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2006年6月30日 (金)

千駄木庵日乗六月二十八日

午後二時より、自由民主党本部にて、『米田建三を支える日本真正保守の会』発起人会開催。

安倍晋三官房長官・小田村四郎前拓大総長・梅澤史毅夫日本航空学園理事長・山谷えり子参院議員・吉田六左エ門衆院議員・板垣正元参院議員・田代ひろし都議会議員が挨拶を行った。

吉田六左エ門氏が「沢山当選してきた一年生議員の頭の中の構造をもう一度点検して日本の為に役立つ人間になってもらいたい」と語り、山谷えり子さんが「今や意図的に国柄を破壊しようとする動きがある。その勢力との戦い方を知っている人が米田氏である」と語ったのが印象に残りました。

米田建三氏が挨拶し、「政治の場、国会の場で国家の行く末や理念が語られなくなっている。そういう事を語ると変わり者と言われる。私は票にならない外交・防衛・教育に取り組んできた。横浜市内にある全く使用されていない米軍基地撤去を実現させたら、地元の自民党から『地代収入が入らなくなる』と言って批判された。ムラ社会的自民党との関係で苦労した。草の根保守・真の保守政治再建のために努力したい。」と語った。

実際、いまの自民党保守政治は、日本の良き伝統と自由国家を守るというのではなく、今日唯今の誇りも矜持も喪失し道義の頽廃した戦後体制を維持する誤れる「保守政治」になっていると思います。それどころか、山谷さんが言われたように、保守と言われる政治家の中に日本の国柄を否定するような動きをする人がいることが問題です。

米田氏の来年の参院選挙での勝利を祈念します。

帰宅後は、資料整理。

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2006年6月29日 (木)

千駄木庵日乗六月二十八日

お世話になっている方のお見舞い。

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、『時局戦略懇話会』開催。板垣正元参院議員、小田村四郎前拓大総長を中心に、『国立追悼施設建設問題』をはじめ当面する諸問題について活発に討議。

帰宅後、資料整理。

『国立追悼施設建設問題』で重要なのは、自民党政治家である山崎拓などが、「総理大臣の靖国神社参拝は違憲である」などと言い出したことである。歴史観や、昭和殉難者に対する考え方から、総理の参拝に反対するのも私には承服できないが、「靖国神社参拝は違憲」というのは、社民・共産など反日勢力の主張と同じである。山崎拓らは「保守政治家」としては越えてはならない一戦を越えたのである。

この欄で何回も書いてきたが、靖国神社をはじめして全国各地の神社は、普通一般の教団宗教・宗教法人とは全くその本質を異にする。

神社神道という祭祀宗教は、キリスト教などの救済宗教と違っても他の宗教を排撃しない。また特定の教祖・人物の説いた教義を絶対視しないし、特定の教祖・人物を神格化しない。第一、神社神道には教祖はいないし、独善的な教義・教条もない。

「総理大臣の靖国神社参拝を違憲だ」などと主張するのは、祭祀国家日本、天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体日本を破壊せんとする行為である。

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2006年6月28日 (水)

千駄木庵日乗六月二十七日

午後十二時半より、赤坂の日本財団ビルにて、『虎の門道場』開催。「中東情勢―日本への影響」と題する講演が行なわれた。登壇者の印象に残った発言は次の通り。

〈佐々木良昭氏〉「米のイラク進攻は成功した。時間はかかっても着実に事態は進んでいる。ただし、イラク政府によると五万人以上のイラク人が犠牲になった。三千億ドル(三五兆円)の戦費がかかった。今後ボディブローのようにアメリカ経済に影響してくる。スンニ派とシーア派の対立が激化している。自衛隊は大きな貢献をした。イラク大使は『一番嬉しいのは我々が一番苦しい時に自衛隊がそばにいてくれたことだ』と言っていた。アメリカの戦略にとって、自衛隊のサマワ派遣は本格的戦闘参加の第一歩。」

〈孫崎亨元駐イラン大使・防衛大教授〉「日本は安保面でも岐路に立たされている。超大国になったアメリカは、その地位の維持と米国流の価値体系による世界再構築を目ざしている。それに賛同する国と同盟関係を結ぼうとしている。日米安保体制は根本的に変ってきている。日米共通の戦略を持つべきなのに、日本には戦略がない。それが今問われている。非常に重要な選択を迫られているが、国民はそれを正しく認識しているのか。日本はこれまで安保問題の核心を避けて論議してきた。これからの日本は自衛隊が死者を出すか出さないかの選択が迫られる。」

この後、日本橋室町の三井記念美術館にて開催中の『京焼きの名工―栄楽保全・和全―』展参観。栄楽保全・和全は幕末期の京焼の名工。紀州徳川家や豪商三井家の庇護を受けたという。香合・茶碗・水指・花瓶などを見る。

保全の描いた「狐狸図」に「大かたの世捨人には心せよ ころもはきても狐なりけり」「小夜ふけて打つやたぬきのはらつつみ 月より外に聞く人もなし」という大綱和尚という人の狂歌が書かれていた。前の歌は、自分を「世捨て人」などと称している人には怪しい人が多いという意味であろう。なるほどと思う。現代社会にもこのような人はいます。無欲恬淡のふりをしていて思いのほか名誉欲・権勢欲の強い人に会ったことがあります。

私が最近反省していることは、自分を「愛国者だ」「尊皇家だ」などと気負いつつ他者に対していともたやすく「国賊呼ばわり」して来なかったかということであります。

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2006年6月27日 (火)

