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2006年2月28日 (火)

千駄木庵日乗二月二十七日

終日在宅して原稿執筆

              〇

 混迷せる現代においてこそ、やまと歌の心を甦らせねばならない。伴信友は、日本伝統文藝たる和歌とは「其をりふしのうれしき、かなしき、たのしき、恋しきなんど、其をりふしのまごころのままにうたふべければ…」と言ってゐる。そもそも愛国心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言へば日本人の「道」であり「まごころ」である。したがって愛国心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。現代に生きる我々は古人の歌によってその志・まごころ・道を学ぶべきである

 大化改新における『萬葉集』、平安時代の国風文化復興期における『古今和歌集』、後鳥羽上皇の鎌倉幕府との戦ひに時期における『新古今和歌集』、明治維新における志士たちの述志の歌、日清戦争・日露戦争を戦った明治中期の和歌の勃興、そして大東亜戦争従軍兵士の歌がそれである。  

 国を愛し、伝統を尊ぶ心は、勇ましい歌・述志の歌にのみ継承されてきたのではない。日本の家庭において自然に素直な形で永続的かつ普遍的に愛好された恋歌が多く収録されている『百人一首』は、天智天皇・持統天皇の御歌で始まり、後鳥羽院・順徳院の御歌で終わっている。

つまりわが国の伝統美を歌った王朝時代の歌が集められており、日本文化は宮廷とりわけ王朝時代の勅撰和歌を典拠にし中心にして継承され発展してきたことを証しする文物が『百人一首』である。今日『百人一首』が家庭から消え去りつつあるのは悲しいことである。青少年たちが日常生活の中で感覚的に日本の古典を理解することができるやうになるために、『百人一首』を甦らせなければならない。

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2006年2月27日 (月)

千駄木庵日乗二月二十六日

午後は、原稿執筆。

午後六時より、市ヶ谷の私学會館にて、『台湾二・二八革命五九周年記念大講演会』開催。登壇者の主な発言は次の通り。

<永山英樹台湾研究フォーラム会長>「二・二八事件は台湾近代文明と中国の前近代文明との衝突。次回の総統選はその決戦。日米は台湾国民に対し台湾防衛の決意を明示すべし。」

<佐藤守元空将>「日本・台湾と中国の戦争はすでに始まってゐる。台湾は軍近代化の努力をおろそかにしてはならない。」

<川村純彦元海将補>「日中友好は結果であって目的ではない。日米同盟は日中友好よりもずっと優先される。日本はアメリカと一緒になって必ず台湾を防衛する。」

<松村劭元陸将補>「戦争の原因は①大陸国家と海洋国家の対立。②独裁体制と民主体制の対立。③現状維持と現状打破の対立。台湾は絶対に内部分裂してはならない。」

もっと色々興味深い話があったのですが、ここには書ききれませんので、小誌『政治文化情報』でご報告します。台湾が繁栄し自由化し民主化したことは良いことですが、台湾の若者の国家防衛意識・愛国心が希薄になってゐるのではないかと危惧します。つまり台湾が現代日本のやうな国になりつつあるのではないでせうか。共産支那のいふ「一国二制度」を受け入れた方が、軍事的対立よりは良いといふ考へ方が台湾人に多くなると困ります。

帰宅後、原稿執筆。

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2006年2月26日 (日)

千駄木庵日乗二月二十五日

終日在宅して原稿執筆・書状作成など。

二月二十一日、北京で、中川秀直自民党政調会長等が出席して『日中与党交流協議会』とやらが開かれた。チャンチャラおかしいと言わざるを得ない。

日本にはたしかに与党と野党が存在して、国会や選挙で熾烈に戦ってゐる。しかし、共産支那は一党独裁国家であって、支那には日本の民主党のやうな野党は存在しない。こんな『与党交流協議会』は、共産支那に自由に与党や政権の批判ができる野党が誕生してから開くべきである。もっとも『中国共産党』が存在する限りそれは無理な話が…。

また、この協議会に出席した日本国会議員や同時期に支那に行った二階経産相は、「上海総領事館男性館員自殺事件」(共産支那の特務に女性を使ってゆすられ、外交機密を洩らすやうに強要され自殺に追ひ込まれた事件)について、共産支那に厳重に抗議した形跡もない。さうした報道もない。これでは相変らずの弱腰外交をしに行っただけと批判されても仕方があるまい。

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2006年2月25日 (土)

千駄木庵日乗二月二十四日

午後十二時より、衆議員會館にて、同志議員と今後の運動について討議。

その後、日本橋の三井記念美術館にて開催中の『三井家のおひなさま』展参観。江戸時代の「有識雛」「享保雛」「御所人形」そして明治時代の「内裏雛」などを見る。

「お雛さま」は、申し上げるまでもなく、天皇皇后のお姿をしたお人形です。「雛祭り」は江戸時代に盛んになった女の子の成長を祝ふまことに麗しい行事であります。

江戸時代は徳川氏が政治権力を握り、天皇・朝廷は、事実上京都に押し込められてゐたと申し上げてよい時代でした。しかし、日本国の統治者・君主としての神聖権威は厳然として天皇が保持しておられました。

