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2005年12月31日 (土)

十二月三十日

午前中、部屋の掃除。毎日してゐる事ですが、今日は年末ですので、念入りに行ひました。

午後は、産土の神である根津神社に参拝。今年一年のご守護に感謝し、来年のご守護を祈りました。そして、古い御札を納めました。

根津神社のご祭神は須佐之男命。ご由緒は、景行天皇の御代、日本武尊がご東征の途次、創始したと傳へられる。文明年間(一四六九~八七)には太田道灌が小生の住む千駄木に社殿を奉建してゐる。

江戸時代には五代将軍徳川綱吉が、嗣子家宣(六代将軍)の産土神として宝永三年(一七〇六)、千駄木の旧地より徳川家宣生誕の地であり甲府宰相松平頼重の屋敷のあった現在地に遷宮。その祭礼は、「天下祭り」といはれ、江戸全町を挙げて催された。明治維新後、明治天皇御東幸にあたり、勅祭社に准ぜられた。

通称根津権現といひ、小生は小さい頃から、『権現さま』と言ってゐました。社殿は権現造りといふとても美しいものです。重要文化財に指定されてゐます。

都会のど真ん中ですが、境内は広く、池もあり、木々が生い茂る静かなところです。千駄木・根津といふ下町は神社を中心とした共同体がまだ残ってゐます。

夜は、資料整理。

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2005年12月30日 (金)

十二月二十九日

午後は、色々な雑事及び書状作成。

夕方、同志来宅。近くの酒場で懇談。

夜は、資料整理。

在上海日本総領事館の男性館員が昨年五月自殺した問題に関して外務省が二十八日、「ウィーン条約上の義務に反する遺憾な行為があった」と共産支那に抗議した。「週刊文春」がこの問題を取り上げ、広く国民に知られるやうになったので、慌てて抗議したのだらう。

外務省はこれまでこの問題をひたかくしにし、総理や官房長官にも報告しなかったといふ。かうした外務省の姿勢が、共産支那の思ふ壺となり、中国共産支那外務省の秦剛・副報道局長は二九日の定例会見で、「我々は、様々なやり方で中国の印象を損なほうとする日本政府の悪質な行為に強烈な憤慨を表明する」「中日双方ですでに結論付けた事案を1年半も後に再び持ち出し、館員の自殺と中国当局者を結びつけようとまでするのは、完全に作為的なものだ」と開き直った。

この館員は、共産支那の特務に女性問題で脅かされ、外交機密に関する情報提供を強要されたことは明白である。わが国政府は、支那に対して強硬に抗議し、謝罪を求めねばならない。

外務省は、「この問題を公にしなかったのは、遺族への配慮」と言ってゐるが、それは口実で、外務省は事を荒立てたくなかったのである。つまり支那に対する弱腰が今回の事件の根底にある。

わが国は、共産支那の理不尽を絶対に許してはならない。共産支那こそは、わが國の最大の脅威であり、敵性国家である。国防体制をより一層強化すると共に、外務省の綱紀粛正と組織防衛作の強化・対外諜報活動の強化を図るべきである。

来年は対共産支那へのわが國の対応が最も重要な外交課題となるであらう。そしてそれは、わが國の独立と安全に直結する。

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2005年12月29日 (木)

日誌十二月二十八日

午前十一時半より、江東区東陽の民族革新会議(山口申議長)事務所にて、「餅つき大会」開催。多くの同志と餅つきを行ふ。終了後、懇親会。

創価学会機関紙『聖教新聞』が、またまた西村眞悟代議士を誹謗した。曰く「卑劣な弾圧をやるみな政治家は必ず滅びる。悪辣な正体が発覚して自滅する。」(十二月二十六日号幹部座談会)「宗教弾圧の政治屋は『滅びざるは候わず』の一年。正義に怨嫉の因果は無残」(十二月二十八日号コラム)と。

彼等のいふ「宗教弾圧」とは一体如何なる定義なのか。そもそも宗教弾圧とは、権力者・権力機構が理不尽に特定の宗教団体を権力を用いて禁圧し宗教活動をさせなくする事をいふ。政治家が自己の信念と主張の基いて宗教団体を批判することをいふのではない。

創価学会・公明党の属していた政治屋にも、田代冨士男・池田克也など不祥事で逮捕されたり辞職した人物は多数ゐる。創価学会に他者を批判する資格はない。

また、創価学会の独善的な反科学的・オカルト的な主張が正しいのなら、「北側一雄公明党代議士が国土交通相に就任して以来、福知山線脱線大事故・耐震データ偽造問題・羽越線脱線顛覆事故が起ったのは、北側氏が創価学会員だからだ」といふ理屈も成り立つ。

ともかく、異常なまでの排他独善・怨念体質を持つ池田創価学会が、政権与党のとなってゐる状況はわが國の恥であり、大きな害毒である。

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2005年12月28日 (水)

日誌十二月二十七日

午前は、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後は、年賀状作成。

午後六時より、麹町の弘済会館にて『維新公論会議』開催。犬塚哲爾氏が司会。

大原康男氏が「皇室典範改正論議」について講義し「憂へるべき方向に進んでゐる。皇位継承の危機が現実化するのは今から四十年以後。何故改定を急ぐのか。国会上程を阻止すべし。しかしただ廃案にすれば良いといふことではない。宮家の存続と拡充を図るべし。女系を導入するか、男系を維持するかが対立軸。女系天皇と女性天皇の区別が出来てゐない。男性配偶者についての議論も十分なされてゐない。天皇の文武の大権を補佐申し上げるのが皇族のお役目。女系の採用は未曾有のこと。女帝の婿もはじめてのこと。百二十五代男系主義で一貫して来たことが国民統合の源泉。歴史の重みを大切にすべし。天皇制度と外国の君主制との違ひは、萬世一系の血統の維持が男系でなされてきたことと祭祀をされてきたこと。女系を短絡的に導入するのではなく、男系原理によって皇族を増やすべし。宮家の存続を図るべし。対案抜きでの反対では駄目。此方側の原則を出して進めていくべし。」と述べた。

