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2006年3月25日 (土)

千駄木庵日乗三月二十四日

午後は衆議員會館にて、同志議員と打ち合わせ。その後、ある出版社を訪問して、打ち合わせ。

夜は原稿執筆。

                   〇

戦後日本においては、まともな「宗教教育」が行われて来なかったことが今日の社会の頽廃の原因である。。

しかし、古代から今日に至るまで宗教戦争によって多くの人命が奪われてきたことも事実である。中東などでは一神教による凄惨なテロや殺しあいが続いている。わが国内においてもオウム真理教事件という宗教教団による大量殺人事件が起った。政権与党になっている創価学会は、今日唯今日蓮正宗と凄まじい宗教戦争を展開している。

こうしたことを考えると、宗教教育・宗教心の涵養とは言っても、宗教なら何でもいいというわけには行かない。教育の場において、正しい宗教観を子供たちに植えつけ、間違った宗教にとりつかれないようにすることが必要である。

正しい宗教精神の涵養によって、人の命の尊さを分からせることができるだけでなく、人の命だけでなく、自然の命、そして亡くなった人々すなわち先祖を尊ぶ心も養われるのである。「人の命・自然の命を、神として仏として拝ろがむ精神」が大切である。そして、人としての生きる道、踏み行うべき道を指し示すことができるのである。

「宗教教育」は、特定の教団の教義を強制的に子供たちに教えることではない。わが国生成以来の国民信仰であるところの神道、そして長い歴史の中で日本に包摂されてきた儒教や佛教などの宗教精神を、学校教育の場で正しく子供たちに教えることが「宗教教育」である。それによって人の命の尊さを分からせることができるだけでなく、人としての生きる道、踏み行うべき道を指し示すことができるのである。

さらに、正しい宗教精神の涵養によって、人の命だけでなく、自然の命、そして亡くなった人々すなわち先祖を尊ぶ心も養われるのである。「人の命・自然の命を、神として仏として拝ろがむ精神」が大切である。

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