千駄木庵日乗六月二十六日

終日在宅して資料の整理と書状執筆。

小誌六月号と七月号に書きました「天皇と軍事」の問題について、読者の方々から色々な御意見が寄せられました。このようなお手紙を頂戴致しますことが、小生にとって最高の喜びです。

戦後日本の所謂「平和主義」によって、天皇と軍との関係が断ち切られてしまいました。これはアメリカの日本弱体化政策によるものであるとともに、戦前の様々に事象が影響していると思います。戦前の法と制度の不備が、軍の横暴と申しますか、議会や政治が軍事に口出しできないというおかしな状態を作り上げてしまったと思います。

「統帥権干犯」を主張して政府を攻撃したのは、軍部のみならず犬養毅・鳩山一郎という議会政治家だったという事実があります。

天皇と国軍の正しい姿が開顕しておりますれば、「天皇の名を借りて軍が横暴を極める」というようなことは起らなかったと思います。

現行憲法下におきましても、自衛隊の忠誠の対象は国家と国民の統合者であらせられ傳統の継承者であらせられる天皇であると信じます。

皇室の道統に、「武・軍事」があることを否定することはできません。むしろ、わが國における軍の道義性は、「わが国軍は天皇の軍である」という精神から発すると思います。

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2006年6月26日 (月)

千駄木庵日乗六月二十五日

午前、つくばエクスプレス線にて、筑波へ。筑波市にお住まいの同志の御案内にて、筑波山へ向かう。途中、六所皇大神宮に参拝。夫女ケ原(ぶじょがはら)というところに建てられている萬葉集歌碑を仰ぐ。高橋虫麻呂の長歌及び反歌が刻まれていた。

ロープウェイで筑波山女体山に登る。

伊耶那美命が祀られている筑波神社の分社に参拝。山頂にて四方を見渡すも、雲がかかり殆ど何も見えず。ただし、相当の高山に来たような心地がした。神秘的な雰囲気が漂っていた。

山を下り、筑波山神社に参拝。御祭神は、伊耶那岐命・伊耶那美命。筑波山は太古より、関東地方の民衆に神聖なる山として仰がれてきた。『萬葉集』にも筑波山を歌った多くの歌が収められている。

三十年近く前に一回参拝したが、今回は二度目である。神社の雰囲気はやはり山岳信仰であるため、大和の三輪神社に良く似ている。民衆に親しまれる神社であり、今日も多くの人々が参拝に来ていた。女体山にも多くの人々が来ていた。

元治元年三月(

1864)に水戸藩士藤田小四郎、田丸稲之右エ門等が筑波山に集結し、筑波義挙の兵を挙げ尊皇攘夷を天下に呼号して維新回天の魁となった。

太古よりの信仰を継承する筑波が、同時に科学技術研究発展の中心地となっていることは、わが国が傳統を重んじながら常に新しき進歩を図っていく国柄であることを証ししている。神社神道=日本伝統信仰は大いなる包容力を持つ信仰であり、日本国のあらゆる文化・文明の根幹をなすものなのである。

こうした事實を見ると、全国各地に鎮座する神社および神道は一般の教団宗教とは全く異なる性格であることが実感できるのである。「靖国神社は一宗教法人であるから総理大臣が参拝するのは違憲だ」などいうのは全く日本の国柄と傳統を破壊する思想である。

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2006年6月24日 (土)

千駄木庵日乗六月二十四日

終日在宅して資料整理、書状執筆など。

台湾に初めて行ったのは、まだ蒋介石が存命中の昭和四十年代の後半でした。ホテルで国民党機関紙『中央日報』を読んでびっくりしました。毛沢東や葉剣英という中共指導者の名前の姓と名の間に『匪』という字を入れて「毛匪沢東」「葉匪剣英」と書いているのです。また南京国民政府主席だった汪兆銘のことは「汪逆精衛」と書いているのです。支那は言葉の国だとはいいますが、相当の怨念体質を持っている国だと思いました。戦時中の日本でも、「足利逆高氏」とは書きませんでした。日本と支那とはまったく文化感覚の異なる国であると実感しました。

台湾の国民党は今日、共産支那と手を組んで、政権を取り戻そうとしています。これは「第三次国共合作」です。国民党は共産党と手を組んだ後、必ずひどい目に遭っています。その歴史を忘却したのでしょうか。台湾侵略に利用されているだけです。必ず墓穴を掘ると思います。

また、国民党があれほど敵対していた中共と手を結ぶというのは、「光復大陸国土・堅守民主陣容」という蒋介石の遺言を踏み躙る行為です。

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千駄木庵日乗六月二十三日

午前、お世話になっている方のお見舞い。

以後、在宅して原稿執筆、書状執筆。

皇居東御苑に旧江戸城天守閣を再建する動きがあるという。とんでもないことである。昔、中山正暉という代議士がかかる運動をしたが、民族派などの反対に遭い頓挫した。

天守閣はそれこそ、武家政権・覇道政治の象徴であって、皇居には全くふさわしくない。

皇居東御苑は、先帝昭和天皇様の思し召しにより、武蔵野の面影を再現した清らかな庭であり、大嘗祭の執行された聖地である。そこに覇道の象徴である旧江戸城天守閣を再建するなどという事は許されない。天守閣から宮殿・御所・宮中三殿を見下ろすことにもなり、不敬の所業である。そんな動きが具体化としているのなら、反対運動を起さねばならない。

この動きは、明治神宮外苑の「再開発」なるものとも連動しているのであろうか。

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2006年6月23日 (金)