質疑応答が行はれ、小生は、「『女系天皇は皇統断絶である』といふ主張はしない方が良い。國體破壊勢力がそれを逆手にとって國體破壊を目論む。皇祖天照大御神は女性神であり、祭祀も執行され、武の精神を保持された。歴代の女性天皇も祭祀を執行され軍を統率された。人は全て天照大御神の日子であり日女である。歴代天皇は天照大御神の『生みの御子』であられ『現御神』であられる。女系天皇も皇統を継承される。また、神聖なる天津日嗣の継承であり、國體の根幹の問題である皇位継承のあり方を、国会や政府が決めるのは、俗が聖を、権力が神聖権威を、権力が権威を規制することとなり、誤りである。あくまでも日本傳統信仰の体現者であらせられる天皇の大御心に帰一すべきである」と述べました。

この後、懇親会が開かれ活発な意見が出されました。意見の違ひはあっても、國體護持を祈り、国を憂へる心は同じです。大原氏がご多忙中にもかかはらず出席されたことに感謝します。

小生は、皇位継承について生物學・染色体云々で論議すべきではないと思ひます。それは、天皇の神聖性への隠蔽であり、人間天皇論となってしまふと思ひます。また、女性天皇は祭祀が執行できないといふ議論は、事実に反しますし、佛教・儒教の女性蔑視思想の悪影響と考へます。つまり「からごころ」です。

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2005年12月27日 (火)

日誌十二月二十六日

午前十時半より、神田学士會館にて、同志同憂の皆さんと國體問題・皇室典範改定問題について討議。

午後は、谷中にて、上京して来られた同志と懇談。

午後六時半より、千駄木にて、「文京区の教育を考える會」幹事会開催。来年度の活動について討議。

わが國と北朝鮮の間で、日本人拉致・核ミサイル・過去の清算を含む国交正常化について平行協議することで合意したといふ。拉致事件の解決はもちろん急がれなければならない。しかし拉致問題の解決とは、北朝鮮が全面的にその非を認め、謝罪し、拉致した人々全員を日本に帰国させ、且つ、補償を行ふといふことであらねばならない。

「過去の清算」と平行させるといふが、一体「過去の清算」とは、わが國が韓国を併合したことを北朝鮮に謝罪し補償するといふことであらう。しかし北朝鮮の金正日政権に対して、わが國がそんなことをする必要は全くない。

北朝鮮は、第二次世界大戦終結直後、ソ連・中共の軍事的後押しによって北朝鮮を武力で制圧した勢力が支配してゐる無法国家である。そして、韓国に武力侵攻し、多くの韓国民を殺戮した。国連も北を侵略国家と規定した。さらに数々のテロや謀略活動を行ってアジアの平和を揺るがした。加へて、六十年にわたって北朝鮮において独裁専制政治を行なひ、多くの人々を粛清するのみならず、食糧難を惹起せしめ多くの国民を餓死させた。

このやうな無法国家・国際テロ国家・北朝鮮と国交をむすぶ必要はない。また、日本が過去の歴史問題で謝罪したり、清算したり、補償したりする必要は毛筋の横幅ほどもない。北朝鮮に対しては、金をビタ一文出すべきではない。それは国際テロ国家を支援することとなる。誘拐犯に身代金を払ふのと同じ事であり、泥棒に追ひ銭である。

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2005年12月26日 (月)

日誌十二月二十五日

終日在宅して、年賀状の作成をしました。「作成」などといふと何か無機質な言葉になりますが、ご縁のある多くの方々に新年のご挨拶をする人はとても大事なことと思っております。

年賀状のやりとりをするだけで、もう三十年くらいお会ひしていない先輩をもおられます。また、つい二・三日前にも会ひ、今週もまた会ふやうな人もゐます。でもお互ひの無事を確認することは大きな意義があると思ひます。

名簿を見てゐますと、他界された方が増えてきてゐることも事実です。さみしいことです。ただ有難いことに新しくご縁を頂いた方も増え続けてゐます。

年末になりますと、「ああ今年も無事に生きて来た。しかし、父母も自分も、また一歳年をとるのだなあ」と思ひます。父母が年老いて体が弱くなってきますと、精神的にも若い頃のやうな強さはなくなります。それだけにいたはってあげないといけないと思ひます。すると、父母は私に感謝してくれます。親子の精神的な絆が強まったやうに思ひます。

私の父母は大正八年と九年生まれです。激動の時代を生き抜き、小生を育ててくれたのです。本当に有難いと思ひますし、「苦労をしただらうなあ」と思ひます。六十歳近くになって、親の有難さを実感するやうになりました。父母の長寿を祈り続けてゐます。

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2005年12月25日 (日)

日誌十二月二十四日

午前中、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後から、書状作成、年賀状作成。深夜まで。

東京MXテレビの「立川段志の言いたい放題」といふ番組に、東條由布子さんと西部邁氏が出演して、東條英機元総理の自決未遂についての事実関係、そして東條英機氏及び東條家の苦難、さらに、大東亜戦争に意義について語り合ってゐました。

石原慎太郎都知事と佐々淳行氏が、雑誌で、東條氏が『二二口径』の拳銃を自決に使ったのは死ぬ気がなかったからだといふ意味のことを述べたことに対して、両氏が相当厳しく反論してゐました。東條由布子さんは、事実関係を詳しく語られてゐました。

東京MXテレビは東京都が最大出資者であり、事実上、「東京都営テレビ」と言ってよいやうです。また、立川談志氏は石原都知事とはとても親しいやうです。石原知事の意向でこの番組がつくられたのではないかと推測します。石原氏がご自分の発言について反省してゐると解釈して良いやうに思ひます。

石原氏は、昭和天皇・三島由紀夫氏などに関する考へ方には我々とは相容れないところがあります。しかし、今日の日本の政治家の中では、国防・安保・危機管理そして外交問題などで、正当な主張を行ひ、且つ、政治家として精一杯の努力をしてゐることは評価すべきと思ひます。

