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2006年9月30日 (土)

千駄木庵日乗九月二十九日

午後二時より、青山の日本青年館にて、『日本真正保守の会』拡大幹事会開催。小田村四郎会長を中心に討議。

午後五時より、赤坂の乃木會館にて、『中村武彦大人命一年祭』執行。全国から同志が参列、厳粛な祭儀が行われた。この後、直会が催された。

                 〇

中村先生は、戦前戦中戦後と一貫して文字通り命懸けで維新運動に挺身されてきた方であります。その一貫した姿勢は、我々の指標でありました。また中村先生はまさに昭和史の生き証人であられました。昭和維新運動に挺身された先達の中で、私どもが親しく謦咳に接し、つい一年前までご指導を受けることのできた方であります。私も昭和四十四年頃よりご指導を受けて来ました。

中村先生は、温厚で優しい方でしたが、思想面・維新運動の基本についてはいささかも妥協されることのない方でした。そういう意味では大変厳しい方でした。理論面・行動面は勿論ですが、『歌心』という事においても、多くの事を学ばせて頂きました。衷心より感謝申し上げます。

お元気な最後のお姿を拝しましたのは、ある勉強会での、藤田東湖の『正気の歌』のご講義でした。その烈々たる気迫は今もわたくしの胸に甦ってまいります。先生の燃えるような情熱は最晩年までいささかも衰えることはありませんでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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2006年9月29日 (金)

千駄木庵日乗九月二十八日

午後、上野公園の東京藝術大学美術館にて開催中の「NHK日曜美術館三十年展」参観。

「日曜美術館」で取り上げた作品・作家の作品やその製作過程が展示されていた。また、番組の映像も流されていた。鏑木清方・上村松園・佐伯佑三・岡本太郎・富本憲吉・加山又三・平櫛田中・黒田清輝など多くの作家のの代表作が展示されており、やはり見事であった。迫力があるというか生命が息づいているように思えた。

鏑木清方・上村松園の絵は特に美しいと思いました。美術面においても、わが国はアジア各国の中でも特に優れた歴史を持つと思います。

帰りは、夕暮時の谷中寺町を歩いて帰宅。都心とは思えない静けさであり、樹木や寺の堂塔伽藍も美しく、昼間とはまた違った雰囲気でありました。

ふだん、色々と政治問題などで激しい論議をしたり、ものを書いたりしてゐますが、たまに美術を鑑賞すると心が落ち着きます。私宅が上野公園に近いことはとても有難く思っています。

夜は、書状執筆。

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2006年9月28日 (木)

千駄木庵日乗九月二十七日

終日在宅して資料整理。午後、父の介護のことで介護支援専門員の方と相談。

              〇

前法務大臣が、死刑執行の命令書にハンコを押さないで退任してしまいました。宗教上の理由だそうです。本人はそれで良いでしょうが後任の大臣に押し付けることになります。そもそも、法務大臣が命令しなければ死刑が執行できないという制度がおかしいと思います。自分がハンコを押すことによって、人間が死んでしまう、人の命を奪うことになるというのは、気持の良いものではありません。極論すれば人殺しをするということです。誰でも嫌がる仕事です。

死刑が確定し、再審請求も起らず、冤罪の可能性も全く無い場合は、一定の期間が過ぎたら、誰の命令が無くとも執行するという制度にすべきと思いますが如何でしょうか。

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2006年9月27日 (水)

千駄木庵日乗九月二十六日

午前中は、松山市内を見学。

午前十一時頃の列車で松山から高松へ。高松からフェリーで神戸に赴こうと思い、船着場に行きましたが、神戸からのフェリーの到着が遅れ、何時着くか分からない状況でした。高松から神戸まで四時間半以上かかる事もあり、フェリーの到着を待っていたら、今日中に東京に帰れなくなる可能性が高く、高松から岡山を経由して、新幹線で帰京しました。

高松からフェリーで神戸に向おうと思ったのは、次のような理由からです。萬葉歌人の柿本人麻呂が、任地の石見から大和へ帰る途中、明石海峡を通過した時、「天ざかる鄙(ひな)の長路ゆ戀来れば明石の門より大和島見ゆ」といふ名歌をのこしました。その人麿の旅路を偲びたいと思ったからであります。しかし、途中のJRの車窓から瀬戸内海を十分に眺めることができました。

                〇

小泉氏が総理大臣を退任しました。これまでの総理大臣の殆どが、泥まみれになって退任したのに比べますと、支持率五十%以上を維持したまま退任した総理は小泉氏だけではなかいでしょうか。今までの総理は選挙の敗北・健康上の理由・不祥事・政変・後継者による追い落としなどによって総理を辞めたケースが殆どでした。その意味では小泉氏は大したものだと思います。

公明党の代表が無投票で就任しました。公明党はこれまで、複数の候補者が立って党首の座を争ったなどという事はありません。共産党も同じです。この二つの政党は、犬猿の仲ですが、その体質は似ているのです。自由闊達な論議や党内の競争がないというのは何とも薄気味悪い政党です。

創価学会政治部というのが公明党の本質です。だから委員長も党員による民主的選挙によって選ばれることはないのです。そして創価学会の独裁者・池田大作氏を少しでも批判したり意向を無視したりすると、元委員長であろうと誰であろうと凄まじい攻撃を受けるのです。

