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2006年3月17日 (金)

千駄木庵日乗三月十六日

午後一時半より、豊島区の千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。

天智天皇御製

「渡津海(わたつみ)の豐旗雲(とよはたくも)に入日さし今夜の月夜清明(あきらけ)くこそ」

について講義させて頂きました。

この御製は、斉明天皇七年(六六一)、朝鮮半島からの侵攻の危機に対処すべく、斉明天皇が軍団を率いて九州へ赴かれる途中に、伊南野(兵庫県加古川市・明石市一帯)あたりにお泊まりになられた時、斉明天皇に供奉した中大兄皇子(のちの天智天皇)が詠まれた。

通釈は、「大海原の上の大空に豐旗雲に入日がさしてゐる。今夜の月はさぞ清く明るいだらう」といふほどの意。

この御製には、神代以来のわが日本民族の雄大なる自然観そして伝統的道義感覚が表白されてゐる。

「渡津海の豐旗雲」といふ言葉に、神代以来の自然の中に神を見る「自然神秘思想」、自然を神として拝む心が表れてゐる。

「清らけく明らけく」(清らかで明るい)といふのが、日本人の倫理・道徳の最高の価値とされてゐる。日本民族は、汚れや陰湿さを嫌ふ。そして清らかで爽やかで潔い人が尊ばれた。「あいつは悪人だ」といはれるよりも「あいつは汚い奴だ」といはれることを恥とした。それは「清明心」を無上の価値とするからである。            

この天武天皇の御製を拝して思ひ起こすのは、昭和天皇様が昭和十一年に、『海上雲遠し』と題して詠ませたまひし次の御製である。

「紀伊の國の潮のみさきにたちよりて沖にたなびく雲を見るかな」

 

 この雄大なるしらべも上御一人ならではの言葉に尽くし難いすばらしさである。天武天皇・昭和天皇の御製には、人と自然との一体感・生命の交流がある。客観的に歌はれてゐるやうで、そこに大いなる自然に驚異し、自然と一体となった御心が歌はれてゐる。両天皇の御製を拝すれば、神代以来のわが日本民族の雄大なる自然観が、上御一人によって古代から今日まで脈々と伝承されてゐることが明らかとなるのである

帰宅後は、『政治文化情報』四月号発送準備。

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