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2005年10月31日 (月)

日誌十月三十日

終日、原稿執筆(『萬葉集』講義)と書状作成をして過ごしました。

石原慎太郎氏は『正論』十二月号で、石原氏が『諸君』九月号で、「東條英機元総理が二十二口径の拳銃を使用して自決に失敗した。」と事実無根のことを述べた上、東條氏を誹謗中傷する発言を行ったことを「事実関係の誤りについては率直に認めます。実際の様子は、私の認識と異なるところがあったのでしょう」と述べた。

多くの人々からの抗議や質問があったと思はれる。小生も同志と共に石原氏に質問書を提出した。また、ホームページや雑誌『大吼』に文章を書いた。秘書から、「いづれ雑誌で見解を表明する」との答があった。その見解表明がこの発言なのであらう。

しかし、石原氏はまだ「本当に拳銃を用いて自決を果たそうとしたならば、何故最も確実とされる、拳銃を口にくわえ後頭部を射抜かなかったのか、ということでもある」などと述べてゐる。石原氏は相当東條氏に反感を持ってゐるやうである。

ところで石原氏の対談相手であった佐々淳行氏は、石原氏に同調して、東條氏を「鉄砲のことをわかっている人にはお笑い草ですね」と侮辱し、「だから、私は東條さんは靖国には祀るべきではないと思う」などと発言した。石原氏が事実誤認であったと認めた以上、佐々氏にも責任をとってもらはねばならない。

小生は、佐々氏の講演を二回ほど聞いたことがある。論理明解で、危機管理に関してはなかなか立派なことを述べてゐた。しかし佐々氏は、警察官僚でありながら金権政治家田中角栄の番頭となり且つ反靖国・親共産支那の姿勢をとり続けた後藤田正晴を褒めちぎった本を書いた。佐々氏はどうもお追従がうまい人物なのであらう。警察の中にも敵が多かったと聞いてゐる。

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2005年10月30日 (日)

日誌十月二十九日

午後は、ある同志と当面する運動課題(皇室典範改正問題、靖国神社問題、憲法問題など)について討議。

午後五時より、東京神田学士会館にて、『憲法懇話會』開催。國體と憲法問題を中心に討論。

「國家の自衛権は否定できないのに、現行憲法はそれを否定した。ゆへに建國以来の國體は否定できないが、成文憲法でこれを否定してしまふ危険はある。」「現行憲法はその『前文』の第一行から嘘が書かれてゐる。」「主権といふ言葉を使ふべきではない。」「成文憲法の國體に関する条項は『確認規範』であり改変できない。二千年間培って来た國體を今生きてゐる國民の多数意志で否定することはできない。その他の条項は『創設規定』だから時代の要請によって改変できる。」などといふ意見が出された。

今回まとまった『自民党新憲法草案』は、改憲試案としては最低のシロモノである。天皇条項は現行憲法と殆ど同じである。前文には、「象徴天皇制は、これを維持する」と書かれてゐるのみである。なにゆへ天皇が日本國の「象徴」であられるのかといふことが全く書かれてゐない。すなはち、わが國の國體・傳統・文化に関する叙述が全くないのである。この点に関しては中曽根氏の怒りはもっともである。そもそも「天皇制」などといふ共産党用語を用いること自体おかしい。

起草委員会の森喜朗委員長は、総理大臣の頃、神社関係のパーティーで「日本は天皇中心の神の国」と正しいことを言った人物である。何故そのやうに憲法草案に書かなかったのか。あの発言は酔っ払ひの戯言だったのか、それとも神社関係者へのゴマスリ発言だったのか。

戦勝國によって押し付けられた理念であり、わが國の國體と合致せず、戦勝國に対する敗戦国日本の詫び証文である現行占領憲法前文に書かれた「三原則」を「不変の価値として継承する」などといふのでは、憲法改正でも自主憲法制定でもない。この草案通りの憲法が制定されれば、日本を混迷に陥れた「三原則」が押し付けではなく、國民の意志によってこれを憲法理念とすることとなる。まさに亡國のはじまりである。