千駄木庵日乗六月二十二日

午後は原稿執筆。

午後三時半より、赤坂の日本財団ビルにて『日本の総合的安全保障のあり方に関する研究報告會』開催。登壇者の発言は次の通り。

〈菅原出氏〉「アメリカと正面から戦争した唯一の國は日本。戦後は米国と同盟関係を結び経済発展した。この力を外交力に使えるのではないか。日本の潜在的力を見直したい。戦略的広報外交は、中国のロジックを壊すことが大事。欧米のメディアをターゲットにすべし。国家のイメージを明確にして日本のロジックを確立せよ。日本発の英語での発信を増やすべし」

〈阿久津博康氏〉「中国の反日プロパガンダに対抗してわが国も欧米に対して英語で発信すべし」

〈田代秀俊氏〉「日本の尺度で中国を見てすごいと思ったり、ひどいと思っても意味がない。中国の『歴史』という言葉の意味は日本語でいうと『経歴』いうこと。中国にとって『歴史』とは誰かにとって都合の良い事実を集めただけのもの。中国は我々と全然違う価値観を持っている。孔孟・孫子・韓非子のことを中国人は知らない。日本人の方が良く知っている。日本人は不言実行だが、中国人は不言実行なんてとんでもない。夫婦喧嘩も屋外で口でする。蒋介石の『以徳報怨』は日本軍の武器を共産軍やソ連軍に渡さないでくれという事。」

〈鈴木邦子さん〉「アメリカの大学生の日本の歴史に対する見方は日本の左派の論調と同じ。戦略的広報外交の重要性を再認識させられた。南京問題などに関する英文資料が必要。東中野修道氏の南京事件に関する英文資料は役立つ。素早く明解な対応をして明確な主張をすべし。」

〈吉崎達彦氏〉「日本のバックボーンを言語化すべし。」

帰宅後も原稿執筆。

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2006年6月22日 (木)

千駄木庵日乗六月二十一日

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、『百人斬り訴訟支援決起集会』第一回実行委員会開催。稲田朋美・高鳥修一衆院議員がスピーチ。討議。

この後、同志議員事務所訪問。懇談打ち合わせ。

午後六時半より、南大塚社会教育會館にて、『萬葉古代史研究会』開催。萬葉集巻十二作者未詳歌について講義。

『アエラ』六月二六日号に『靖国の極秘革命プラン』なる記事が掲載された。真偽は別としてきわめて重大な内容である。この記事を読んだ感想を記します。

まず第一に、天皇陛下の御姉君を政治利用することは絶対にあってはならない。祭祀国家日本の中心聖地たる伊勢皇大神宮の「祭主」をつとめられている尊貴なお方が、他の神社の「宮司」に就任あそばされることはあり得ないことと拝察する。

さらに靖国神社問題については、①戦没者の慰霊顕彰は、日本伝統信仰たる神道祭式で行なわれなければならない、②靖国神社は普通一般の『宗教法人』とは全くその性格を異にする、③日本には「戦争犯罪人」は一人も存在しない、という三つの原則は絶対に曲げてはならない。

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2006年6月21日 (水)

千駄木庵日乗六月二十日

終日在宅して資料整理及び明日の萬葉集講義の準備。明日は午後六時半より、南大塚社会教育会館にて、「萬葉古代史研究會」がございます。詳しくはホームページの活動予定欄をご覧下さい。

ある日、あるファミリーレストランで食事をしていましたら、女子中学生が入って来ました。女性店員がその二人に向って、「禁煙席にしますか、喫煙席にしますか」と聞きました。女子中学生は真顔で「禁煙席」と答えました。マニュアル通りの応対なのでしょうが、ふきだしてしまいました。未成年は煙草を吸ってはいけないのですし、女子中学生が人前で吸うはずもありません。

以前ファミリーレストランで、「日本茶を下さい」と言ったら、どぎまぎする店員がいました。メニューに無い物を注文されたらどう答えたらいいか分からないのです。日本茶の代金をとられたこともあります。

チェーン店の居酒屋で、品物を注文しますと、店員に「喜んで」と言われるところがあります。注文したら悲しまれても困りますが、別に店員に喜んでもらうために注文するわけではないので、なにか妙な気分になります。

『テレビタックル』で、小沢一郎氏が、「心臓病の為に本会議に出れない」と言ったことが話題になり、「中曽根さんも奥野誠亮さんも八十歳を過ぎてもきちんと本会議には出ていた。小沢はおかしい」と誰かが言っていました。全くその通りと思います。小沢氏は政権奪取を至上命題としていますが、心臓病が本当なら総理大臣はつとまるはずがありません。

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2006年6月20日 (火)

千駄木庵日乗六月十九日

午前十一時半より、東京丸の内にある日本工業倶楽部前で西村修平氏などが行なった経済同友会に対する抗議活動に参加。

小生はハンドマイクで抗議街宣を行いました。経済同友会会代表幹事である北城恪太郎日本アイビーエム会長が、「小泉総理の靖国神社参拝の自粛を求める提言」を行ったことに対する抗議活動であります。

北城氏は色々理屈をくっつけていますが、要するに「総理の靖国神社参拝によって、商売がやりにくくなっているから参拝を止めろ」という主張なのであります。つまり、「自分たちの金儲けが出来なくなるから、共産支那の不当なる内政干渉に屈しろ」と言っているのであります。そのことを強く道行く人々に訴えました。

午後は明治神宮参拝。

明治神宮文化館宝物展示室にて開催中の『明治神宮外苑奉献八十年記念特別展・二世五姓田芳柳(にせいごせだほうりゅう)と近代洋画の系譜-近代の歴史画の開拓者-』を参観。

