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2005年11月 6日 (日)

日誌十一月五日

午後二時より、神楽坂の日本出版クラブ會館にて、「見沢知廉さんをしのぶ會」開催。木村三浩氏が司会。福田和也、安部譲二、島田雅彦、鈴木邦男の各氏らが追悼の言葉を述べました。

見沢氏は一水會の活動家でしたが、最近は小説家としても活躍してゐました。ところが本年九月に自ら命を断ちました。四十五歳でした。小生とは運動上の関係だけではなく地元の後輩でもあり、墓所も私宅近くです。

福田和也氏は追悼の言葉で、「芥川・三島・川端・太宰そして私の師匠である江藤淳など近代作家には自殺した人が多い」と語ったのが印象に残りました。確かにさういふことは言へると思ひます。永井荷風も、自殺ではないけれども、覚悟の孤独死でした。勿論、文豪といはれる人で自殺をしなかった人も多くゐます。鏡花、漱石、鴎外、谷崎などです。

近代作家といふのは精神をすり減らすといふか大変な苦悩との戦ひの人生なのでせうか。島田雅彦氏(小説家)は、「小説家で自分が幸福だと思ってゐる人はゐない」と言ってゐました。

わたくしは、森鴎外のお嬢さんの小堀杏奴さんと會ったことがありましたが、「鴎外は不遇でした。」と何回も言っておられました。そして「不遇の人・森鴎外」といふ本を書きました。陸軍軍医総監・帝室博物館長・宮内省図書頭を歴任し、文豪といはれた鴎外が不遇だったとは小生には思へませんが…。

私には小説は書けないので、小説家に自殺が多い理由はよくわかりません。ただ自殺した大歌人といふのは聞いたことがありません。和歌の世界は、自殺とは無縁だと思ひます。ただし、「辞世の歌」には素晴らしい歌が多いのです。普段歌を詠まなかった人でも、素晴らしい辞世の歌をのこした人は多くゐます。また、自決と自殺との違ひもあります。

見沢知廉氏の御冥福を祈ります。

夜は、原稿執筆。

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