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2005年10月29日 (土)

日誌十月二十八日

終日、読書と資料整理。

今は、旧約聖書を読んでゐます。天地創造やノアの箱舟の物語はとてもおもしろい。ただし、エホバの神はやはり愛の神ではなく裁きの神・呪ひの神です。人間の罪や神への裏切りを許さず、人類を滅ぼすやうなことまでします。しかし、キリストが出現して、愛の神となり、全ての人類を救済するといふことらしいのです。

また、創造神と創造物(人間も含まれる)は絶対的に隔絶した関係にあり、支配被支配の関係にあるやうです。これが天地自然の中に神がゐますといふ日本傳統信仰との違ひです。

私は中学生の頃に、日本聖書教会の「聖書」を読みましたが、今回は中央公論社の「世界の名著」の中の「聖書」を読んでゐます。解説者は内村鑑三の系統の前田護郎氏です。前田氏は解説で「スペイン、ポルトガル系のイエズィストによって行われた日本へのキリスト教の渡来は、政略軍略商略を基本とする植民地帝国主義の先鋒として大名に武器を与えて教勢拡張に資するなどの手段が繰返され、切支丹禁止令がしかれるに至った経緯も今日から見れば当然である」と論じてゐます。正論です。

内村鑑三系のキリスト者は、日本の傳統を破壊することなく、これと融合する姿勢があるやうです。「キリストの幕屋」はその典型です。

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2005年10月28日 (金)

日誌十月二十七日

終日、資料整理、書状作成。

二十五日、山崎拓と冬柴鐵三と鳩山由紀夫が会談し、「無宗教の国立追悼施設建設実現を目指す議員連盟」を発足させることで合意した。

無宗教の国立追悼施設建設は、わが国傳統信仰である神社神道の祭式で戦没者を慰霊し追悼する事を否定し、明治天皇の大御心によって創建された靖国神社を形骸化することである。そしてそれは、天皇を祭祀主とする信仰共同体日本・祭祀国家日本を破壊することにつながる。まさに國體の根幹に関はる重大問題である。

靖国神社の否定は、祭祀国家日本の否定に直結する。単に歴史観がどうとか、近隣諸国との外交関係がどうのといふ問題ではない。無宗教の国立戦没者追悼施設建設は絶対に阻止しなければならない。これを積極的に推進する政治家・宗教団体などあらゆる勢力に対して厳しい糾弾を行はなければならない。

山崎拓は、「ヘンタイ」と言はれながらも当選し得たのは、創価学会の応援があったればこそなので、その恩義に報いるため、学会公明党の要求によりこのやうな行動をとったのであらう。三千年の傳統を継承する祭祀国家日本を破壊せんとする創価学会と山崎は断じて許し難い。

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2005年10月27日 (木)

日誌十月二十六日

午後、知人のお見舞に行く。

夜は、原稿執筆と書状作成。

近頃は、国民といふ言葉よりも市民といふ言葉が使はれる事が多くなってゐる。国家とは権力機関であり、個人を束縛する敵であるといふ思想がその奥底はあるのではないか。

国家とは何かといふ根本問題がそこにはある。国家と言っても、共同体としての国家と権力機関としての国家がある。我々が愛する国家とは、共同体としての国家である。しかし、その共同体としての国を維持し、そこに住む国民の生活を維持するためには権力機構は必要である。

税務署・警察・軍隊は、これらなくして国家は成り立たないのであるが、この三つは時として国民の敵と思はれることがある。国を愛するため国を良くするための変革運動維新運動に対して、軍隊や警察が敵として対峙して来ることがあったのは歴史を見れば明らかである。明治維新の戦ひは、徳川幕府の軍と警察機構との戦ひであった。

日柳燕石は、「縦ひ候家の敵となるとも 皇国の敵とはならず」(たとへ権力者の敵とはなるとも、天皇国日本の敵とはならないといふ意)とうたってゐる。

「国を愛する」「国に命を捧げる」といふ時の「国」とは、共同体としての国である。そして三千年の歴史を持つ日本といふ共同体国家は、天地自然を神の命の顕現として拝ろがむ信仰を基盤とした祭祀国家・信仰共同体であり、その中心者・祭祀主がすめらみこと日本天皇であらせられるのである。