左翼史家の中には、「多くの日本人は、天皇・皇室のことはまったく意識してゐなかった、忘れてゐた」などと言ふ人がゐます。しかし、「雛祭り」の風習を見ても明らかなやうに、武家においても一般町家においても、京都の皇室・朝廷に対する憧れ、尊崇の念は強かったのです。

大名などの武家は、雛人形・御所人形を飾って日本の「みやび」を尊んだのです。「御所人形」とは、京の御所に参上した武家に、朝廷や公卿から下賜された人形であります。

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2006年2月24日 (金)

千駄木庵日乗二月二十三日

終日在宅して原稿執筆。

民主党の永田議員が、「ホリエモンから武部自民党幹事長の次男への資金提供疑惑を証明するといふ電子メール」が本物である証拠を示せなかったといふことで、気が顛倒したのでしばらく休養し、病院に入院したとのことです。

何ともお粗末で、中学校・小学校の生徒会の騒ぎのやうです。生徒会の会計が不明瞭だとして騒いだのは良いが、証拠が示せなくて、泣き出して、家に帰って寝込んでしまったといふやうなものです。あれで大蔵官僚だったといふのですから、官僚の質も低下してゐるのです。

前原代表や野田国会対策委員長に私は好感を持ってゐました。今度のことで辞任に追ひ込まれるやうになると、民主党の将来が案じられます。左派が牛耳るやうになる危険があるからです。

また、政治家の世代交代を期待してゐたのですが、この騒ぎを見ると、どうも手放しで世代交代を喜べなくなりました。

私もあまり他人様を批判できるやうな立派な人物ではありませんが、政治家の質の低下は益々ひどくなってゐると思ひます。秘書の給料はちょろまかす、覚醒剤で捕まる人はゐる、痴漢はゐるでは、どうしやうもありません。

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2006年2月23日 (木)

千駄木庵日乗二月二十二日

午後は、ある会合に出席して演説。

午後六時より、西新橋にて、有志勉強会『黎明會』開催。報告者から、『張作霖爆殺事件』は日本軍の仕業ではなく、旧ソ連の特務機関の仕業であるとの説が紹介されました。ロシアの歴史学者の説ださうです。

帰宅後は、原稿執筆。

歴史の真実は、相当年月が経過してから解明されることが多いのです。

長い間行方不明とされてゐた共産党の伊藤律氏が、「共産中国」の刑務所に収容され、文革中にさんざん痛めつけられたことも、随分後になって分かりました。伊藤氏は痛々しい姿で生還しました。

伊藤氏を支那の刑務所に放り込んだのは、徳田球一氏亡き後、伊藤氏と主導権を争った野坂参三であったことも分かりました。つまり、野坂は自分が伊藤氏を粛清したことを何十年も隠し通してきたのです。そして、その野坂も百歳を超えてから、同志を死地に追いやったスパイだったとして共産党を除名されました。

共産主義集団といふものは、実に恐ろしいものであることは、かうした歴史を見て分かります。スターリン・毛沢東・金日成など共産主義国家の独裁者たちによって一体どれだけの人が殺されたことでせう。二十世紀最大の悪は共産主義でありました。

さうしたことへの反省もなく、我が国に歴史問題でイチャモンをつけてくる共産支那政府は許し難いと思ひます。

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2006年2月22日 (水)

千駄木庵日乗二月二十一日

午後は原稿執筆。夜の講演の準備。

午後七時より、横浜市関内の神奈川中小企業センターにて、『安岡教学研究会』開催。村山實会長が挨拶。小生が「皇室典範改正と日本國體思想」と題して講演。

まことに大きなテーマを与へられましたが、誠心誠意話させて頂きました。

わが国は佛教と儒教を受容しました。この二つは、日本人の精神史を通して血となり肉となってゐると思ひます。明治維新の思想的原理の一つといはれる水戸学は儒教の影響を受けてゐますし、吉田松陰先生も西郷南洲先生も孟子など支那思想の影響を強く受けておられます。

外来文化や思想・宗教を受容しながら、日本の独自性を失はず、より洗練され高度なものとしさらには日本化したのです。本当に素晴らしいことだと思ひます。それはやはり、日本民族の中核精神・純粋なる伝統信仰が柔軟でありながら強靭であったためであると思ひます。

日本の伝統の継承者であり体現者が天皇・皇室であります。佛教も儒教も天皇・皇室を通してわが国に受容されたと言って良いと思ひます。外国思想・文化の「日本化」といふことが大事なのであります。

北畠親房卿は『神皇正統記』において、「応神天皇の御代より儒教ひろめられ、聖徳太子の御時より、釈教をさかりにし給ひし、これ皆権化の神聖(かみ)にましませば、天照大神の御心を受けて我國の道を広め深くし給なるべし」(巻一)と論じてゐる。

北畠親房卿は、わが國の天照大御神の神意を體して仮の姿を現はした神聖なる人によって説かれた教へが儒教・佛教であるとしてゐるのであります。

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2006年2月21日 (火)