この後、御苑の花菖蒲・南池・清正井を巡る。

今日も充実した一日でした。

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2006年6月19日 (月)

千駄木庵日乗六月十八日

午前、『政治文化情報』七月号発送完了。購読者の皆様には、明日にはお届けできると思います。

午後から夜にかけて書状作成・書類整理など。

北朝鮮が長距離弾道ミサイル「テポドン2号」を発射しようとしているという。わが国政府は、北朝鮮が発射に踏み切った場合、米国と連携して、ただちに国連安全保障理事会の開催を求めるとともに、北朝鮮籍船舶の入港禁止など制裁を発動する方針を固めた。

麻生外相は「最悪の事態は考えておかないといけない」と言っている。であるならば、わが国及びわが国民の安全を守るために、先制攻撃をしたらいいと思う。「攻撃は最高の防御なり」という言葉がある。北朝鮮のミサイル発射基地を日米合同で攻撃することこそ、「最悪の事態」を回避できる最高の策である。

こうした考えは無謀でありましょうか。北朝鮮のような無法国家に対しては、事後の制裁では何の効き目もないと思います。また、共産支那は北朝鮮の後ろ楯であり、国内の社民・共産両党は北朝鮮と同根の勢力であることをこの際はっきりと認識すべきであります。また、日米軍事協力に反対する輩は、北朝鮮・共産支那によるアジア・日本軍事侵略の協力者であります。

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2006年6月18日 (日)

千駄木庵日乗六月十七日

午後は書状作成など。

夕刻、新橋にて、先輩同志と懇談討議。

前田健治元警視総監が亡くなった。六十六歳だから、私とは七歳しか違わない。この人が警視総監時代に、警察の右翼民族派への弾圧が強まった。街宣活動に対する規制の強化が行なわれた。のみならず、右翼民族派の機関紙誌や一般雑誌・新聞への企業の賛助金支払いに対しても、警察は無法なる規制を加えた。その結果、総会屋や商法違反とは全く関係のない多くの雑誌・新聞が廃刊に追い込まれた。たとえば、元警視総監・安倍源基先生が創められた「新日本協議会」という団体や共産主義批判雑誌社として有名だった「全貌社」も解散に追い込まれた。また、前田氏が特定政治家や某大新聞経営者の意向に沿った無理な捜査を命じたという指摘もあった。

しかも前田氏は、退官後に、自分が総監在任中に商法違反で摘発した日本航空に天下るという噂が流れたため、顰蹙を買った。

以上のような理由から、小生はこの人に対して、抗議活動を行った。都議会警察消防委員会を傍聴しようとした時、警視庁警察官に『特別公務員職権濫用』と言って良い「威圧」を加えられたのもこの時である。この恨みは忘れない。

死者に鞭打つわけではないが、この人が警視総監をしている時に、小生の警察に対する見方が大きく変化したことは事実である。

しかし、人としての礼儀として、ご冥福を祈ります。

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2006年6月17日 (土)

千駄木庵日乗六月十六日

終日在宅して、『政治文化情報』七月号の発送準備。

超党派の「国立追悼施設を考える会」(会長・山崎拓)が、十五日の総会でまとめた『提言』で「総理の公式参拝は違憲の疑いがある」としたことは大きな問題です。「国立追悼施設を考える会」に参加している保守政治家は一線を越えたのです。左翼・反日勢力と全く同じ主張を掲げたのであります。断じて看過できません。

新しい無宗教の追悼施設建設とは即ち靖国神社の否定であります。明治天皇の大御心によって創建された靖国神社を否定することは、即ち天皇を祭祀主とする日本國體の否定であります。

愈々白蟻ようにわが國の内側から日本國を滅亡させようとする勢力が蠢動を開始したのであります。山崎拓・福田康夫・鳩山由紀夫・野田毅ら似非保守・共産支那の手先と言って良い政治家に対する監視を強めねばなりません。

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2006年6月16日 (金)

千駄木庵日乗六月十五日

午後一時半より、千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。額田王と大海人皇子の御歌について講義。夜は、『政治文化情報』七月号発送準備。

             〇

今日講義しましたのは、次の二首です。

「天智天皇が蒲生野に遊獵しましし時、額田王のつくれる歌

あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る

大海人皇子皇太子の答へませる御歌       

                         

むらさきのにほへる妹を憎くあらば人づまゆゑに吾戀ひめやも」

天智・天武両天皇と額田王の三角関係が、後の壬申の乱の遠因であるという見解があります。宗教的・民俗學的研究が進んで、額田王の宮廷における役割が明らかになるにつれて、そうした見解はとられなくなりました。この御歌も深刻な戀愛歌、悲壮な戀の歌ではありません。むしろ開放感に溢れた明るい戀歌です。

この歌の歌われた「遊獵」(みかり)は、天智天皇が即位された年の旧暦五月五日の節句の行事で、宮廷のための薬草園で行われた農業の事始めです。この歌は、大勢の宮廷人の前で高らかに歌われた歌なのです。沢山の宮廷の男女が新緑が眩く紫草が咲き乱れている野原で解放された気分で遊獵している。そういう所で馬に乗っている大海人皇子がかつての妻に手を振るという状況です。

祭事の時に大らかに明るく少しはめをはずして唱和したという感じです。生々しい愛憎に満ちた三角関係の歌であるのなら、天智天皇の主催される公の席で歌われるはずはありません。深刻な差し迫った現在進行形の戀愛歌ではないことは確かです。余裕のある歌いぶりです。