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2005年10月26日 (水)

日誌十月二十五日

午後、日本橋室町に開館した三井記念美術館にて開催中の『美の伝統 三井家傳世の名宝』展参観。後鳥羽上皇の熊野への御幸に随行した歌人・藤原定家の記した二十三日間の記録『熊野御幸記』(国宝)、円山応挙の『雪松図屏風』(国宝)など三井家伝来の文物が展示されてゐました。

後鳥羽上皇は、「武家政権打倒を目指す武力行使をして失敗し、島流しになった」といふのが通説です。しかし上皇は、『新古今和歌集』の編纂を命じられ、ご自身も多くの歌を詠まれ、わが國の和歌の伝統を継承された方です。且つ、祭り主としての使命を深く自覚され、熊野に行幸されて国家・國民の安泰を祈願されるなど、皇国の道統の回復につとめられた英主であらせられます。後醍醐天皇は、後鳥羽上皇の御志を継承され建武の中興を断行されたのであります。

久しぶりに日本橋界隈を歩きましたが、三井本館の隣に高層ビルが立ってゐたのに驚きました。しかし、裏通りには、古き良き喫茶店がまだありました。

夜は、書状書きと資料整理をしました。

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2005年10月25日 (火)

日誌十月二十四日

午後は、原稿執筆。夜は資料整理。

伊勢皇大神宮・靖国神社などの神社が、『宗教法人』の枠で括られてしまってゐるのはおかしいと思ひます。神社及び日本傳統信仰は、オウム真理教や創価学会のやうな独善的な教義を持ち、特定の人物を絶対者と仰いでその命令に服従し、布教活動を行なひ、批判者に対しては徹底的にこれを排撃するといふやうな教団宗教とは、性格も成り立ちの全く異なります。

総理大臣が靖国神社に参拝したからと言って、他の宗教の活動が制限されたり、束縛されたなとどいふことはありませんでしたし、これからもあり得ません。

要するに現行憲法の「政教分離」の規定を神社にまで適用することがおかしいのです。平和的な日本人の農耕生活から生まれた祭祀宗教である神社神道の祭式にのっとって戦没者を慰霊し、平和を祈ることは、真の世界平和実現の基礎となると思ひます。

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2005年10月24日 (月)

日誌十月二十三日

午後二時より、東京永田町の星稜會館にて、『日本再生シンポジウム』開催。

印象に残った登壇者の発言を記します。

西村眞悟氏「現行憲法第九条の一項を改正し『平和主義』を否定しなければ真の改憲にはならない。憲法の『平和主義』が日本をアジアを戦争に巻き込む。イスラエルは『核武装して対イラク攻撃で単独行動をとる』とアメリカを恫喝した。日本もかうした態度をとるべし。日本は核抑止力を自らコントロールすべし。あのやり方の靖国参拝なら、小泉は毎日行くべし。」

志方俊之氏「核抑止力・情報・シーレーン防衛・食糧・水をアメリカに頼ってゐるのだから、日本がアメリカのポチになるのは当然。中国が崩壊し難民が押し寄せてきた時、あるいは中国が日本を攻撃してきた時に、日本はどうするかが問題。日本が核武装をオプションの一つとしてアメリカと交渉するなら良いが、実際に核兵器を持つと日米同盟は壊れる。日本は核武装したくとも出来ない。」

田久保忠衛氏「日本とアメリカとは満州問題・人種問題で対立が起った。歴史の大きな流れを見ると、日本は加害者ではない。日本は『平和主義』といふよりも『無抵抗主義』になってゐる。小泉さんは郵政といふ一科目入試で受かった。外交・防衛はからっきし駄目。」

宮崎正弘氏「中国の経済成長はマユツバ。反日をやめるのは中国が日本より豊かになった時。台湾が中国の反日トライアングルに引きこまれると非常に危険。反日が機能してゐる間は中国は崩壊しない。」