公明・共産両党はやはり本当の意味の近代民主主義政党とはいえないと思います。

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千駄木庵日乗九月二十五日

午前の全日空機で羽田より四国松山へ。

到着後、松山城見学。

午後二時より、愛媛県民族青年会議の勉強会開催。谷田充氏が挨拶した後、小生が「現代の危機と愛国維新運動の使命」と題して講演。皆さん熱心に私の話を聞いてくださり、嬉しく思いました。活発な質疑応答も行われました。

この後、懇親会。

道後温泉に泊まる。

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2006年9月25日 (月)

千駄木庵日乗九月二十四日

終日在宅して、父の介護及び明日の講演の準備。

明日より、一泊になるか二泊になるか未定ですが、地方へ出張致します。この『日乗』は帰京後にまとめて書きます。

                 〇

安倍新総裁は、人柄がよく温厚そうなので、小泉氏のような戦闘性に欠けているようにも思えます。今日の日本はまさに内憂外患交々来たるといった状況であり、日本国の総理大臣には、共産支那・北朝鮮などの反日国家、そして国内の媚中派などと果敢に戦う姿勢が求められます。

安倍新総裁には、歴史問題・対支那外交問題などでおかしな姿勢を示し、権力奪取のためなら社民・共産ともてを結ぶという小沢民主党と徹底的に戦ってもらいたい。また、自民党内に残存する古い体質をもつ政治家、権力維持のためなら主義主張はどうでもいいという政治家とも戦ってもらいたい。似非保守・媚中政治家を排除してもらいたい。

そうしなければ日本の将来は実に危ういものとなる。祖父にあたる岸信介氏の『千万人と雖も吾往かむ』という第一次安保における戦闘精神・気概を見習ってもらいたい。

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2006年9月24日 (日)

千駄木庵日乗九月二十三日

午前は、『政治文化情報』十月号発送作業。発送完了。購読者の方には月曜日にお届けできると思います。

午後は、母などと共に北区にあるわが家の菩提寺へ。春秋のお彼岸に、墓参をして御先祖の墓を清め、御冥福をお祈りしています。本当に心洗われる思いが致しますと共に、心が落ち着きます。私たち日本人は、遠い昔より、先祖の靈を尊び、感謝し、冥福を祈り、そして生きている者たちへの御加護をお祈りして来ました。「萬葉集」にも死者の靈を弔う歌が数多くあります。それを「挽歌」と言います。

祖靈信仰は、自然信仰と共に日本傳統信仰の大きな柱であります。天照大御神は、皇室の御祖先神であると共に、太陽の神であられます。人はこの世から去れば、神様仏様になるというのがわが國の信仰です。また、人に恩恵を与えて下さる大自然を神として崇めました。

こうした尊い信仰は、いくら科学文明が発達致しましても、無くなることはありません。今日も多くの人々が、お参りに来ていました。私宅近くには谷中霊園があります。春秋のお彼岸には、多くの方々がお墓参りにこられます。うららかなお天気でしたので、今年は特に多くの人が来ていたようでした。

                                          合掌

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2006年9月23日 (土)

千駄木庵日乗九月二十二日

終日在宅して、原稿執筆、父の介護など。

              〇

都立高校などの入学式で国旗に向った起立と国歌斉唱を義務付けた東京都教育長の通達と学校長の職務命令は、「思想・信条の自由を侵害し、職務命令による強制は違憲」との判決を、東京地裁の難波孝一裁判長が下した。

難波裁判長は判決文で「日の丸、君が代は第二次世界大戦が終わるまで軍国主義思想の精神的支柱だったのは歴史的事実」と述べている。かかる偏向し根本的に誤れる思想を抱いている裁判長の判決には一切正当性は無い。断じてこのような判決を認めるべきではない。

公立学校において、国歌と国旗に敬意を表する教育を行うのは当然のことである。思想・信条の自由とはまったく別次元のことである。そもそもこういう訴訟を起こす連中は、日本國を顛覆せんとする革命勢力である。彼らの祖国は北朝鮮であり旧ソ連であり共産支那である。それらの国々こそ、國民の思想信条の自由を残虐に踏み躙っている国である。

「強制は違憲である」などと言うが、強制がなければ教育は成り立たない。第一、生徒に毎日登校させるのも強制である。漢字を覚えさせるのも強制である。教育は強制によって成り立っている。日本国民として一人前にするための学校教育において、国歌斉唱と国旗掲揚を義務付け、その時起立し歌うことを教師が率先して行い、生徒に模範を示すことは、教育上絶対に必要なことである。これを違憲だなどというのは、国家顛覆を狙った革命思想であり、かかる破壊思想・革命思想を抱く裁判官や教師はその資格を剥奪すべきである。

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2006年9月22日 (金)

千駄木庵日乗九月に十一日

午後一時半より、豊島区千早地域文化創造館にて、『萬葉会』開催。持統天皇御製を講義。

この後、丸の内の出光美術館にて開催中の『国宝・風神雷神図屏風』展参観。「風神雷神図屏風」は桃山から江戸時代初期の琳派絵師・俵屋宗達が描いた作品。尾形光琳・酒井抱一の描いた模作も展示されていた。

