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2006年1月31日 (火)

千駄木庵日乗一月三十日

昼間は、月末であるがゆへにしなければならない雑務をこなしました。

夜は、原稿執筆。萬葉集講義の文章化です。

昨日の小生の講演を聞きに来て下さった石戸谷慎吉氏(海外情勢に詳しい方です)から次のやうなメールを頂きました。卓見であると思ひますので一部御紹介します。

                  ☆
回教はご存知のように一神教です。日本の天皇陛下のような現御神(アキツミカミ)持つことは、一神教である、回教の教義から不可能です。
回教では、神の子が権力など、全てを超越する「権威」として君臨する事が教義上不可能です。現御神(アキツミカミ)を持つことができず、むき出しの権力構造しか存在できません。これが回教徒の悲劇ではと思います。
日本の場合、天照大神より、万世一系の現御神(アキツミカミ)がおられる信仰国家であり、これが有史以来、日本人が悲惨な目に遭うことが比較的少なかった原因ではないかと最近思うようになりました。
日本人があるのは、また、日本という国があるのは、この現御神(アキツミカミ)であられる天皇陛下を持つことであると確信するようになりました。現御神(アキツミカミ)、歴聖一如は神話や伝説を超えた存在であり、現実そのものではないかと思います。
支那の諸王朝の皇帝は「天の子」であることを標榜しました。しかし、万世一系の「歴聖一如」を打ち立てる事が出来ませんでした。これが支那人民の悲劇ではないかと思います。宗教が無く、易姓革命の思想がある支那では、さしもの秦の始皇帝の意図もむなしく潰える必然にあったと思います。
将来の支那人民の悲劇はこの宗教が無いことと中華思想、それが含む易姓革命思想であると予感しています。これが支那人民を苦しめるだけでなく、人類と文明に対する脅威となると予感しています。
                     ☆
これに対して、私は、
「全く先生の御意見に同感でございます。
一神教の世界に現御神と天津日嗣がないといふ御高見大変勉強になりました。卓見であると思ひます。
ローマ法皇はまさにそれに近い存在とも思えますが、キリスト教社会すべてに「君臨」しているとはいへないやうですが如何でせうか。
お説の通り、シナ大陸の「中華思想」「拡張主義」「強いもの勝ちの覇権思想」がこれからのわが国・アジアそして世界にとってとてつもなく厄介な存在になりつつあります。
ともかく天皇国日本に生まれてきて良かったと思ひます。」
とご返事しましたところ、さらに次のやうなメールを頂きました。
                    ☆
「ローマ法王に対するご指摘はそのとうりだと思います。ただ、法王庁が現在の体制になるまでに、異端審問、宗教改革と日本人には想像を絶するほどの血が流された歴史があります。
大虐殺は支那の文化的伝統ですが、これは宗教が無いためだと言われます。しかし、支那以外では宗教が原因の大虐殺が一般的なのではないかと思います。外国人から見ると宗教があるような、また、無いような日本が大虐殺と言う文化的伝統を持たないが不思議なようです。「神道と言う宗教が厳然として存在するのに日本人が気がついていない。気がつかないので外国に説明できない状況」ではと思います。
1970年代によく、欧州人と一緒に欧州、中近東を旅行しました。土曜日に宿泊地に着きますと、カソリックの方が先ず聞くのはカトリック教会の場所でした。旅行中でも日曜日の午前中は宿泊地の教会に行く方が殆どでした。そんなわけで、何処に行ってもカソリックの教会が一つはあるのに気がつきました。
ただ、キリスト教徒でも、プロテスタントの方は日曜日の朝は、殆どホテルで寝ていました。この方達はローマ法王を権威として全く認めていませんでした。
1922年だと思いますが、トルコ議会がカリフ制度を廃止します。トルコ皇帝が権力と宗教上の権威を表面上は保持していました。オスマントルコはハシミテ家とは関係が無いので、本来は、カリフにはなれないのですが、一応の宗教的権威が確立されていたのではと思います。というのは、1973年にトルコ共和国成立50周年記念でトルコに行ったのですが、その直後にレバノンで会ったスンニ派回教徒のご老人は「当時、一番衝撃だったのはトルコ帝国の解体ではない、カリフ制の廃止を聞いた時だった」と言っていました。」

石戸谷氏の御論は大変勉強になりました。

神話時代からの信仰精神を生きた形で今日まで継承して来てゐる天皇國日本の國體は絶対に守りぬかねばならないと思ひます。また、言葉の真の意味で平和的な「日本天皇を祭祀主・現御神と仰ぐ日本傳統信仰」が世界平和の基になるのではないかと考へます。

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2006年1月30日 (月)

千駄木庵日乗一月二十九日

午後一時半より、靖国神社境内の靖国會館にて、『二宮報徳会定例講演会』開催。国民儀礼・小林幸子会長挨拶が行なわれた。そして小生が「日本國體精神と現代の危機」と題して講演した。その後、活発な質疑応答が行なはれた。

皇室典範・憲法・無宗教の戦没者追悼施設建設問題の三つは、日本国の存立の基本に関はる重要な問題であります。

日本国は、萬邦無比の國體といはれますやうに、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家・信仰共同体であります。そして人は全て神の分霊・神の子であり、男は日人(ヒト)あり女は日女(ヒメ)であります。

つまり日本國は契約国家でもないし、革命や他民族の侵略によって人為的につくられた国ではないのであります。また人は単なる生物・動物(外国語で言ふとホモサピエンス)ではないのであります。かかる国家観・人間観を確立しなければならない思ひます。

日本国の君主であらせられる天皇は現御神であり、その御位は「天津日嗣の高御座」であります。従ひまして、憲法の「天皇条項」は、日本の國體精神に基いて書かれなければなりません。「皇位繼承のあり方」は権力機関でこれを決定してはなりません。すべて上御一人・日本天皇の大御心によるべきであります。また、「戦没者の追悼・慰霊」は、日本傳統信仰に基かなければなりません。

ゆへに、自民党の新憲法草案は破棄させねばなりません。皇室典範改正は、天皇さまの御心を体して行なはれなけれはなりません。無宗教の戦没者追悼施設建設は食い止めねばなりません。

