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2006年8月31日 (木)

千駄木庵日乗八月三十日

午後はお世話になっている方のお見舞い。

夜は、資料整理・書状執筆。また、今は「一神教」(ユダヤ・キリスト・イスラム教)の研究をしています。

             〇

少し微妙な事を書きますが、ある公安事件が起きますと、その実行者について、警察しか知り得ない情報が、メディアによって公表されます。それも、大体、実行者そしてその人の所属する組織にとってマイナスイメージになる事ばかりです。実行者が命懸けで行った事を矮小化する事を目的としてそうした情報を流しているとしか思えません。本当に悔しい思いがします。今回の事件の六十五歳になる実行者の心情を思うと本当に涙を禁じ得ません。

警察は、情報収集する時は、「勉強させて下さい」とか言いながら、色々聞き出そうとします。そうした警察官自身は、別に悪い人ではないのでしょう。職務に忠実なだけなのでしょう。しかし、情報は上に上げられ、蓄積され、事件が起ったりした時に利用されるわけです。

事件を防止し再発を防ぐ為に、公安事件を起こした人を「英雄」にしないという事が警察の方針です。その為に、あることないことマスコミに流します。

民族派運動・維新運動は、前にも書きましたが、現状変革運動という意味で反体制運動であり、時に法律違反をします。警察とは敵対関係にあるとまでは言いませんが、協力関係であるとは決して言えません。

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2006年8月30日 (水)

千駄木庵日乗八月二十九日

午後は、資料整理。

夕刻は、お世話になっている方のお見舞い。

夜は、書状執筆など。

              〇

ある憲法学者から、「法治とは法律を守る事によって国を治めるという意味ではない。国を治めるために法律を用いるという意味である。法律特に成文法は絶対的なものではない。成文法を守ってかえって国を滅ぼすことになる場合がある。」と教えられた事があります。

国家があって法律があるのであり、法律があって国家があるのではないのであります。本末転倒してはならないと思います。

法律を守ってさえいれば、國は安泰であるというわけではありません。悪法を守ると国がおかしくなる場合があります。「現行占領憲法」はその典型であります。だから政府自身が憲法違反・解釈改憲をせざるを得ないのです。「現行憲法に違反するから、国を守るために外敵と戦ってはいけない」などという事があっていいはずがありません。

国家緊急の場合は「超法規的措置」が必要な場合があります。法律を頑なに守っていては、明治維新は断行できませんでした。現行憲法を頑なに守っていては、国を守ることはできません。

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2006年8月29日 (火)

千駄木庵日乗八月二十八日

午後は資料の整理。

夕刻、お世話になっている方のお見舞い。

夜は書状執筆など。

                〇

以前、シベリア抑留体験を持たれる運動の大先輩から聞いた話ですが、ディックミネという歌手がテレビで、「大東亜戦争で死んだ人々は、無駄死にであった」というような事を話したので、手紙を出して反省を求めたら、ディックミネ氏が直接電話をして来て、「今のテレビではああいうことを言わざるを得ないのです。申し訳ない」と率直に謝罪したそうです。

私がテレビのナツメロ番組を見ていましたら、司会のコロムビアトップが、「戦時中は暗黒時代だった」というような事を言ったら、伊藤久男氏が、「私は昔の方が良かったね。あの頃は国の爲に歌うという目的があった。いまは金の為に歌っているんだ」と言っていました。伊藤氏は時代に迎合しない立派な歌手だと思いました。

今日ナツメロ番組を見ていてこうした事を思い出しました。戦前戦中は暗黒時代というのは明らかに誤りです。

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2006年8月28日 (月)

千駄木庵日乗八月二十七日

午後は、文京区の高齢者支援センターに赴き、お世話になっている方の介護について相談。

帰宅後、資料整理・書状執筆など。

               〇

わが国の近代化は、「文明開化」「西洋に追いつけ、追い越せ」の精神が根幹になっていたと思います。欧米の科学技術・政治思想・国家体制を学び取り入れました。「和魂洋才」とはそういう精神であったと思います。しかし肝心要の「和魂」が本当の意味で日本人の魂奥深くに養われていたかどうかが問題であります。

吉田松陰先生や本居宣長先生の説かれた日本古来の「大和魂」「大和心」、新渡戸稲造先生の説かれた日本古来の「武士道精神」とは、本来は排他独善の精神・日本民族の優越精神ではないのですが、「西洋に勝ちたい、西洋に追いつきたい」という精神が優先し、誤れる「優越精神」「強い者勝ちの精神」が染み込んでしまったと思われます。

その窮極が戦時中の「鬼畜米英」というスローガンです。

確かに米英等の欧米列強そして「中華帝国主義」は、アジア・アフリカ・南北アメリカ大陸などにおいて鬼畜の所業をしてきました。しかし近代日本はその「鬼畜米英」に追いつき追い越そうとして来たのです。大きな矛盾だったと思います。しかしこれは近代日本の宿命であったとも言えます。