千駄木庵日乗二月二十日

終日在宅して原稿執筆及び明日の「安岡教学研究会」における講演の準備。(ホームページの「活動予定欄」参照)。

衆議院議員の資産が公開され、資産ゼロが多かっただとか何だとか話題になってゐます。私が不思議に思ひますのは、なぜ法律までつくって衆議院議員の資産を公開しなければならないのかといふ事であります。その理由が分かりません。政治家は悪い事をして金儲けをするといふ前提に立ってゐるのでせうか。だとすれば日本も情けない国になったものです。

しかも、新聞を読みますと、預貯金は定期だけで、普通預金は含まれない、家族名義も対象外との事です。これではいくらでも隠せます。まづ意味のない事といはなければなりません。

人が努力して稼いだ金でいくら資産を残さうと、世間に迷惑をかけたのでなければ、他人の知った事ではないといふのが、普通の考へ方でせう。

おかしな法律があるものです。もっともこの法律も政治家自身が納得してつくったのだから仕方かないといへばそれまでです。

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2006年2月20日 (月)

千駄木庵日乗二月十九日

午前中より、『政治文化情報』発送作業。

午後発送。購読者の皆様には早ければ明日届くと思ひます。

午後三時より、八重洲富士屋ホテルにて、『昭和史研究所発足十周年の集ひ』開催。

中村粲・田久保忠衛両氏が講演。

中村氏は、「中共は、日本と国民党とを戦はせて、漁夫の利を得た。支那事変は防共の戦ひだった。それはローマ法王も認めてゐた。日本はその事を誇りとすべし。日本はアジアの反共の防波堤だった。日中国交回復以来、日中関係は良い事なし。中華民国の張群はかつて私と会見した時、『大陸の漢民族と台湾の漢民族とは違ふ』と言った。石井光次郎氏が蒋介石と会見した時、石井氏が『以徳報怨』についてお礼を言ったら、蒋介石は『私は日本に留学した時、日本で学んだ東洋道義精神に基いて行ったのです。皆さんの先輩のお墓に言ってお礼を言って下さい』と言ったといふ。共産党は血も涙もない政党。」と語った。

田久保氏は、「前原民主党代表、麻生外相の言ってゐることは正しい。脅威とは能力と意図。一党独裁国家は一朝一夕ですぐ変るから、わが国は準備おさおさ怠りなくしなければならない。田原総一朗が『中国は脅威だなどと言ってはならない』とい言ったのは間違ってゐる。『日本企業が米兵捕虜に強制労働をさせた事を補償させろ』といふ議論が起った時、アマコスト氏等三人の駐日大使経験者が『さういふ問題はサンフランシスコ講和条約で決着してゐる。日本と協力しなければならないのに何といふことを言ふのか』と新聞広告で訴へた。米最高裁もその要求を却下した。」と語った。

もっと色々な事を語られたのですが、詳しくは、『政治文化情報』で報告します。

この後、懇親会が開かれました。中村先生のご努力とお人柄に心より敬意を表します。今日の会合も大盛会でした。

夜は原稿執筆。

『共産中国はわが国にとって脅威である』といふのはまぎれもない事実です。尖閣問題・石油資源問題、台湾問題(台湾はわが国と運命共同体)などでどれだけ共産支那がわが国に軍事的・政治的圧迫を加えて来てゐるでせうか。田原総一朗は度々支那に行ってゐます。彼の共産支那に対する見方は甘すぎます。石破茂氏が同調してゐたのも困ったものです。

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2006年2月19日 (日)

千駄木庵日乗二月十八日

午後は、『政治文化情報』三月号発送準備。

午後五時より、神田学士會館にて、『憲法懇話会』開催。

この会は、筧克彦・三潴信吾両先生の國體思想・憲法学の学統を継承・発展させる研究会であります。小生は三潴信吾先生ご存命中から出席させて頂いております。

本日は、筧先生の著書『國家之研究』を教本として、「国権の主体・統治大権・主権・國権の異同」について勉強しました。

「日本とは、過去・現在・未来を超へて存在する普遍的存在であり、これを体現するお方が天皇である」とのことでした。

であるならば、皇位継承は、普遍的存在である日本国家を体現される御方の「御位」(みくらい)に関する「皇位継承」「『皇室典範』改定」については、天皇のご意志を第一とすべきであります。

『産経新聞』二月十七日号で橋本龍太郎元総理が、「古川貞二郎官房副長官に、皇族方の意見を聴くやうに勧めたが、拒否された。せめて三笠宮様のご意見はうかがっておくべきだった。私なら座長に『皇室の意見は聴かない』などと言はせない。無礼だ。」(要約)と語ってゐました。

まったく正論であります。

皇位継承とは、『天津日嗣の高御座』の繼承であります。普通一般の国家の国家元首・権力者交代とはまったく次元を異にするのであります。権力機構が多数決で決めてはならないと思ひます。

『天皇のご意志を伺はなくていい』などといふ議論は全く間違っております。

日本の伝統の根幹に関はることなのですがら、日本の伝統の体現者であらせられる天皇の御意志のままに決められるべきであります。

また、橋本氏の言により、官僚がいかに強い力を持ってゐるかが分かりました。何しろ総理大臣の指示をも拒否するのですから…。

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2006年2月18日 (土)