私は、核武装も選択肢の一つだと思ひますが、自衛隊高官など軍事専門家には、日本の核武装に対して反対論者が多いやうです。また、自衛隊高官には、親米といふかアメリカとの対立は絶対反対といふ人が多いやうです。戦後日本の『平和主義』は全く欺瞞的なものです。それは現行憲法前文すなはち戦勝国への詫び証文を読めば明白です。台湾が共産支那の支配下に入ることを何としても防がねばなりません。ともかくこれからの日本は大変です。有史以来未曾有の危機と言っても過言ではありません。そしてその危機の原因は共産支那のアジア制覇の野望であります。

夜は原稿執筆。

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2005年10月23日 (日)

日誌十月二十二日

午前十一時より、東京谷中上聖寺にて、「憂国烈士之碑追善供養之儀」執行。本堂で読経焼香が行はれた。また墓地に建立されてゐる憂国烈士之碑拝礼が行はれた。

午後は、『政治文化情報』発送。明後日の月曜日に、購読者の皆様のお手許に届くと思ひます。

夜は、原稿執筆。(総理大臣の靖国神社参拝と無宗教の戦没者慰霊施設建設について)

戦没者に限らず、亡くなった方を慰霊するといふことが無宗教でできるわけがありません。慰霊といふのは、人間が肉体だけの存在ではなく、永遠の命を持つ存在であるといふことが前提になります。つまり慰霊といふ行ひそのものが宗教行為なのです。無宗教の慰霊施設などいふのは論理矛盾であり、不可能であります。

創価学会・公明党が執拗に無宗教の慰霊施設建設を主張するのは、彼らが創価学会以外はすべて邪教だといふ排他独善の宗教思想を持ってゐるからです。

牧口常三郎創価学会初代会長は、靖国神社に参拝してゐました。日蓮上人は、中世に開宗した諸宗派の開祖の中では最も敬神思想の篤い人でした。

この『日誌』ではかたい話ばかり書いてゐますが、少しおもしろい話を書いてみます。よその土地の地名といふのはなかなか正しい読み方が出来ない場合があります。関西から来た友達が、万世橋を「よろづよばし」と言ったことがあります。また今日聞いた話ですが小田急線の祖師ヶ谷大蔵のことを「そしがたにたいぞう」と読んだ人がゐたそうです。

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2005年10月22日 (土)

日誌十月二十一日

午後は、堀江貴文批判の原稿執筆。

いささか旧聞に属することですが、重大な問題ですし、ある団体からの要請もあり、堀江批判論を書きました。堀江は現行占領憲法のいはゆる「象徴天皇制」について、「面倒くさい問題」「(天皇のことは・註)誰も気にしていないでせう」「すごく違和感を感じる」「大統領制にした方がいい」「歴代首相が何も変えやうとしないのは右翼が怖いから」などと発言しました。これは、天皇中心の日本國體を否定し破壊する発言です。社民党・共産党すらこのやうなことは腹では思ってゐても口には出しません。

各種の世論調査をみても、国民の八割以上の人が「象徴天皇制」を支持してゐます。また、六十五%の人が「皇室に関心がある」と答へてゐます。堀江の言ってゐることは全く事実に反します。

堀江は、「人の心はお金で買える」「金を持ってゐる奴が偉い」などと言った男です。堀江は文字通り、金銭至上主義者であり、金銭欲のかたまりでありまから、日本國體も、文化も、傳統も、「面倒くさい問題」であり、「気にしていない」のであり、「違和感を感じる」のです。全く理解できないし理解しやうともしません。

こんな男をまともに相手にするのも馬鹿馬鹿しい限りですが、マスコミが良く取り上げ、それなりに影響力を持ってゐますから、やはり糾弾しなければなりません。

夜は、「政治文化情報」十一月号発送準備。

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2005年10月21日 (金)

日誌十月二十日

午前十時より、神奈川県伊勢原市の浄発願寺にて、「野村秋介十三回忌法要」執行。

秋晴れのもと、本堂にて、読経・焼香が行なはれました。この後、野村氏のお墓にお参りしました。そして、近くの会場で精進落しが行なはれました。全国から多くの方々が参列しました。