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2005年12月24日 (土)

日誌十二月二十三日

正午より、靖國神社境内の靖國會館にて、「天長節を祝ふ會」開催。

國歌斉唱・教育勅語奉読・聖壽萬歳・天長節の歌奉唱・小田村四郎会長の挨拶などが行はれた。そして、小生が「御製に学ぶ」と題して記念講演を行ひました。この後、直會が開かれました。青年学生が多数参加した盛大な會合となり嬉しく思ひました。

素盞鳴尊・斉明天皇・後桜町天皇・昭和天皇・今上陛下の御製について話させていただきました。祭祀と和歌は天皇の国家統治と不離一体であること、三十一文字の起源は素盞鳴尊のお歌であること、女性天皇が祭祀・軍の統率を行なひ得ないといふことはないといふこと、昭和天皇が「神格を否定された」といふことはあり得ないといふこと、などを話させていただきました。

わが国は、太古の祭祀主の御子孫が今日も君主として君臨されてゐる國であり、太古からの民族伝統信仰が今日も生き続けてゐる國であります。この尊い事実は、他の國には見られません。これを萬邦無比の國體と言ひます。

皇位継承は、外国の大統領・国家主席など権力者の交代とは本質的に異なります。「天津日嗣の高御座」の継承であり、神聖なる事柄です。「有識者会議」なるものや権力機構である国会・政府が決めるべきことではありません。何よりも日本伝統精神の体現者であらせられる上御一人の大御心に拠るべきであります。

天皇・皇室をご意向を無視して決定するといふことは、國體を政体が規制するといふことであります。これは文字通りの暴挙であり、國體破壊であります。

帰宅後、「政治文化情報」一月号を発送しました。都内は明日到着すると思ひます。

夜は、書状作成など。

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2005年12月23日 (金)

日誌十二月二十一日

午後は、「政治文化情報」発送準備。

午後六時より、グランドヒル市ヶ谷にて行はれた「三浦重周さんとお別れの夕べ」に参列。

三浦重周氏は、元日本学生同盟委員長・重遠社社主として活躍された民族運動活動家です。十二月十日故郷の新潟にて、壮烈な自決を遂げられました。享年五十六歳でした。

式は、黙祷・国歌斉唱・献花などが行なはれた後、宮崎正弘・井尻千男・村松英子・小田村四郎の各氏などが追悼の言葉を述べました。

共に運動をし、また親しかった小生としては、遺影を前にして、「ご苦労さまでしした。安らかにお眠り下さい」と申し上げるのみでした。

同年輩の人が亡くなるのは本当にさみしいことです。民族派維新運動では、戦後、山口二矢・三島由紀夫・影山正治などの諸烈士が自決されました。近年では、鈴木正男氏が自決されました。そしてこの度は、三浦氏です。自決といふことは、左翼運動ではあまりないことであると思ひます。特に、何事をかを訴へ、国民を覚醒せしめるために自分の命を断つといふことは、維新運動のみに刻まれた歴史であると存じます。

今、この「日誌」でも度々書いておりますやうに、祖国日本は大変な危機の時代にあります。今こそ、維新運動・真の国家革新運動が活発化しなければならない時です。

鈴木・三浦両氏には、もう少しこの世に生きてゐて下さって、運動を指導し進して頂きたかったと、率直に思ひます。しかし、お二方とも、小生などには計り知れない深い思ひがあって、この世を去られたのだと思ひます。心より御冥福をお祈りしますと共に、お二方には、靈界からこの国をお護りくださいと切に祈るものであります。

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2005年12月22日 (木)

日誌十二月二十一日

午後は、ある会合に出席。

今日、自民党・公明党連立政権は、皇室問題・憲法問題・靖国神社問題など國體の根幹に関することで、危険な動きを示してゐます。以前は、ソ連中共の手先であった社会党・共産党などの左翼革命勢力を正面の敵として戦って来たのですが、今日は、保守政党といはれる自民党の中に反日勢力が浸透してゐます。自民党は神社神道を敵視する教団である創価学会公明党と連立を組んでゐます。

自民・公明連立政権の治安機関は、現状変革を望み、政権に対し激しい反対運動・糾弾運動をする勢力に対して、あらゆる手段を用いてこれを潰しにかけてきます。

民族運動・愛国運動・維新運動と色々な呼称がありますが、わが國の現状を変革し、伝統ある天皇國日本の真姿を開顕することを最高の使命とする運動は、基本的に反体制運動であり、権力とは対立関係にある運動であります。明治維新運動も、当時の権力であった徳川幕藩体制との戦ひでありました。

日柳燕石(くさなぎえんせき)といふ人がゐました。讃岐国の侠客で、頼山陽に学び、高杉晋作・久坂玄瑞・西郷隆盛・桂小五郎などと親交を結び、明治維新の戦ひ(戊辰戦争)に参加、越後柏崎で陣没した人物です。

日柳燕石はその漢詩で「縦ひ侯家の敵となるとも 皇国の賊とはならず 聴け我が娑婆歌の第三を 報国報国また報国」と詠みました。侯家とは将軍・大名のことで今日で言へば自民・公明連立政権のことです。その権力には敵として対峙しても、天皇国日本の敵とはならないといふ意味です。

むしろ、天皇國日本のために権力と戦ふのが民族運動・維新運動の使命であります。

午後六時半より、南大塚社會教育會館にて、「萬葉古代史研究會」開催。小生が萬葉集作者未詳歌を講義。

帰宅後、深夜まで『政治文化情報』の発送準備。

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2005年12月21日 (水)

日誌十二月二十日

お昼、木村三浩一水会代表と懇談。木村氏は、今、歴代天皇のご尊名を暗誦してゐるとのことでした。また、来年には、天皇御製を一首づつ暗誦したいと言ってゐました。素晴らしい事です。