自虐史観・東京裁判史観を払拭すると共に、今日においてこそ真の日本傳統精神・やまと心の復活が行われなければならないと信じます。

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2006年8月27日 (日)

千駄木庵日乗八月二十六日

午後は、お世話になっている方のお見舞い。

この後、神田学士会館にて開催中の『柳宗玄の世界展』参観。柳宗玄氏(美術史家)が世界各国で蒐集した様々な図柄が描かれた「織物」が展示されていた。

午後六時より、学士会館で『憲法懇話会』開催。

鈴木満氏(平成国際大学修士課程)による筧克彦氏(法哲学者・三潴信吾氏の岳父)の『国家観念略説』についての研究発表と、高乗正臣平成国際大学教授による宮沢俊義氏(憲法学者)の『憲法略説』の中の「皇室論」について研究発表が行なわれた。この後、討論。

宮沢俊義氏は、戦後おかしな学説を披瀝したが、戦前戦中は正論を吐露していた。同氏著『憲法略説』では「大日本帝国は萬世一系の天皇永遠にこれを統治し給ふ。これわが肇国以来の統治体制の根本原理である」「国家固有・不変な統治体制原理は国家成立と共に存するのであり、成文法の規定を俟ってはじめて存するのではない」「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要しない。皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。臣民の公議に付すべきにあらず。それは帝国議会の参与が許されぬことを意味する」と論じている。

小生は、「戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められしてまうようになったのは國體隠蔽である」とかねてより主張してきたが、宮沢氏も戦前においては同じ事を言っていたのである。高乗正臣氏のご教示に感謝します。

皇室の事柄を政府・国会で決めるのは、権力が権威を、俗が聖を、権力国家が信仰共同体国家を、政体が國體を規制する事となる。これは國體破壊であると言っても言い過ぎではないと思う。

また、『現行憲法』には「国民主権」「恒久平和主義」「基本的人権の尊重」の三原理があるといわれているが、「象徴天皇制」「間接民主制度」も重要な原理であり、この二つをあわせれば五原理であるという意見が出された。

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2006年8月26日 (土)

千駄木庵日乗八月二十五日

午後は、原稿執筆。夕刻からお世話になっている方のお見舞い。

              〇

戦前戦中の国家指導者に「戦争責任」があった事は確かです。しかしそのことと戦勝国の復讐である「極東国際軍事裁判」において「戦争犯罪人」とされたこととは峻別しなければなりません。国家指導者の「戦争責任」は日本国自身が、正しく明らかにすべきだったのです。それが出来なかったことが、今日の所謂「戦争責任問題」に尾を引いていると存じます。また米英支蘇が全て正しく、日本が全面的に悪という史観は全く誤りであります。また、わが國には戦争犯罪人は一人もいません。

東條さんなど所謂「A級戦犯」のみが非難されます。しかし昨日のこの欄で私が厳しく批判した鳩山由紀夫の祖父である鳩山一郎氏は、「統帥権干犯問題」で当時の政府を攻撃した人です。ことことがその後のわが国の歴史に大きな影響を及ぼしました。鳩山由紀夫氏は祖父・鳩山一郎氏の「戦争責任」についてどう考えているのでしょうか。

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2006年8月25日 (金)

千駄木庵日乗八月二十四日

午後は、お世話になっている方のお見舞い。

夜は、原稿執筆。

               〇

原稿執筆の為に、「終戦記念日」の小泉総理の靖国神社参拝についての政治家のコメントを読み返しました。

加藤紘一氏は、「この五年積み重ねて、結局、日中関係、日韓関係、アジア外交がほぼ崩壊に近い結果になりましたね」と言った。アジア外交とりわけ対共産支那外交を根底からおかしくしたのは加藤紘一である。加藤は宮沢内閣官房長官の時、「天皇御訪中」を推進し、窮極の「天皇の政治利用」を行ない、「天安門事件」によって国際的非難を浴びていた共産支那の国際舞台への復活の道をつけた男だ。糾弾されて当然である。

鳩山由紀夫も「立つ鳥、跡を濁しに濁していく話であって、無責任極まりない愚行である」と言った。靖国の英霊に参拝し感謝と慰霊の誠を捧げることが「愚行」であり「濁った行為」だと言うのである。何とも許し難い発言だ。

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2006年8月24日 (木)

千駄木庵日乗八月二十三日

今日は、大変お世話になっている方がご病気が重くなり、自宅から救急車で運ばれました。夫人がが高齢であるため、私が付き添ってまいりました。受け入れる病院を探しましたが、二軒に断られ、三軒目の病院に運ばれました。何処の病院も入院患者が多く、なかなか受け入れるところを探すのが困難であるとのことでした。救急車に乗るのは、二回目ですが、救急隊員の方が良くやってくれました。有難いことでした。病院側の受け入れ態勢も親切でした。

救命センターというのは、交通事故などで瀕死の重傷を負った方を受け入れるわけです。しかし一般の急病人を受け入れることは出来ないようです。東京は過密都市ですし、急病患人も多いのです。急患の受け入れ態勢の充実が必要であると実感しました。