『萬葉集』を余りに政治的に解釈してしまうことは良くないと思います。

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2006年6月15日 (木)

千駄木庵日乗六月十四日

午後一時より開かれたある会合にてスピーチ。

夜は、明日行なわれる『萬葉會』での講義の準備。

超党派の議員連盟『国立追悼施設を考える会』は、十三日、「靖国神社とは別の特定の宗教によらない国立追悼施設の創設」を政府に求める提言をまとめた。そしてあろうことか、小泉総理の靖国神社参拝を「一宗教法人への公人の参拝は違憲の疑いがある」などと指摘し、「靖国神社にA級戦犯(正しくは昭和殉難者)が合祀されていることは近隣諸国の反発を招いている」と明記した。

戦没者の慰霊はわが国傳統信仰たる神社祭式で行なわれるべきである。靖国神社は、オウム真理教や創価学会などの宗教法人とはまったく性格を異にする。わが国には「戦争犯罪人」はかつて一人もいなかった。

『国立追悼施設を考える会』の提言はまさに傳統破壊であり、外国の内政干渉に屈した許し難い売国的行為である

この議員連盟には、山崎拓、福田康夫、額賀福志郎、鳩山由紀夫などが加盟している。このような主張を公明・共産・社民という売国政党のみならず、自民党・民主党所属のいわゆる「保守政治家」までが行ったのである。まさに世も末である。

この動きは祭祀国家たる日本國體の根幹そして歴史観に関わる重大問題である。厳しく糾弾し、国立追悼施設創設の動きを粉砕すべきである。

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2006年6月14日 (水)

千駄木庵日乗六月十三日

午後は書状作成など。

午後六時より、虎の門パストラルホテルにて、『渡部篤君の出版を祝う会』開催。

額賀福志郎・麻生太郎・津島雄二・武部勤・笹川尭・加藤紘一・片山虎之助・石破茂の各氏が祝辞を述べ、渡部篤氏が挨拶を行った。

渡辺篤氏は、会津若松市議会議員当時からの同志です。去年の総選挙で比例区で初当選しました。選挙区では渡部恒三氏に惜敗しました。郷土会津の悲劇など歴史のことも良く勉強している愛国者であります。このたび展転社から『草の根保守宣言』という著書が出版されました。

 靖国神社に変る無宗教の慰霊施設をつくるという事ほど愚かなことは無い。「無宗教」とは霊とか神とか仏とかを認めないということである。しかし、日本武道館で営まれる政府主催の『全國戦没者追悼式』においても、「全國戦没者之霊」と書かれた柱が会場の中央に立てられる。そもそも亡くなった方々を慰霊するということは「霊の存在を信じる」という宗教的信念・信仰があるからことできることなのだ。「無宗教」とは霊魂の否定であり道義の否定である。信教の自由が保障され政教分離が行われている国においても、国家的な追悼行事はその国の伝統的な宗教の祭式によって行われている。

「政教分離」とは一神教國家における特定の教団宗教と政治権力の結合による信教の自由の侵害を防ぐための<原則>であって、「國家及び自治体」と「宗教」とを全く無関係にするという<原則>ではない。

 國家民族のために一身を捧げた護國の英霊を、わが國伝統祭式によって靖國神社に公的にお祭りし慰霊し顕彰し感謝の誠を捧げることが、「政教分離」の原則に違反するなどという批判は全く誤りである。靖國神社國家奉護が実現しない限りわが國の戦後は終わらないし、わが國は真の独立國家とはいえない。

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2006年6月13日 (火)

千駄木庵日乗六月十二日

午後は資料整理。

午後六時より、九段下沙龍。同志と懇談討議。

〇 

「言挙(ことあげ)せぬ国」という言葉があるように、日本にはあまりべらべら喋りまくって自己主張をすることを良しとしない考え方がある。「言挙せぬ」とは「理屈」「論理」を弄んだり振り回したりしないということである。だから日本人は、理論体系を作り出すことはしなかった。日本伝統信仰においては、一神教そして仏教の一部のように、特定の教義を絶対のものとしてこれを信奉し、これに反するものを排撃するということをしない。

 日本人は、人としての自然な情感・感性・驚きというものは大切にするが、そうしたものから遊離した超越的な『論理』『原理』と称するものを設定しない。なぜなら超越的な『論理』『原理』と称するものは、人が造ったものであり、嘘や独善と隣合わせであると直感するからである。

土井晩翆氏作詩の『星落秋風五丈原』に「嗚呼鳳遂に衰へて/今に楚狂の歌もあれ/人生意気に感じては/成否を誰かあげつらふ」とあり、三上卓氏作詩の『昭和維新青年日本の歌』には「功名何ぞ夢の跡/消えざるものはただ誠/人生意気に感じては/成否を誰かあげつらふ」とあるように、日本人は物事を「あげつらふ」ことを嫌った。

「あげつらふ」とは、物事の善し悪しについて意見を言い合うことであり、欠点・短所などを殊更に言い立てることである。それは人生や宇宙そして自然そのものを歪曲する危険がある。論理とか教義(イデオロギー)というものは宇宙や人生や世界や歴史に対する一つの解釈であり絶対のものではないのである。

私もこうしていろいろ書いていますが「あげつらひ」になっているのではないかと反省しています。

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2006年6月12日 (月)