以上のやうな事を基本に話させて頂きました。

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2006年1月29日 (日)

千駄木庵日乗一月二十八日

午後は、上野公園の東京国立博物館で開催中の『書の至宝』展参観。

支那の甲骨文、泰山刻石、王義之『十七帖』、黄庭堅『行書伏波神祠詩巻』、日本の空海『風信帖』、『法華経序品』(竹生島経)、藤原行成『城氏詩巻』、本阿弥光悦『摺下絵和歌巻』などまことに多くの作品を見ました。

それぞれ見事な作品ばかりでした。書の文化も支那から伝はったものですが、わが国は漢字だけでなく仮名文字をつくりました。日本の書道文化はきはめて洗練された美しさがあります。日本人は外来文化を包容し、それをさらに高めてきたと思ひます。思想・宗教・文藝・建築・絵画などでも然りです。

小生は、二松学舎で金子清超先生と近代書家の日下部鳴鶴の弟子であった石橋犀水先生に書道を学びました。今は年賀状と暑中見舞を書く時くらいしか筆を持てないのが残念です。

土曜日のためか大変な数の参観者でした。書道に感心のある人がまだまだ多いやうです。

私宅は上野公園に近いので、上野公園の美術館・博物館には気軽に行くことができて有難く思っております。今日も行きは電車ですが帰りは徒歩で帰って来ました。

夜は、明日の講演の準備。國體・憲法・靖国神社について話させていただくつもりです。

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2006年1月28日 (土)

千駄木庵日乗一月二十七日

終日在宅して原稿執筆と、明後日の「二宮報徳会」における講演の準備。

歴史の見方は色々あります。たとへば、この間もちょっと書きましたが、近衛文麿の評価にしても、同じ保守の立場に立つ人でも、百八十度近くの相違があります。東條さんに対しても然りです。

戊辰戦争についても、同じ会津人でも、松平容保公を高く評価する人とさうでない人がゐます。

近衛さんを評価する人は、大東亜戦争は、米英の東亜侵略に抗しアジアの解放を目指す聖なる戦ひであったとする人です。一方、近衛氏を否定する人は、支那事変以降の大東亜戦争は、ソ連の謀略に乗せられた戦争であったとする人であります。

どたらも日本の侵略ではなかったとする点では一致してゐるのですが、戦争の対する見方は全く正反対であります。

今勉強中ですが、私は、大東亜戦争は、ソ連や中共の謀略に乗せられた面がなかったとはいへないと思ひますが、やはり、当時の国際情勢は、米英の圧迫があまりにひどかったことは事実と思ひます。

しかし、対米関係と対支那関係をどうするかが重要になってゐる今日、支那は同じ東亜民族だから同文同種だから大切にすべきだといふことで、日本が東アジア共同体に参画してしまふことはに絶対に反対です。

今いはれてゐる『東アジア共同体』は、中華帝国主義のアジア支配の別名であります。日本が支那の属国になるといふことです。対米追従はすべきではありませんが、アメリカと協力して共産支那と朝鮮といふ反日国家の向き合ふべきであります。

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2006年1月27日 (金)

千駄木庵日乗一月二十六日

終日在宅して原稿執筆と読書。

皇位継承と皇室典範改定問題は、日本國體の根幹に関はる問題であります。小生も今、そのことで悩み、色々と勉強してゐます。

まづ大前提として、祭祀国家日本の祭祀主にかかはること、天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体日本の國體に関することは、神聖なる事柄であり、世俗の権力問題ではありません。ゆへに世俗の権力機構である政府や議会によって神聖なる皇位継承の事柄が決定付けられてしまってはなりません。このことが一番の問題であると思ひます。

しかし、現実には、さういふ事態になりつつあります。國體・皇室の根幹の問題は、天皇陛下の大御心を拝し、それに従ふべきと思ひます。ところが現行の憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と規定してゐるので、それができないといふのです。しかし、皇位継承は、決して現行憲法のいふ政治権力作用としての「国政」ではありません。

皇位継承とは、神代以来の道統・精神伝統を継承する天皇の御位に関することです。即ち、天津日嗣の高御座の継承であり、きはめて神聖なる事柄であります。神の御心のまま言ひ換へますと、神ながらに決められるべきであります。そして日本の傳統の継承者・神の御心を体現されるお方は天皇であらせられます。天皇陛下の大御心によって決められるべきと思ひます。

あまりにも神がかった考へ方だと言ふ人もゐるかも知れませんが、天皇中心の日本國體とは、まさに「天皇を中心とした神の国日本」といふことであります。國體に関することは、神の御心のまま・現御神日本の天皇の御心のままであるべきであります。それが日本の道統であります。

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2006年1月26日 (木)

千駄木庵日乗一月二十五日

午後一時半より、港区内で開かれた会合にてスピーチ。

夜は原稿執筆。

堀江貴文のことで、政府自民党に対する批判が強まってゐます。岡田前代表もホリエモンと会って立候補を打診したやうですから、民主党もあまり自民党を批判する資格はないと思ひますが、小泉・武部・竹中三氏はあまりにも反省が足りません。もっと潔く対応すれば、こんなに批判が高まらなかったと思ひます。やはり三分の二以上の議席を獲得したおごりでせうか。

小泉氏は一応、「不明と言はれれば甘んじて受ける」と言ひました。しかし武部氏は、「総裁選に絡めた権力闘争だ」などと問題をすりかへて、「攻撃こそ最大の防御」など言ってゐるやうです。あきれたものです。彼の場合、「攻撃こそ最大の暴挙」でせう。

テレビで流される総選挙の時の映像を見れば明らかなやうに、政府自民党が、ホリエモンの営利至上主義的商法にお墨付きを与へたことは確かなのです。これは絶対に反省し自己批判すべきであります。それをしないかぎり、今の政府自民党は「粉飾決算政権」であると小生は思ひます。

しかしながら、共産支那と韓国の不当なる内政干渉に対する小泉氏の姿勢は小生は評価してゐます。

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2006年1月25日 (水)