夜は、同志と懇談。

               〇

佐藤栄作元総理が、退任後、侍従長職に就きたいと願ったという話を聞いたことがあります。戦前は、侍従長・侍従武官・宮内大臣・内大臣・枢密院議長など、天皇陛下の御側にあって、奉仕し輔弼の任に当たる人々がたくさんいました。しかもその人々は、国務大臣以上の権威を持つ人々でした。佐藤氏が侍従長に就任しても決しておかしくはなかったと思います。

戦後は、戦勝国の日本弱体化政策により、宮内省も宮内庁に格下げとなり、天皇陛下の輔弼の任にあたる人々も極端に少なくなりました。宮内庁長官の権威もそれだけ低下し、政治家による、皇室の政治利用や政治的圧迫を十分に防ぎきれていないのではないかと推測します。三権の長の経験者やそれに匹敵する人々(政治家・官僚に限らず)が、陛下の御側にいて、お守りする体制を確立しなければならないと思います。

大変畏れ多い事ですが、天皇陛下及び皇室の政治利用を防ぐ爲にもこのことはまことに重要であると思います。

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2006年9月21日 (木)

千駄木庵日乗九月二十日

午前中は父の介護。

午後一時半より、ある会合にてスピーチ。

午後六時半より、豊島区駒込地域文化創造館にて『萬葉古代史研究会』開催。萬葉集作者未詳歌を講義。

              〇

最近は。保守政治家といわれる人々の中にも、国体観・歴史観がまったくおかしい人が増えています。ゆえに、「真正保守」という言葉が出来ました。

真正保守とは、歴史と伝統の国日本、天皇國日本を護り、その真の姿を回復せんとする思想と行動であります。保守といわれる政治家や学者・文化人といわれる人々の中に、戦後体制下の日本=現状の日本を守るという意味の保守に堕している人がいます。そういう人々は似非保守というべきであります。

民族派・維新勢力と真正保守の姿勢に立つ人々とは思想的にはほぼ一致すると思います。しかし、この二つの立場にも違いがあると思います。真正保守運動をしている人々は、合法的にその目的を遂げようとしている人々であります。いわゆる右翼民族派は、時と場合によっては非合法の行動も辞さないし、実際にそういう行動をする人々の事である、と私は思います。如何でしょうか。

帰宅後、明日の萬葉集講義の準備。

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2006年9月20日 (水)

千駄木庵日乗九月十九日

午後十二時半より、赤坂の日本財団ビルにて、『虎の門道場』開催。グレアム・ホルブルック・フライ駐日英国大使が「英国大使の見た日本」と題して講演。

「三十年前はじめて日本に来た時、田舎に行ったら『イギリスもやはり英語ですか』と言われて驚いた。喫茶店に入って『コーヒー二つ』と頼んだら店員が『ツーホット』と言ったので驚いた。ヨーロッパと日本は同じ問題に直面している。豊かだが人口は高齢化している。移民政策を考えねばならない。三十年前は『英国病』という言葉がはやっていた。英国の労使関係がうまく行かず、経済成長も鈍かった。しかしこの十余年間は経済は成長し続け不況はない。民営化・規制緩和という構造改革を二十五年間やった結果だ。柔軟な開放された経済になっている。経済成長に欠かせないのは競争原理と市場原理。イギリスで走っている自動車の半分はトヨタ・日産・ホンダ。バードウォッチングが趣味で日本全国に行ったが、自然が美しい。東京の都心にも、五十五種類の野鳥がいる。温暖化現象は国際問題。中国の二酸化炭素の排出量が問題。」と語ったのが印象に残った。

私もレストランで、「御飯を下さい」と注文したら「ライスですね」と念を押された事があります。何でも英語で言えばいいというものではありません。「ノンバンク」とは高利貸しのこと、「ホームレス」とは浮浪者のこと、「フリーター」とは失業者のこと、「セクハラ」とは痴漢行為のことだと思うのですが、最近は何故か英語で言うようになっています。

たしかに英国大使館の辺りは緑が多く良いところです。日英同盟があったためか、皇居のすぐそばに風格のある広大な大使館が立っています。私の母校二松学舎の近くです。よく散歩します。フライ大使に、「市場原理・競争原理を重んじることと、自然の美しさを護ることとをどう両立させるか」を質問すれば良かったと思っています。

午後六時半より、平河町にて、『日本再生の会役員会』開催。小田村四郎会長・西村眞悟衆院議員を囲んで懇談。

帰宅後、明日の萬葉集講義の準備。

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2006年9月19日 (火)

千駄木庵日乗九月十八日

終日在宅して原稿執筆・「政治文化情報」発送準備など。

             〇

靖国神社の「遊就館」の展示内容について、色々な議論が起っています。その中に「大東亜戦争がアジア解放戦争だという主張はアメリカとの同盟関係に悪影響を及ぼす」という主張があります。

しかし、歴史観が全く一致していなければ、あるいは同盟相手の国の歴史観を全て受け容れなければ、同盟関係が結べないなどという事はあり得ません。どうも日本の政治家などには、外国へ追従することが友好関係であるという誤った考えを持っている人が多いようです。対共産支那土下座外交・対米追従外交はこうした事が原因になっていると思います。

「遊就館」については次号の「政治文化情報」で少し論じました。欧米列強がアジア・アフリカを侵略し植民地支配した事は歴史的事実であり、大東亜戦争が、欧米列強の植民地支配を終息に向わせたことも歴史的事実であります。この事を否定するような歴史観は誤りであります。わが國の歴史博物館・軍事史博物館が、わが國の立場に立った展示をするのは当然であり、外国から干渉されることではありません。このことはいずれ詳しく論じたく思います。