千駄木庵日乗二月十七日

終日在宅して、『政治文化情報』三月号発送準備および原稿執筆。

「天照大御神は女性神ではない。男性神だ」と主張する人がゐます。詳しくは、『政治文化情報』三月号で論じましたが、天照大神が女性神であられられることは、日本神話の歴然たる事実です。

『古事記』には、「天照大御神の忌服屋(いみはたや・清浄な機織場)にましまして神御衣(かむみそ)織らしめたまふ時に…」と記されてゐます。七夕伝説を見ても明らかなやうに、「機織」は古来女性の役目であります。

『日本書紀』には、「伊耶那岐命・伊耶那美命、…共に日神(ひのかみ)を生みます。大日孁貴(おほひるめのむち)と號(まを)す。此の子(みこ)、光華明彩(ひかりうるは)しくして、六合(くに)の内に照り徹る」と記されてゐます。

天照大御神(日の神)は、大日孁貴尊(おほひるめのむちのみこと)とも申し上げるのです。この御名も太陽を神格化した御名で、「ヒルメ」の「ヒル」は「昼・日」の意であり「メ」は「女神」の意であります。すなはち「大日孁貴尊」とは「偉大にして貴い日の女性神」といふ意であります。

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2006年2月17日 (金)

千駄木庵日乗二月十六日

午後一時半より、豊島区千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。中大兄皇子の『大和三山』の御歌を講義。

「香具山は 畝火ををしと 耳梨と 相爭ひき 神代より かくなるらし いにしへも しかなれこそ うつせみも つまを 爭ふらしき 」

といふ御歌である。

この御歌を、額田王をめぐる中大兄皇子と大海人皇子との争ひの歌であると解釈する説がある。そしてこの「争ひ」が、後の「壬申の乱」の遠因であったとするのである。         

しかしこの御歌は、「神代の神ですら妻争ひをするのだから、人間が妻争ひをするのは当然である」と歌はれてゐるだけである。この御歌は、斉明天皇が、百済救援のために筑紫に赴かれた時、播州の印南・加古に立ち寄られた際、天皇に供奉した中大兄皇子が、出雲の阿菩大神が夫婦喧嘩の仲裁のためにお出ましになったといふ「伝説」をお詠みになったにすぎないものである。

 古代の男女関係を現代の道義感覚で判断すべきではない。古代の貞操観念は後世のそれとは異なってゐた。皇子二人の妻争ひから大動乱になったと考へるのは、後代人の考へ方である。『萬葉集』から歴史的事実を引き出して来ようとするのは、間違ひに陥り易い。

古代日本の道義観・神観・人間観は、外来思想がふかく染み込んだ後世のそれとは異なるところがあるのである。

そもそも、畝火山は男性の山であり、香具山と耳梨山は女性の山なのである。つまり、この歌は一人の男性をめぐる二人の女性の争ひを歌った御歌なのである。

帰宅後は、原稿執筆。

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2006年2月16日 (木)

千駄木日乗二月十五日

午後は、今夜の萬葉集講義の準備。

午後六時半より、南大塚社会教育会館にて、『萬葉古代史研究会』開催。巻十二・作者未詳歌を講義。

帰宅後は、明日の萬葉集講義の準備。

「天皇のお考へはどうでもいい。天皇は間違ったことは言はれないしされない。『大義のない勅命は勅命にあらず』。皇統の意志は男系の男子。政府が機能してゐない時ではないのに、御聖断を仰ぐべきではない。」と主張する人がゐるのには本当に驚きました。

天皇陛下が間違った事は、言はれないし、されないのですから、『大義のない勅命』をお下しになるはずはありません。

臣下・国民が「皇室典範」「皇位継承」について論議を沸騰させてゐるのに、またかかる発言をしたご本人は本まで出してゐるのに、「陛下のお考へはどうでもいい」「御聖断を仰ぐべきではない」などと言ふのはどう考へても納得できません。

わが国の歴史を顧みますと、臣下・国民が天皇のご意志を無視したり、否定したり、封じ込めたりした時、國は乱れ亡国の危機に瀕しております。

いかなる人の発言であらうとも、かかる発言は全く同意致しかねます。

本当に今日のわが国は危機にあると実感しました。

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2006年2月15日 (水)