千駄木庵日乗一月二十三日

午後は、原稿執筆。

午後五時より、衆院議員會館にて、同志議員と当面する活動について懇談討議。

夜は原稿執筆。

またまた堀江貴文逮捕のことですが、堀江容疑者は、典型的にして最も悪質なる「金銭至上主義者」「営利至上主義者」です。営利至上主義に冒された現代日本の申し子のやうな人物なのです。堀江は、昨年九月、天皇を君主と仰ぐわが国建国以来の国體を真向から否定する発言を行ったのです。金銭欲のかたまりである堀江容疑者は、金さへ儲かれば良く、日本國體・日本文化・伝統的道義も要らないのであります。堀江容疑者は、金に溺れ、麗しい歴史と伝統の国『天皇国日本』を滅亡させる人物と言っていいでせう。

このような人物が、司直によって摘発されたことはまことに欣快の至りです。「金さえ儲かればいい」と考へ、日本の國體や伝統を蔑ろにする堀江容疑者のやうな人物を、選挙の票寄せパンダとして利用し、衆議院議員にさせやうとした小泉総理・武部幹事長・竹中総務相の責任はまことに大きいと思ひます。

この問題に関する小泉・武部・竹中三氏の態度は、人間として潔くないし、政治家として無責任です。かういふ人たちが今日の日本の政治と経済を牛耳ってゐるのかと思ふと情けなくなります。

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2006年1月24日 (火)

千駄木庵日乗一月二十三日

午後は、原稿執筆。

午後七時より、永田町の全国町村會館にて、『日本再生の会特別総会』開催。

小田村四郎会長が開会の挨拶を行なひ、中村粲・岡崎久彦・井尻千男・高池勝彦の各氏が応援の言葉を述べた。この後、西村眞悟代議士が報告を行った。そして、質疑応答・決議文朗読が行なはれた。この会合では、今後も一致して西村眞悟氏を支援して行くことを決議した。

西村氏は、人格・識見ともに尊敬すべき人物であります。もちろん、その政治思想の正しさ・熱き祖国愛は、今日の政治家の中で「鶏群の一鶴」と申して宜しいと思ひます。今回のことで西村氏の政治生命が断たれることは何としても防がねばなりません。今日の会合はさういふ思ひの人々が全国から参集しました。

堀江貴文がとうとう逮捕された。小泉総理・武部幹事長・竹中大臣が、彼を高く評価した責任は大きい。刺客として広島に送り込んだ自民党の責任も非常に大きい。武部氏は、「無所属だった」と弁明するが、それは通らない。「金さえ儲かればいい」と考へ、日本の國體や伝統を蔑ろにする堀江のやうな人物を、選挙の人寄せパンダとして利用し、衆議院議員にさせやうとした責任を厳しく追及すべきである。

小泉氏はこのことを深く反省ないかぎり、松陰先生の言葉を引用する資格はない。武部氏は道義的責任をとって幹事長を辞任すべきだ。竹中氏は、「党から言はれたから選挙応援に行った」などと釈明していたが自主性のない無責任な態度である。

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2006年1月23日 (月)

千駄木庵日乗一月二十二日

終日在宅して原稿執筆。

小泉総理は施政方針演説で、吉田松陰が語った孔子の「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず」(志ある者は、その目的実現のためには溝や谷に落ちて死ぬことも厭はないといふ心を持つべきだ、といふほどの意)といふ言葉をを引用しました。

安倍晋三内閣官房長官は、地元での演説で、吉田松陰が安政の大獄で江戸に拘引される時に、門下生の小田村伊之助に与へた言葉「至誠にして動かざるもの、これ未だこれあらざるなり」(人は真心を以ってすればどなん者でも感動しない者はない、といふほどの意)を引用しました。

吉田松陰の言葉は本当に胸を打つと申しますか、心に深く染み込み、感動を覚へます。この二人の政治家が松陰先生の精神と行動を本当に継承し、祖国日本の危機を打開して頂きたいと念願します。

小生は、松陰先生の言葉では、やはり安政の大獄で処刑される直前に同囚の堀江克之助に与へた手紙の中の「天照の神勅に、『日嗣の隆えまさむこと、天壌と窮りなかるべし』と之あり候所、神勅相違なければ日本は未だ亡びず、日本未だ亡びざれば正気重ねて発生の時は必ずあるなり。唯今の時勢に頓着するは神勅を疑ふの罪軽からざるなり」といふ言葉に最も感銘を受けました。

今日、日本はまさに亡国の危機に瀕しております。しかし、天壌無窮の神勅に示されてゐるやうに、天照大御神の生みの御子がしろしめすわが日本國は永遠に不滅であります。さればいかなる危機もこれを乗り切り、神国日本の真姿が回復すると確信します。

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2006年1月22日 (日)

千駄木庵日乗一月二十一日

午前、『政治文化情報』二月号を発送。読者の皆様には月曜日に届くと思ひます。

午後は原稿執筆。夜は書状作成など。

今日のやうな雪は久しぶりです。朝窓を開けたら雪がしんしんと降り、銀世界でした。まことに美しい光景でした。新年に雪が降るのは昔からめでたい事とされ、豊作の予兆であるとされて来ました。

大伴家持の歌                                 

新しき年の始の初春の今日ふる雪のいや重(し)け吉事(よごと)

 大伴家持が四十二歳の時の賀歌(お祝ひの歌)で、『萬葉集』最後の歌です。天平宝字三年(七五九)の正月(太陽暦では二月二日)、因幡の國(鳥取県東部)の國廳(行政を扱ふ役所)で、因幡守(今日の県知事)であった家持が、恒例により郡長などの部下に正月の宴を与へた時に詠んだ歌です。

「いや重け吉事」の「重け」はあとからあとから絶える事なく続くこと。

通釈は、「新しい年のはじめの初春の今日降る雪の積もるやうに良きことが積もれよ」といふほどの意。

 元旦に雪が降るのは瑞兆で、その年は豊作であるといはれてゐました。しんしんと雪が降り積もるやうにめでたきことも重なれよといふ願望を歌ったのです。雪の降る眼前の光景を見て歌った平明で清潔で堂々たる『萬葉集』の掉尾を飾るに最も相応しい名歌であります。

 この歌は吉事への祝福の歌です。この祝願の歌は、萬代かけての『萬葉集』そのもののいのちの祝福とも響いて来ます。『萬葉集』という名前の中に、「君が代」の無窮を祈る心が込められているのであります。