千駄木庵日乗六月十一日

午後一時より、靖国神社境内の靖国會館にて、『みことのり普及の講演会』開催。

国学院大學教授・茂木貞純氏が「昭和二十一年元旦詔書と御製」と題して講演し「アメリカは国家と神道の徹底分離を行った。戦前の国定教科書は、天皇神孫論から天皇現御神論に変化した。『詔書』は神話を否定したのではなく、天皇と国民との紐帯は神話のみではないとされ、日本民族は世界征服民族ということを『架空なる観念』であるされた。天皇は御自らを神であると尊大に誇張されることはあり得ない。『現御神と大八洲しろしめす』とは、神の心を心として世の中をしろしめすという意味である。天皇は絶対神ではない。」と言われたのが印象に残った。

この後、井上順理鳥取大学名誉教授が意見を述べられ「天皇は普通の人とは異なる。普通の人では君主たり得ない。人にして神であり神にして人であらせられる。占領下には、天皇は自由意志を表明することが出来なかった」と言われた。

日本天皇は、一神教の信ずる唯一絶対神・超越神ではあらせられないのは申すまでもありません。天皇は、天照大御神の神裔(ご子孫)であらせられ、地上における御代理であらせられると拝します。それを『現御神』『現人神』と申し上げてきたのであります。これが「記紀萬葉」以来の日本民族の天皇信仰であります。

昭和二十年九月二日の降伏文書調印から、昭和二十七年四月二十八日の『サンフランシスコ講和条約』発効までの期間は、わが國の主権は連合國に奪はれ、隷属(subject to)していたのです。恐れ多いことではありますが、この期間中に発せられた『昭和二十一年元旦の詔書』はそのつもりで拝承しなければならないと考えます。

詳しくはホームページの『第十七回・名歌鑑賞』をご覧下さいませ。

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2006年6月11日 (日)

千駄木庵日乗六月十日

午後十二時より、青山霊園にて『無名烈士墓前法要』執行。読経・焼香が行なわれ、頭山興助氏が挨拶を行った。そのあと、同じく青山霊園にある金玉均氏の墓に参拝。

「無名烈士」とは、大正十三年に制定された米国の「排日移民法」に抗議し、同年五月三十一日米国大使館脇の井上子爵邸の一隅にて割腹自決を遂げた「雄神院義膽日忠大居士」のこと。氏名はわかっていない。内田良平・頭山満氏らが発起人となり国民葬が営まれ三万余の人々が参列した。のちに青山霊園に葬られた。

金玉均氏は韓国李朝末期の開化派の指導的政治家。日本政府の援助を期待し国家改革運動を積極的に推進したが失敗、明治二七年三月二八日、上海で閔妃の刺客により暗殺された。遺体は本国朝鮮に運ばれて凌辱され、胴体は川に捨てられ、首は京畿道竹山、片手及片足は慶尚道、他の手足は咸鏡道で曝された。

遺髪と衣服の一部は金玉均を敬愛していた日本人玄洋社社員・和田延次郎氏が密かに日本に持ち帰り、葬儀を浅草寺で営んだ。さらに、犬養毅・頭山満氏らが中心となり東京の青山霊園の外人墓地に墓が建てられた。

参拝の後、懇親会が行なわれた。

この後、小生は一人で青山墓地に戻り、大久保利通・斎藤茂吉・頭山満・犬養毅・濱口雄幸・牧野伸顕・井上準之助・吉田茂などの墓を巡拝しました。谷中霊園にはよく行きますが、青山霊園をゆっくり巡ったのは初めてでした。谷中霊園にも歴史上の人物が多く眠っていますが、青山霊園も多くの近代日本の大立者が永久の眠りについているのに驚きました。谷中霊園より比較的年代が新しい人々のように思えました。明治以後の日本をリードした人物にはやはり戊辰戦争の勝者である西南雄藩の人々が多いと実感しました。川路利良・亀井英三郎・坂信彌などの警視総監、そして西南の役で戦死した警察官の墓が多くありました。

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2006年6月10日 (土)

千駄木庵日乗六月九日

終日在宅して原稿執筆。

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原稿を書くという作業はとても楽しいものです。自分が考えていることを文章にする。そしてそれを多くの方々に読んでいただくということに、生甲斐を感じております。私の場合主に自分の出している小誌『政治文化情報』とこのホームページに発表しているのですが、それでも、色々と反響があるので嬉しく思います。

当たり前のことですが、六十歳近くになってもまだまだ勉強不足であることを痛感します。読まなければならない本が多過ぎるのです。一つのテーマに絞って勉強すれば良いのでしょうが、世の中がこうおかしくなるとそうは言っておられません。「わが生や果てあり、知や果てなし」という荘子の言葉を痛感します。

小生の基本はやはり日本伝統精神とりわけ「萬葉集」です。これを基本として、歴史・政治・憲法、その他の問題について書いて行きたいと思っております。

小誌読者の皆様、そしてこのホームページをお読みいただいている皆様のご指導ご鞭撻を伏してお願い申し上げます。

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2006年6月 9日 (金)

千駄木庵日乗六月八日

昼はお世話になっている方のお見舞い。

午後は地方から上京された同志の方と懇談。

夜は原稿執筆。

台湾において独立運動・民主化運動をして来た方々は国民党独裁政権下で本当に苦労された。命を失ったり人生を台無しにされた人は数多い。支那人権力者には法律も道義も人権もない。ただ残虐無比なる暴力による支配があるのみである。国民党も共産党もその体質は全く同じである。