暫らく付き添い、一端お世話になっている方の家に行き、必要な物を持って再び病院に行きました。その方はすっかり落ち着いていました。年配の方ですのですぐに眠られました。東京の大病院はなかなか行き届いた設備であり、病院の医師看護士も優れていると思いました。

今日は貴重な体験をしました。

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2006年8月23日 (水)

千駄木庵日乗八月二十一日

午後、知人と懇談。お世話になっている方のお見舞い。

夜は資料整理・書状執筆など。

             〇

台湾での大相撲が大盛況で、官民挙げての歓迎を受けました。台湾は、アジア、否、世界の中でもっとも親日的な國であります。

私がはじめて台湾を訪問したのは昭和四十年代後半でした。蒋介石総統存命中で国民党独裁政権下でした。しかし、酒場に行くと、日本の歌曲、特に渡辺はま子さんの『いとしあの星』『夜来香』など「なつメロ」ばかりが演奏されていました。支那という言葉は禁句だと言われていましたが、私が酔いにまかせて『支那の夜』を歌ったら、台湾の方々から拍手喝采を受けました。

日本相撲協会が台湾巡業を行った事を高く評価します。それと比較して『NHKのど自慢』が台湾で行なわれないことに大きな疑問を覚えます。日本語世代が次第に少なくなっていますが、日本の歌謡曲を愛する台湾の人々は非常に多いのです。ある台湾人の家を訪問した時、「紅白歌合戦」のビデオを見せてくれたことに驚きました。もう二十数年前のことです。

NHKは共産支那を恐れることなく、『NHKのど自慢』台湾公演を実現させるべきです。

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2006年8月22日 (火)

千駄木庵日乗八月二十一日

午前より、お世話になっている方のお見舞い。

午後七時より、ホテルサンルート高田馬場にて、「一水会フォーラム」開催。

小林興起前衆院議員が、「『主権在米経済』について」と題して講演し、「国民の総意で押し付けられた憲法を変えるエネルギーがなければならない。日本国民を幸福にする政策は行なわれていない。アメリカの手先になっている人がやたらに儲かっている。ここ数年サラリーマンの初任給は上がっていない。景気は回復していない。日本国民は良く働いているのに、給料は上がらない。誰かが収奪しているからである。長銀は安値で売られて外資に持っていかれた。アメリカが『金融は民間に任せろ』というのは『アメリカに任せろ』という事。私は通産省で働いていた時『アメリカに負けない経済を作ろう』と思っていた。竹中平蔵が閣僚になってから、日本の金がアメリカに流れるようになった。日本はアメリカに貢ぎ続けている。」などと語ったのか印象に残った。

この後、小生が『富田メモ』について語った。

「『富田メモ』問題も『日経』の報道直後の二週間くらいは連日話題になったが。終戦記念日を過ぎるとあまり語られなくなった。八月十五日の小泉総理の靖国参拝への支持が高まり、靖国神社に参拝した人も最高の数にのぼった。これは日本国民の良識であろう。」というようなことを話しました。

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2006年8月21日 (月)

千駄木庵日乗八月二十日

午前、『政治文化情報』九月号発送完了。購読者の皆様には、明日お届けできると思います。

午後は、書状執筆など。

夜は、お世話になっている方のお見舞い。

               〇

安倍晋三氏が、総理総裁に選出される事は確実な情勢になっております。真正保守派・民族派の彼に対する期待は絶大なものがあります。私も大いに期待しています。しかし、選出される前に、あまり過度の期待をするのはどうかと思います。もしも期待に少しでも違うことがあった時に、困ったことになるのではないでしょうか。

安部氏はまだ若く、よく調べていませんが、安部氏は史上最年少の総理大臣という事になるのでしょうか。そのことに不安を抱く人もいるようです。しかし日本の行政府の長は、他国と比較すると年代が高いことは事実です。「位が人をつくる」という言葉があります。私は、戦後の宰相では、吉田茂・岸信介両氏を高く評価しています。安部氏は岸氏の孫です。安倍晋三氏に大いに頑張ってもらいたいと思います。

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2006年8月20日 (日)

千駄木庵日乗八月十九日

終日在宅して『政治文化情報』発送準備、書状執筆など。

            〇

直接行動・テロというものは、現状変革の起爆剤となったり、政治家などの権力者に反省を促すための大きなきっかけなることは歴史が証明しております。確かにテロなどの直接行動や他人を傷つけたりすることは、第一義的には「善」とは言えないでありましょう。しかし、国家国民の為にならない人物に反省を促したり、あるいは国家の現状を打破するという大きな目的の爲にはテロ・直接行動が必要な場合があります。

実行者が本当に命懸けであった時、その心情を思うと、何とも言葉で表現のしようのない粛然とした気持ちになります。

警察は、あることないことマスコミに流して事件の矮小化を図ります。新聞やテレビなどは、警察の発表をそのまま報道します。特に所謂『右翼テロ』には情容赦のない非難攻撃を加えます。くやしい限りです。