 家持と同族であった大伴古慈悲とか大伴古麻呂といふ人たちは、橘奈良麻呂と一緒に、専横をきはめてゐた藤原仲麻呂打倒のクーデターに関はってみんな粛清されてしまひました。そして直接クーデター計画に関はらなかった家持も因幡國に左遷されました。しかし、家持は、さういふ時期にあっても年の初めにかういふめでたい歌を詠んだのです。

「言事不二」といふ言葉があります。「言葉と事實と一致する、言葉と事實は二つではない一つである」「言葉に出したことは實現する」といふ意味であります。『聖書』にも「言葉は神なりき。よろずものこれによりて成る」と書かれてゐます。家持が、「いや重け吉事」と歌ったのは、めでたい言葉を発することによって吉事が本当に事實として實現すると信じたのです。

『萬葉集』の最後の歌にこの歌を収め、一大歌集の締めくくりにしたのは、國が混乱し、世の有様は悲痛であり慟哭すべきものであっても、否、だからこそ、天皇國日本の國の伝統を愛し讃へその永遠の栄えと安泰を祈る心の表白でありませう。

『萬葉集』編者(家持自身とする説が有力である)は、祝言性豊かなこの歌を全巻の最後に置き、天皇国日本の無窮を祈り、且つ『萬葉集』を萬世の後まで伝へやうとする志を込めたといはれてゐます。ともかくこの歌は、わが國の数多い和歌の中でもとりわけ尊くも意義深い歌であります。

今日の日本も、国難の時期にあります。であればこそ、なほさらに、天皇国日本の永遠の栄えを祈り奉らねばならないと思ひます。「萬葉の精神」への回帰が今こそ必要なのであります。

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2006年1月20日 (金)

千駄木庵日乗一月二十日

午前中より、『政治文化情報』二月号発送準備。

午後は、文京区内にて、有志と「皇室典範改定問題」について勉強会。

夜は、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

支那の古典である『論語』『唐詩』は大変素晴らしいものです。わが國の思想史・文芸史のみならず、日常生活においても、大きな影響を与へてきたと思ひます。

ところが、その素晴らしい古典を生んだ支那といふ國は、五千年の歴史があると言ひますが、戦乱と飢餓と自然災害の歴史であったといっても過言ではありません。

そして今日、アジアにおいて最大にして最悪の独裁国家・軍国主義国家となってゐます。『論語』に説かれてゐる立派な道義精神や『唐詩』に詠まれた美しい詩精神は全く忘却してゐるやうに思へます。一体これはどうしたことでせうか。

『論語』や『唐詩』など支那古典の道義精神や美感覚は、むしろ日本において花開き、高度なものとなり、今日においても生活の中に生きてゐます。佛教も同じやうなことがいへると思へます。

わが国は、外国の文化・文明を摂取し包容し、そして日本化してより洗練されたものにして来ました。それは、やはりわが國の中心に天皇・皇室がおはしますからであると考へます。

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千駄木庵日乗一月十九日

午後一時半より、千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。斉明天皇御製・額田王の歌を講義。

午後五時より、衆議院第二議員會館にて、当面する言論活動について同志議員と討議打ち合わせ。

帰宅後、『政治文化情報』二月号発送準備。

今日はよく晴れてゐましたが、厳しい寒さでした。内外情勢もきはめて厳しいものがあります。皇位継承・皇室典範の問題は、まさに日本国の根幹に関はる重大問題であります。であればこそ、日本の伝統精神・伝統信仰に正しく回帰し、冷静に議論しなければなりません。そして窮極的には、上御一人の大御心に従ひ奉るべきであります。

天皇・皇室は、祭祀国家日本の祭祀主であらせられます。そして神聖なる権威であらせられます。天皇・皇室に関はることは、権力機構であり世俗の機関である国会で審議し、多数決で決定すべきことでは絶対にありません。

旧『皇室典範』は、明治天皇の勅定です。議会や政府が定めたのではありません。皇室に関はることは、なべて大御心にまつべきであります。

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2006年1月18日 (水)

千駄木庵日乗一月十八日

 この日誌を『千駄木庵日乗』と名付けることにしました。もともと、小誌『政治文化情報』でも用いてゐるのですが、永井荷風の『断腸亭日乗』を真似したものです。『日乗』とは日記といふ意味です。

永井荷風は私が最も好きな近代作家です。反骨精神があり、下町情緒を愛し、近代日本に対する深く鋭い批判精神を持った作家です。また、小説そのものも大変面白いと思ひます。

小生が尊敬する作家である中河与一氏の『天の夕顔』を高く評価したのが永井荷風でありました。そして荷風の全集を買ひ、全作品を読みました。

『政治文化情報』の読者から、「四宮さんは出家したのですか」といはれた事もあります。「千駄木庵日乗上人」といはれました。日蓮宗の坊さんになったと勘違ひしたやうです。また別の人からは、『日本蕎麦屋を始めたのですか』ともいはれました。

荷風の日記にははるかに及びませんが、これからもどうかご覧頂きたく存じます。

今日は、午後は、今晩と明日の『萬葉集講義』の準備。

午後六時半より、南大塚社会教育会館にて、『万葉古代史研究会』。萬葉集作者未詳歌を講義。

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日誌一月十七日

午前は、お世話にになってゐる方のお見舞ひ。

昼は、知人と懇談。

午後は、資料整理。

午後七時より、ナビオス横浜にて、『安岡教学研究会新年交流会』開催。村山實会長が挨拶。安岡正泰郷學研修所理事長(安岡正篤氏令息)、渡邉五郎三郎氏(福島新樹會代表)、松本英二横浜商科大学理事長がスピーチ。小生が閉会の辞を述べた。来月の『安岡教学研究会』例会で小生が講演します。(活動予定欄参照)