天皇國日本の傳統を学ぶ基本は、やはり御歴代の天皇の御事績を正しく学ぶことにあると思ひます。御製には、勅語とともに、歴代天皇の御精神・大御心が最もよく示されてゐると存じます。

愛国運動・民族運動の根底には、日本伝統精神への回帰があるべきです。その意味でも、反米運動やイラクのフセイン支持などで物議を醸して来た木村氏が、歴代天皇の御尊名及び天皇御製を暗誦しやうとしてゐる姿勢は立派だと思ひました。

政治運動のみならず、教育・経済・文化などあらゆる面において、「日本回帰」が今ほど大切な時期はないと思ひます。

午後は、千代田区三番町の山種美術館で開催中の「日本の四季─雪月花」を鑑賞。奥村土牛・菱田春草・横山大観・歌川広重・川合玉堂などの美しい作品を鑑賞しました。日本傳統美術の見事さに感動しました。

夜は、書状作成・明日の午後出席する会合での卓話及び明晩の「萬葉古代史研究会」における小生の講義の準備をしました。

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2005年12月20日 (火)

日誌十二月十九日

午後は、書状作成など。

午後五時より、青山の大東會館にて、時局戦略懇話會総会及び忘年懇親會。

帰宅後、資料整理。

同志の間では、今の自民党有力者の中では、安倍晋三・麻生太郎・中川昭一の三氏に対する期待が大きいやうです。小生も同感です。西村眞悟議員が囹圄の身となったことへの痛恨の思ひは深いものがあります。一日も早い戦線復帰を祈ります。

台湾問題について今日も書いて見ます。蒋介石の遺言は、「実践三民主義」「光復大陸国土」「堅守民主陣容」「復興民族文化」でした。

今の国民党は、この遺言を忘却し、共産支那=中共との提携を目論んでゐます。共産支那との提携=第三次国共合作は、三民主義の放棄であり、光復大陸国土=国民党政権が支那大陸を再び支配するという目的の放棄であり、堅守民主陣容=アメリカを中心とする自由国家の側に立つことの放棄であり、民族文化=孔子孟子の道徳思想の復興の放棄です。

蒋介石の遺言を放棄してまで、台湾独立を阻止し、支那の支配下に入りたいといふのはまことにあきれ返った話です。

国民党がどう変化しやうと勝手です。問題は、台湾人の意識です。支那からの武力恫喝と大陸への経済的深入りによって、台湾独立意識が弱まってきてゐるとしたら、大変危険であります。

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2005年12月19日 (月)

日誌十二月十八日

午前中より、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

午後から、年賀状作成と資料整理。深夜まで。筆字はふだん書いてゐないと、なかなか思ったやうに書けません。

台湾は、米国から輸入した「キッド級」駆逐艦二隻を就航させました。しかし、米国からディーゼル潜水艦八隻などを購入する特別予算案が国民党・親民党の反対で、立法院(国会)で一年半も審議入りできないままです。

国民党独裁時代、台湾独立運動に対して、台湾国内はもちろん、日本国内においても、共産支那の台湾侵略を利する運動だとか、中共の手先だなどといはれました。小生は三十年以上台独運動を支持して来ましたが、わが國の保守派や右翼の中にも、さういふ考へを持ってゐる人が多くゐました。

今日の状況を見れば、さうした考へが誤りであった事が証明されました。台湾において共産支那と戦ってゐるのは、台独派です。国民党・親民党は、親共産支那・反日の姿勢をとり、台湾の安全と自由と独立を危くしてゐます。

台湾が共産支那の支配下に入ったら、日本の安全が根底から脅かされるだけでなく、アジア全体が共産支那の支配下に入ることとなります。第三次国共合作=共産支那の台湾支配は何としても食い止めねばなりません。

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2005年12月18日 (日)

日誌十二月十七日

午後は、上野公園の東京藝術大学美術館で開催中の「吉村順三建築展」参観。師走の上野桜木・谷中寺町を散策して帰宅。

夜は、書状作成など。寒さは厳しいですが、月がきれいな夜でした。

皇室典範改定・皇位継承問題は、慎重の上にも慎重に日本の道統に則った論議が行はれるべきであることは言ふまでもありません。

それより何より、祭祀国家日本の祭祀主、信仰共同体日本の君主の御位の継承に関することであります。権力国家の行政機関たる内閣や立法機関たる衆参両院で論議し決定する事は、間違ひであり、國體破壊です。

日本の道統の体現者であらせられ、祭祀主であらせられる天皇陛下の大御心に帰一すべきであります。國民が決めるべきことではなく、上御一人が決められるべきことであります。「俗」が「聖」の在り方を、「権力」が「権威」の在り方を決めるといふのはまさに本末転倒です。

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2005年12月17日 (土)

日誌十二月十六日

午後は、原稿執筆。

午後六時より、新橋にて、有志による学習會『黎明會』開催。小生が、御歴代天皇御製」について講義。

帰宅後、深夜まで書状作成など。

民主党の前原代表が、アメリカで、共産支那の軍事力を「現実的脅威」と言ったことに対して、民主党左派の連中ばかりか小沢一郎・鳩山由紀夫までが、「外交を知らない」とか「先制攻撃をしないというのが中国の方針だ」などとイチャモンをつけた。

共産支那の強大なる軍事力がわが国の現実的脅威であることは火を見るよりも明らかなことだ。前原氏の言ったことは正しいし、当たり前の認識だ。鳩山由紀夫は、支那の代弁者であり手先だ。敵の回し者と言っても良いくらいだ。小沢も傲慢だ。一体、小沢は外交といふものをどれほど知ってゐるのか。何様のつもりだ。

小沢は、田中角栄門下。鳩山由紀夫は一郎の孫。二人とも一応保守政治家といはれてゐる。しかし、今回の前原氏批判を見る限りこの二人は、獅子身中の虫である。ことに鳩山は許せない。世代交代に対する苛立ちとやっかみがあるのだらう。もう小沢や鳩山の時代は終焉した。とっとと引退すべきだ。