千駄木庵日乗二月十四日

午後十二時半より、赤坂の日本財団ビルにて、『虎の門道場』開催。竹田恒泰氏が「語られなかった皇族たちの真実」と題して講演した。

「今度の私の著書は、寛仁親王の後押しで出すことができた。竹田家の人々は『お前は何時から皇室ジャーナリストになったのか』と言って反対した。神武天皇御陵に額づいて出版の奉告をしてゐると、不思議な現象が起きた。全生命を賭して言ふべきことは言はふと決意した。十一宮家の皇籍離脱はGHQの戦後政策の一環。身分は変ってゐるが、今も皇室の親族であることには変りはない。十一宮家の当主は宮廷の大事な行事には招かれる。秋篠宮紀子妃殿下のご懐妊は、神風が吹いたと思った。六方七代の女帝はまだ皇太子の制度が整ってゐなかった飛鳥時代に集中してゐる。愛子様の御子が即位されると、日本最初の女系天皇になる。百二十五代一度も女系天皇即位の例がない。女帝も大変弊害がある。天皇の本質は祭祀。穢れの排除が大原則。生理のある女帝では月の内七日間宮中祭祀が出来ない。天皇と皇后の二つのお役目を負はせるのは、大変な激務であり、絶対に無理。女系天皇は天皇ではない。男系によってつながってきたのを皇位と呼ぶ。天皇が天皇であらせられるのは、ヴィオラが上手だからではない。脈々と男系によって血がつながってきたから。旧皇族の活用以外に男系継承を護る手立てはない。『皇室典範』第九条を改定して、『皇室会議の議を経て養嗣をとることができる』とするべし。天皇のお考へはどうでもいい。天皇は間違ったことは言はれないしされない。『大義のない勅命は勅命にあらず』。皇統の意志は男系の男子。政府が機能してゐない時ではないのに、御聖断を仰ぐべきではない。」と語ったのが印象に残った。

午後二時半より、靖国神社境内の靖国會館にて、第二回『「皇室典範」改悪阻止共闘会議』開催。

夜は、原稿執筆。

小生は、「皇室典範」「皇位継承」についてはやはり、日本伝統精神の体現者であらせられる天皇陛下の大御心を拝すべきであると考へます。また、皇室の大事について、陛下の御心をうかがはないで、臣下のみで議論し決めてしまふことはあってはならないと思ひます。

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2006年2月14日 (火)

政治文化情報二月十三日

午後は、原稿執筆。午後六時より、『九段下沙龍』開催。同志多数と討論。

帰宅後も原稿執筆。

昨日の小生の『日乗』に対する書き込みといふよりも罵詈雑言について書かせていただきます。

女系天皇と女性天皇の区別がつかないほど、小生は不勉強ではありません。

書き込みをした人物は、他人のことを国賊と罵る以上、自分のことを国士と思ってゐるのでせう。であるならば、正々堂々と氏名を名乗って書くべきであります。小生も政治家等を批判した時に、国賊と表現したことがありました。しかし、署名原稿でありました。

とりわけ、國體・皇室のことについての論議は、自分の氏名を名乗って行なふべきであります。わが國の文化は「名と恥の文化」といはれております。

天照大御神の御神勅に、「天皇の御位即ち天津日嗣の高御座は、天照大御神の生みの御子によって継承され、天壌無窮である」と定められてゐるのであります。「天照大神と女系天皇のご即位と何の関係もない」などといふことはあり得ません。

小生の國體論・皇室典範についての考へはこれまで、小誌『政治文化情報』『大吼』『月刊・日本』などに書いて来ました。それらの拙論を読んでゐれば分かるはずですが、小生は、男系の男子による皇位繼承の神武天皇以来の傳統は出来得るかぎり守るべきだと繰り返して主張しております。ただ、「萬々一女系天皇が即位されても皇統は断絶しない」と論じてゐるのです。

つらつら思ひますに、皇位継承・皇室典範改定の事柄で、保守派同士の意見の対立が感情的な争ひになることで、一番喜ぶのは、國體破壊勢力であります。この書き込みも、あるいは國體破壊勢力による謀略・煽動かとも思はれます。國體破壊勢力は、「女系天皇が御即位されても、國體は破壊されない。皇統は断絶しない」といふ論議を最も嫌ってゐるからであります。

ともかく、皇位継承といふ神聖なる事柄で、小生のホームページにおいて罵詈雑言が撒き散らされるのは何とも堪へ難いことなので、今後、小生の論議に反論やご意見のある場合は、氏名明記の上、メールでお送り下さい。

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2006年2月13日 (月)

千駄木庵日乗二月十二日

終日在宅して資料整理。

テレビ朝日の『サンデープロジェクト』で皇室典範について論議されました。私は、所功先生のご意見に大体賛成です。また『諸君』に発表された田中卓先生の御意見にも大体賛成です。

女性天皇・女性皇族が祭祀を行なはせられてきたのは厳然たる事実であり、女性には穢れがあるから祭祀をしてはならないなどといふのは、事実にも傳統ににも反する間違った考へです。

現に、伊勢の皇大神宮の祭主は昭和天皇の皇女であらせられます。

また、天皇の御位、皇室祭祀については、外来思想輸入以前の

純粋なる日本傳統精神に回帰して論じられるべきであります。

日本は、外来思想を包容摂取してきた国でありますが、外来思想を包容摂取しながらも、わが國の独自性を喪失しなかったのは、わが國の精神的文化的信仰的中核に天皇・皇室のご存在があったからであります。

その民族の中核である天皇・皇室は、あくまでも純粋なる傳統を保持され続けねばならないと信じます。「女帝反対論」「女帝には祭祀は行なひ得ない」といふ思想は、「からごころ」である思ひます。

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2006年2月12日 (日)

千駄木庵日乗二月十一日

紀元節ですので、午前、根津神社に参拝し、皇室と日本国の彌栄を祈念。

午後、目白の講談社野間記念館にて開催中の『近代日本の風俗画展』鑑賞。鏑木清方・伊東深水・山川秀峰などが描いた美人画が展示されてゐました。鏑木清方・伊東深水の絵は以前から好きでした。