ホリエモンこと堀江貴文氏が経営するライブドア関連各社が、企業買収を巡る証券取引法違反事件で、捜査されてゐる。

堀江貴文は、去年の九月六日、東京都内の外国特派員協会で講演し、天皇およびわが国の国體について、「象徴なだけ」「面倒くさい問題」「すごく違和感を感じる」「大統領制にした方がいい」などと語った。これは、天皇を君主と仰ぐ日本国體を否定するのみならず、現行占領憲法のいわゆる「象徴天皇制」(天皇制といふ言葉は使ひたくないが)すらこれを否定する発言である。堀江貴文は天皇を君主と仰ぐわが国建国以来の国體を真向から否定する発言を行ったのである。今日、社民党・共産党・左翼偏向マスコミすらこのような事は表立って主張してゐない。なんとも許し難い発言であった

 堀江は、「人の心はお金で買へる」「金を持ってゐるやつが偉い」「女はお金についてくる」などと発言した人物である。典型的にして最も悪質なる「金銭至上主義者」「営利至上主義者」である。金さへあれば良く、日本国體も、文化も、伝統もいらないのである。また、金銭欲のかたまりである堀江には、わが国の歴史・文化・傳統を理解することはできないのだ。

小泉自民党は、このやうな男を刺客として衆院選に立候補させたのである。小泉総理は、「今回の捜査と選挙は関係ない」などと言ってゐるが、とんでもないことだ。日本國體を否定する金銭至上主義者を立候補させたこと自体が大問題なのだ。武部幹事長は、「自民党は公認も推薦もしなかった」などと弁解してゐるが、選挙の応援演説で、大声をはりあげて堀江氏を「私の息子です。弟です」と言ってゐた。小泉・武部両氏の責任はきはめて重い。

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2006年1月16日 (月)

日誌一月十六日

終日在宅して、資料整理、書状作成など。

共産支那に対しては一切妥協してはなりません。「こちらが一歩譲ればあちらも譲るだらう」などと考へるのは大間違ひです。

たとへ総理大臣が靖国神社に参拝しなくなったとしても、歴史問題で謝罪せよ、反省せよと言ひ続けるに決まってゐます。また、これはあり得ない事ですが、たとへ昭和殉難者を靖国神社から分祀したとしても、『B級戦犯が祀られてゐる』とか言って総理の参拝に反対するのは目に見えてゐます。

二階俊博経済産業大臣は十四日、共産支那がわが国の資源を盗み取ってゐる東シナ海のガス田問題について「日本も試掘をして元気にやったらいいと言いたい人もいるが、私はその道を取らない。内弁慶のことを言っても仕方がない。もっと粘り強く解決して両国の発展につなげていく」と述べ、試掘を認めない考えを明らかにした。

かかる姿勢が共産支那をつけ上がらせるのだ。力で押してくる国に対しては、力で押し返すしかないのである。二階の言ふ『内弁慶』とはいかなることか。日本は軍事的に支那に屈服する以外ないといふ意味か。だとすれば、二階は支那の手先であり、売国奴である。

また東シナ海ガス田は日本ものなのであって、支那の発展につなげる必要は全くない。支那を追い出せばそれでいいのである。

二階氏はかつて、江沢民の石碑を選挙区に建設しやうとした男である。(詳しくは、小生のホームページのコラム欄をご覧下さい。)今回の発言も二階氏の親支那姿勢・売国姿勢を明らかにした。厳しく糾弾しなければならない。

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日誌一月十五日

終日在宅して、資料整理と読書。

小生の尊皇心や愛国心は、やはり両親の影響といふか教育によるものと思はれます。

ごく幼い頃、外から家に帰って来ると、母が新聞を読みならがら泣いてゐました。気丈な母が泣くなんてあまりなかったものですから、どうしたのかと思ってわけを聞いたら、「貞明皇后様がおかくれになった」といふことでした。

父親にはずいぶん映画に連れて行ってもらひましたが、一番感激したのは、『明治大帝と日露大戦争』でした。橘大隊長戦死の場面を涙を流しながら見ました。あの映画を見てから、私は嵐寛寿郎の大ファンになりました。

父は自衛官でした。中学校一年の時、伊勢湾台風が来ました。社会科の先生が授業で、『被害が大きかったのは十分な防災が行なはれなかったからだ。自衛隊なんかに税金を使はず、防災にもっと税金を使ふべきだ』といふことを言ひました。私は、自分の親が馬鹿にされたと思ひ、憤慨しました。それから、左翼偏向教育に対する反撥が強まって行ったと思ひます。

小生が愛国運動に励むやうになったのも、日教組の偏向教育のおかげと言ふこともできます。呵々。

父は、朝早く五時頃に家を出て、制服を来て、常磐線の蒸気機関車に乗って、土浦の駐屯地まで通ってゐました。今にして思ふと、随分大変だっただらうなあと思ひます。

今、九十歳近くになった父母に対して心より感謝してゐます。

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2006年1月15日 (日)

日誌一月十四日

午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話會』開催。

 許世楷台湾駐日代表が講演し、「昨年末の統一地方選挙の結果、陳水扁政権にとって大変悪い様相になって来た。国会でも与党が過半数を取れず、アメリカからの武器購入予算が通らない。中国の脅威の前に、国家安全が危機に晒されている。二〇〇五年三月、中国で『反国家分裂法』が制定され、台湾の立法院は全会一致で反対決議を行った。しかし、連戦と宋楚瑜が訪中し、第三次国共合作かといはれ、また混乱が始まった。中共は台湾の野党と対話して、与党の力削号ごうとしいてゐる。中国との直接通航は、台湾は主権国家だから『国際便』となる。しかし、中国は台湾の中国の一部だから『国内線』だとする。二〇〇八年の総統選では、今度の地方選の結果を見ると、国民党が返り咲く可能性あり。民進党の総統候補が誰になるかはっきりしない。しかし馬英九の今の勢いがそれまでもつかどうか不透明。台湾政府としては、靖国問題は日本の内政問題と考へてゐる。しかし、言論の自由があるので、國民の賛否表明はある。ただ外交問題にはしない。二万八千人の台湾人が靖国神社に祀られてゐる。日本統治時代と戦後史についても国としての整理ができてゐない。台湾の若者には日本への親近感はある。台湾人のアイデンティティが確立してゐない。私がはじめて台湾の大学で授業をした時、学生に『台湾の三大河川はどこか』と質問したら答へることができなかった。『中国の三大河川はどこか』と聞いたら答へた。台湾の地理教育が行なはれて来なかったからだ。」と語った。