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2006年9月18日 (月)

千駄木庵日乗九月十七日

午後一時より神田学士會館にて、「日本學協会定例講演会」開催。

永江太郎氏が挨拶した後、平泉隆房金沢工業大学教授・長谷川三千子埼玉大学教授が講演した。

平泉氏は「楠子の『子』は敬称で『先生』という意味。楠公崇拝のピークは幕末。明治に入ると急速に衰えた。福沢諭吉が楠公の死を無意味とする『楠公権助論』を論じた。昭和期に楠公精神が興起した。しかし、また戦後衰退した。『太平記』に書かれた『死を善道に守る』とは後醍醐天皇方の武将の事を指す。南朝の尽くすことを言う。大義に殉じた楠公を評価するか、利益に走った高氏を評価するか、二つの価値観がある。南北朝時代が道義を大切にするか利益を大切にするかの大きな時代の分かれ目だった。それは社会経済史と軌を一にする。」と語った。

長谷川氏は、「明治維新後の日本は危さを抱え、今日の我々もそれを抱えている。維新後、水戸学を重んじる精神と、福沢諭吉の今日的に言うとホリエモンのような精神との両面があった。南北アメリカ大陸ではヨーロッパ人によって原住民は殲滅されている。アジアにおいて白人の脅威にどう対処したらいいかを考えたのが日本。中国の中華思想・朝鮮の事大主義は世界の中での自分の地位を見つけることができない。『五箇条の御誓文』が明治維新の出発点。水戸学精神と一致するところが多い。水戸学の折衷の精神は良きを取り悪しきを捨てる精神。日本は西洋に対抗するために自分を失わずに西洋の良いところを取り入れようとした。『天地の公道に基づくべし』とは『弘道館記』冒頭の精神と同じ。精神史的には大東亜戦争はまっだ終わっていない。」と語った。

大変勉強に成りました。近代日本は、欧米列強の脅威と戦った歴史であったと共に、欧米文化文明を吸収し学んだ歴史でもありました。そして日本は西洋の植民地らならずに済んだのであります。しかし、福沢諭吉の「脱亜入欧」「楠公権助論」のように、わが國の伝統精神を蔑ろにして西洋覇道精神に汚染された面があります。これがその後の歴史の悲劇を生んだとのだと思います。

帰宅後は、「政治文化情報」発送準備。

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2006年9月17日 (日)

千駄木庵日乗九月十六日

午前中は父の介護。

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。木村汎拓大海外事情研究所教授が「プーチン・ロシアのアジア戦略」と題して講演。

「ロシアは欧米から離脱しつつある。ユーラシア主義に傾斜し、アジアに軸足を移している。しかしアジアにおける経験と手段がない。北朝鮮政策は過去の惰性を続けている。経済関係は著しく減少している。北への発言権無し。ミサイル発射の事前通告を受けなかった。自力による探知追跡能力も欠如。ロシアは中国との関係に最も力を入れている。しかし利益結婚で合って恋愛結婚ではない。アメリカ一極支配への対抗で一致。ロシア人は物を貸すという観念無し。貰う・取るという観念しかない。だから、一回取った領土は返さない。それがスラブ法の原則。ロシアではビデオレンタル店ははやらない。北方領土占有は所有権になっている。米露は蜜月からクールな関係の時代になった。ロシアはエネルギーを武器としている。エネルギーに過大な依存をしている。しかし石油価格が下がったら大変。日本の政治家は功名心があり、何か実績を残したいのでロシアに妥協する。何もしないことがロシアを焦らす。小泉が動かなかったから中国が焦っている。ノンアクションがベストアクション。情緒的外交は駄目。ロシアを落すには中央アジアに接近すべし。」と語ったのが印象に残った。

マスコミや加藤紘一氏や谷垣氏は、小泉外交は対アジア関係をメチャクチャにしたようなことを言っています。それは大きな間違いです。小泉氏が年一回の靖国神社参拝をやり遂げ、「訪中」も行わず、首脳会談もしなかったことが、かえって共産支那を焦らせています。これまでの土下座外交・朝貢外交を訂正した小泉外交は高く評価すべきであります。これから対支那関係が正常化する事を望みます。ともかく日本の政治家は共産支那を訪問し過ぎます。

夜は書状執筆など。

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2006年9月16日 (土)

千駄木庵日乗九月十五日

午前から原稿執筆。

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、『時局戦略懇話会総会』開催。領土問題・靖国神社問題などについて討議。

                〇

昨日の続きですが、私がある訪問団に属して韓国に行った時、ソウルのパゴダ公園というところに行きました。この公園は、三・一独立運動(万歳事件)が起ったところです。東京でいうと日比谷公園のようなところです。バスで集団で行ったので日本人の旅行団だとすぐ分かります。日本官憲による独立運動弾圧の様子が描かれたレリーフが刻まれた壁がありました。我々がバスから降りると、老人たちが日向ぼっこをしていました。石でもぶつけられるか、あるいは何か文句を言われるかと思ったら大違い。その老人たちはニコニコ笑いながら我々に握手を求めてきて、口々に「日本の方ですか。よく来てくれました」と歓迎してくれました。日本統治時代を体験している老人たちは我々日本人をとても懐かしがっていることを実感しました。

