」と題して記念講演を行った。講演終了後、湯澤貞前靖国神社宮司・半本茂氏が挨拶された。

この後、直会が行なわれた。

色々行事が重なっていたにもかかわらず多くの参列者があり、小生の拙い話を聞いて頂き本当に有難く思いました。また、森田忠明実行委員長のご努力に敬意を表します。

終了後、本駒込の駒込警察署に赴き、昨日紛失した手帳を受け取る。

夕刻は、入院中の父のお見舞い。

              〇

近頃どうしたわけか物を紛失する事が多くなりました。この夏にはカードなどが入っていた大事な名刺入れを落しました。昨日は、手帳を落してしまいました。今日の午前、私が靖国神社にまいりまして、自宅に留守番電話の有無を確認をしましたところ、何と靖国神社から留守電話が入っており、「駒込警察から、四宮さんの手帳を保管しているので受け取りに来てほしいという連絡があった」とのことでした。落した手帳の中に、「靖国神社崇敬奉賛會會員証」が入っていたので、駒込警察が靖国神社に連絡してくれたのであります。靖国神社からの電話を靖国神社で聞き、しかも、「崇敬奉賛會會員証」が入っていたために、小生の手帳であることが判明したという事に驚きました。少し大袈裟かも知れませんが、神のご加護を感じました。

どうも近頃、注意力が散漫になり、緊張感が足りなくなっているのかも知れません。気をつけねばと思います。

わたくしの和歌の師であられる故中河幹子先生(中河与一氏夫人)の歌に

「欲ふかき人間にして忘れものする性(さが)あるは救ひのごとし」

という歌があるのを思い出しました。

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2006年12月 7日 (木)

千駄木庵日乗十二月七日

午後は、明日の講演の準備。

夕刻は、父のお見舞い。

夜は、明日の講演の準備。

明日は靖国會館にて、「大詔奉戴祭」(森田忠明実行委員長)が執り行われ、小生が記念講演をさせて頂きます。

わが國の混迷の根本原因は、「大東亜戦争はわが國による一方的に侵略戦争であった。これによってアジア諸国に甚大な災厄をもたらした」という歴史観が横行し、日本国民が自国の歴史に誇りを持てなくなっているところにあります。マスコミ・学者文化人・政治家などが東京裁判史観・自虐史観に基づいて、祖国の歴史を断罪し続けている。こうした状況を是正することが今日最も大切であります。

その爲には、昭和十六年十二月八日に渙発された「大詔」に示され大御心に回帰し、その御精神を正しく認識すべきと信じます。

大東亜戦争を侵略戦争として断罪し、他国に謝罪することによって国際協力を果たそうとするのか、自存自衛・アジア解放の戦いであった大東亜戦争の意義に誇りを持ち、歴史の継承から世界に貢献するのか、この二つの道はまさにこれからの日本が亡国の道を歩むか、再生の道を歩むかの岐路であります。

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千駄木庵日乗十二月六日

午後は、資料整理。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後、明後日の講演の準備。

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千駄木庵日乗十二月五日

お昼頃、父のお見舞い。

午後三時半より、九段會館にて、「山紫会」開催。板垣正会長が挨拶。先崎一前統幕議長が講演し、「戦後五十年、自衛隊創設五十年にして、新しい秩序維持模索の時代となっている。一国では生きられない相互依存の時代になっている。国際テロにどうやって対応するか。新たな脅威に対する抑止力をどう高めていくか。北東アジアには不安定要素がある。体制が異なり強大な軍事力を持つ国家がある。自衛隊が国土防衛の基盤をしっかり持ち続けてきた。自衛隊も転換期を迎えている。新しい統合運用体制が作られた。いままでは陸海空のオペレーションがバラバラだった。統幕が司令塔となって全てを動かす形を整えたのでこれから中身を充実させる。北朝鮮の核攻撃に対してわが国ができることは、監視のみ。それ以外の手段はない。北の核攻撃への対応が陸海空統合の試金石。アメとムチが対テロ戦の実態。アルカイダの指令部掃討作戦と学校建設の両方をやる。国家としてのグランドデザインの中での自衛隊の位置付けが為されていなければならない。総理をサポートする国家安全保障に関する会議がつくられた。日本ハムの新庄選手がサマワに派遣された自衛官の家族の為に、札幌球場の切符を自分で買って贈ってくれた。」と語った。

今年の夏に退官したばかりの方であり、話が生き生きとしていた。「北の核攻撃に対してわが國ができることは監視のみ」と言われたのが気になった。質疑応答の時間があれは、日本の核武装についてどう考えるか聞いてみたかった。