午後七時より、ある団体の新年會に出席。

民主党の鳩山幹事長は、上海の日本総領事館員が自殺に追ひこまれた事件に関し、「当時の川口外相を国会に参考人として呼び真相を徹底的に糾明すべきだ」と述べた。民主党もたまには良いことを言ふ。

外務省がこの事件を隠蔽しやうとしたのは火を見るよりも明らかだ。この問題は、絶対に有耶無耶にしてはならない。共産支那政府と当時の外務省の責任を徹底的に追及しなければならない。

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2006年1月14日 (土)

日誌一月十三日

お昼は、丸の内で上京して来た同志と懇談。

帰宅後、深夜まで原稿執筆。

大東亜戦争で米英と戦争をしたのは、アジア解放の聖戦であった、あるいは旧ソ連の謀略に乗せられた、といふ二つの見方があります。

それに関連して近衛文麿は大アジア主義を基本としアジアの解放を期した偉大なる政治家であったといふ見方と、実は共産主義者であり旧ソ連の手先であったといふ見方があります。

また、アメリカ政府内部にも旧ソ連・コミンテルンのスパイがゐて、日米開戦を画策したといはれています。これは真実のやうです。

日本国内にあった南進論と北進論が、この二つの歴史観に関係して来るわけです。確かに、旧ソ連及びコミンテルンの謀略はあったと思ひますが、明治初期以来のわが日本のアジア経綸理想は高く評価されて良いし、否定は絶対にできません。

靖国神社に祀られてゐる英霊は、侵略戦争で亡くなったのでもないし、旧ソ連の謀略に踊らされた戦争で亡くなったのでもないと思ひます。やはり祖国防衛とアジア解放の戦ひに散華したのであります。

もっと歴史を勉強しなければなりませんが、私はさう信じます。

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2006年1月13日 (金)

日誌一月十二日

終日在宅して『政治文化情報』二月号の原稿執筆。

「共産中国」はやはりまともな國ではありません。『週刊文春』が、わが國の外交官が「共産中国」の特務の卑劣な脅迫によって自殺に追ひ込まれたことを報道したことに腹を立て、「日本政府は報道機関の反中国報道を規制しろ」などと言ひ出しました。

共産支那は、民主国家でも近代国家でもない。まさに前近代的な専制独裁国家です。このやうな国にこれまで日本は一生懸命経済技術援助を行ひ、且つ、歴史問題で謝罪し続けてきたのです。あまりにも愚かといふべきです。財界には、共産支那の悪辣さがこれほどまでに明白になったにもかかはらず、支那で金儲けをしたい一心で、共産支那に媚を売る連中がゐます。まさに売国奴です。

『日中国交回復』の時、日本国民の多くは「北京の空は青かった」などに浮かれましたが、いまや公害で青空どころではありません。支那大陸からの酸性雨は、日本に悪影響を及ぼしてゐます。否、共産支那の存在自体がわが国にとってとてつもなく大きな公害であります。

「日中友好」に狂奔した政治家、例へば田中角栄・後藤田正晴などの責任は重大です。加藤紘一・河野洋平など共産支那の手先と言って良い政治家は許せません。また、民間では池田大作がA級戦犯です。

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2006年1月12日 (木)

日誌一月十一日

 午後三時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『マスコミ総合研究所研究会』開催。塩川正十郎前財務大臣が講演、「新しい年は、行きすぎを改め、方向転換の年といはれてゐる。分をわきまへ、出過ぎたことをしない年。バランスをとることを考へ、格差を見直して行く。経済は良くなって来た。益々原料高になり、製品価格に転嫁することのできない矛盾を抱へる。一番困るのは欧州とアメリカ。日本は、生産性向上につとめることによってそれを押さえる余裕がある。しかし、日本が臨時雇用(パート)に依存してコストをそれで調整してゐるのが問題。六割が臨時雇ひ。日本は生産性向上の限界が見えてゐる。『連合』は賃上げを課題にしてゐるが、正社員雇用拡大に力を入れるべし。消費は向上してゐるが、将来の基礎を固めるべし。公務員制度の改革が扇の要であり、それは適材適所の配置に尽きる。中韓が歴史問題で色々言って来てゐるのは、ほっとけばいい。これまで中国の言ふ事は何でも正しいとして、日本は謝り続けて来た。中国は日本が謝り続けるのが当然と思ってゐた。これからはほっとけばいい。不良債権処理をした銀行に、良い人材が来なくなり、証券会社に行ってゐる。優秀な人材が銀行に定着するやうな環境作りをすべし。しかし銀行がペースアップをすると、体力がまだ不足してゐる中小企業にどう影響するかが問題」と語った。

午後六時より、『九段下沙龍』開催。侃侃諤諤の議論が行はれた。

帰宅後、原稿執筆。

小泉総理が靖国神社参拝を行ふことによって、東アジア外交が停滞してゐるといふ批判があります。東アジアとは具体的には共産支那と韓国のことでせう。塩川氏の言ふ通り、これまでの日本が、共産支那や韓国の無理難題・内政干渉に謝り続けてきたことの方がおかしいのです。対支那外交に関するかぎり、小泉氏の姿勢は評価して良いと思ひます。小泉氏の後継はその対支那外交姿勢を継承するであらう安倍晋三氏で良いと思ひますと思ひますが如何でせうか。

「東アジア共同体」などといふのは、共産支那のアジア支配の別名であり、日本にとって百害あって一利無しです。日本は、米台と協力して「反中華帝國主義東アジア共同体」を構築すべきです。

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2006年1月11日 (水)

日誌一月十日

午後は資料整理。

午後四時より、衆議院第二議員會館にて、『日本再生の会』幹事会。

夜は、『政治文化情報』の原稿執筆。

今読んでゐる本は、平泉澄氏の『日本の悲劇と理想』、中川八洋氏の『大東亜戦争と開戦責任』、石平氏の『日中友好は日本を滅ぼす』です。大変勉強になります。中川氏と石氏は要するに近代日本の歴史は、支那大陸に日本が深入りしたことが間違ひだったと説いてゐます。

