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2005年10月19日 (水)

日誌十月十八日

午後は、今夜の講演の準備。

午後七時より、横浜市中区の神奈川中小企業センターにて、『安岡教学研究会定例会』開催。村山實会長が挨拶した後、小生が「日本傳統信仰と現代の危機」と題して講演しました。

天地自然を神と仰ぐ祭祀国家日本の傳統信仰が、一神教同士の凄惨なる闘争を終息せしめるといふことをお話しました。

昨日の日誌で、日本には宗教戦争や宗教弾圧はなかったと書きました。切支丹禁圧・廃仏毀釈・大本教弾圧があったではないかといふ疑問を持たれる方があるかもしれません。しかし、それらは、欧州や中近東などにおける一神教同士の凄まじい宗教戦争や弾圧とは本質的に全く異なります。また規模も比較にならないくらい小さなものです。だから昨日の日誌に「西洋のやうな宗教弾圧・宗教戦争はなかった」と書いたのです。

近世初期に日本に入って来たキリスト教は、神社仏閣の焼き討ちなどを行なひました。また当時のキリスト教はスペインなど西欧諸国の世界制覇の手先となっていた面が大いにありました。これに危険を感じた武家政権が禁圧したのです。国家民族の独立と傳統を守るためには致し方なかったと思ひます。

明治初期の廃仏毀釈は、徳川幕府が仏教及び寺院を民衆支配の道具にしてゐたこと、そして神道を圧迫したことに対する反発が多くあったのです。それがいっぺんに噴き出したのです。だから数年を経ずして終息しました。多くの人々が虐殺されたり大宗教戦争が起こるといふこともありませんでした。

昭和十年代の宗教界に対する権力の圧迫は、近代化の過程において、西洋覇道思想が流入し、一神教的独善思想が政府の宗教政策に悪影響を及ぼした結果です。日本本来の姿ではありません。また、創価教育学会や大本教弾圧は、伊勢の神宮の神札を焼いたり、皇室に対する不敬言動があったといふことがその原因でありました。残虐なる拷問などやり過ぎの面があったことは確かですが、数多くの人々が虐殺されたといふ事は全くありませんでした。獄死者はゐましたが死刑になった人は一人もおりません。大本教は天皇機関説排撃運動を行なひ愛国団体と提携して国家革新を唱へました。創価教育学会は、天皇現人神信仰を唱へ法華経を国教にしなければ聖戦は貫徹できないと主張しました。戦後になって大本教も創価教育学会もまたひとのみち教団も再建されました。

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