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2005年10月 6日 (木)

日誌十月五日

午後は、原稿執筆(中村武彦先生への追悼文)。書類整理など。

午後五時半より、新日鉄代々木倶楽部にて、日韓文化協会主催「特別セミナー・日米同盟と六カ国協議の行方」開催。倉田信靖会長が挨拶。

森本敏拓殖大学教授が講演しました。「九月の六ヶ国協議は何も決まってゐない。共同声明は枠組みであり、具体的内容は十一月以降の協議次第」「北は外貨・食糧・エネルギーが逼迫してゐる。特に食糧は抜き差しならぬ状態」「世界最大のプルトニウムを持ってゐるのは日本」「アフガンのカルザイ政権は米欧軍が引いたら一ヶ月ともたない」「総選挙の後、官邸の言ふ事は全て通るやうになった。自民党の部会では何の反対意見も出ない。北朝鮮の労働党とあまり変らなくなったのではないか」などと語ったのが印象に残りました。

帰宅後、原稿執筆(皇室典範改正問題)。

忙しい一日でした。我ながら良く頑張ると思ひます。体力・精神力は続いてゐます。問題は財力です。呵々。

何しろ、綿貫・亀井・平沼といふ反小泉の大物を党外に追放し、経世会を弱体化し、民主党を大敗させたのですから、小泉は大したものです。小泉ハリケーンとは良く言ったものです。しかし、それが国家・國民のために吉なのか凶なのか。それが問題です。

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