中川氏は、満州建国は正しいことだったのですが、それ以後、共産ロシアの謀略に乗せられて、支那大陸に軍事的・政治的・経済的に無計画に入り込み、米英を敵に回したのがいけなかった、といふ歴史観です。

一方、平泉氏は、アメリカ・イギリスの東亜侵略に対して立ち上がった日本の行動は正しかったといふ歴史観です。

中川氏と平泉氏とでは、近衛文麿に対する評価も正反対です。もう少し勉強し、他の人々の本も読まなければなりませんが、どちらも説得力のある歴史観でありのます。

ともかく、歴史に学ぶことが、これからの日本にとってきはめて大切であります。支那とどう向き合っていくか、それが問題です。今日において、「日中友好」はあり得ない事は確かだと思ひます。

アメリカで小泉氏の靖国神社参拝に対する反対論が出てきたことも憂慮すべきことです。大東亜共栄の理想および大アジア主義は否定できません。また、アメリカが正義の国だとはいへません。本当に今日の日本は難しい局面に立たさてゐると思ひます。

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2006年1月10日 (火)

日誌一月九日

午後二時より、九段會館にて、『皇室典範改定問題』についての勉強会。

夜は、原稿執筆。

創価学会の体質について書いてゐます。その排他独善性・権力悪は相当ひどいものです。学会批判者に対する執拗にして狂気じみた罵詈雑言はまさに宗教の悪魔性・狂気面をよく体現してゐると思ひます。

凡百の新宗教なら、それほど問題にすべきとは思ひませんが、創価学会と表裏一体・同体異名の関係にあり、実質的に創価学会政治部と言っていい公明党が、与党として権力を握ってゐるのです。やはり看過すべきではないと思ひます。

自民党が三分の二以上の議席を持ってゐますが、公明党の意向を無視するわけには行かないやうです。「教育基本法」「憲法」「靖国神社」「対支那外交」「国防」などで、自民党の足を引っ張ってゐます。厳しく監視し批判しなければならないと思ひます。

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2006年1月 9日 (月)

日誌一月八日

終日在宅して、資料整理と原稿執筆。「政治文化情報」来月号の原稿です。

四日と五日は、京都の神社仏閣を巡拝しましたが、ある神社で、若い巫女さんに「この神社の由来書はありますか」と聞きましたら、「由来書って何ですか」と尋ねられました。「この神社のことを色々説明した文書のことです」と言ったら、「ああパンフレットですか」といはれました。

お正月のことですから、臨時雇いの巫女さんらしかったのですが、「由来書」といふ言葉を知らなかったのには驚きました。

以前、自由民主党本部に電話をしまして、「今上陛下の御在位十年の行事についてお尋ねしたいのですが」と電話交換手に言ひましたら、「キンジョウヘイカって何ですか」といはれました。

喫茶店で、「牛乳を下さい」といふと、「ミルクですね」と念を押され、洋食屋で「御飯を下さい」と言ひますと、「ライスですね」と念を押されたこともあります。

国語の乱れは世の乱れといひますが、やはり国語を大切にする教育が家庭でも学校でももっときっちりと行はれるべきと思ひます。

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2006年1月 8日 (日)

日誌一月七日

終日在宅して、午後は、書状作成。夜は、原稿執筆のための資料分類整理。

宗教には、正教と邪教があると一般にはいはれます。しかし、この宗教は絶対に正しくこの宗教は絶対に邪教だといふよりも、宗教全体に良い部分と危険な部分とがあるやうに思ひます。

キリスト教が、愛を説き、世界文化・文明の発展と人々の平和に大きく貢献したことは間違ひありません。しかし、キリスト教が正しいことしかしなかったといふとそれは大きな間違ひであります。十字軍の遠征といふ侵略戦争をローマ法王の命令で行ひましたし、西欧列強の世界侵略の尖兵の役割を果たしました。

佛教でも、オウム真理教のやうなテロを起こす教団も出ました。創価学会の機関紙を読んでゐると、内部造反者や外部批判者に対する罵詈雑言・非難攻撃は凄まじいものがあります。とても慈悲を説く佛教の教団とはいへません。憎悪と闘争の教団です。池田大作絶対化も異常です。北朝鮮と体質がそっくりです。

宗教は愛や慈悲を説くと共に、罰や祟りも説きます。そして呪詛することもあります。ここが宗教の怖いところです。これまでの人類が行った宗教戦争・宗教対立でどのくらいの人が命を失ったことでせうか。

私は、佛教もキリスト教も素晴らしい教えを説いてゐると思ひます。しかし、わが國伝統信仰の「神ながらの道」は世界の宗教の中でもっとも平和的であり、人々の心に潤ひを与えへると思ひます。また、日本仏教は佛教の衣を着けた日本傳統信仰であると言っても過言ではないと思ひます。

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2006年1月 7日 (土)

日誌一月六日

午前はお世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後二時より、衆議院第二議員會館にて、『日本再生の会役員会』。久しぶりに西村眞悟衆院議員に会ひました。風邪をひいておられましたが、お元気さうで安心しました。拘禁生活中は風邪をひかなかったのに、出て来てからひいたさうです。拘置所は、暖房がなく、古い建物なので風も入って来て相当寒かったさうです。

これから裁判が行なはれるわけで、苦難の道が続きます。国士政治家がこのやうなことで悩まされてゐるのは本当に残念です。

今年は、日本にとってきはめて重大な年であることは、多くの方が指摘しておられますし、小生もこの日誌で何回も書きました。かかる時にこそ、西村氏に獅子奮迅の活躍をしていただきたいのです。

西村氏の文字通り清貧の政治家です。決して私腹を肥やしたり、贅沢をしてゐる人ではありません。多くの人々はそのことを認識しているやうです。西村氏の政治姿勢やこれまでの憂国の至情に基く行動を支持してきた人々の殆どが、西村氏への信頼を失ってゐないことが救ひです。

何としても西村氏の政治生命が失はれることなく、これまで通り、いやこれまで以上の活躍をされる事を祈るものです。

西村氏を誹謗中傷した報道機関や創価学会及び『聖教新聞』に対して小生は許し難い気持ちを持ってゐます。きちんとした反論をしたいと考へてゐます。

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2006年1月 6日 (金)

