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2006年1月 8日 (日)

日誌一月七日

終日在宅して、午後は、書状作成。夜は、原稿執筆のための資料分類整理。

宗教には、正教と邪教があると一般にはいはれます。しかし、この宗教は絶対に正しくこの宗教は絶対に邪教だといふよりも、宗教全体に良い部分と危険な部分とがあるやうに思ひます。

キリスト教が、愛を説き、世界文化・文明の発展と人々の平和に大きく貢献したことは間違ひありません。しかし、キリスト教が正しいことしかしなかったといふとそれは大きな間違ひであります。十字軍の遠征といふ侵略戦争をローマ法王の命令で行ひましたし、西欧列強の世界侵略の尖兵の役割を果たしました。

佛教でも、オウム真理教のやうなテロを起こす教団も出ました。創価学会の機関紙を読んでゐると、内部造反者や外部批判者に対する罵詈雑言・非難攻撃は凄まじいものがあります。とても慈悲を説く佛教の教団とはいへません。憎悪と闘争の教団です。池田大作絶対化も異常です。北朝鮮と体質がそっくりです。

宗教は愛や慈悲を説くと共に、罰や祟りも説きます。そして呪詛することもあります。ここが宗教の怖いところです。これまでの人類が行った宗教戦争・宗教対立でどのくらいの人が命を失ったことでせうか。

私は、佛教もキリスト教も素晴らしい教えを説いてゐると思ひます。しかし、わが國伝統信仰の「神ながらの道」は世界の宗教の中でもっとも平和的であり、人々の心に潤ひを与えへると思ひます。また、日本仏教は佛教の衣を着けた日本傳統信仰であると言っても過言ではないと思ひます。

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