野村氏が朝日新聞本社にて自決されてから、満十二年も経過したことになります。光陰矢のごとしといふ言葉を実感します。野村先生が亡くなられてからそんなに月日がたったとはとても思へません。野村先生は心やさしい方でした。また、思想的にも実に深いものを持っておられました。戦後民族派維新運動において傑出した人物であったと思ひます。さういふ方に親しくさせていただいたことを本当に感謝致しております。

今日は暫くお会ひできなかった懐かしい人々にお会ひできました。二十年後に三十三回忌が行なはれるとのことですが、その年には、小生は七十八歳になっております。野村氏が自決されたのは十二年前ですが、今年から十二年後には小生は七十歳といふことになります。野村氏は小生よりもひと回り上の亥年の方ですから、小生の今の年齢の時に自決されたのです。本当に自分を不甲斐なく思ひます。

夜は、堀江貴文の「皇室発言」についての批判文を書きました。

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2005年10月20日 (木)

日誌十月十九日

午後二時より、ある会合にて講演。小泉総理の靖国神社参拝について話しました。

午後七時より、南大塚社会教育会館にて、「萬葉古代史研究会」開催。作者未詳歌について講義。

今週は忙しい日が続いております。

反日思想あるいは反日感情の持ち主は、何も共産支那や朝鮮半島にゐる人に限りません。日本人として生まれ、日本国籍を持ち、日本人の血が流れてゐる人にもゐるのです。日本国民でありながら、日本の歴史を悪く悪く解釈し、祖国を蔑み呪ふことに生甲斐を感じてゐるやうな人がゐます。

日本の歴史にも反省すべきことがあるのはいふまでもありません。しかし、自分の祖国の欠点のみをあげつらふ人の心根を理解することは、小生にはできません。さういふ人は日本人たることをやめて、どこかよその国に国籍を移すべきではないでせうか。

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2005年10月19日 (水)

日誌十月十八日

午後は、今夜の講演の準備。

午後七時より、横浜市中区の神奈川中小企業センターにて、『安岡教学研究会定例会』開催。村山實会長が挨拶した後、小生が「日本傳統信仰と現代の危機」と題して講演しました。

天地自然を神と仰ぐ祭祀国家日本の傳統信仰が、一神教同士の凄惨なる闘争を終息せしめるといふことをお話しました。

昨日の日誌で、日本には宗教戦争や宗教弾圧はなかったと書きました。切支丹禁圧・廃仏毀釈・大本教弾圧があったではないかといふ疑問を持たれる方があるかもしれません。しかし、それらは、欧州や中近東などにおける一神教同士の凄まじい宗教戦争や弾圧とは本質的に全く異なります。また規模も比較にならないくらい小さなものです。だから昨日の日誌に「西洋のやうな宗教弾圧・宗教戦争はなかった」と書いたのです。

近世初期に日本に入って来たキリスト教は、神社仏閣の焼き討ちなどを行なひました。また当時のキリスト教はスペインなど西欧諸国の世界制覇の手先となっていた面が大いにありました。これに危険を感じた武家政権が禁圧したのです。国家民族の独立と傳統を守るためには致し方なかったと思ひます。

明治初期の廃仏毀釈は、徳川幕府が仏教及び寺院を民衆支配の道具にしてゐたこと、そして神道を圧迫したことに対する反発が多くあったのです。それがいっぺんに噴き出したのです。だから数年を経ずして終息しました。多くの人々が虐殺されたり大宗教戦争が起こるといふこともありませんでした。

