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2006年4月14日 (金)

千駄木庵日乗四月十三日

午後は、原稿執筆。

午後四時、議員會館に同志議員訪問。懇談打ち合わせ。

夜は原稿執筆。

            〇

 戦争遂行時の国家指導者そして昭和殉難者は数多くいるのに、何故東条氏一人が批判され悪く言われ更には嫌われ憎まれるのであるか。仮に万一、東条氏が総理大臣在職中のみならず様々な公職にあった時に、日本国にとって不利益になることをし、日本国民に対して罪悪を行ったのならば、日本国民自身が正当な法的手続きを経て東条氏を裁き、「有罪」の判決を下すべきだったのである。

 しかしこれまで度々書いたが、東条氏を裁いた「極東軍事裁判」はその名の示す通りまさに「軍事裁判」なのであり、日本人自身による公正な裁判では決してなく戦争行為の継続であり、敵国の復讐であったのである。そこにおいて絞首刑の「判決」を受け執行されたということは文字通り戦死であり殉難である。日本には戦勝国の復讐の犠牲者・殉難者は存在しても、唯の一人も「戦犯」は存在しない。故に「東京裁判」なるものの「判決」により処刑された方々を殉難者・戦死者として靖国神社にお祭りするのは当然なのである。

昭和二十八年に政府は、当時の国会の決議を踏まえて戦勝国即ちかつての敵国の言う「戦争犯罪人」を戦死者と認定しその遺族に「戦没者遺族等援護法及び恩給法」の適用を通達した。いわゆる「戦犯者」は戦没者であるというのは国家意思と言っても良い。ゆえに靖国神社にお祭りし慰霊顕彰するのは当然である。今になって外国からの干渉に怯えて「戦犯」は戦死者ではないから靖国神社に祭るのは間違っているなどと言うのはまさしく歴史への冒瀆である。

さらにいえば、日本に原爆を落し東京大空襲を行ったアメリカの指導者・マッカーサーやトルーマンも戦争犯罪人として処罰されるべきだったのである。

 東条氏等のいわゆる戦犯は勝者による形だけの「裁判」で敵国により復讐され殺されたのである。東条英機氏等十四人の人々を「絞首刑」に処した戦勝国こそ「人道に対する罪」を犯したのである。同じ日本国民として東条氏を戦死者・殉難者として靖国神社に祭らねばならぬのである。それが日本人の道というものである。

中曽根康弘・小沢一郎・渡部恒雄など「保守人士」の中にも、昭和殉難者の靖国神社からの分祀を主張する人がいるのはまことに残念である。

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