この四、五日家にこもって原稿を書き続けてゐましたので、気分転換と疲れを癒すために出かけました。

目白からバスに乗り椿山荘前で降りました。すぐ前に、東京カテドラル聖マリア大聖堂がありました。美しいカトリック教会です。吉田茂氏の葬儀が行なはれたところです。思はず敷地内中へ入りました。教会堂では結婚式が行はれてゐました。にぎやかに写真撮影をしてゐました。

教会堂の向かひ側に「ルルドの洞窟」といふのがありました。フランスのピレネー山脈にある奇跡を起こす泉を模したものでした。天を見つめるマリア像が印象的でした。

カソリックはプロテスタントと違って奇跡や信仰による癒しを認めてゐるやうです。私はプロテスタントよりもカソリックの方に親近感があります。

帰宅後は、書状作成など。

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2006年2月11日 (土)

千駄木庵日乗二月十日

終日『政治文化情報』の原稿執筆。

小泉総理が、『皇室典範』改定案の今国会への提出を見送ったやうです。それで良かったと思ひます。

何よりも、皇統連綿・萬世一系の國體を護持することが第一であります。しかし今日、國體護持を念ずる人々において、「皇統」「萬世一系」の定義といふか考へ方が分かれております。国論を二分する争ひがこれ以上過熱することは断じて避けねばなりません。

皇統断絶とは日本が日本でなくなるといふことです。天皇を君主と仰ぐ神の國日本は永遠に不滅です。

吉田松陰先生は、「安政の大獄」で処刑される直前、同囚の堀江克之助に与へた手紙の中で「天照の神勅に、『日嗣の隆えまさむこと、天壌と窮りなかるべし』と之あり候所、神勅相違なければ日本は未だ亡びず、日本未だ亡びざれば正気重ねて発生の時は必ずあるなり。唯今の時勢に頓着するは神勅を疑ふの罪軽からざるなり」と書かれました。

「皇統断絶」といふことが余りにも安易に語られてゐることに小生は大きな不安を覚へます。

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2006年2月10日 (金)

千駄木庵日乗二月九日

終日在宅して『政治文化情報』の原稿執筆。

良いお天気の日に一日中家にゐるといふのも大変ですが、ものを書くのが好きですのでさう苦痛ではありません。一ヶ月に一回小誌を発行するのは、わたくしの生甲斐であります。一つのテーマを取り上げて、論文を書くわけですが、とても勉強になります。

煙草の量が増えすぎたので、最近は、午後六時までは吸はないことにしました。午後になると猛烈に吸ひたくなりますが、ここが我慢のしどころと頑張ってゐます。体調も良いやうです。

煙草は原稿を書いてゐる時、精神安定といふか気分転換になります。また、食後の一服はとてもうまいのです。しかし、吸ひ過ぎは良くありません。私は今、一日五、六本にとどめてゐます。

お酒も好きですが、日本酒で言へば、お銚子二本で十分です。また、食べ物を食べないと呑めない性質です。

煙草は余り吸はない、食べものは好き、といふのですから、肥満は治りません。皆さんにとってはどうでも良いことを書いてしまひました。

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2006年2月 9日 (木)

千駄木庵日乗二月八日

終日在宅して原稿執筆。

秋篠宮妃殿下のご懐妊といふ日本国民にとっての大慶事は、『皇室典範』改定を急いでゐた小泉総理の方針を転換させやうとしてゐる。しかし、果たして、今国会に提出を見合わせるかどうかは、まだ分からない。

このたびの慶事は、神様の御配慮・神はかりとも考へられる。しかし、われわれ国民は、静かに落ち着いてゐなければならない。妃殿下にご負担をかけるやうな言説は厳に慎むべきである。ただただご無事のご出産をお祈りし続けるべきと思ふ。

『皇室典範に関する有識者会議』の「報告書」を読み返してみたが、やはり問題点が多い。まず第一に天皇さまの最大のご使命であるところの祭祀についてまったくと言っていいほど書かれてゐない。また、皇配となられる方に『摂政』になっていただく、またその方を「陛下」といふ敬称でお呼びするとある。これは「君臣の別」を乱す恐れが大いにある。やはりこの「報告書」は慎重に審議されるべきである。

石原慎太郎氏が、二月六日号の「産経新聞」の『日本よ』といふ論文で書いてゐる通り、天皇陛下は祭祀を最も大切なご使命とされるのである。

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2006年2月 8日 (水)

千駄木庵日乗二月七日

秋篠宮紀子妃殿下がご懐妊あそばされました。今年九月末頃のご出産予定とのことでございます。

まことに有難く、またおめでたいかぎりでございます。ご無事のご出産を熱祷したてまつります。

テレビ報道を見てゐますと、多くの国民の方々が喜ぶ姿が映し出されてゐました。国民の皇室を思ふ心に篤いものがある事をあらためて実感しました。

日本国民の大多数は、理屈ではなく皇室を尊び、皇室の慶事をわがことのやうに喜ぶのであります。これがわが国の麗しき伝統であり、それがまた、日本国の永遠の隆昌の原基であります。

