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2006年3月30日 (木)

千駄木庵日乗三月二十九日

午後は原稿執筆。

夕刻より、同志と懇談打ち合わせ。

私がはじめて台湾を訪問したのは、昭和四十年代後半、まだ蒋介石が存命中で、国民党一党独裁体制下であり、戒厳令が布かれていた時のことです。私にとってはじめての海外旅行でしたから、色々な体験をしました。

ホテルで『中央日報』(国民党機関紙)に目を通しました。歴史を扱った記事に「王逆精衛」「毛匪沢東」「葉匪剣英」と書かれていました。王精衛(和平救国路線をとった南京国民政府主席)は蒋介石政権に逆らった逆賊だとして姓と名の間に「逆」という字を入れ、毛沢東と葉剣英は共産匪賊だとして「匪」という字を入れたのです。

「何とも凄まじい憎悪であることよ」と思いました。日本の戦前の新聞も、足利高氏の事を「足利逆高氏」とは書きませんでした。

日本と支那の国民性の違いはとても大きいと思いました。五十年間にわたって日本の教育を受けてきた本来明るい海洋民族・台湾人がそういう支那人となかなか融和出来なかったのは当然と思います。

その台湾訪問の時、色々お世話をして下さった台湾の人及びその友達は、戦後大陸から来た支那人を「チ〇〇〇ロ」とか「奴等」と言いました。これにも驚きました。台湾人は余程支那人を嫌っているのだと実感しました。

ある酒場で呑んでいましたら隣の席にいた中年の紳士が私たちに話し掛けてきて、「あなた方は日本の人ですか。私は、元日本陸軍上等兵ですよ。戦争ではお国の爲に戦いました。戦争が終わったら日本語はお国に返しました。でも大和魂はまだ持ってますよ。台湾に女を買いに来る今の日本人よりずっと私の方が大和魂がありますよ」と言いました。これには心の底から感激しました。

以来、私は台湾及び台湾人が大好きになり、台湾独立が正義であると信じるようになりました。

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