今日、台湾において、國民党が勢力を回復しつつあり、馬英九が総統になる可能性が高まっている。これは台湾にとっても、また日本にとっても大変危険なことである。

台湾の特に若者たちに、国民党・中共の圧政と暴虐の歴史を知らしめると共に、台湾人は支那人ではないという事を認識させなければならない。

陳水扁氏がもう少ししっかりしていればと思う。李登輝氏があまりに立派だったからであろうか。

『NHKのど自慢』は、日本の歌曲が多くの人々に愛され歌われている台湾においてこそ真っ先の行われるべきものである。NHKは共産支那が怖いから開催しないのである。メキシコシティーでやって台北でやらないなどという事はまことにおかしいと思う。

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2006年6月 8日 (木)

千駄木庵日乗六月七日

終日在宅して原稿執筆。

           

政府は、共産支那に対する円借款の凍結を解除し、二〇〇五年度分の円借款額を七百四十億円程度とする方針を決めた。何ゆえ共産支那の援助をしなければならないのか。小泉総理は、『中国の発展は日本にとっても望ましい』などと言ったが、全然そんなことはない。

共産支那の経済的発展は即軍事力の増強に直結する。そしてそれは、日本の安全を脅かす。どうしてこんな馬鹿なことをするのか。

在上海日本総領事館の館員が支那情報当局から機密情報などの提供を強要されたとの遺書を残し自殺した事件について全く謝罪せず、わが国が国連常任理事国になることにあれほど反対し妨害している国に援助するというのは理解に苦しむ。中川昭一農水相が疑問を呈したのは当然である。

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2006年6月 7日 (水)

千駄木庵日乗六月六日

午後は、原稿執筆。(『政治文化情報』七月号)

午後六時より、平河町にて、『日本再生の会』役員懇談会開催。西村眞悟衆院議員を囲んで懇談討議。

イエス・キリストの『山上の垂訓』に次のような言葉があります。

「『目には目を、歯に歯はを』といへることあるを汝らは聞けり。されど吾は汝等に告ぐ。悪しき者に逆らふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。下着を取らんとするものには上着をも取らせよ」

これはなかなか実行出来ない教えです。もしもキリスト教徒の右頬を理由なく打ったら、彼等は果たして左頬を向けるでしょうか。牧師さんや神父さんでもそのようなことはしないのではないでしょうか。キリスト教国であるアメリカに真珠湾攻撃を行った日本に対して、アメリカは、日本中の都市に空爆を行ない、広島長崎に原爆を落し、幾十万の無辜の日本人を殺戮しました。「目には目、歯には歯」以上の報復をしたのです。「汝の敵を愛せよ」どころではありません。

しかし我々は、人間としてのあるべき姿、理想に向って進んでいくことは大切だと思います。その意味で、キリストの教えは意義があると思いますが、如何でしょうか。

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2006年6月 6日 (火)

千駄木庵日乗六月五日

終日在宅して原稿執筆。

『テレビタックル』で大変重要なことが放送されましたので、ご覧にならなかった方のためにその番組で語られたことを報告します。

「対馬は島全体で韓国からの観光客を歓迎している。四万の人口の島に年間四万人の韓国人が来ている。韓国の馬山市は、『対馬は韓国領だ』と主張し、市議会で『対馬の日』を制定した。対馬の土地を韓国人が買っている。五万三千坪の別荘地が韓国人に売却された。韓国資本が四十八万坪のゴルフ場を造成している。対馬の市長は、『日本国内の観光客も来ないし、若者は島から出て行き、自主財源は二十㌫に満たない現状では、韓国抜きに対馬はあり得ない』と言っている。」

対馬は大変危険な状態になりつつあると言えます。既成事実が積み重ねられ、韓国人によって島全体が占拠される危険も全くないとは言えません。領土問題で紛争がある相手国の国民に対しては、ビザ無し渡航を認めないようにすべきと思います。また、対馬の自衛隊を増強すべきであります。

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2006年6月 5日 (月)

千駄木庵日乗六月四日

終日在宅して、資料整理など。

小誌『政治文化情報』今月号で、天皇は軍の統率者であらせられた歴史について論じましたところ、二・三の読者の方から、異論と申しますか、ご注意のお手紙やらお電話を頂戴致しました。

小生は、天皇陛下が実際の軍事行動の指揮官であらせられるべきだと思っているわけではありません。

『軍人勅諭』に「我國ノ軍隊ハ、世々、天皇ノ統率シ給フ所ニソアル」と示されておりますので、「統率」という言葉を使わせて頂きました。

『現行憲法』に「軍」の規定が無いのですから、天皇と軍との関係に関する規定もありません。自衛隊は、天皇陛下の閲兵を受けることも出来ません。

しかし、何処に國も、元首・君主が軍の最高の統帥者であります。日本のみがそうであってはならないということはないと信じます。天皇の御権能は、「三種の神器」に示されています。「剣」は軍事であります。

皇室の道統に、軍事があることを否定することはできないと思います。むしろ、わが國における軍の道義性は、「天皇の軍」であるというところから発すると思います。

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2006年6月 4日 (日)

千駄木庵日乗六月三日

午後三時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。阿部純一氏(霞山会館主席研究員)が「中國の脅威をどう考えるか」と題して講演。

「西半球における大帝國がアメリカ、東アジアにおける大帝國が中國。この二つが衝突する可能性あり。二〇二〇年に中國は日本に並び、二〇五〇年にアメリカに並ぶといわれている。しかし中國はミクロ経済では矛盾だらけ。人口の七割がGDPに寄与していない産業に従事している。中國はみんなが貧しい國から、一部が豊かで多くが貧しい國になった。上海の高層ビルは殆ど日本の資本で建てられている。中國には世界に通用するブランドもメーカーもない。『中國人は借りた金を返す』という感覚を持ち合わせていない。東アジアガス田は事実上中國が実効支配する。竹島奪還は盧武鉉が弱体になってきた今がチャンス。韓國に日本の自衛隊の強さを思い知らせるのも良い。ただし、それにはあの執念深い國との関係を犠牲にするという覚悟が必要。」と語ったのが印象に残った。