皇室にかかはることで、真摯な議論はあるべきとしても、甲論乙駁・侃侃諤諤の議論や争ひが起こるのは何としても防がなければなりません。まして政争の具にしては絶対になりません。宸襟を悩ませたてまつるのみならず、國體の危機をまねく危険があります。

                〇

午後十二時より、衆議院議員會館にて、同志議員と今後の活動について討議。

帰宅後、諸雑務。

夜は、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2006年2月 7日 (火)

千駄木庵日乗二月六日

午前中は、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後から、原稿執筆と資料整理。

上海総領事館員の自殺事件はどうなったのでせうか。すっかり忘れられたやうです。これは共産支那政府の特務が、『ウィーン条約第二九条』に違反し、わが国外交官に女性問題を口実にしてスパイ行為を強要したためにわが国外交官が自殺に追い込まれた重要事件です。

政府与党も野党もマスコミもこの問題を忘却したかのごとき状況です。全くわが国は朝野をあげて共産支那に対して弱腰です。このやうな状況が続けば、日本は支那の属国になってしまふのではないでせうか。筑紫哲也などは、ことアメリカの不当行為に対してはずいぶんと批判をしますが、共産支那のことは批判しません。

当時の川口外相への追及も沙汰やみになってゐます。また、外務省が問題を一年以上も放置していたがために、共産支那をつけあがらせてゐるのです。さらにこのやうな重要事件を総理に報告しなかった外務省及び川口氏の責任はまことに大きいと思ひます。

共産支那は、敵性国家となりつつあると思ひます。日中友好などといふ言葉はもはや死語に近い状態です。支那と朝鮮にどう打ち勝つかが今の日本の最大の外交課題です。

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2006年2月 6日 (月)

千駄木庵日乗二月五日

午後は、書状作成。

午後六時より、文京区民センターにて、『台湾研究フォーラム』開催。永山英樹代表が挨拶した後、大陸四川省出身の日中問題研究家・石平氏が「中国から見た台湾問題」と題して講演しました。

石平氏は、台湾と共産支那との関係史を語りました。「共産党政権は、勝てば官軍で大陸を支配した。中共は台湾に国民党がゐる限り革命は完成しないと言って来た。私の中学時代学校行事で叫ばれたスローガンに必ず『台湾解放』があった。毛沢東は何千万人の中国人を殺したA級戦犯。鄧小平時代になって金と技術欲しさから、『資本主義打倒』のスローガンを捨てた。台湾人は中国人より何十倍も豊かに暮らしてゐるから、『台湾解放』も言へなくなった。共産主義神話が崩壊したので、新しい神話としてナショナリズム・愛国主義が登場した。統一が最大の使命となった。五千年の歴史で国家統一の戦争は神聖なものとされて来た。統一のためならどんなことでも許される。台湾が独立すると大陸全体に動乱が起こると考へている。中国の若者の多くは享楽に走ってゐる。しかしエリートが危険な考へを持ってゐる。中共は選挙によって政権を握ってゐるのではない。何千万人も殺して政権を取った。だから人に命をなんとも思わない」と語ったのが印象に残りました。

何とも困った国が隣に存在してゐるものです。共産支那の動向はわが國の安全に直結します。「外交は華麗に礼装した軍事である」といふ言葉があります。対支那外交がまさにさうであらねばなりません。それは決して支那に対して戦争を仕掛けるといふのではなく、わが國の独立と安全を守るための国防体制をより一層整備するといふことであります。わが国は経済的にも軍事的にも支那大陸に深入りをすると碌なことがないといふことは、石平氏もその著書で述べてゐます。『日中国交樹立』以後の日本は本当に碌なことがありませんでした。

帰宅後、原稿執筆。

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2006年2月 5日 (日)

千駄木庵日乗二月四日

今日は、母と共に、北区の菩提寺にある先祖のお墓にお参りしました。年老いた母は元気ですが、一人で行くのは無理になりました。

本堂にお参りし、ご住職ご夫妻にご挨拶して、先祖のお墓を清め、花とお線香を供へ、感謝の祈りを捧げました。

お天気はとても良く、寒さもそれほど気になりませんでした。やはりかうして先祖のお墓にお参りをするといふことは、心がやすらぎます。また、母が元気でゐるのも有難いことです。

祖先があっての子孫であり、祖先の御霊が子孫を守っていて下さると信じ、その事に感謝するといふ心は、日本人の持ってゐる自然な伝統信仰であります。先祖と父母への感謝の心を大切にして行きたいと思ひます。

帰宅後は、ずっと原稿執筆。

前尾繁三郎氏の『政の心』といふ本を参考に読みました。ここでは詳しく書けませんが、大変な見識の持ち主であったと思ひました。日本の「祭政一致」の伝統についても卓見を述べられてゐました。

前尾氏が大平正芳氏との政争に敗れ、総理大臣なられなかったのは大変残念です。田中角栄といふ人物が総理になるよりはずっと日本のためになったでせう。

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2006年2月 4日 (土)