前原氏は、靖国神社については間違った考へを持ってゐるが、今回の発言は正しい。戦前のオリンピックではないが、「前原頑張れ」と叫びたい。

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2005年12月16日 (金)

日誌十二月十五日

午前十一時、ある先輩を訪問。意見交換。

小泉総理について色々話し合ひました。私は、小泉氏がこれほど喧嘩上手であり、戦略家であり、執念深く、意志が強い人物であるとは思ってゐませんでした。角福戦争以来の宿敵旧田中派(経世會)をぶっ壊して野中・橋本両氏などを引退に追ひ込み、福中上州戦争の宿敵中曽根氏を公認せずに引退させ、さらに、亀井・綿貫・平沼・保利の各氏など郵政民営化に反対し、小泉批判を繰り返した党内実力者を悉く自民党から追放しました。そのやり方は見事といふほかありません。(決して誉めて言ってゐるのではありません)

問題は、それが国家国民の将来にとって吉か凶かといふことです。小泉氏は確かに今までの政治家にないものを持ってゐます。小沢一郎氏は、豪腕だとかいはれていましたが、結局田中角栄・金丸信・竹下登といふ後ろ楯があっての小沢でした。石田三成のやうな人です。もうも彼が政治の中枢で権力をふるふことはないと思ひます。民主党内にあって、小姑みたいに党首いじめをするのが精一杯でせう。

小泉氏は、親分・後ろ盾なくして、文字通り豪腕を揮ひ、今がその頂点です。しかし、私は、小泉氏が一体どういふ日本を作らうとしてゐるのかが全く分かりません。ただ「改革改革」と言ってゐるだけのやうに思へます。特に、何回も書くやうですが、自民党の新憲法草案はとても『自主憲法』とはいへません。あのやうな憲法草案を良しとする今の自民党では駄目です。

後継者が誰か。小泉氏が誰を推すかが問題です。私は麻生氏か安倍氏に次期総理になってもらいたいと思ひます。

今日お会ひした先輩は、小生よりももっと強烈に小泉政治を批判し否定してゐました。平沼赳夫氏の奮起に期待してゐました。平沼氏が核となって、新しいそして真の保守政党が誕生することを期待しておられました。

午後一時半より、豊島区千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。中皇命(斉明天皇)御製を講義。

夕刻より、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2005年12月15日 (木)

日誌十二月十四日

午後は、原稿執筆。

夕刻、あるテレビ局の取材を受けました。カメラやライトなどを持ち込み大変でした。

内容は韓国問題が主で、「韓流ブーム」や「ヨン様ブーム」についてどう思ふかとか、小泉総理の靖国神社参拝・憲法問題・國軍創設問題について聞かれました。小生の持論をとうとうと述べました。

「韓流ブーム」や「ヨン様ブーム」は、本当の日韓相互理解と友好とは無関係であらうと思ひます。かかることに熱中してゐるご婦人方が日韓関係史や外交関係を本当によく理解してゐるとはとても思へません。

日韓の心ある人々は、快く思っていないでせう。ただ、全否定することもありますまい。要するに大した問題ではないといふことです。

それよりも、日本統治時代を体験せず、反日教育のみで日本を理解したと思ってゐる世代が多くなって来てゐるのですから、韓国の反日感情はますます強まると思ひます。

その上、盧武鉉政権が北朝鮮との融和を図ってゐるのです。わが國の対韓外交はいきはめて難しくなると思ひます。日本の安全と平和と独立と主権を守りぬくことを第一として、朝鮮半島に対峙すべきであります。そのことを大前提とした日韓友好でなければなりません。

深夜まで原稿執筆と明日の萬葉集講義の準備。

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2005年12月14日 (水)

日誌十二月十二日

午後は、小誌『政治文化情報』の原稿執筆。

夕刻来客あり。

深夜まで原稿執筆。

人間の肉体生命は有限でありましても、神より与へられた命は永遠の存在です。肉体は亡びても生命は永遠であります。

日本傳統信仰においては、「ひと」とは、漢字で表現すれば「靈止」「日止」であります。男性は、「日子」(ヒコ)であり、女性は「日女」(ひめ)であります。そこには何の差別もありません。人はすべて天照大御神の分霊=日の神の子であります。

神武天皇以来男系の男子が皇統を継承されてきたといふ傳統は出来得るかぎり守られるべき存じますが、女系の皇族が皇位につくと皇統が断絶するなどといふことはないと小生は信じます。

國體破壊勢力が、女系天皇に賛成してゐるのは、将来「女系天皇では皇統断絶だ」と主張して國體を破壊するためだらうと考へます。かかる策謀は断じて許してはなりませんし、かかる主張は全く誤りであります。

皇祖は女性神であらせられる天照大御神であります。

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2005年12月13日 (火)

日誌十二月十二日

午後は、書状作成、資料整理。

書籍・雑誌・新聞等々の資料がたまる一方です。そして整理する時間がありません。資料整理してゐると、途中でその資料を読み出してしまふので時間がかかります。またその事自体が勉強にもなります。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。小生が今年の反省と来年の決意について少し話させていただきました。

皇室典範・憲法・靖国神社といふ、國體の根幹に関はる重大事が起こってゐます。これらは、政治運動のテーマといふ問題ではありません。日本国の精神傳統の問題であります。ゆへに、よほど慎重・真剣に取り組まねばなりません。しかし、日本国は如何なる困難も國體精神・日本国の道統に正しく回帰することによって乗り越えて来ました。大化改新・元寇・建武中興・明治維新・大東亜戦争の歴史に学びつつ、これからも進んで参りたいと思ひます。

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2005年12月12日 (月)

日誌十二月十一日

終日在宅して、書状作成。原稿執筆。

やまとうた・和歌は、神話時代に発生し、今日まで継承され創作され続けてゐる日本文藝の中核であります。そしてそれは、天皇の国家統治と不離一体の関係にあります。

「萬葉集」や「勅撰和歌集」そして「百人一首」は、日本人の文化史・精神史にまことに大きな位置を占めてをります。一昨日・昨日と旅を共にした、畏友・森田忠明氏が、子供さんに「百人一首」を憶へさせてゐると聞き、感心しました。

