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2005年10月 2日 (日)

日誌十月一日

午後二時より、プレスセンターにて、「アジア問題懇話會」開催。

北村稔立命館大教授が講演しました。「一九二十年代に青年毛沢東は『中国を救ふ』と言った。しかしその八十年後の今日、多くの青年が中国に失望して海外に流れ出てゐる。」「中国は社会主義の衣を着てゐるが内実は封建王朝。人治や官僚の横暴は中国の本質。」「中国共産革命は、莫大な犠牲を払ったのに中国伝来の封建体制を再生産した」「中国における歴史の叙述は権力者にとって都合の悪いことは捨てる。政治権力が自分たちの正当性を主張するために歴史を叙述する。そんな国との歴史の共同研究は難しい」と語ったのが印象に残りました。

わが國民の共産支那に対する誤れる贖罪意識と支那文化に対する誤れる憧れが、対支那外交や対支那交流をおかしくしてゐると思ひます。これを払拭することが先決です。

「しきしまのやまとごころを人問はば蒙古の使ひ斬りし時宗」といふ歌がありますが、北条時宗のやうな政治家・外交官の出現が望まれます。何も支那と戦争をせよといふのではありません。もっと気概のある正々堂々とした対支那外交が行はれるべきであります。

靖國神社総理参拝について、おかしな傍論が書かれた判決がありました。根本は、日本の歴史伝統・宗教風土と相容れない「政教分離規定」のある「現行占領憲法」がおかしいのです。

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