日本の国防力は徐々にではあるが整えられつつある。自衛隊が一日も早く憲法に正しく規定された国軍となることを祈る次第である。

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お知らせ

突然にメンテナンスということでブログが二日間使用できなくなりましたため、「千駄木庵日乗」が掲載できませんでした。今日から再開致します。

四宮正貴 拝

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2006年12月 5日 (火)

千駄木庵日乗十二月四日

午後一時半より、靖国神社境内の靖国會館にて、「『皇室典範』改悪阻止共闘会議」開催。大原康男国学院大学教授が『典範改正論議の焦点』と題して講演、「安倍首相は有識者会議の報告通りの改正に反対。下村博文官房副長官はお蔵入りを明言。次の世代の男系男子の皇族はお一人。男系男子の継承を維持゚しつつ、危機を乗り越えるための新たな立法が必要。昭和二十二年十月十四日、十一宮家五十一方がGHQの圧力で皇族のご身分を離れざるを得なかった。これが皇統の危機の遠因。特別立法で旧皇族の復帰を認め安定的な皇位継承を確保すべし。これは女系による継承よりもはるかに伝統にかなっている。旧皇族のご子孫の中で適切な方に皇族にお戻りいただくのが我々の対案。」と語った。

夕刻は、父のお見舞い。

                 〇

終戦後六十年以上を経過して、愈々益々終戦直後の、戦勝国によるわが國の伝統破壊・弱体化政策を原因とする様々な問題が噴出してきている。しかもそれは、わが国存立の根幹をも揺るがしかねない事態となっている。

「皇室典範」・「皇位継承」について言えば、以前から小生が主張しているのであるが、「皇室典範」が占領憲法の下位法となり、「皇位継承」という神聖なる日本国の國體に関わる重大事を、権力機構の多数決が決定できるという事になっていることが最も大きな問題なのである。これは俗が聖を、政体が國體を、権力国家が祭祀国家を規定し規制することとなり、國體破壊である。皇室の御事は、輔弼の臣が、天皇様にご進言申し上げることは必要であるとしても、その決定は天皇の大御心によるべきである。そもそも皇室に関わる重大事を臣下が決めるなどという事があって良いはずがないのである。それは、皇室に税金をかけるという事以上に不忠不敬行為であろう。

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2006年12月 4日 (月)

千駄木庵日乗十二月三日

午後一時半より、明治神宮會館にて、「温故知新會講演會」開催。講演内容は次の通り。

井上順理素行会会長が講演し、「神の定義は、本居宣長の『尋常でなく優れたる徳のあるもの』という説が定説となっている。何であれ、普通でなく特別のものを神というというのが定説。八百万の神々には善神のみならず悪神もいる。真理を探究するのが西洋の学問。日本の学問は先人の教えを学ぶ。真理の中から道を学ぶのが日本の学問。東洋の学問は道を極めること。真理には悪も善もある。真理の中から良いものを発見する。『人類普遍の原理』などを持って来ても何の役にも立たない。教育の淵源は國體にある。わが國の歴史・伝統のエキスを子供たちに伝えるのが教育。日本は外国から佛教・儒教・漢字など多くのものを輸入し発達させた。日本文明は世界に発信する力を持っている。」と語った。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後、書状執筆など。

私は、日本国に生まれてきたことを限りなく、幸せに思う。自然は美しく、気候は穏やかであり、文化は洗練されており、食べものも美味しい。こんな國は世界に花いと思う。外国の文化・文明を柔軟に幅広く輸入し、そしてそれをより高度なものに育て上げてきた。

佛教も儒教も漢字文化も外来のものであるが、今日においては、その輸入先よりもわが國において、より高度な文化として花開いている。近代科学技術文明も、欧米から輸入したが、欧米以上の優れた文明をつくりあげている。

こうしたことの根底には日本民族の伝統精神がある。日本伝統精神は柔軟に外来文化・文明を受容しながら、独自性を喪失しない強靭さも持っている。これからの日本もこうした歴史に学び、優れた特性を生かして、日本文化の素晴らしさを世界に示し、世界の平和と幸福に貢献すべきである。

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2006年12月 3日 (日)

千駄木庵日乗十二月二日

午後は、本駒込にある六義園に赴く。徳川五代将軍綱吉の側近柳沢吉保の屋敷跡。六義(りくぎ)とは、『古今和歌集』の「序」にある和歌の分類の六体に由来する。紅葉の名所で、今日も見事な紅葉がたくさん見ることができました。深山幽谷を思わせる道もあり、大変素晴らしい庭園であります。私は植物にうとくて、見事に紅葉した樹が何と言う名であるのか分からないのが残念です。

土曜日という事もあって、たくさんの人が来園していました。場所によっては立ち止まってはいられないくらい、後から後から人が歩いて来ました。以前行った、知床半島や奥入瀬渓谷の遊歩道でもそうした体験をしました。

