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2006年6月16日 (金)

千駄木庵日乗六月十五日

午後一時半より、千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。額田王と大海人皇子の御歌について講義。夜は、『政治文化情報』七月号発送準備。

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今日講義しましたのは、次の二首です。

「天智天皇が蒲生野に遊獵しましし時、額田王のつくれる歌

あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る

大海人皇子皇太子の答へませる御歌       

                         

むらさきのにほへる妹を憎くあらば人づまゆゑに吾戀ひめやも」

天智・天武両天皇と額田王の三角関係が、後の壬申の乱の遠因であるという見解があります。宗教的・民俗學的研究が進んで、額田王の宮廷における役割が明らかになるにつれて、そうした見解はとられなくなりました。この御歌も深刻な戀愛歌、悲壮な戀の歌ではありません。むしろ開放感に溢れた明るい戀歌です。

この歌の歌われた「遊獵」(みかり)は、天智天皇が即位された年の旧暦五月五日の節句の行事で、宮廷のための薬草園で行われた農業の事始めです。この歌は、大勢の宮廷人の前で高らかに歌われた歌なのです。沢山の宮廷の男女が新緑が眩く紫草が咲き乱れている野原で解放された気分で遊獵している。そういう所で馬に乗っている大海人皇子がかつての妻に手を振るという状況です。

祭事の時に大らかに明るく少しはめをはずして唱和したという感じです。生々しい愛憎に満ちた三角関係の歌であるのなら、天智天皇の主催される公の席で歌われるはずはありません。深刻な差し迫った現在進行形の戀愛歌ではないことは確かです。余裕のある歌いぶりです。

『萬葉集』を余りに政治的に解釈してしまうことは良くないと思います。

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