午後六時より、神田学士会館にて、『憲法懇話会』開催。筧克彦氏著『國家の研究』の輪読、及び、高乗正臣平成國際大学教授による宮沢俊義氏著『皇室法』についての報告が行なわれた。

皇位継承をはじめとした皇室の御事・教育・学問・國語國字・宗教などは、成文法や世俗の権力によって決定付けられたりし支配されてはならない事柄である。『皇室典範』は國家権力機構である議会で改定されてはならない。皇室という最も尊く神聖なる御存在の事柄を、世俗権力が規制することはあってはならないと信じる。また法律によって教育の精神や理念を規定すべきではないと思う。『教育勅語』の復活が正しいと思う。

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2006年6月 3日 (土)

千駄木庵日乗六月二日

午前から午後にかけてお世話になっている方のお見舞い。

午後三時より、衆議院議員會館にて、『時局戦略懇話会幹事会』開催。竹島など領土問題・靖国神社問題などについて討議。

終了後、同志議員訪問。懇談打ち合せ。

夜は、読書・雑務など。

議員会館周辺は、「共謀罪」反対の坐り込みやビラ撒きが行なわれおり、通り抜けるのが大変でした。われわれもこういう運動をしなければならないと実感しました。しかし、民族派・真正保守勢力がこのようなことをやっても警察は放置するでしょうか。

「共謀罪」は確かに問題のある法律です。警察権力は、法律を立法意志と違ったことにも適用します。戦前における「治安維持法」は本来、共産主義暴力革命勢力取締りのための法律でありましたが、宗教団体などにも適用し、凄惨な弾圧を行いました。

「凶器準備集合罪」も本来暴力団対策であったのに、左翼暴力にも適用しました。(これは止むを得なかったと思います)

「共謀罪」が、政府批判運動全般に適用されないという保障はありません。

国会周辺で配られていた「共謀罪反対」のビラには、社民・共産の議員とともに民主党議員の名前がズラリと並んでいました。元自民党の民主党議員の名前もありました。そして座り込みをやりビラを配っている人たちは、どう見てもサヨクと思われる人々でした。小沢一郎・鳩山由紀夫・渡部恒三といった保守系民主党議員はサヨクとも一緒になって政権を握ろうとしているのです。「共謀罪」には大いに問題があると思いますが、こういう姿を見ると本当に困ったことと思います。社民・共産は、歴史と傳統の国日本を否定し、北朝鮮・共産支那と同根の反日勢力なのです。

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2006年6月 2日 (金)

千駄木庵日乗六月一日

午後は、色々な雑務。

午後七時より、東京蒲田にて、『山河の会』開催。野村秋介氏未亡人を囲む会です。野村氏最初の著書は『友よ山河をほろぼすなかれ』でありました。そして、夫人は、野村氏が経団連事件で服役中、蒲田で『山河』という小さな酒場を経営して留守を守っておられました。その酒場には、多くの同志たちが集っていました。昨年その酒場が閉店したので、このような会合が催されるようになりました。小生は今回はじめて参加しました。

小生は、野村氏と知り合ったのは、河野邸事件での長期服役から帰って来られた後ですが、格別に親しくさせて頂きました。色々とご指導を頂き、且つ、お世話になりました。野村氏は、武闘派といわれますし、確かに武の精神を実践して一生を終えられました。しかし、本当に心やさしい方でした。生意気な言い方ですが、人情の機微の分かる人でした。私のような者にも常に心をかけてくださいました。有難いことだったと感謝しております。

日本の麗しい山河を守ることが民族運動の重要な使命の一つであるということを野村氏は語っておられました。維新運動・民族運動とは、体制変革・政治変革運動であることは勿論ですが、その根底には、日本の傳統精神の回復そして日本の傳統を育んできた日本の麗しい自然を守る精神があると思います。日本民族は、太古より、天地自然に神が生きていたもうと信じて来ました。そして天地自然の神々を祀られる祭祀主が現御神日本天皇であられられるのであります。

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2006年6月 1日 (木)

千駄木庵日乗五月三十一日

午後は、丸の内の出光美術館にて開催中の『出光美術館名品展』を参観。山越阿弥陀図・八幡縁起絵巻・古筆手鑑・定頼集・四季花木図屏風などを見る。残念だったのは一番見たかった国宝の『伴大納言絵巻』が展示替えのため見ることが出来なかったことである。伴大納言は萬葉歌人である大伴旅人・家持父子の子孫であり、「応天門の變」の責任をとらされて失脚した人物。藤原氏の陰謀によるという。『伴大納言絵巻』は応天門炎上・伴大納言失脚の事件が描かれている。この事件により、神代以来の名族・大伴氏が滅亡し藤原氏の専横が決定的となった。

夜は、書状執筆なと。

最近気になっていることを記してみます。

   小沢一郎氏が本会議に出ないのは心臓病のためだという。どうも嘘っぽいと思う。第一、小沢民主党は政権交代を至上命題としているのだ。そのような持病を抱えている人が総理大臣の激務に耐えられるのだろうか。

②天皇陛下がご臨席になり、お言葉を述べられる国会の開会式の議員    の出欠状況を公開すべきである。

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