また、何かをきっかけとして反日デモが起こっている時にソウルに行った時も、行く前に日本のテレビで「タクシーは日本人の乗車を拒否する」「喫茶店に日本人は入れてくれない」などと報道していたのです。ところがこれまた大違い。ホテルの前に止まっていたタクシーの運転手が日本人客を取り合って喧嘩していました。また、喫茶店もレストランも焼き肉屋も日本人客を大歓迎していました。

この間の上海の反日暴乱の時、私の友達が上海に行っていました。具体的にはここでは書かけませんが、その友達はあのデモが官製デモであることを証明する体験を話してくれました。

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2006年9月15日 (金)

千駄木庵日乗九月十三日

お昼は、某所にて、同志と懇談。

午後は在宅して原稿執筆。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、『一水会フォーラム』開催。相林氏(中国民主運動家)が講演。

「一九八五年に来日。青島が故郷なので、幼い頃日本人が建てた建物に住んでいた。母が働いていた紡績工場も日本人が建てたもの。青島の中国人は日本人に対して良い感情を持っている。私は日本の古神道を信仰している。日本人は中国や朝鮮半島に神道の教えをどんどん発信すべし。中国人は神道や神社の本質を全く知らない。中国にとって、冷戦体制崩壊後、一番敵にし易かったのが日本。日本は豊かだから苛めたら金を持って来ると思っている。だから反日がエスカレートしている。毛沢東は八千万人の自国民を殺している。中国人はそれを忘れて南京事件を問題にする。共産党幹部が一番関心を持っているのは金儲け。反日運動は全て党がコントロールしている。あまり気にしない方が良い。共産党は暴力しか信じない。何もしなくとも中共政権はやがて崩壊する。毛沢東は『日本が侵略しなければ我々は蒋介石に潰された』と言っていた。中国人が一番好きな國はアメリカ。その次が日本。しかし国内では公言出来ない。鄧小平の娘や胡錦濤の側近は対日貿易で儲けている。頭山満が辛亥革命を支援したように、今日の日本人も中国民主化運動を支援してもらいたい。私たちはチベット独立・台湾独立を支持する。」と語った。

もっともっと興味深いことが語られたのですが、ここには書ききれません。後日『政治文化情報』誌で報告致します。

             〇

満州・朝鮮・台湾には日本を懐かしがり、日本に好意を持っている人々は多いのです。私も台湾旅行や韓国旅行で何回もそういう体験をしました。大陸に行った時も特別反日感情をぶつけられた事はなく、我々を歓迎し好意を持って接してくれる人ばかりでした。

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2006年9月14日 (木)

千駄木庵日乗九月十三日

終日在宅して原稿執筆。

              〇

『聖教新聞』など創価学会の機関紙誌を読んで思う事は、よくまあこれだけ毎日毎日池田大作氏をほめちぎることができるということです。一番驚くのは池田氏をガンジーやキング牧師と同列に扱って展覧会を開催している事であります。噴き出したくなる珍事です。その一方で、竹入義勝氏や阿部日顕氏に対する罵詈雑言・誹謗中傷を毎日毎日書き連ねています。その憎悪の激しさ・執念深さは異常です。創価学会の会員はこれを何とも思わないのでしょうか。部外者から見ると全く異様としか思えません。この宗教の異常さを実感します。一人一人の学会員は普通の庶民なのですが、こういう洗脳教育を受けている事は事実です。そしてその教団の政治部と言っていい公明党が政権に参加しているのです。自民党もそろそろ独り立ちすべきです。そもそも創価学会公明党を最初に政権に参加させ権力内部に取り込んだのは小沢一郎です。その責任はきわめて大きいと思います。

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2006年9月13日 (水)

千駄木庵日乗九月十二日

終日在宅して「政治文化情報」十月号の原稿執筆。

                〇

あまり感情でものを言ってはいけないのですが、私はあの小沢一郎氏の仏頂面が大嫌いです。追い出された自民党が余程憎いのか、自民党政権さえ倒せば日本が良くなると言っています。しかし、これは彼の怨念だと思います。そのために色々理屈をくっつけているのです。自民党政治は官僚に支配されていると小沢氏は言いますが、民主党議員そして小沢チルドレンにも官僚出身者は多くいます。彼等は、自民党に公認されないので、民主党や小沢にくっついている人も多いのです。

私が小沢が嫌いな最大の理由は、彼は自民党の古い体質=政官財の癒着体質の真っ只中で幹事長となりいわゆる「辣腕」とやらを揮っていたのにもかかわらず、自分が竹下派内の権力闘争に敗れると、理念も政策も全く異なる旧社会党・創価学会などと手を結んで権力を奪取したことであります。そして以後十数年間の日本の政治を混乱に陥れたのです。極端な言い方かも知れませんが、小沢一郎には、まともな政治理念・改革思想はなく、権力欲だけの人物なのかもしれません。

金権政治家・誤れる対支那外交を推し進めた田中角栄の「血筋」を引く小沢とか田中真紀子とかが権力を掌握することは絶対に反対です。安倍晋三氏には大いに小沢と戦って貰いたいと思います。その爲には、古い体質を持つ人を幹事長にしては駄目です。私は安倍新体制の幹事長は、麻生氏が良いと思いますが如何でしょうか。