わが國の傳統精神は、理論理屈で継承されてきてゐるのではなく、和歌といふ文藝によって継承されてきてゐるのであります。その中心に天皇・皇室がゐます事は、毎年行はれる「新年歌会始」を拝すれば明らかです。「やまとうた」こそは、天皇・皇室と国民とをむすぶ紐帯であります。ここに日本國體の有難さがあります。

日本国は決して権力国家ではありませんし、天皇は権力者ではあらせられないのであります。ゆへに、憲法に西洋国家観に基く政治思想である「国民主権論」を書く必要はないのであります。

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2005年12月11日 (日)

日誌十二月十日

朝、宿舎を出発。

福井市足羽山に鎮座する足羽神社に参拝。

御祭神は、第二十六代・継體天皇。継體天皇は、応神天皇五世の皇孫で、御母上の里・福井の地で、青年時代を過ごされ、治山治水につとめられ、且つ、諸産業の興隆にも多大なる功績をのこされました。ゆへに「越前開闢の祖神」として崇められてゐます。

また、第二十五代・武烈天皇に皇嗣がおられなかったため、諸大臣の懇願を受け入れられ、天皇の御位に登られました。継體天皇が越前を離れられるにあたり、「末永くこの國の守り神にならむ」との思し召しにより、御自ら御生靈をこの宮に鎮められたと承ります。まことに尊い神社です。

足羽山山頂に登り、「継體天皇御像」を仰ぐ。明治十六年建立。その脇に、松平慶永(春嶽)篆額・宮田厚積書の「遺蹟記念碑」がありました。小生が知るかぎり、野外に建立されてゐる「天皇御像」は、福岡市の「亀山天皇御像」と福井の「継體天皇御像」の二像であると思ひます。

夕刻帰京。

夜は原稿執筆。斉明天皇の御製について書かせて頂いております。

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日誌十二月九日

昼頃東京を出発。福井へ向かふ。

午後六時半より、福井市厚生年金會館にて、『雷鳴塾結成二十周年及び塾長交代記念式』開催。安達前塾長・牧之瀬新塾長が挨拶。

小生が、『現代の危機と民族運動』と題して記念講演を行ひ「福井の地は、明治維新において、福井藩主・松平春嶽公、橋本左内・横井小楠・由利公正諸先生など重要な役割を果たした人々を生んだ。『雷鳴』とは平安時代において国風文化復興につとめられた菅原道真公=天神の雄叫びである。福井県の生んだ維新の先達そして菅公の精神を継承して、現代日本の危機打開のために奮闘されることを祈る」と述べました。

この日は福井に一泊。

米原から北陸線に乗り換へたのですが、トンネルを抜けると、雲が立ちこめ、もう少し雪が積もってゐました。川端康成の『雪国』の冒頭を思ひ出しました。

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2005年12月 9日 (金)

日誌十二月八日

午前十時より、靖国神社にて、「大詔奉戴六十四年祭」執行。昇殿し、国歌斉唱・祝詞奏上・大詔奉読・玉串奉奠などが行はれた。

この後、靖国會館にて、記念講演が行なはれ、小生が挨拶した後、森田忠明氏が「閉塞状況打破へ」と題して講演した。

大東亜戦争の意義は、『開戦の大詔』に正しく闡明されてゐる。昭和天皇は、「東洋制覇の野望を逞しくする米英に対して、自存自衛のために決然立って一切の障害を破砕する。皇祖皇宗の神霊上にあり。禍根を芟除して東洋平和確立・帝國の光栄の保全せむ」との大御心を示し給ふた。

大東亜戦争は、決してわが國によるアジア侵略ではない。米英のアジア植民地支配・搾取を破砕する戦ひであった。わが国は敗戦の憂き目を見たが、戦後有色人種は白色人種の支配を打破し、アジア・アフリカ諸国は独立を達成した。

大東亜戦争の戦争目的は達成したのである。わが国はこの事を誇りとすべきであって、何時までも、GHQ史観・東京裁判史観に呪縛されてゐてはならない。多くの戦没者に慰霊顕彰の誠を捧げると共に、祖国の光輝ある歴史を子孫に語り伝へなければならない。

靖国神社の銀杏並木が美しく黄葉してゐました。

帰宅後、明日の講演の準備。明日は、地方に行って講演をします。

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2005年12月 8日 (木)

日誌十二月七日

午後は、お世話になっている方のお見舞ひなど所用で外出。

夜は、原稿執筆。

創価学会は、阿部日顕・竹入義勝・矢野絢也・山崎正友各氏などに対して、幹部総出で機関紙上で口汚く罵り続けてゐる。また、村上正邦・塚本三郎各氏らかつて学会批判を行った外部の人々に対しても、執念深く攻撃してゐる。そして、選挙に落ちたり、司直によって逮捕されたりしたのは、学会を批判したからだとなどと「オカルト」的な事を吹聴してゐる。

昨日付けの創価学会機関紙『聖教新聞』で、原田稔といふ副理事長が西村眞悟議員に対して「宗教弾圧の政治家は陰で悪事を働いている。そして最後は正体を現す」と論じてさんざんに攻撃し、挙句の果てに「(西村議員は)学会の政治参加についても口汚く罵り、誹謗・中傷を繰り返していた。まさに馬脚が現れた」などと述べた。

小生は、西村氏の支持者として、また、思想的同志として、西村氏の国会・マスコミ・そして色々な会合における発言を読んだり聞いたりしてゐるが、西村氏が、創価学会を「口汚く罵り、誹謗・中傷を繰り返していた」事など聞いた事も読んだ事もない。政治面・思想面で学会批判を行った事もあまりなかったやうに思ふ。むしろ、西村氏の父上の西村栄一氏は、民社党委員長時代、民社と公明党の協力関係を築いた人である。

