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2006年2月28日 (火)

千駄木庵日乗二月二十七日

終日在宅して原稿執筆

              〇

 混迷せる現代においてこそ、やまと歌の心を甦らせねばならない。伴信友は、日本伝統文藝たる和歌とは「其をりふしのうれしき、かなしき、たのしき、恋しきなんど、其をりふしのまごころのままにうたふべければ…」と言ってゐる。そもそも愛国心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言へば日本人の「道」であり「まごころ」である。したがって愛国心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。現代に生きる我々は古人の歌によってその志・まごころ・道を学ぶべきである

 大化改新における『萬葉集』、平安時代の国風文化復興期における『古今和歌集』、後鳥羽上皇の鎌倉幕府との戦ひに時期における『新古今和歌集』、明治維新における志士たちの述志の歌、日清戦争・日露戦争を戦った明治中期の和歌の勃興、そして大東亜戦争従軍兵士の歌がそれである。  

 国を愛し、伝統を尊ぶ心は、勇ましい歌・述志の歌にのみ継承されてきたのではない。日本の家庭において自然に素直な形で永続的かつ普遍的に愛好された恋歌が多く収録されている『百人一首』は、天智天皇・持統天皇の御歌で始まり、後鳥羽院・順徳院の御歌で終わっている。

つまりわが国の伝統美を歌った王朝時代の歌が集められており、日本文化は宮廷とりわけ王朝時代の勅撰和歌を典拠にし中心にして継承され発展してきたことを証しする文物が『百人一首』である。今日『百人一首』が家庭から消え去りつつあるのは悲しいことである。青少年たちが日常生活の中で感覚的に日本の古典を理解することができるやうになるために、『百人一首』を甦らせなければならない。

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