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2005年11月14日 (月)

日誌十一月十三日

午後は、千駄木の町を散策しました。

高村光太郎旧居跡、旧安田善次郎邸、鴎外記念館(観潮楼跡)、千駄木ふれあいの森(太田道灌の子孫の屋敷跡で森がのこされている公園)、薮下通りを歩きました。宮本顕治・百合子夫妻も旧居跡もあります。中条家(百合子の実家)といふ大きな屋敷でした。

千駄木は、都会のど真ん中ですが、自然もやや残っており、また歴史的文化的に由緒のある建物や公園なども多いのです。

森鴎外のお子さんの森類氏のご息女は、私の小学校時代の同級生でした。高村光太郎の弟さんの高村豊周氏のご息女は、中学校時代に教会学校で一緒でした。子供の頃は別に何とも思はなかったのですが、今になって大変有難い事だったと思ひます。

薮下通りといふのは、「藪蕎麦」発祥の地です。また、永井荷風が森鴎外の家を訪問した時によく通った道です。荷風は『日和下駄』といふ文章で、東京で一番良い道だ書いてゐます。偏屈といはれた荷風も鴎外に対しては大変な尊敬の念を抱いてゐました。

五十数年間住んでゐるのですが、かうして散歩をしますと、何時も心やすらぎます。

しかし、相続税の関係か、和風建築の大きな家や庭が忽然と無くなって、そこにマンションや宗教団体などの建物が出現するのは悲しいことであります。児玉希望といふ日本画家の家もサトウハチロウの家もなくなりました。

夜は、書類整理、書状作成など。

ペルーが日本と断交すると騒いでゐます。詳しい事情は分かりませんが、日本は本当に外交が下手です。情報収集能力も劣ってゐると思はれます。

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