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2006年8月19日 (土)

千駄木庵日乗八月十八日

終日在宅して『政治文化情報』発送準備など。

            〇

ある支那人と会話する機会がありました。彼は、「この前の戦争は、中国が日本に勝ったといわれているが、そうではない。実際にはアメリカが原爆を落し、ソ連が参戦したから日本が降伏したのだ。支那人は、何時か自分たちの手で日本をやっつけてやろうと思っている」と言っていました。

支那人の全てがそういう考えを持っているわけではないでしょうが、反日教育を受けた世代がそう思っている人が多いのではないでしょうか。韓国・朝鮮人にも同じような考えを持っている人がいるでしょう。

ともかく今日の日本は、わが國に敵意を持ち、軍事力を増強している国に囲まれているという厳しい現実をしっかりと認識しなければならないと思います。

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2006年8月18日 (金)

千駄木庵日乗八月十七日

午後一時半より、豊島区千早地域文化創造館にて、『萬葉會』開催。小生が、天武天皇御製を講義。混迷と危機の時代にこそ、日本の古典を学ぶことが大事である思います。原点への回帰が現状の打開につながるのです。復古即革新=維新であります。

夕刻、一水会事務所訪問。木村三浩代表と懇談。

帰宅後、深夜まで『政治文化情報』九月号発送準備。

             〇

今日も忙しい一日でした。「私に足りないものは、時間とお金です」などと言うと大変キザに聞こえますが、これは全く本当のことです。何とかならないものかと思っております。

数日前、東電の送電線が切れて大規模停電が起りました。江戸川の上を通る送電線が切れただけであのようになるという事、そして、船のクレーンが引っかかっただけという事を知って驚きました。もしも、敵性国家の工作員やわが国内の反体制分子が、首都を混乱に陥れようとして、各所の送電線を切断したらどうなるのでしょうか。また変電所を襲撃したらどうするのでしょうか。危機管理ということが随分前から言われていますが、本当に心配になります。

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2006年8月17日 (木)

千駄木庵日乗八月十六日

午後一時より、赤坂にて、ある評論家の方と靖国神社・歴史問題等について懇談。木村三浩氏と共なり。

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、『時局戦略懇話会』開催。当面する諸課題について討議。

              〇

激動の時代とは今日の事と思います。ロシアの行為は全く許し難いことです。そもそも北方四島はわが国固有の領土であります。今回のことは、わが國の内海において、侵略者が我が国民を射殺したのです。わが國がイスラエルやアメリカのような國であったなら、今頃は、徹底的な軍事的報復を断行しているでしょう。水晶島は言うに及ばす、北方四島に報復攻撃を敢行し、奪われた領土を奪還しているでしょう。

南は尖閣、西は竹島、北は北方領土という深刻な領土問題を抱えています。昨日はナショナリズム興起について書きましたが、否応なくそういう時代に突入しているのだと思います。

軍事力で全てが解決するとは思いませんが、軍事力の背景の無い外交は無力です。また、国民一人一人に祖国防衛意識と愛国心が確立されていなければなりません。

小泉内閣最後の大仕事は、まさに対露制裁であります。小泉総理・麻生外相・安倍官房長官に、大いに期待したいと思います。また政治家だけに任せず、われわれ国民もしっかりと対応すべきと思います。

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2006年8月16日 (水)

千駄木庵日乗八月十五日

午後一時より、靖国神社にて、『第四六回靖国忠霊祭』執行。昇殿し、国歌斉唱・「玉音放送」拝聴・祝詞奏上のあと、湯澤貞総代(前宮司)による祭文奏上が行われた。そして玉串奉奠が行なわれた。

この後、社頭にて「百人斬り訴訟を支援する会」によって行なわれた「南京大虐殺記念館の向井・野田両少尉の写真撤去に関する請願」署名の呼びかけ運動に参加。

夜は、地方から上京された同志同憂と懇談。

                〇

午前中から夕刻まで靖国神社境内におりましたが、あれだけ偏向マスコミや亡国野党が靖国神社を攻撃しているにもかかわらず、参拝者が途切れることなく続きました。そして私どもの署名運動に賛同し署名をしてくださる方も多くいました。若い男女・主婦の方々などが数多く参拝に来ていました。外圧がそして亡国勢力の妄動がかえってわが國の健全な愛国心を興起せしめたのです。まだまだ日本国は大丈夫だと思いました。こうした草の根保守・草の根愛国者の存在が本当に大切だと思います。

小泉総理の参拝後の記者会見での発言は、大体良かったと思います。不満は勿論あります。しかし、他の政治家どもと比較すれば立派だと思います。鳩山由紀夫・加藤紘一のコメントは何とも許し難いものでした。これが保守政治家かと疑いたくなります。