千駄木庵日乗二月三日

午後二時半より、靖国神社境内の靖国會館にて、『皇室典範改定問題に関する緊急集会』開催。

急な呼びかけであったにもかかはらず、百人以上の活動家が参集し、活発な論議が行はれた。民族運動・愛国運動を行っている特に若い世代の同志が多く集まった。

「『皇室典範』改悪阻止共闘会議」の結成が決議され、これから具体的な運動を行なふこととなった。議員への意見書提出など運動を展開して行く方向で意見がまとまった。具体的なことは今後討議することとなった。

夜は、原稿執筆。

「皇室典範」「皇位継承」について、大きな政治問題となり、政治家の権力闘争や政局がらみの動きが見られる事は困った事です。何度も繰り返し述べてゐますが、この問題は、政治権力機構の問題ではありません。祭祀国家日本の根幹に関はることであります。それだけに、運動も他の政治課題の運動とは異なる運動形態でなければならないと思ひます。

また、「皇統」について、國體や歴史についての碩学といはれる方々の見解が分かれてゐます。大変難しいことです。私の考へ方は、このブログや『政治文化情報』で書いて来ました。

小泉総理の「法案提出」の意志は強いやうです。小泉総理は、反対されればされるほど意地になるやうです。皇室に関はることで醜い政争が起こることは絶対に避けなければなりません。

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2006年2月 3日 (金)

千駄木庵日乗二月二日

午前十一時より、『萬葉會』の懇親会。萬葉集を勉強してゐる方々と楽しいひと時を過ごしました。

帰宅後、原稿執筆。原稿に引用させていただくために、三島由紀夫氏の御文章を読みました。

三島由紀夫氏は、自決された時の『檄文』で、「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力慾、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と傳統を瀆してゆくのを、歯噛みして見てゐなければならなかった。」と書いてゐます。

今から三十六年前に三島氏が憂へられた祖国日本の状況は、その後益々ひどくなってゐます。そして今や、その「経済的繁栄」すら危殆に瀕してゐます。

日本の歴史と傳統は、天皇によって体現されます。日本文化の一体性・連続性の窮極の中心者が天皇であります。日本文化傳統の核である祭祀を司っておられるお方が天皇であらせられます。天皇は、日本の歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の、他にかけがへのない唯一の中心者であらせられます。

天皇は外国の国家元首とは全くその本質を異にします。天皇の祭り主・統治者としての真のお姿を回復することが最も大切であると信じます。皇位継承とは、外国の『国家元首交代』とは全く次元を異にした神聖なる事柄であります。

非日勢力・反國體勢力による、天皇中心の國體・民族の傳統文化破壊策謀は、何としてもこれを破砕しなければなりません。

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2006年2月 2日 (木)

政治文化情報二月一日

終日在宅して原稿執筆と書状作成。

お昼、同志来宅、懇談打ち合はせ。

宗教といふものは、恐ろしい側面があります。オウム真理教だけではありません。今日の日本で政権政党となってゐる公明党の最大の支持組織といふよりも、同体異名と言って良い創価学会の排他独善・怨念体質は凄まじいものがあります。

機関紙『聖教新聞』を読めば一目瞭然です。池田大作に逆らった人々に対する罵詈讒謗は読むに堪へないものがあります。私も色々宗教書を読みますが、日本にはこれほどひどい排他的な言動をする宗教は創価学会以外にありません。

創価学会は、政権与党になってから、益々その排他独善性がひどくなったやうな思ひます。権力を握ったことで自信をつけたのでせう。かかる状況は一日も早く是正されなければなりません。自民党と民主党の良識的保守が手を結ぶべきです。そして、政界再編成といふか、公明党を排除した政権が作られるべきです。

政権担当能力のある二大政党制が良いなどといふのは、公明党が喜ぶだけだと思ひます。

創価学会があれだけの信者を獲得したのは、それだけ民衆ををひきつけるなにものかがあったからでせう。創価学会のやること為すこと全てが悪いといふわけではないでせう。しかし、宗教には天使的側面と悪魔的側面があることを十分に認識しなければなりません。

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2006年2月 1日 (水)

千駄木庵日乗一月三十一日

終日在宅して、原稿執筆。

皇室典範改定問題で思ひますのは、いはゆる「有識者会議」の座長である吉川弘之氏の言動が余りにもお粗末といふか節度がないといふことであります。

「歴史観や国家観で案をつくったのではない」とか、寛仁親王殿下のご発言に対して「どうということはない」などと言ったのは全く常軌を逸しております。これでは心ある人々から大きな反撥を買うのは当然です。

皇位継承・皇室典範改定は、歴史と国家の根幹に関はることであります。また、このやうな重大な事柄についての皇族のご発言は、謙虚にそして真摯に受け止めるべきです。

そもそも、天皇陛下そして皇族方のご意志を第一とすべきなのです。政府は、この問題に関して、陛下のご意向をうかがひ、大御心を体して事を進めるべきであります。

数々の不祥事が噴出する最近の政治情勢・国会情勢を見ていると、今の政治家が、皇室典範を論議すること自体、不敬不遜の極みといふべきであります。何回も書きますが、「天津日嗣の繼承」といふ神聖不可侵の事柄を、上御一人の御意志をうかがふこともせず、政争が繰り返される権力機構たる議会で決めるのは、間違ってゐます。

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