昭和十年代の宗教界に対する権力の圧迫は、近代化の過程において、西洋覇道思想が流入し、一神教的独善思想が政府の宗教政策に悪影響を及ぼした結果です。日本本来の姿ではありません。また、創価教育学会や大本教弾圧は、伊勢の神宮の神札を焼いたり、皇室に対する不敬言動があったといふことがその原因でありました。残虐なる拷問などやり過ぎの面があったことは確かですが、数多くの人々が虐殺されたといふ事は全くありませんでした。獄死者はゐましたが死刑になった人は一人もおりません。大本教は天皇機関説排撃運動を行なひ愛国団体と提携して国家革新を唱へました。創価教育学会は、天皇現人神信仰を唱へ法華経を国教にしなければ聖戦は貫徹できないと主張しました。戦後になって大本教も創価教育学会もまたひとのみち教団も再建されました。

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2005年10月18日 (火)

日誌十月十七日

午後一時半、同志二人と東京都庁に赴く。

夜は、明日の講演準備。

本日、小泉総理が靖國神社に参拝しました。一國の宰相が戦没者慰霊のために靖國神社に参拝することに対して、内外から反対の声があがることくらい不思議なことはありません。また、裁判所で違憲判決が出ることはまことにおかしなことと思ひます。小泉総理はさうしたことを慮ってか、昇殿もせず、手水も使はず、二礼二拍手一拝といふ神道形式の参拝を行ひませんでした。困ったことです。

この問題の根本は、歴史問題と現行占領憲法の「政教分離規定」にあります。そもそも政治権力と教団宗教が一体になることを禁じるといふ政教分離思想は、一神教同士の凄惨なる闘争の歴史を持つ欧米諸國の思想であります。わが國の神社神道は、排他独善の一神教でもないし、教団宗教でもありません。わが國には、西洋のやうな宗教弾圧・宗教戦争の歴史はありません。

むしろ「政教分離」を声高に主張し、総理の靖國参拝に反対してゐる勢力(左翼革命勢力・一部のキリスト教団・創価学会など)こそ、信教の自由を侵害し宗教弾圧を行ふ危険のある排他独善思想を持つ勢力であります。共産國家には信教の自由はありません。キリスト教はこれまで宗教戦争を繰り広げてきました。創価学会は他の宗教をすべて邪教と罵ってゐます。

神社神道ほど平和的な宗教はありません。また靖國神社には昭和殉難者は祀られてゐても戦争犯罪人は祀られてゐません。

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2005年10月17日 (月)

日誌十月十六日

午後一時半より、赤坂の乃木神社にて、「皇學祭」及び「講演會」が行はれた。

井上順理鳥取大学名誉教授が講演した。「日本は、大陸文化を摂取しつつ、本家の支那より立派な花を咲かせた。王道政治の理想は支那ではなく日本に実現してゐる。仏教もインドより、日本で栄えてゐる。西洋精神文化の摂取は今進行中。明治初年の科学偏重・精神教育軽視が今日に悪い影響を及ぼしてゐる。日露戦争勝利が日本を傲慢にした。形而下の学問である科学には限界がある。科学の限界以上のところを対象とするのが日本の学問。詔勅が終戦後絶えてゐる。詔勅が煥発されるやうにならねば日本は元に戻らない。」と語ったのが印象に残った。

日本の近代化には根本的な欠陥があった。それが近代以後今日までの日本に大きな悲劇と混迷をもたらしてゐると思ふ。

日本天皇は神話の世界からの道統を継承される現御神であらせられる。井上先生の講話を拝聴して、日本國の根幹に関はる「皇位継承」について、西洋の自然科学・生物學である染色体論で論じるのはやはり間違ひであることを改めて認識した。

夜は、十月十八日に横浜で行はれる小生の講演の準備をしました。講演會については、ホームページの活動予定欄をご覧下さい。

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2005年10月16日 (日)

日誌十月十五日

午後一時半より、丸の内の日本倶楽部にて、『アジア太平洋交流学会』開催。

サム・ジェイムソン元ロサンゼルスタイムス東京支局長と遠藤浩一拓殖大学客員教授が講演した。

サム・ジェイムソン氏が「議席数の対しての自民党の割合は、昭和三十年の結党時に戻った。比例区での当選はゾンビの復活。公明党推薦の自民党議員が増えたが、池田大作氏がテレビインタビューを受けたことはない。今度の選挙で政策論争を行はれたのか。郵政民営化の中身は殆ど誰もわかってゐない。大新聞は社説は反自民的だが、ニュースの取材や報道は自民党と官僚のことだけを扱う。憲法に陸海空軍は保持しないと書いてあるのに、自衛隊が存在してゐる。現実と憲法が異なると外国から信用されない。」と語ったのが印象に残った。

