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2005年11月25日 (金)

日誌十一月二十四日

午後は、原稿執筆。

午後七寺より、高田馬場のシチズンプラザにて、『三島由紀夫・森田必勝両烈士三十五年祭』執行。

祭詞奏上・祭文奏上・檄文朗読・遺詠奉唱・玉串奉奠などが行はれました。

その後、追悼講演が行はれ、森田忠明氏が講演しました。

三島氏は、その檄文で、「生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。…生命以上の価値なくして、何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と傳統の国、日本だ。」と訴へました。

戦後日本は、何よりも「生命尊重」を最高の価値として来ました。しかし、今日の日本ほど生命を軽視してゐる時代はかつてありません。親は子を殺し、子は親を殺すといふ凶悪にして凄惨なる事件が日常茶飯事となってゐます。戦後六十年間、自由だ民主主義だ生命尊重だと言はれて来た結果が、現代日本の惨状なのです。

日本国の歴史と傳統を愛し、それを護るために命を懸けるといふ崇高なる精神・道義の基本を喪失した時代が、戦後日本であり現代日本なのだと思ひます。三島氏の言ったことは正しかったと思ひます。

自由や民主主義は、政治の手段であって、それが最高の価値なのではありません。天皇を尊崇し、傳統や国家を命を懸けて護るといふ精神が道義の基本であります。さうした精神を喪失した事が、かへって生命を軽視する風潮を生んだのだと思ひます。

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