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2006年1月 6日 (金)

日誌一月五日

一月三日、東京駅を出発、名古屋乗換へにて、宇治山田に到着。

午後四時より、宿舎にて、雷鳴塾新年研修会。安達福松氏及び小生が講話。

一月四日朝、宿舎を出発。伊勢皇大神宮外宮に参拝。続いて、内宮に参拝。皇室の彌榮と祖国の隆昌を祈念し奉りました。

午前十一時より、西日本鉄道伊勢市駅前にて、「新春街頭演説會」開催。小生等が演説。

終了後、近鉄線にて、京都へ。

第七七代・後白河天皇法住寺陵に参拝。法皇が平清盛に命じて建てられた蓮華王院の法華堂に、後白河法皇の御木像が安置され、堂下地中に石棺が奉安され、御陵とされたと承る。

続いて、すぐ隣の、天台宗・法住寺に参拝。永祚元年の創建。法住寺は、台頭して来た平清盛・木曾義仲・源頼朝などの武家勢力と戦はれた後白河法皇が院の御所として御創建された聖跡である。この御所は木曾義仲に襲撃されたが、法皇は御無事であられた。法皇は、不動明王のご加護によると信じられた。法住寺の本尊が、不動明王であるのはこのためである。

真言宗智山派総本山・智積院に参拝。四宮家の菩提寺は、真言宗智山派に属してゐます。そして、夕暮の京都の町を散策。

一月五日午前、京都御苑及び御所拝観。

続いて、護王神社(御祭神は正一位護王大明神即ち和気清麻呂公と姉君和気広虫姫)に参拝。和気清麻呂公が、宇佐へ向かふ途中、難に遭はれたのを三百頭もの猪が清麻呂公をお護りしたことから、猪の絵や像が多くありました。小生は亥年であるので、まことに有難く思ひました。

続いて、下鴨神社に参拝。下鴨神社は、正しくは賀茂御祖神社(かものみおやじんじゃ)と申し上げ、御祭神は、玉依姫命と賀茂建角身命である。

新幹線で帰京。

毎年、伊勢皇大神宮に参拝し、そして奈良京都の神社仏閣を巡拝し、皇室のご安泰と祖国の隆昌を祈念するのを慣はしとしております。今年も、そのことが実行出来て嬉しく思っております。

淡雪が流れる京都御所はまことに清らかでした。皇国日本に生まれ来た幸をかみしめております。また、後白河法皇の御事績、そして和気清麻呂の事績を回顧致しますれば、如何なる国難があらうとも、皇統連綿・天壌無窮のわが國體は不滅であると確信します。

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