ナショナリズムを危険視する人がますが、国家の危機にはナショナリズムの興起が絶対に必要です。それが日本を救って来たことは、元寇・明治維新の歴史を見れば明白です。今日は本当に良い一日でした。今日は、日本再生への出発の日であります。

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2006年8月15日 (火)

千駄木庵日乗八月十四日

午後は資料整理など。

午後六時より、衆議院第二議員會館にて、『日本再生の会・西村眞悟国政報告會』開催。

小田村四郎会長の挨拶の後、西村眞悟衆院議員が講演し、「ヤルタ密約は二十世紀最大の誤りであったとブッシュは言った。しかしわが国外務省は関心を持たなかった。和訳文すら出せなかった。ホリエモンを『わが弟です。息子です』と言った武部氏の言葉に小泉改革の軽佻浮薄さが象徴されている。わが国政府はロシア・北朝鮮・中共の核は全てわが国を狙っていることに気がつかないふりをしている。日本は核武装について真剣な議論をすべし。わが国は『東京裁判』全体を受け入れてはいない。『富田メモ』に書かれていることが、昭和天皇のご発言であると立証する手段は何もない。その『メモ』によって国政が動かされるのはおかしい。日本は立憲君主国でなくなる。ブッシュは『日本は最も親しい同盟国だが、かつてはそうではなかった。同盟国になったのは、アメリカが勝ったからだ。アメリカが今やっていることはイラクを同盟国にするために有効である。』と思っている。わが国は民主主義国家としてアメリカより先輩である。アメリカはケネディの時代まで黒人差別があった。聖徳太子の時代に『十七条憲法』があった。日本をサッダム・フセインのイラクと一緒にするな。支那事変は支那とコミンテルンが仕掛けたのは歴史的事実。」と語った。

もっと多くの正論が語られたのですが、ここには書ききれません。後日『政治文化情報』で報告します。

日本はアメリカ・支那などよりずっとまともで正しい国であります。アメリカの自由も繁栄も、奴隷制度によって成り立ったのです。支那はいまだかつて民主的な国政選挙が行なわれたことはありません。言論の自由も集会結社の自由もない専制国家です。その上、歴史の捏造はお手の物というか本家本元です。わが日本かこのような国に『侵略国家だ』『歴史を鏡とせよ』などと裁かれ批判される必要は絶対にないのです。

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2006年8月14日 (月)

千駄木庵日乗八月十三日

終日在宅して資料整理など。

           〇

終戦記念日が近くなり、テレビは連日大東亜戦争についての番組を放送している。そしてその殆どは、満州事変から終戦までの日本の戦いは侵略であったということを前提として、日本軍の「残虐行為」「違法行為」なるものを暴き立てている。それが歴史の検証だというのである。

支那大陸にわが軍が進軍して行ったことは、当時の国際状況から萬止むを得ないことであった。戦争であり進軍であるから、やり過ぎ行き過ぎはあったであろう。誤りもあったであろう。しかしそれのみを強調して祖国の貶めるのは納得できない。満州事変・支那事変はわが國の一方的侵略では決してない。満州建国は正しいことであったし、支那事変は中共・ソ連の謀略がその原因である。

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2006年8月13日 (日)

千駄木庵日乗八月十二日

終日在宅して資料整理・書状執筆など。

             〇

日本を悪くした政治家はたくさんいると思いますが、私はワースト3は次の人物だと思います。①田中角栄②三木武夫③後藤田正晴です。

田中角栄はもう言い尽くされていますが、拙速な「日中国交樹立・台湾きり捨て」そして金権政治・政治の道義性の蹂躪です。三木武夫は、「国防費GNP比〇・三%未満」「永井道雄氏の文部大臣任命」など防衛政策・教育政策の左傾化、そして「靖国神社参拝は私的行為」と明言したことです。後藤田正晴は、警察官僚でありながら、金権政治家・刑事被告人田中角栄の番頭となったこと、そしてそのことにより歴史に汚名を残す事を防ぐ爲、偏向マスコミ受けする「反戦政治家的ポーズ」「親中姿勢」をとったことであります。

特に後藤田は、かつて『日経』記者の質問に答えて、「国務大臣という呼称はやめるべきだ。長官で良い。一体誰の臣下ですか」などと不埒千万ことを言いました。彼は日本国が「立憲君主国」である事を否定したのです。その子分が、富田朝彦です。警察官僚の質は後藤田あたりから相当に低下したのです。そして不祥事が続発するようになったのです。後藤田はこの三人の中でも最も狡賢い悪党だと思います。後藤田をほめちぎる佐々淳行もどうかしています。

この三人がテロにも遭わずあの世に行ってしまったのはどうしたことでしょうか。今日は少し過激な事を書いてしまいました。しかし、今日の日本国の国難は、この三人がもたらしたと言っても過言ではありません。

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2006年8月12日 (土)

