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2005年11月22日 (火)

日誌十一月二十一日

午後は原稿執筆。

午後四時より、九段會館にて、『英霊のこたえる実行委員会』開催。無宗教の戦没者追悼施設建設阻止に向けての方策を討議しました。

夜は原稿執筆。読書。

今は、家では『旧約聖書』をよ読んでゐます。外出する際に持ち歩き、電車や喫茶店で読んでゐるのは、『折口信夫全集』の中の「萬葉集講義」です。

『旧約聖書』の「創世記」と「出エジプト記」は読み物としても大変面白いと思ひます。戦ひ・神の怒り・生贄・疫病・裁きなどが出てきて、エホバの神とはとても恐ろしい神のやうに思へます。また、イスラエル人を特別に愛する神です。

イスラエルの民族神がキリスト教の唯一絶対神として信じられるやうになったわけですが、今日、中東における宗教戦争は、ユダヤ教・キリスト教・回教といふ起源を同じくする一神教の戦ひであります。

宗教とは、人間に安心を与へるものであるはずですが、宗教戦争は絶え間なく続いてゐます。宗教戦争における死者の数は有史以来相当の数になるでせう。

今日の日本も、オウム真理教のテロがありました。また、今日政権与党となってゐる創価学会・公明党も日蓮正宗と宗教戦争を繰返しています。仏教も決しておとなしい宗教とはいへないと思ひます。日蓮は特に排他的でした。それは中世といふ混乱と闘争の世に出現したからでありませう。しかし、仏教・キリスト教にも学ぶべきところか多いと思ひます。

私ども日本民族は、麗しい日本の天地自然そして農耕生活の中から生まれてきた「神ながらの道」といふ信仰を継承して来ました。私は神道とは天地自然と祖靈を神として拝ろがみ祭る信仰だと認識してゐます。私には最も自然にうけいれることのできる宗教が神社神道です。戦没者は日本傳統信仰たる神道祭式によって慰霊顕彰するのが当然であります。無宗教では慰霊にはなりません。

ホームページの活動予定欄でもお知らせ致しておりますが、二十三日の「新嘗を祝ふ集い」で小生が講演します。多くの方々のご出席をお待ち申し上げます。

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