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2006年11月11日 (土)

千駄木庵日乗十一月十日

午後は、入院中の父のお見舞い。

午後六時より、平河町の高池事務所にて、『國體政治研究會幹事会』開催。討議。

夜は『政治文化情報』十二月号の原稿執筆。

                 〇

創価学会会長が交代した。秋谷永之助前会長は、池田大作の下で長年仕えて来た。国会の参考人招致にまで引っ張り出されて苦労した。秋谷氏は若い頃、戸田城聖第二代会長から『城』という字を貰って、「城永」と名乗っていたが、三代会長に就任した池田大作から嫉妬され苛められた挙句、『城』という字が使えなくなり本名を名乗るようになった。恩師から貰った名前が使えなくなったのだからさぞや悔しかったであろう。また秋谷夫妻の仲人は戸田氏がつとめたが、池田夫妻の仲人は戸田氏ではなく、当時の理事長・小泉隆氏だった。今日このことを隠している。池田氏が戸田氏の後継者であることは戸田氏在世中から決まっていたという話はきわめて怪しい。ともかく、池田氏の秋谷氏に対する嫉妬と苛めはひどいものだったらしい。

池田氏の猜疑心の強さ、嫉妬深さは相当なもので、公明党代議士が国から勲章を貰うことも事実上禁止した。宗教の世界は、マゾとサドの集まりと言っていい位である。その教団の絶対者は幹部や信者を苛めるのに快感を覚え、幹部や信者も絶対者から苛められるのに快感を覚えるのではないとか思えるくらいである。

創価学会会長と言っても、『池田商店』の番頭に過ぎない。池田大作氏とその家族は栄耀栄華を極め会員から崇められても、会長以下の最高幹部たちは池田一族を守るために苦労させられ、何かがあると責任だけをとらされるという体制なので゙ある。

原田氏もこれから益々苦労させられることであろう。

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