夕刻、父のお見舞い。

帰宅後は、書状執筆。

                 〇

徳川幕府は言うまでもなく、武家政権でありますが、政治体制が安定して来ますと、幕府上層部も各大名も、朝廷のみやびな文化を学び、模倣するようになリました。徳川綱吉は歴代将軍の中でも、特に朝廷を尊崇し、文化を尊びました。綱吉の側近である柳沢吉保は、和歌に因んだ名前の庭園をつくったのであります。これは大変良いことなのですが、武士らしさを喪失してしまったという側面もあります。言って見れば貴族化したということです。元禄時代とはそういう時代でもありました。

「生類憐れみの令」などは、行き過ぎた文化重視政策・武家の貴族化の典型であります。そうした風潮に活を入れたのが、赤穂義士の吉良邸討ち入りであったという説があります。あるいはそうかも知れません。

ただし、赤穂義士に思想的影響を与えた山鹿素行は、近世における最大の尊皇思想家でありました。また、徳川綱吉が浅野長矩を切腹させたのは、勅使接待役に任ぜられながら、勅使の来られた江戸城を血で汚したことに対する怒りが強かったからだといわれています。武家専横の時代といわれる徳川時代においても、尊皇精神は絶えることはなかったのであります。

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2006年12月 2日 (土)

千駄木庵日乗十二月一日

いよいよ師走に入りました。今年もあと一ヶ月しかありません。しかしこの一ヶ月が色々な行事がありさらに年越しの準備などでもの凄く忙しいのであります。

今日は午後一時半より、永田町の衆議院第二議員會館にて、『時局戦略懇話会幹事會』開催。藤本隆之展転社社長の司会で、領土問題の国民集会のことを中心に討議しました。また、『週刊新潮』で報道された『週刊金曜日』主催の皇室を冒涜した集会についても討議しました。

その後、同志議員事務所訪問、歴史問題・福島県知事選・造反議員復党問題などについて懇談。

この後、夕暮れ時の神宮外苑銀杏並木を散策。夕日に照らされ金色に輝く公孫樹が素晴らしかった。

帰宅後は、書状執筆。

                 〇

衆院第二議員會館前の路上では、「教育基本法改正反対」「共謀罪反対」そして朝鮮総連・北朝鮮擁護のビラ撒き・座り込みが行われていた。一般人の通行に支障をきたしていた。マイクの音が議員會館内にまで聞こえてきて五月蝿くて仕方がない。警察は何の注意もしない。このようなビラ撒きや座り込みを右翼民族派が行ったら警察は見過ごすであろうか。

国会前ではデモは許されないが、請願行進なら良いという。一体請願とはどういう意味か。「請い願う」ということで人民がお上にお願いするという意味である。これは、全くおかしい。現行憲法においては国民は主権者である。国民の方が国会より上なのだ。請願などという言葉は使われるべきではない。

しかも、その請願行進で、参加者が国旗日の丸を持って行進してはいけないと言うのである。これは私が実際に体験したことである。日本国民が国会に赴くのに、国旗を掲げてはいけないなどいう理不尽なことが許されて良いはずがない。

議員會館前での無法なビラ撒きや座り込みは放置され、国民が国旗を持って行進することは禁止されるなどという事は絶対に間違っている。

皇室冒涜の集会については、あらためて論じる予定です。

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2006年12月 1日 (金)

千駄木庵日乗十一月三十日

午後は、父のお見舞い。

その後、同志の事務所訪問。懇談打ち合わせ。

帰宅後は、書状執筆など。

                〇

国とは一体いかなるものをいうのか。国家の定義とは何か。愛国心・祖国愛の対象である国とは何か。実に難しい問題である。左翼=マルクスレーニン主義者は、国家は権力機構であって、これを打倒すべき存在であるとずっと主張し続けてきた。しかし、共産主義国家=マルクスレーニン主義を国是としている国家ほど、国家権力が巨大であり、しかも国民を痛めつけてきた。

人間による人間の搾取の無い世界を作るなどと言って共産主義政党一党独裁体制を実現した後、権力者による搾取が行われ、独裁専制政治によって国民の幸福が破壊されてきた国が、旧ソ連・共産支那・カンボジア・東欧諸国そして北朝鮮である。

今日、『教育基本法改正』に反対し、愛国心教育の反対している社民・共産両党は、国家否定のマルクス・レーニン主義思想の政党であり、旧ソ連・共産支那・北朝鮮と同根である。このような勢力の反国家運動こそ、国民を不幸にするという事を正しく認識すべきである。

『週刊新潮』今週号で批判されている永六輔・矢崎泰久・中山千夏といった連中も、反国家主義、反皇室(天皇制打倒)運動を行っているが、こういう連中こそ、日本を亡国へ導く元凶である。

なお、国家論については「政治文化情報」今月号で論じさせて頂きました。

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