日誌一月五日

一月三日、東京駅を出発、名古屋乗換へにて、宇治山田に到着。

午後四時より、宿舎にて、雷鳴塾新年研修会。安達福松氏及び小生が講話。

一月四日朝、宿舎を出発。伊勢皇大神宮外宮に参拝。続いて、内宮に参拝。皇室の彌榮と祖国の隆昌を祈念し奉りました。

午前十一時より、西日本鉄道伊勢市駅前にて、「新春街頭演説會」開催。小生等が演説。

終了後、近鉄線にて、京都へ。

第七七代・後白河天皇法住寺陵に参拝。法皇が平清盛に命じて建てられた蓮華王院の法華堂に、後白河法皇の御木像が安置され、堂下地中に石棺が奉安され、御陵とされたと承る。

続いて、すぐ隣の、天台宗・法住寺に参拝。永祚元年の創建。法住寺は、台頭して来た平清盛・木曾義仲・源頼朝などの武家勢力と戦はれた後白河法皇が院の御所として御創建された聖跡である。この御所は木曾義仲に襲撃されたが、法皇は御無事であられた。法皇は、不動明王のご加護によると信じられた。法住寺の本尊が、不動明王であるのはこのためである。

真言宗智山派総本山・智積院に参拝。四宮家の菩提寺は、真言宗智山派に属してゐます。そして、夕暮の京都の町を散策。

一月五日午前、京都御苑及び御所拝観。

続いて、護王神社(御祭神は正一位護王大明神即ち和気清麻呂公と姉君和気広虫姫)に参拝。和気清麻呂公が、宇佐へ向かふ途中、難に遭はれたのを三百頭もの猪が清麻呂公をお護りしたことから、猪の絵や像が多くありました。小生は亥年であるので、まことに有難く思ひました。

続いて、下鴨神社に参拝。下鴨神社は、正しくは賀茂御祖神社(かものみおやじんじゃ)と申し上げ、御祭神は、玉依姫命と賀茂建角身命である。

新幹線で帰京。

毎年、伊勢皇大神宮に参拝し、そして奈良京都の神社仏閣を巡拝し、皇室のご安泰と祖国の隆昌を祈念するのを慣はしとしております。今年も、そのことが実行出来て嬉しく思っております。

淡雪が流れる京都御所はまことに清らかでした。皇国日本に生まれ来た幸をかみしめております。また、後白河法皇の御事績、そして和気清麻呂の事績を回顧致しますれば、如何なる国難があらうとも、皇統連綿・天壌無窮のわが國體は不滅であると確信します。

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2006年1月 3日 (火)

日誌一月二日

午前、坂下観音堂に初詣参拝。

坂下観音堂とは、小生の自宅すく近くにある如意輪観世音菩薩像が安置されてゐるお堂です。「坂下」とは、地名変更前は小生の住む町の約半分が、駒込坂下町といはれていたからです。このお堂も大給坂といふ坂の下にあります。

この如意輪観世音菩薩像は、小生の祖父が家を建てた時に、地中より掘り出された像であります。大正時代のことであります。

以来、ずっとわが家をはじめとする近所の方々によって信仰され供養されて来ました。いづれ詳しい由緒を書きたいと思っております。

続いて、根津神社に初詣参拝。

そして千代田線にて、二重橋前で降り、皇居参賀。二十数年来、皇居参賀に毎年欠かさず行かせていただいておりますが、今日のやうな本格的な雨模様は、はじめての経験です。しかし、多くの方々が参賀に来ておられました。

両陛下・皇太子殿下・秋篠宮殿下同妃殿下のお出ましがありました。心より聖壽萬歳・皇室の彌栄を祈念申し上げました。陛下におかせられては、雨の中参賀にきた我々にことを気遣はれ「体に気をつけるやうに」とのお言葉を賜りました。有難きかぎりであります。

午後は、親戚の家に年賀。

帰宅後、明日からの旅の準備。明日より伊勢参宮に赴きます。従ひまして、この日誌は二三日お休みします。

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2006年1月 2日 (月)

日誌一月一日

朝、曇り日なれど、ベランダより日の大神・天照大御神に拝礼。

家族と共に新年を祝ふ。

午後は、親戚の人々来宅。懇談。

夜は、年賀状・書状作成。

新年を迎へ、一応表面的には四海波静かであります。しかし、今年の日本は、激動の年となるやうに思へます。

敗戦後の、戦勝国による日本弱体化政策が花開き、実を結び、愈々わが国は大変な混迷の時期となるやうに思へます。しかし、わが国はどんな困難に遭遇しても、必ず起死回生して来た歴史があります。壬申の乱も、南北朝の争乱も、応仁の乱も乗り越へて来ました。

萬世一系・久遠皇統連綿の皇室を中心として日本国は絶対に滅びないとの確信を持って進んでまいりたいと存じます。  合掌

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2006年1月 1日 (日)

日誌十二月三十一日

皆様、あけましておめでたうございます。

本年も何卒よろしくお願ひ申し上げます。

三十一日は、午前中はお世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後は、正月の買出しやら、部屋の掃除やらをしました。

夜は、家族と年越し蕎麦を食べた後、資料整理。

新年は、日本にとって極めて重大な年になると思ひます。国内問題では、皇位継承問題・靖国神社問題・憲法問題といふ国家存立の根本問題で国論分裂の危機に直面する危険があります。

対外問題では、わが國と共産支那との関係が益々険悪化する危険があります。政治的・経済的にはもちろん、軍事的にも余程しっかりとした対応をしないと、わが国の安全と独立が共産支那によって侵害されると思ひます。しかるに国内において、國體の根幹に関はる問題で國論が二分する事態となりつつある事は本当に憂へるべき状況です。

古代における大化改新・白村江の戦ひ・壬申の乱といふ危機とよく似た状況になってゐます。古代日本はその危機を乗り越へ、正しく平和を築き、平安時代を迎えました。今日の日本も、正しい傳統精神・國體精神に回帰して内憂外患を除去すると確信します。

今年も、微力ではありますが、言論活動に邁進する所存でございます。何卒よろしくご支援・ご協力下さいませ。

                                    四宮正貴 頓首合掌

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