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2005年10月 8日 (土)

日誌十月七日

午後、ある先輩の事務所を訪ね、懇談。

夜は、原稿執筆。

『論語』に、「父母の年は知らざるべからず、一は則ち以て喜び、一は則ち以て懼(おそ)る」とあります。「父母の年は何時も知ってゐなければならない。一つには父母の長寿を喜ぶためであり、一つには年老いたことを心配するためである」といふほどの意です。

孔子の言葉は実に含蓄があり、実行しなければならないことばかりです。わたくしの父母も、すでに八十半ばを過ぎてをります。まさに長寿を喜んでをりますが、また一方で、体が弱くなってゐることを心配してをります。何時までも元気で長生きしてくれるやうに祈ってをります。

このやうな素晴らしい教へを説く儒教を持ちながら、なにゆゑ今日の支那はあのやうな國になってゐるのでせうか。なにゆゑ日本に来て罪を犯す支那人が多いのでせうか。不思議です。

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