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2005年12月23日 (金)

日誌十二月二十一日

午後は、「政治文化情報」発送準備。

午後六時より、グランドヒル市ヶ谷にて行はれた「三浦重周さんとお別れの夕べ」に参列。

三浦重周氏は、元日本学生同盟委員長・重遠社社主として活躍された民族運動活動家です。十二月十日故郷の新潟にて、壮烈な自決を遂げられました。享年五十六歳でした。

式は、黙祷・国歌斉唱・献花などが行なはれた後、宮崎正弘・井尻千男・村松英子・小田村四郎の各氏などが追悼の言葉を述べました。

共に運動をし、また親しかった小生としては、遺影を前にして、「ご苦労さまでしした。安らかにお眠り下さい」と申し上げるのみでした。

同年輩の人が亡くなるのは本当にさみしいことです。民族派維新運動では、戦後、山口二矢・三島由紀夫・影山正治などの諸烈士が自決されました。近年では、鈴木正男氏が自決されました。そしてこの度は、三浦氏です。自決といふことは、左翼運動ではあまりないことであると思ひます。特に、何事をかを訴へ、国民を覚醒せしめるために自分の命を断つといふことは、維新運動のみに刻まれた歴史であると存じます。

今、この「日誌」でも度々書いておりますやうに、祖国日本は大変な危機の時代にあります。今こそ、維新運動・真の国家革新運動が活発化しなければならない時です。

鈴木・三浦両氏には、もう少しこの世に生きてゐて下さって、運動を指導し進して頂きたかったと、率直に思ひます。しかし、お二方とも、小生などには計り知れない深い思ひがあって、この世を去られたのだと思ひます。心より御冥福をお祈りしますと共に、お二方には、靈界からこの国をお護りくださいと切に祈るものであります。

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