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2006年3月 4日 (土)

千駄木庵日乗三月三日

午後は資料整理。

とにかく色々な資料が毎日増え続けます。それを整理しないと、いざ必要な時に何処にあるのか分からなくなります。

今日も古い資料を整理してゐたら、ゾルゲ事件に関はった西園寺公一のことで貴重な資料が出て来ました。西園寺は、華族でありながら、左翼思想にかぶれ、戦後は堂々と日共に入党し、共産支那の手先だった人物です。

近衛元総理の周辺には、左翼思想の持ち主が多くゐました。かういふ人々が支那事変拡大・米英敵視を煽動したことは事実です。また当時のマスコミも同じ姿勢でした。陸軍だけが戦争に突っ走ったといふことではないのです。

アジア共産化のための大きな謀略があり、それに日本がはめられたといふのは否定できないやうです。

戦時中は戦争を煽り協力しながら戦後になって「平和主義者」に変身した人々が多いのです。もっとも悪質なのは、国際共産主義運動の手先となって日本を戦争に駆り立てた尾崎秀実や西園寺のやうな人物であります。

午後六時半より、全日空ホテルにて、「朝まで生テレビ!二〇年感謝の夕べ」開催。君和田正夫テレビ朝日社長・田原総一朗氏などが挨拶。また、今年早々に亡くなったこの番組のプロデューサーだった日下雄一さんを「偲ぶ会」も催されました。日下氏は田原氏をよく助け、色々と気を使ふ人でした。私が田原氏に対して激昂した時も、すぐなだめに来てくれました。

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