千駄木庵日乗八月十一日

午後二時より、平河町にて、「日本真正保守の会」運営会議開催。米田建三前衆院議員を中心に今後の運動について討議。

                 〇

月刊『文藝春秋』で、『富田メモ』について、半藤一利・秦郁彦・保阪正康氏の座談会が掲載されていますが、その題名が何と「昭和天皇『靖国メモ』未公開部分の核心」となっています。これはまことにおかしいと思います。あのメモは、畏れ多いことですが、昭和天皇が書かれたメモではありません。富田朝彦氏のメモです。このような表題は明らかに誤りです。

中身も問題発言が多く、半藤・保阪両氏は、あのメモに書かれてあることを「昭和天皇の遺言ともいえる」などと述べています。とんでもないことです。「遺言」とは、正式に御直筆の文書とし遺されるべきものです。半藤氏はまた、このメモの公表を宮内庁が諒承したかのごとき発言をしています。これも問題です。もっと重大な発言もありますが、ここには書ききれません。

それにしても、この座談会でさんざん批判されている松平永芳氏はまことにお気の毒です。すでに亡くなられて反論することができないのですから…。富田氏の遺族の誤れる行動により、松平氏のご遺族そして昭和殉難者のご遺族は大変な苦しみを味わっているのではないでしょうか。

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2006年8月11日 (金)

千駄木庵日乗八月十日

終日在宅して『政治文化情報』の原稿執筆。

               〇

偏狭なナショナリズムは良くないとか、健全なナショナリズムは良いとかいう議論があります。一体、偏狭とはどういう事なのか、健全とはどういう事なのかはっきりしません。ナショナリズムとは、「ある民族ある国家が他国他民族から圧迫を受けた時にそれに抵抗する精神及び行動」と定義されると思います。

わが日本は今日まさに支那および朝鮮半島から外交的・軍事的圧迫を受けています。これを跳ね除けるために国民が一致団結して事にあたるのは、偏狭では決してありません。当然のことであります。独立国家として健全なあり方であります。

ナショナリズムとは、国語で言えば愛国主義・民族主義という事になるのでしょうが、戦後日本は余りにも愛国主義・民族主義を忘れ果ててきたのではないでしょうか。やまとごころ・やまとだましいの復興こそが今最も大切であると思います。やまとごころは決して偏狭にして独善的な精神ではありません。

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2006年8月10日 (木)

千駄木庵日乗八月九日

お昼は知人と懇談打ち合わせ。

午後からずっと在宅して原稿執筆。

               〇

橋本龍太郎元総理の葬儀に、共産支那からは閣僚級の人物は誰一人来ませんでした。橋本氏は、真正保守派や民族派から支那の手先と言われて批判されてきた人物です。何回も支那を訪れ「日中友好」に狂奔しました。共産支那政府及び共産党は、大型弔問団を派遣して当然です。韓国からは旛基文外交通商相が葬儀に参列しました。しかるに、支那はわが國の駐北京大使館に外相が弔問に訪れただけでした。何とも冷たい話です。死んだ人は利用価値はないと思っているのでしょう。中華帝国主義国家・共産支那がわが国を東夷と見下している何よりの証拠です。何回も朝貢に来た属国の元首相の葬儀に行く必要はないと考へたのです。わが国内の「親中派」もそうした支那の本性を見ぬくべきです。

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2006年8月 9日 (水)

千駄木庵日乗八月八日

午後は、上野公園の東京国立博物館平成館で開催中の『若冲と江戸絵画展』参観。伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」「紫陽花双鶏図」長澤芦雪の「白象黒牛図屏風」など数多くの作品を見る。

若冲の絵は、以前皇居内の三の丸尚蔵館の「群鶏図」を見て感激した。山水画の枯淡さとは異なるが、精緻な観察眼と濃密な色彩が見事。こうした画風は日本には珍しいと思う。

動物は鶴と龍と虎の絵が多かった。鶴は日本で棲息しているが、虎はいない。龍は想像上の動物であるから、どんな描き方をしても作者の自由である。その点、虎は今日では本物や映像・写真などをわれわれが見ることができるので、江戸期の虎の絵を見ると、猫を大きくしたような感じに見え実物の虎とは少し異なる。江戸期の画家は実物の虎を見たことがないのだから仕方がない。

夜は原稿執筆。「政治文化情報」の原稿です。「富田メモ」について書いています。本当に難しい問題ですが、誠心誠意書かせて頂いております。

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2006年8月 8日 (火)

千駄木庵日乗八月七日

午後は原稿執筆。夕刻知人と懇談打ち合せ。

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三木元総理が靖国神社参拝について「私的参拝だ」などと余計なことを言ったため、富田宮内庁長官は国会で当時の社会党の最左派であった矢田部議員から、天皇陛下の靖国神社ご親拝について「私的か公的か」と厳しく責められました。その事が、富田氏に大きな圧迫となったと思います。富田氏は、昭和天皇の靖国神社ご親拝をやめて頂きたいと思っていたのではないでしょうか。