遠藤浩一氏が「戦後日本は保守が圧倒的シェアを占めてきた。小選挙区制で自民党が勝つのは当たり前。自民党は左傾化し内容は堕落してゐる。官公労が民主党の足を引っ張ってゐる。連合を解体すべし。旧民社・同盟は左翼と戦ってきた傳統を足蹴にして良いのか。公明党が守りたいのは、池田を頂点とするヒエラルキー。このヒエラルキーは国家よりも上位に位置付けられてゐる。経世會潰しだけでなく、創価学会にメスを入れなければ小泉改革は完結しない。」と語ったのが印象に残った。

最後に、塚本三郎元民社党委員長が挨拶した。塚本氏に対する学会・公明党の迫害のひどさが披露された。

創価学会・公明党の排他独善体質・オカルト体質は、昭和二十年代後半の折伏大行進の時と変ってゐない。権力の内部に入り込んでゐるだけに危険性はずっと高まってゐる。このことはいづれ詳しく論じたいと思ふ。ともかく公明党・創価学会の体質が改善されないかぎり、自民党は一日も早く手を切るべきである。

夜は読書。(旧約聖書)

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2005年10月15日 (土)

日誌十月十四日

終日、原稿執筆。『政治文化情報』十一月号の原稿です。

激動の時代に於いてこそ、日本国の傳統精神・國體精神に回帰し、それを開顕せしめねばなりません。

大化改新・明治維新の歴史を見てもわかるやうに、日本の傳統精神に回帰し天皇中心の國體を明らかにすることによって変革を成し遂げ危機を打開して来ました。また外圧がかへって日本人の愛國心・神國思想を呼び覚ましました。歴史は繰り返すといひますが、今日の危機的状況も復古即革新の原理によって打開されるべきと思ひます。

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2005年10月14日 (金)

日誌十月十三日

午後一時半より、千早社会教育会館にて、『萬葉會』開催。雄略天皇御製を講義。日本天皇のおほらかなる国家統治の御精神を学ぶ。

国会では、総選挙の前には、郵政民営化法案に反対した自民党議員が、続々と賛成に廻りました。その理由は「民意に従ふ」といふものでした。何とも情けない話です。民意をリードするのが政治家たる者の役目ではないでせうか。

保利耕輔氏まで賛成したのにはがっかりさせられました。色々選挙区事情があるのでせうが残念です。保利氏の父君の保利茂氏はなかなかの硬骨漢だったやうに記憶してをります。また、保利耕輔氏自身も以前国家公安委員長をしてをられた時、小生の警察不祥事に関する質問に対して、文書で回答してくださいました。政治家や官庁は絶対と言って良いほど我々の質問や抗議に対して文書回答はしないものです。

平沼赳夫氏が筋を通されたのは立派でした。西村眞悟氏がメールで絶賛し「平沼先生天晴れ」と書いてゐました。平沼氏・西村氏などが中心となり、真の保守政治家を結集して欲しいと思ひます。それに安倍晋三氏が加わればと思ひます。

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2005年10月13日 (木)

日誌十月十二日

終日自宅で、原稿執筆及び明日の『萬葉會』での講義準備。

『萬葉集』巻頭に収められた雄略天皇御製を勉強しました。「籠もよ み籠持ち」で始まる有名な御歌です。

農作業にいそしんでゐる乙女に、雄略天皇様が「つまどひ」をした時の御製です。

おほらかで明るいお歌です。大和の國は天皇が治められる国であること、そして農作業は神聖な行事であるから、それに従事する人に対しては、天皇も尊敬しなければならないといふことが歌はれてゐます。

