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2006年5月23日 (火)

千駄木庵日乗五月二十二日

午後十二時半より、赤坂の日本財団ビルにて「虎の門道場」開催。中島嶺雄国際教養大学長が「日本とこれからの台湾」と題して講演した。

「日中国交回復の時、当時の外務次官・法眼晋作氏は『日中国交回復は百二十%成功』と自画自賛した。田中首相がまったく韻をふんでいない漢詩をつくったので、毛沢東に馬鹿にされて『楚辞集註』を貰って帰って来た。田中氏がロッキード事件で失脚しなかったら、日本は中国の思う通りに動かされた。佐藤栄作氏の『日中友好は大事だが、台湾を切り捨ててはならない』という姿勢は良かった。陳水扁政権は、政策の基本が確立していない。政権を掌握した時に、台湾独立の旗を下ろしてしまったところに根本問題がある。民進党に期待していた人々が失望した。李登輝前総統が十二年間かけてやってきた民主化と本土化を民進党政権が前進させ得なかったことが大欠点。外省人がマスコミを握っている。馬英九が次の選挙で勝つと日本にとって厳しいこととなる。台湾は親日国家だが、教科書は反日的。南京事件の犠牲者を三十万と書いている。台湾が中国の思うように動く国になったら、日本とアジアにとって重大な事態となる。『シナ』(チャイナ)のことを『中国』と言うのはベトナム・朝鮮という朝貢国。日本は昭和二十一年六月の外務次官の文部省への申し送りで、『中国』と呼称するようになった。不用意な通達。中国政府自身も『チャイナ』と言っている。」と語った。

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千駄木庵主人曰く「田中が失脚しなくとも、対支那屈辱外交・土下座外交が行われてきた。日本は経済協力を強いられ、シナの経済発展に貢献した。然るにそのことは全く感謝されず、また、日本の貢献をシナ民衆には知らされることもなかった。そして今日、歴史問題・領土問題・資源問題で恫喝され、軍事的圧迫を受け、外交官がスパイ行為を強いられ自殺に追い込まれる事態まで発生している。何とも悔しい限りである。国民党が政権に復帰し第三次国共合作が実現したら日本にとって大変な危機となる。シナの呼称問題で思い出すのは、渡辺はま子さんの最大ヒット曲『支那の夜』はテレビで歌えなかったことである。シナそば・シナ竹・東シナ海・インドシナ半島と言ってはいけないのだろうか。シナとはチャイナのことである。馬鹿馬鹿しい限りだ。私は出来得る限り「支那」と言うようにしています。第一、『支那の夜』は私の最大のカラオケナンバーであります。」

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午後二時半より、靖国神社境内の靖国會館にて、「第三回・『皇室典範』改悪阻止共闘会議」開催。大原康男国学院大教授が講演した。その後、今後の運動の進め方について討議が行なわれた。

内容については、きわめて重大にして微妙でありますので、本欄での報告はひかえさせて頂きます。ただ福田康夫氏の総理就任は国家の将来を危くするということが確認されました。

大変多くの公安関係者が会場の外に来ていたのが印象的でした。と言うより異様でした。

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