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2006年9月12日 (火)

千駄木庵日乗九月十一日

午後二時より、九段會館にて行なわれた「大行社再興二十五周年・月刊大吼創刊二十五周年御礼祝賀会」に出席。

午後六時より、「九段下沙龍」に出席。

帰宅後父の介護。

               〇

自民党総裁選挙も、当選者が決まっているとのことで盛り上がりに欠けています。理念・政策を度外視して、権力を持ちたいという政治家が多いのには本当にあきれてしまいます。古賀誠や二階俊博などは、歴史問題や対支那外交姿勢から言って当然、谷垣を支持すべきなのに、安部氏を支持しています。何としても、党内野党になりたくないのです。

自民党内で左右対決が行なわれ、激しく戦われた上で安倍政権が誕生すれば、安倍氏も自分の理念通りの政治を遠慮なく行なえると思います。

民主党も、小沢氏が政権を取る為なら誰とでも手を結ぶというこれまた露骨な権力欲を示しています。社民・共産とも連立するというのです。理念政策はどうでもいい。権力さえ取れればいいという人たちは政治家ではなく政治屋なのであります。こんな連中には国事を論じる資格はありません。また国家の将来を危くします。

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2006年9月11日 (月)

千駄木庵日乗九月十日

終日在宅して原稿執筆。

              〇

昭和殉難者の靖国神社合祀に関して、「わが国はサンフランシスコ講和条約」で東京国際軍事裁判を受け入れたのだから、A級戦犯が祀られている靖国神社に総理大臣が参拝すべきではない」という意見があります。後藤田正晴や加藤紘一がこうしたことを述べています。しかし、「サ条約」でわが國が受諾したのは、「判決」であって「裁判」そのものではありません。「サ条約」の英文には「judgment」とと書かれています。これは「裁判」ではなく「判決」という意味であります。「サ条約第十一条」は、日本政府が刑の執行を停止することを否定した条文なのであります。わが国政府も国民も、「東京国際軍事裁判」そのものを受けいれたのでは絶対にありません。「極東国際軍事裁判」が国際法上違法なものなのですから、その「裁判」そのものは無効であります。

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2006年9月10日 (日)

千駄木庵日乗九月九日

終日在宅して原稿及び書状執筆。

          〇

九月九日は、重陽(ちょうよう)と言います。陽数の極である九が重なる意で、五節供の一つとされます。陰暦九月九日のことですから陽暦とは季節感覚が異なりますが、この日は、宮中で観菊の宴が催され、杯に菊花を浮かべた酒を酌み交わし、長寿を祝う行事が行なわれたといわれます。

現代日本特に都会においては、次第に季節感覚がなくなって来て、伝統行事や習俗がすたれつつあることをさみしく思います。

唐詩には、重陽の節句を詠んだ詩が多くあります。最も有名なのは王維という詩人の「九月九日山中の兄弟を憶ふ」という詩です。大学時代に内田泉之助先生に習ったことを懐かしく思い出します。唐詩を読むと、支那に対する親近感を覚えるのですが、現代の共産支那にの横暴はやはり許すことは出来ないというのが実感であります。

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2006年9月 9日 (土)

千駄木庵日乗九月八日

終日在宅して原稿執筆、資料整理。

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胡錦濤など最近の共産支那の指導者は背広を着てネクタイをしめています。革命第一世代と言われる毛沢東・周恩来・鄧小平は、人民服を着ていました。毛・周・鄧の三人が背広を着てネクタイをしめている姿は想像することもできません。第一まったく似合わないと思います。周恩来と鄧小平はブランス時代は背広を着ていたようですが、権力を掌握してからは着たことがないと思います。

逆に胡錦濤には、人民服は似合いません。しかし、姿形は違っていても、現在の支那が「紳士の国」になったと思ったら大間違いであります。一党独裁の専制国家であり、法輪光などの反体制勢力・民主化勢力に対して生体実験など残虐無比な弾圧を行っています。

共産支那は、自分たちが残虐行為を日常的に行なうがゆえに、かつて日本軍も同じ事をしたという虚構を作り出しているのだと思います。

毛・周・鄧時代よりも、今日の方が反日姿勢が強烈になっています。日本からさんざん金と技術を搾り取って国力を強め、今度は日本を圧迫しているのです。

こういう国とは絶対に妥協してはならないと思います。まして、歴史問題で謝罪したり、日本が悪かったなどと言ってはならないと思います。外交官時代から親支那姿勢であった加藤紘一氏の責任は大きいと思います。

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2006年9月 8日 (金)

千駄木庵日乗九月七日

午前は、父の介護のことで医療機関を訪問、相談。

午後は、湯島の旧岩崎邸庭園見学。

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一昨日は、三菱史料館を見学しましたが、今日は、三菱創立者・岩崎家本邸を見学しました。岩崎家及び三菱財閥の歴史は、わが国近代資本主義の歴史と重なります。また、旧岩崎邸の歴史は、日本近代史そのものと重なります。

岩崎邸のあるところは、江戸時代は越後高田藩・榊原氏の江戸屋敷でした。榊原氏は三河以来の徳川家康の臣で、徳川四天王といわれた榊原康政を祖とする越後高田藩主。明治維新後、榊原氏の江戸屋敷は、戊辰戦争の勝者・薩摩の桐野利明の屋敷となりました。そして西南の役の後、三菱財閥の岩崎弥太郎のものとなりました。そして大東亜戦争後、アメリカ占領軍に接収され、米諜報機関のキャノン機関が置かれました。接収解除後、何故か国有財産となり最高裁の司法研修所などに使われて来ました。