原田氏は一体何時何処で西村眞悟氏が学会を「口汚く罵り、誹謗・中傷を繰り返していた」のを聞いたのであらうか。

そもそも、創価学会の批判者や脱会者に対する非難攻撃は常軌を逸している。特に、「地獄に堕おちる」だの「犬畜生だ」などといふ言辞は許されない。宗教教団の排他独善性・狂気性をもろに現してゐる。

創価学会を批判したり反旗を翻した人々に対して「地獄に堕おちる」などとわめき散らすこと自体、創価学会がオウムと大差のないオカルト教団だといふ事を証明する。そんなオカルト的にして反科学的な論理が通るのなら、北側議員が国土交通相になってから、福知山線の大事故や耐震強度偽装問題などが起ったのは、北側国土交通相が創価学会員だからだといふことになりはしないか。

池田創価学会・公明党のかかる体質が改善されることは不可能なのであらうか。今日の日本にとって、外側では共産支那、内側では池田創価学会といふ排他独善体質の国家・集団こそもっとも警戒しなければならない存在であると思ふ。

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2005年12月 7日 (水)

日誌十二月六日

お昼、来客あり。

午後は、お世話になってゐる方のお見舞ひ。

夕刻より、ずっと原稿執筆。

共産支那=中華人民共和国は、小泉総理の靖国神社参拝にからめて、わが國に対して侵略国家だとか、軍国主義復活の恐れがあるなどと非難してゐます。

しかし、「中華人民共和国」こそ、軍国主義国家であり、侵略国家であり、独裁国家であります。

中国共産党の軍事委員会が軍の最高指揮権を持ってゐます。日本でいへば、自民党の中に軍事委員会といふ組織があり、その主席は必ず自民党総裁が兼任し、自衛隊の最高指揮権を持ってゐるといふ事です。日本ではとても考へられない体制です。そして、これまでチベット・東トルキスタン・ベトナムなどを侵略してきた国、そして今日アジア全域において軍事的覇権を確立しやうとしてゐる国が共産支那なのです。

北京・上海・広州など支那の各都市は、その都市の共産党委員会と市政府そして公安局が一つの建物にあります。東京でいへば、自民党東京都連と東京都庁と警視庁が一つの建物にあるとゐふことです。これを一党独裁といふのです。

偏向マスコミや社民・共産両党・民主党左派そして自民党の加藤紘一や河野洋平といった者どもは、こうした実態を知ってゐるくせに、絶対に共産支那を批判しません。そして、わが國政府の防衛力整備を非難し、小泉氏の靖国神社参拝を攻撃してゐるのです。なんとも許し難いと思ひます。

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2005年12月 6日 (火)

日誌十二月五日

午後二時より、永田町のキャピトル東急ホテルにて、『マスコミ総合研究所研究会』開催。

岡崎久彦氏が講演し、「イラクに十六万の兵隊がくぎ付になってゐるのはアメリカにとって苦しい。足元を見透かされて、イラン・北朝鮮が言ふことを聞かない。イラクは世界経済の含み資産。あそこが良くなれば全て良くなる。テロはいつ終るか分からない。テロの原因は貧困ではない。テロをやってゐる連中はサウジアラビアの遊民。東アジア共同体なんてできるはずがない。アセアンは中国が嫌ひ。日本は、『オーストラリア、ニュージーランドを入れろ』と言った。中国はこれが面白くない。中国は東アジア共同体に熱意がなくなった。『自衛隊が外国軍と共同訓練をするのは違憲ではないが、共同演習は違憲』といふ解釈がある。中国の脅威を感じたタイが日本に共同演習を提案したが日本は無視した。その結果、タイは中国に傾いた。東大法学部は、『六法全書』を読んでゐるが、その前提の法哲学を知らない。通常兵器の日本の戦力は世界第二位。中国が追ひ上げてゐる。東アジアの平和は、日本とアメリカががっちりしてゐるかどうかにかかってゐる。朝鮮有事は局地的問題。しかし、台湾海峡有事は、米中の問題であり、世界的問題。韓国内は反米反日が根を下ろしてきた。韓国内に『朝鮮戦争は南北統一の戦ひであり、アメリカがそれを妨害した』といふ理論が出てきた。北朝鮮がどうならうと、核兵器さへ廃棄させれば、あとは中国と韓国に任せればいい。日本は『拉致問題が解決しない限り一切金を出さない』と言へばいい。対北経済制裁も、韓国が北寄りになったから意味がなくなった。韓国から金や食糧が行ってしまふ。戦争に負けたら駄目。勝者の歴史観が残って、敗者の歴史観はなくなる。アメリカの親日派の学者も『昔日本は悪かったが、今は良い』と必ず言ふ。しかし日本がそれを受け容れてはならない。戦後、アメリカが日本を無力化するためにGHQ歴史観を日本国民に宣伝教育し、左翼がそれを引き継いだ。」と語ったのが印象に残りました。

岡崎氏のいはれることはほぼ正しいと思ひます。今の日本は、共産支那や朝鮮とは深い付き合ひをせず、アメリカ・台湾・アセアン諸国と友好関係を保ち続けるべきと思ひます。

夜は、「天皇御製」についての原稿執筆。

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2005年12月 5日 (月)

日誌十二月四日

午後は、お世話になってゐる方のお見舞い。

夕刻より、資料整理。歴代天皇御製についての講演及び原稿執筆の準備です。

台湾地方選挙で、与党民進党が大敗したとの事です。共産支那の台湾への軍事的・経済的・政治的圧力が功を奏してゐると思はれます。次の総統選挙で国民党が勝利した場合、「第三次国共合作」が行はれる可能性が高いと思ひます。そして、台湾が共産支那に併呑されたら、台湾は反日国家に変身してしまひ、わが國の国家安全上重大な事態となります。

