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2006年10月 2日 (月)

千駄木庵日乗十月一日

午前より、父の介護。午後は、諸雑務。

午後六時より、文京シビックホールにて、『台湾研究フォーラム』開催。永山英樹代表が挨拶した後、阮美妹台湾神学院栄誉講師が、『日本人と二二八事件』と題して講演した。阮美妹さんの父上・阮朝日氏は、日本統治時代の一九〇〇年生まれで、日本の福島高商を卒業し、「新生報」という台湾の代表的な新聞の経営者であったが、一九四七年の二二八事件の際、国民党政権によって逮捕惨殺された。

阮美妹さんが「私の父は、新聞社を経営していたので、終戦前台湾で新聞検閲の仕事をしていた後藤田正晴氏と仲が良かった。私は、二二八事件の後、私は国民党から『反乱を起こした国賊の子』と言われた。王育徳さんの本を読んで父が殺されたと分かった。李登輝政権になって一九八七年に戒厳令が解除され、父のことを調査してきた結果を出版することが出来た。二二八事件では一万五千人から二万人の台湾人が殺されたと思う。私は昭和三年生まれ。父母は、日本の東照宮で結婚式をあげた。私を日本人として育てた。そして、日本に留学させた。いま私は神学院では、日本精神を教えている」と語ったのが印象に残った。

二二八事件とは、蒋介石政権が台湾を軍事占領した直後の一九四七年二月二八日に、国民党政権の腐敗と圧政に反抗して起った台湾人による決起行動であります。蒋介石政権は、大陸から精鋭部隊を台湾に派遣し、残虐無比なる鎮圧を行いました。その時国民党軍兵士が叫んだ言葉が『台湾人不是中国人、殺、殺』であります。そして当時日本教育を受け近代思想を十分に認識していた台湾知識人多数が殺されたのです。この事件が、台湾独立運動の原点であります。

逆らうものは殺すという「中国人権力者」の体質は、國民党であろうと共産党であろうと全く同じであります。二度にわたる天安門事件やチベット独立弾圧と、二二八事件を見ればそれは明らかであります。今日も、中国共産党と国民党とが手を結び、台湾を支那に併呑とようとしているのであります。アジアにおける最大最悪の侵略国家・専制国家が共産支那であります。

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