このように、旧岩崎邸は、明治維新・西南の役・敗戦・独立というわが國の変革と動乱の歴史を刻んだ建物と庭園であります。特に、戦後の接収時代には、不気味な歴史が刻まれているようです。近所の子供がキャノン機関時代に庭園にもぐりこんだら、アメリカ人が射撃練習をしていたという話を聞いたことがあります。

私の住む文京区にある歴史的建築物・岩崎邸の歴史については、もう少し調べて一文を書きたいと思っています。

帰宅後は、資料整理。

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2006年9月 7日 (木)

千駄木庵日乗九月六日

午前は、父の介護。

午後三時、皇居二重橋前にて、皇孫殿下御生誕の祝意を表させて頂く。国歌・聖壽万歳を謹唱す。松浦芳子杉並区議、土屋敬之東京都議など真正保守運動・愛国運動の同志が来ていた。

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親王殿下のご生誕はまことに喜ばしいかぎりであります。私は、日本皇室そして日本国は、神に護られていると実感しました。私の六十歳近い人生で、何度か、神の実在・神のご加護を実感したことがありますが、今回ほど、有難くそれを感じたことはありません。

まさに日本は、天皇を君主と仰ぐ神ながらの国であります。神の御心のまにまに生きて行くべきなのが日本民族なのであります。こざかしい議論は必要ありません。

皇統連綿・天壌無窮を篤くお祈りすることは国民のつとめであります。そして、國體・皇室・皇位継承の関することは、窮極的には万事神の御心のままにお任せするべきと思います。神は必ず日本を護りたもうのであります。日本の神々をお祀りされ、神々の御心のまにまに国をお治めになっている方が、祭祀主であらせられる現御神日本天皇であります。

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2006年9月 6日 (水)

千駄木庵日乗九月五日

午前は、父の介護と激励。

午後は、文京区内のある医療法人を訪ね、父の介護について相談。

この後、湯島にある三菱史料館を参観。明治三年創業以来の三菱財閥の歴史に関する史料が展示されていた。湯島には、岩崎家の広大な邸宅があった。

明治維新は西南雄藩が主導権を握って断行されたのであるから、その一つである土佐藩の岩崎弥太郎が、明治政府と格別の関係を結んで事業を拡大したのである。これが良いことか悪いことかは、にわかに判断致しかねます。

さて、今後の日本の健全なる発展・安全と独立の維持にとって、最悪の事態は、アメリカに民主党政権が誕生すること、台湾で国民党が政権に復帰すること、そして安倍政権が参院選に敗れて短命に終わること、この三つであると思いますが、如何でしょうか。

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2006年9月 5日 (火)

千駄木庵日乗九月四日

午前中は父の看護。

午後二時より、キャピトル東急ホテルにて、『マスコミ総合研究所研究会』開催。羅福全亜東関係協会会長(前駐日大使)が、「重要な台湾と日本の関係」と題して講演。

「日本は従来と違ったリーダーシップを発揮し、アジアの安保と繁栄に貢献すべき時代になった。日本の国連への拠出金は全体の一九%なのに、常任理事国になれないのは何故か。日本からODA援助を貰いながら核兵器を持ち、常任理事国になってゐる中国が反対しているからだ。東アジア共同体は自由民主・人権の共通項がなければならない。韓国の盧武鉉が統一を自由民主主義より重視して北朝鮮との統一を言うのは間違っている。馬英九も同じ。中国は独裁国家。そういう国との統一はダメ。中国は冒険主義を止めて近代化に励めば良い。国民党が政権に復帰しても、台湾が中国に寄ってしまう事はあり得ない。台湾が外国に対して『一つの声』でないことが台湾のの危機。中国で外貨を稼いでいるのは外資系企業。その半分は台湾企業。日本企業は中国に技術をタダ取りさせないが、台湾企業はタダ取りさせている。台湾企業は中国に合弁会社をつくって台湾に税金を納めない。台湾の経済人には、金儲けを考えて国家を考えない人がいる。私が総統だったら、立法院の許諾を得なくとも、アメリカからの武器供与を受ける。日本は靖国神社問題・歴史問題で中国に対して毅然とした態度をとれば、日中はまともな関係になる。日本が屈すれば、中国にアジア進出に利益を与える。」と語ったのが印象に残った。

羅福全前駐日大使も、許世楷駐日大使も、台湾独立運動の闘士であり、國民党独裁体制下には、台湾には帰国できなかった方である。帰国したら逮捕されたのである。そういう方が台湾政府の要人や駐日大使となっているのだから、時代は変ったと言うほかはない。

国民党が政権に復帰したら、まさか以前のような独裁国家に戻ることはないであろうが、対共産支那及び対日姿勢は、民進党政権よりも大きく変化することは確実である。一国二制度を受け入れ、親日国家が反日国家に変貌する危険がある。これはわが國にとってもまことに重大な問題である。

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2006年9月 4日 (月)