ただし、「中華人民共和国」がこのまま発展し続けるかといふと、それは大いに疑問です。経済的政治的に行き詰まり、瓦解すると見る人が多いやうです。私もその可能性が高いと思ひます。しかし、その過程で暴発し、台湾への軍事侵攻を行ふ危険もあります。

ともかく台湾海峡の問題はわが國の安全に直結します。最近台湾へ行ってゐませんので、よく分かりませんが、台湾民衆の大多数は、共産支那との統一は決して望んでゐないと思ひます。ただ、共産支那の恫喝を恐れる人が多いのだと思ひます。また台湾は経済的に大陸に深入りし過ぎてゐるのです。

わが国は、且つての同胞の住む台湾をもっともっと大切にし、共産支那による台湾併合から守るべく努力すべきと思ひます。そのためにも、わが国は共産支那に対して毅然とした外交を行ふべきです。

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2005年12月 4日 (日)

日誌十二月三日

午後は、いろいろな用事で外出しました。

夜は、資料整理、書状作成。

『現行憲法』第二十五条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書かれてゐます。ある憲法問題の研究会である憲法学者の方に、「この条文は具体的にはどういう生活を意味するのでせうか」と質問しましたら、その先生は、「それは刑務所の生活である」と答えられました。なるほどと納得しました。私は刑務所生活を経験した事がありませんが、酒・煙草はのめず、起床時間・就寝時間も決められ、労働にいそしみ、文化サークルにも参加できるという生活は、たしかに「健康で文化的な生活」といへませう。ただし「最低限度」といふのはやはり困ります。小生は許されれば、「健康で文化的な最高限度の生活」を営ませて頂きたいと念願しております。

上野公園は、美術館・図書館・博物館があり、適度のスポーツをするのにも適しております。まさに健康で文化的なところです。しかし、青いテントの中で生活してゐる人々も多いのです。そしてさういふ人々が増えてゐるとのことです。『現行憲法』がいかに美辞麗句を連ねただけのものであるかがわかります。

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2005年12月 3日 (土)

日誌十二月二日

午後は、お世話になってゐる方のお見舞ひ。夕刻から夜は、原稿執筆・資料整理・書状作成。

『皇室典範に関する有識者会議』について論議が起こってゐます。私は以前から、『有識者』とか『知識人』とは具体的にだういふ人たちの事をいふのか疑問に思ってをります。

高級官僚・医者・弁護士・公認会計士などは国家試験に受からなければなりませんが、『有識者』『知識人』と呼ばれるためには、特別国家試験はありません。

知識人会議とか有識者会議などといふのに臆する事なく参加する人は、余程ご自分の知識に自信がおありの方なのでせうか。申すまでもない事ですが、『知識』がいくらあってもその人物が立派だとは限りません。

今回の『皇室典範に関する有識者会議』をはじめ政府・官邸が時々作る『有識者会議』なるものの参加メンバーが、如何なる方法と基準で選ばれたのか明らかではないので、あへてこのやうな事を書いていまひました。

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2005年12月 2日 (金)

日誌十二月一日

とうとう十二月になりました。毎日忙しく生活してをりますと、月日のたつのがものすごく速く感じられます。

今日は、終日在宅して、原稿執筆、書状の作成などをしました。

小泉内閣になってからかどうかは判然と思ませんが、以前言はれてゐた「首相公選論」「首都移転論」が最近まったくと言っていいほど言はれなくなりました。

「首相公選論」とは、総理大臣のリーダーシップを発揮させるためには直接選挙が良いといふ議論なのですが、小泉氏は直接選挙で選ばれませんでしたが、良し悪しは別として「独裁政治だ」といはれるほどにリーダーシップを発揮してゐます。また、過去においても、吉田茂・池田勇人・岸信介・佐藤栄作・田中角栄・中曽根康弘といった総理はこれまた良し悪しは別として相当リーダーシップを発揮したと思ひます。

「公選」の反対語は「私選」でせうが、国会で総理を選ぶのは決して「私選」ではありません。ですから「首相公選」といふ言葉はおかしいと思ひます。

あんな豪勢な総理官邸を作ったのですから、「首都移転」もまづ実行されないでせう。実行したらそれこそ税金の無駄使ひでです。

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2005年12月 1日 (木)

日誌十一月三十日

午後十二時半より、赤坂の日本財団ビルにて『虎の門道場』開催。『プーチン来日と日露平和条約の行方』と題する報告會。

袴田茂樹青山学院大学教授が報告しました。次のやうな発言が印象に残りました。「ロシアは、『日ソ共同宣言』のみを盾にして、『東京宣言』を無視し、二島決着論に持っていかうとしてゐる。『日ソ共同宣言』の解釈の違ひをそのままにしてはならない。プーチン来日でロシアが関心を示したのは経済協力のみ。日本は、戦略論で揺れがあり、戦術面で拙劣。政策決定メカニズムを確立すべし。」

出席者が、「どの島にもロシア正教の教会が建てられてゐる。ロシア正教で島民の心を一つにしやうとしてゐる。国境警備隊しかいない水晶島にも教会が建てられた。」と発言しました。

ロシアは当分北方領土を返還する意志などないと思ひます。日本は領土問題を棚上げにして経済協力をしてはならない。特に財界がさういふ動きをすることを止めさせねばならない。ロシアは経済が好調なのと、共産支那との関係もうまく行ってゐるので、日本に対して頑なにして強硬な姿勢となってゐる。わが国は、四島返還が実行されないかぎり、真の友好関係の確立はあり得ない、経済協力も出来ないといふ姿勢を守りぬくべきである。

この後、丸の内の出光美術館にて開催中の『平安の仮名 鎌倉の仮名』展参観。伏見天皇・紀貫之・藤原行成・藤原家隆などの書を見る。

午後六時半より、虎の門のニッショーホールで開催された『皇室典範を考える集い』に出席。神聖なる皇室に関はる微妙にして重大なることでありますので、日誌での報告は遠慮します。

帰宅後、深夜まで原稿(萬葉集講義録)執筆。

なかなか忙しい一日でした。

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