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2006年1月22日 (日)

千駄木庵日乗一月二十一日

午前、『政治文化情報』二月号を発送。読者の皆様には月曜日に届くと思ひます。

午後は原稿執筆。夜は書状作成など。

今日のやうな雪は久しぶりです。朝窓を開けたら雪がしんしんと降り、銀世界でした。まことに美しい光景でした。新年に雪が降るのは昔からめでたい事とされ、豊作の予兆であるとされて来ました。

大伴家持の歌                                 

新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重(し)け吉事(よごと)

 大伴家持が四十二歳の時の賀歌(お祝ひの歌)で、『萬葉集』最後の歌です。天平宝字三年(七五九)の正月(太陽暦では二月二日)、因幡の國(鳥取県東部)の國廳(行政を扱ふ役所)で、因幡守(今日の県知事)であった家持が、恒例により郡長などの部下に正月の宴を与へた時に詠んだ歌です。

「いや重け吉事」の「重け」はあとからあとから絶える事なく続くこと。

通釈は、「新しい年のはじめの初春の今日降る雪の積もるやうに良きことが積もれよ」といふほどの意。

 元旦に雪が降るのは瑞兆で、その年は豊作であるといはれてゐました。しんしんと雪が降り積もるやうにめでたきことも重なれよといふ願望を歌ったのです。雪の降る眼前の光景を見て歌った平明で清潔で堂々たる『萬葉集』の掉尾を飾るに最も相応しい名歌であります。

 この歌は吉事への祝福の歌です。この祝願の歌は、萬代かけての『萬葉集』そのもののいのちの祝福とも響いて来ます。『萬葉集』という名前の中に、「君が代」の無窮を祈る心が込められているのであります。

 家持と同族であった大伴古慈悲とか大伴古麻呂といふ人たちは、橘奈良麻呂と一緒に、専横をきはめてゐた藤原仲麻呂打倒のクーデターに関はってみんな粛清されてしまひました。そして直接クーデター計画に関はらなかった家持も因幡國に左遷されました。しかし、家持は、さういふ時期にあっても年の初めにかういふめでたい歌を詠んだのです。

「言事不二」といふ言葉があります。「言葉と事實と一致する、言葉と事實は二つではない一つである」「言葉に出したことは實現する」といふ意味であります。『聖書』にも「言葉は神なりき。よろずものこれによりて成る」と書かれてゐます。家持が、「いや重け吉事」と歌ったのは、めでたい言葉を発することによって吉事が本当に事實として實現すると信じたのです。

『萬葉集』の最後の歌にこの歌を収め、一大歌集の締めくくりにしたのは、國が混乱し、世の有様は悲痛であり慟哭すべきものであっても、否、だからこそ、天皇國日本の國の伝統を愛し讃へその永遠の栄えと安泰を祈る心の表白でありませう。

『萬葉集』編者(家持自身とする説が有力である)は、祝言性豊かなこの歌を全巻の最後に置き、天皇国日本の無窮を祈り、且つ『萬葉集』を萬世の後まで伝へやうとする志を込めたといはれてゐます。ともかくこの歌は、わが國の数多い和歌の中でもとりわけ尊くも意義深い歌であります。

今日の日本も、国難の時期にあります。であればこそ、なほさらに、天皇国日本の永遠の栄えを祈り奉らねばならないと思ひます。「萬葉の精神」への回帰が今こそ必要なのであります。

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