また、富田氏は松平永芳元宮司を快く思っていなかったという証言があります。だからと言ってあのメモが富田氏の創作であるというのではありませんが、富田氏の意志がまったく混入されていないという保証はありません。つまりあの「富田メモ」に書かれていることはあくまでも、富田氏の聞き書きであり、先帝陛下のお心を百パーセント誤りなく伝えているとは言えません。

 現在の南部宮司が就任する際、今上陛下から特に御依頼がありお受けしたと承っております。今上陛下も昭和殉難者が祀られているからといって、靖国神社を尊崇しておられないということはあり得ません。むしろ靖国神社を尊崇し御心配になっていると拝察致します。

松岡洋右、白鳥敏夫両氏に対しての先帝のご批判も、宮内庁長官に対する私的なお言葉であって、先帝の絶対の大御心と拝することはできません。

ともかく天皇の大御心は、第三者のメモや日記によって示されるものではありません。

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2006年8月 7日 (月)

千駄木庵日乗八月六日

午後は、資料整理及び諸雑務。

夕刻より、同志と懇談打ち合せ。

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麻生外相が、「靖国神社及び全国の護国神社を非宗教法人にして、国立追悼施設にする」という『改革案』をまとめたという。麻生氏に期待していただけにこのような「案」を出したことにがっかりした。この「案」は、靖国神社解体=無宗教の戦没者追悼施設の建設である。絶対実現させてはならない。

「慰霊」とか「追悼」ということ自体すでに宗教行為である。宗教色を無くすなどという事は土台不可能なのである。であるならば、国家民族のために命を捧げた戦没者の慰霊・追悼という宗教行為は、わが国の傳統信仰によって行なわれるべきである。何処の國でも戦没者の追悼はその国の傳統信仰によって行われている。

麻生氏の「案」は、信仰共同体国家日本解体の導火線となる。断固反対しなければならない。靖国神社や全国の護国神社がこのような「案」を受け容れる筈もない。

もう一人の総裁候補谷垣氏は安倍官房長官が靖国神社に参拝したことを批判した。麻生・谷垣の二人は総理総裁になってもらっては困る。

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2006年8月 6日 (日)

千駄木庵日乗八月五日

終日在宅して諸雑務及び資料整理。急に猛暑が到来しました。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

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昨日と今日の『朝日』の「社説」は、続けて総理の靖国神社参拝反対論をぶっている。要するに、「誤った戦争を行ったという過去の訣別することが戦後の原点だから、戦争責任者が祀られている靖国神社に総理や官房長官は参拝するな」と言っている。

昭和前期の戦争は日本の一方的侵略ではない。①支那大陸へのわが軍の進攻は当時の状況下では止むを得ざる行動であった。②わが国には戦勝国による復讐によって殺された人々はいるが「戦争犯罪人」は一人もいない。この二つのことを国の内外に広く知らしめることが大事である。

わが国近代の歴史を否定する共産支那や『朝日新聞』をはじめとする「反日国家」「反日勢力」の誤りを徹底的に正さねばならない。

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2006年8月 5日 (土)

千駄木庵日乗八月四日

終日在宅して書状執筆、資料整理。

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共産支那の王毅大使が何処かで講演して、総理の靖国神社参拝について「隣人の嫌がることをしないのが東洋人の伝統だ」と言ったという。

冗談も休み休み言ってもらいたい。「隣人の嫌がること」を建国以来やり続けているのが共産支那である。ベトナム・チベット・韓国への軍事侵略、台湾への軍事恫喝を行ない、わが国に対しては内政干渉、資源と領土の侵害・反日暴乱・上海領事館員へのスパイ強要等々、数え上げればきりがないほど「隣人の嫌がること」をし続けて来ているのが共産支那なのだ。

「東洋人」などと言うが、東洋は一つの人種概念でひとくくりにできない。地域は広いし、人口は多く、多くの民族に分かれ、言語・宗教・文化は多種多様である。はっきり言って「神州清潔の民」=日本民族を共産支那政府治世下の暴逆支那人と一緒にしてほしくない。

そもそも孔子様の説いた道徳もわが國においてより高度となり、洗練され、そして実行されている。いまの支那人は孔子の教えに反することばかりやっている。王毅の発言は『顧みて他を言う』という諺通りの言い草である。

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2006年8月 4日 (金)

千駄木庵日乗八月三日

午後は、今晩の意見発表の準備など。

午後五時半より、麹町の弘済会館にて『維新公論会議』開催。

『富田メモ』問題がテーマ。ビデオ放映の後、犬塚哲爾・三沢浩一両氏及び小生が意見発表を行ない、湯澤貞前靖国神社宮司・大原康男国学院大教授が講演を行った。

湯澤氏は「昭和天皇が靖国神社ご親拝が行なわれなくなったのは、三木首相の『私的参拝』発言がきっかけとなって、『陛下のご親拝は公的か私的か』ということが国会で問題になったからである。宮司は独裁者ではない。宮司の恣意でご祭神が決まるわけではない。昭和殉難者の合祀は『国家護持問題』で国会が紛糾するなど様々な問題があって暫らく遅れただけ。松平宮司は、親不幸ではない。昭和殉難者の分祀強制は、権力による弾圧になる。」と語った。

