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2006年9月18日 (月)

千駄木庵日乗九月十七日

午後一時より神田学士會館にて、「日本學協会定例講演会」開催。

永江太郎氏が挨拶した後、平泉隆房金沢工業大学教授・長谷川三千子埼玉大学教授が講演した。

平泉氏は「楠子の『子』は敬称で『先生』という意味。楠公崇拝のピークは幕末。明治に入ると急速に衰えた。福沢諭吉が楠公の死を無意味とする『楠公権助論』を論じた。昭和期に楠公精神が興起した。しかし、また戦後衰退した。『太平記』に書かれた『死を善道に守る』とは後醍醐天皇方の武将の事を指す。南朝の尽くすことを言う。大義に殉じた楠公を評価するか、利益に走った高氏を評価するか、二つの価値観がある。南北朝時代が道義を大切にするか利益を大切にするかの大きな時代の分かれ目だった。それは社会経済史と軌を一にする。」と語った。

長谷川氏は、「明治維新後の日本は危さを抱え、今日の我々もそれを抱えている。維新後、水戸学を重んじる精神と、福沢諭吉の今日的に言うとホリエモンのような精神との両面があった。南北アメリカ大陸ではヨーロッパ人によって原住民は殲滅されている。アジアにおいて白人の脅威にどう対処したらいいかを考えたのが日本。中国の中華思想・朝鮮の事大主義は世界の中での自分の地位を見つけることができない。『五箇条の御誓文』が明治維新の出発点。水戸学精神と一致するところが多い。水戸学の折衷の精神は良きを取り悪しきを捨てる精神。日本は西洋に対抗するために自分を失わずに西洋の良いところを取り入れようとした。『天地の公道に基づくべし』とは『弘道館記』冒頭の精神と同じ。精神史的には大東亜戦争はまっだ終わっていない。」と語った。

大変勉強に成りました。近代日本は、欧米列強の脅威と戦った歴史であったと共に、欧米文化文明を吸収し学んだ歴史でもありました。そして日本は西洋の植民地らならずに済んだのであります。しかし、福沢諭吉の「脱亜入欧」「楠公権助論」のように、わが國の伝統精神を蔑ろにして西洋覇道精神に汚染された面があります。これがその後の歴史の悲劇を生んだとのだと思います。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備。

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