千駄木庵日乗九月三日

父のお見舞い、看護。原稿及び書状執筆。

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国家機構というものは、軍・税務署・警察がなければ成り立ちません。外敵を防ぎ、独立を守る武装組織が軍であり、国家機構運営のための資金を徴収するのが税務署であり、治安を維持して民の平穏な生活を守るのが警察だからであります。

ところが国の内外・時の今昔を問わず、この三つの組織ほど、民衆から嫌われたり、時に民衆の敵になる組織はありません。時代劇などでは、警察権や徴税権を持つ代官や家老が大体悪人です。という事は、この三つの組織が正しくまともに運営されている国がまともな国という事になります。

わが国は、他のアジア各国と比較すれば、この三つの組織はまともに運営され機能していると思います。それだけわが国は、立派な国なのでしょう。ただし、残念ながら、事実上「軍」であるにもかかわらず、自衛隊が正式に「国軍」として憲法に書かれていないことが大きな欠陥であります。

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2006年9月 3日 (日)

千駄木庵日乗九月二日

お昼より、お世話になっている方のお見舞い。

夕刻、木村三浩一水会代表と懇談。

夜は、母の代理で、ある会合に出席。

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父母が九十歳近くになり、やや体力が衰えました。毎日のように書いている「お世話になっている方のお見舞い」というのは実は、入院中の父を見舞い、一定時間付き添っていることなのです。

「親思ふ心にまさる親心」と松陰先生は歌われましたが、年老いた両親の身のまわりの世話をするようになると、今まで以上に親子の絆が深くなったように思います。

病室で横になって家に帰りたがっている父の姿を見ますと、一日も早く退院とてほしいと祈る気持ちで一杯になります。今日は私的なことのみを記してしまいました。

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2006年9月 2日 (土)

千駄木庵日乗九月一日

午後は、お世話になっている方のお見舞い、付き添い。

午後四時半より、赤坂の日本財団ビルにて、「虎の門道場」開催。尹徳敏韓国外交安保研究院教授が「朝鮮半島情勢と日本」と題して講演。

「北のミサイルは実戦能力が高まっている。千基のミサイルがある。北は朝鮮戦争の経験から、敵の兵站を叩く能力が必要だと考えて、ミサイルを開発した。移動式発射台を使って夜間に発射する能力を持った。今回の発射はアメリカのみならず中国へのメッセージが大きい。中国とアメリカが対北政策で接近していることへの牽制。中国は、マカオの秘密資金問題で金正日の側近を逮捕した。国連の制裁決議に賛成した。北は行き詰まった時に必ず冒険主義的行動をとる。アメリカの次期政権が金正日と取り引きしないかどうか心配。中国の新しい世代は、自信満々で、『中国と北朝鮮とは朝鮮戦争をともに戦った特殊な関係がある』という意識は持っていない。」と語ったのが印象に残った。

「臭いトイレは元から断たなきゃダメ」というコマーシャルの文句がありましたが、北のミサイルの脅威を除去するには、先制攻撃しかないと思います。しかし、それできるのはアメリカのみです。遺憾ながら、わが日本はそうした軍事力はないのです。いやあっても、今の国内状況では実行出来ないのです。自国の安全と平和を自分で守れないという事くらい情けないことはありません。これが外交にも影響しているのです。「外交とは華麗に礼装した軍事」なのですから。北朝鮮のミサイルが、北京を攻撃したらどうなりますやら…。共産支那に先制攻撃をさせたら良いのかもしれません。いややはり、かつてアメリカがノエリガ政権に対して実行したように、米日の特殊部隊が合同でピョンヤンを先制攻撃し、金正日を逮捕すべきであります。それが北朝鮮民衆のためでもあるのです。

帰宅後は、書状執筆・資料整理。

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2006年9月 1日 (金)

千駄木庵日乗八月三十一日

午後は、お世話になっている方のお見舞い。

夜は、書状・原稿執筆。

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私の尊敬する西村眞悟氏が「時事通信」と言うメールで、「ドフトエフスキーであったかソルジェニーティンであったか忘れたが、『一つの民族の本質を知ろうと思えば、その民族の運営する牢獄に入ればいい』と言った作家がいた。彼らは皆、獄につながれた経験があった。私は、この言葉を思い起こしながら大阪拘置所にいた。その間、拘置所を観察した。そして、日本民族であることに誇りを感じたのだった。何故なら、大阪拘置所が、規律をもって厳格にかつ誠実さがにじみ出た人々によって運営されていたからである。」と書いておられました。
私は獄中体験はありません。しかし、その国がどの程度の国かは警察を見れば分かると思っています。外国旅行をするとそれが実感出来ます。
他のアジア諸国と比べれば、わが國の警察はまともに機能していると思います。
ただし、後藤田正晴はダメです。彼は、「天皇は君主にあらず」という思想を持っていました。また、金権政治家・田中角栄の番頭となり、警察への信頼を崩しました。そして晩年は反戦平和のポーズをとり誤まれる対共産支那友好活動に狂奔しました。

しかし、奥野誠亮先生・大野健雄先生・山田英雄氏など内務官僚・警察官僚には立派な尊皇愛国の士がいます。

川路利良初代警視総監は「夫警察は国家平常の治療なり」と言いました。警察がおかしくなると、日本国家が内部から崩壊します。警察に対して、愛国運動を味方をせよとは言いませんが、昨日も書きましたが、謀略やおかしな情報を流して、運動を圧迫する事は許せません。

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