大原氏は、「先帝陛下にとっては戦争中のことは同時代史であり、後知恵ではない。陛下の御発言を政治的に利用するご都合主義を糾弾すべし。先帝の御発言が今上陛下のご親拝を拘束することはない。天皇には公的性格と私的性格とがある。私的立場での御発言の公表は控えるべし。入江元侍従長以来の宮内官のモラル低下が問題である。」と語った。

もっともっと重要なことが語られたのですが、國體・皇室に関わるまことに重大な事柄ですので、それこそ、小生の「メモ」によってここに公表するのは控えさせて頂きます。

以前ある方から「靖国神社に祀られている神は、神話の神様でもなければ偉人聖人でもない。普通一般の庶民である。中には前科者もいただろう。ヤクザもいただろう。しかし、国の爲に命を捧げたから祀られたのだ。」という言葉を聞いて感激したことがあります。靖国の英霊とは、そういう尊い御霊なのです。まして戦勝国の復讐によって「処刑」されたり「獄中死」した殉難者を「祭神から取り外せ」などというのは余りにも理不尽であります。先帝陛下がそのような御心をお持ちになっていたなどという事は絶対にあり得ません。小生はそう信じます。

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2006年8月 3日 (木)

千駄木庵日乗八月二日

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、「皇室典範改正有志の会」開催。

夜は、同志と懇談。

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昔の『親中派』と言われた政治家は、松村謙三・高崎達之助氏などですが、それなりの識見があって、支那との関係を考えいた人々だったと思います。しかし、田中角栄の拙速なる『日中国交正常化』以後の、『親中派』と言われる政治家・経済人は、大した識見もなく、ただ経済的利益や、誤れる贖罪意識に支配されて、『日中友好』に浮かれてきたと思います。

共産支那はそうした日本のだらしない姿勢を見透かして、日本の経済協力に対する感謝の念など全く持ちあわせず、反日姿勢をとり、我国に政治的軍事的圧迫を加えてきているのであります。『日中友好』を唱え、推進してきた政治家・経済人の罪は深いと思います。

軍事的・政治的に毅然とした態度で共産支那に相対して行かねばならないと思います。また支那との経済取引も節度を持ったものにすべきであります。

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2006年8月 2日 (水)

千駄木庵日乗八月一日

午前はお世話になっている方のお見舞い。

午後は、衆議院第二議員会館の同志議員事務所訪問。懇談打ち合わせ。

午後三時より同會館会議室にて、「百人斬り訴訟を支援する会」第二回実行委員会開催。阿羅健一・相澤宏明・小田村四郎・荒木田修・稲田朋美・板垣正の各氏などがスピーチ。

稲田朋美衆院議員が、「『メモ』は書いた人の意志が入っている。『富田メモ』も然り。裁判では証拠能力なし。『百人斬り』も冗談話を当時の記者がメモをして記事にした。裁判とはバランス感覚。『殺人ゲームをした』と本多勝一によって書かれたことで遺族の人格・人権が傷つけられた。親や兄弟が虐殺者とされているのを放置するのは裁判所のやることか。」と語り、荒木田修弁護士が「裁判所はわれわれを勝たせることによってどのような国際情勢・国内情勢になるかに気付き、勝たせてはいけないと考えた。良識が通らなかったのは、本裁判が政治裁判になったから。敗訴しても『百人斬り』が事実であったことにはならない。」と語ったのが印象に残った。

歴史問題も現実問題もそれが事実であるかどうかを証明するのが非常に困難な場合がある。特に政治的謀略が絡まると尚更である。

夜は書状執筆など。

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2006年8月 1日 (火)

千駄木庵日乗七月三十一日

今日は原稿執筆と書状執筆そして月末ゆえにしなければならないことの処理に追われました。

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『テレビタックル』という番組で、「富田メモ」が話題となりました。民主党若手の長島昭久・原口一博の両氏が「このメモを政治利用してはならない」と言っていたのには感心しました。この二人は、日頃から安保問題・外交問題・教育問題などで良いことを言っています。自民・民主両党のベテラン議員よりもずっとまともです。山﨑拓・加藤紘一そして民主党の小沢一郎などが「富田メモ」を利用して、分祀論や共産支那に媚びる発言をしているのとは大違いです。また浜田幸一氏が涙ぐみながら、大東亜戦争と戦没者のことを語り、「富田メモ」公表は『國體破壊』の大きな謀略であると言っていました。浜田氏のことを見直しました。テレビ朝日の番組ですが、なかなかまともな内容となっていました。浜田・原口・長島・北野たけし氏は、天皇・皇室への尊敬の念と戦没者に對する哀悼の思いを持っていると感じました。

私も、ごく私的なメモをこの時期に公表したことに大きな策謀を感じます。そしてこのメモを振りかざして自己の政治主張を正当化させようとする動きに嫌悪感を覚えます。

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