雄略天皇は『日本書紀』にたくましき天皇と記され、且つ、「大悪天皇」とも記されてゐます。しかし、一方でこの御製のやうな明るく麗しいお歌を詠まれたのであります。

『萬葉集』が天皇御製から始まるのは、この歌集が、天皇国日本の永遠の隆昌をことほぐ歌集であるといふ基本的性格を示してゐます。

『萬葉集』に関心のある方はどうぞ、小生の主宰する勉強会にご参加下さい。

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2005年10月12日 (水)

日誌十月十一日

午後は、ある同志の事務所訪問。懇談。

午後三時より、衆議院第二議員會館にて、「時局戦略懇話會」開催。靖国神社問題、人権擁護法問題、皇室典範改正問題などについて討議。

午後六時より、「九段下沙龍」開催。石原慎太郎氏の東條英機元総理自決未遂事件に対する発言問題、堀江貴文の皇室軽視発言問題などについて討議。

帰宅後、原稿執筆。

色々取り組まなければならない問題が多くなってゐます。どれも非常に重大な問題です。自由民主党は、一応保守政党といふことになってゐますが、何を保守するのかが問題です。憲法改正問題一つとってみても、現行憲法の基本原理を踏襲するといふのではお話になりません。日本国の道統・國體・歴史に対する正しい認識が基本的に欠けてゐる政治家が多くなってゐます。といふよりも、正しき國體観・歴史観を持ち、日本の道統を継承する政治家がきはめて少なくなってゐることに危機感を覚えます。平沼赳夫・安倍晋三両氏に期待してゐるのですが…。

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2005年10月11日 (火)

日誌十月十日

終日原稿執筆。

数日前の本欄で、『論語』のことについて記しましたが、支那の民衆は長い間識字率がきはめて低かったので『論語』に讀解してゐなかったのではないでせうか。『論語』は支那の支配階級に属する人々の道義書であったと思はれます。

道義道徳が実行されてゐない支那は「論語読みの論語知らず」の國であるともいへますが、毛沢東独裁体制下の支那においては『論語』及び孔子は散々批判されてゐたのですから、民衆には殆ど読まれなかったでせう。ゆへに今日においても、支那の民衆が『論語』のことを正しく理解してゐる人は少ないと思はれます。

むしろ、わが国において、『論語』だけでなく、支那の古典が多く読まれ理解されてゐると思ひます。何しろ徳川幕府時代は、儒教が官製の学問として尊ばれてゐたのですから。

以前、かなり有名な支那問題の専門家が「中国の政治家は普段は聖人君子のやうに振舞ってゐるが、突然きはめて残虐になる」と私に語ったことがあります。私は蒋介石のことを言ったのかと思ひました。たしかに、台湾における二・ニ八事件、北京における二度にわたる天安門事件などを見ますと、支那の支配者は言う事をきかない民衆に対して残虐無比なる弾圧を加へ虫けらのやうに殺します。

いまや、仏教にしても、儒教にしても、一番実践されゐる國は我が日本であります。日本は、神道といふ傳統信仰を基本に置きながら、外来思想・宗教を自己のものとして来たのであります。

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2005年10月10日 (月)

日誌十月九日

終日在宅して資料整理・情報カード整理・読書をして過ごしました。

天皇・国家・憲法をテーマとした原稿を書くためです。

『大統領制にした方がいい。いまの天皇制に違和感がある』とか『中国に謝罪せよ』などと、民主党左派・社民共産両党のやうな発言を公然と行った堀江貴文を、自民党が支援し、且つ、党の運営に関はらせやうとしてゐることに危機感を覚へます。この「日誌」でも何度か書きましたが、自民党が選挙で圧勝しただけに、この問題は看過できません。

小泉執行部が今噛みしめるべき言葉は、『奢るなよ 月の丸(まろ)さも ただ一夜』でせう。

天皇を君主と仰ぐ日本國體を護持し、その真姿を開顕する事のために努力したいと思ひます。

このホームページの「コラム欄」に掲載しました東條英機元総理自決未遂事件に関する石原慎太郎氏への小生の批判文について、何人かの方々から同感の意見をいただき嬉しく思ってをります。

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2005年10月 9日 (日)

日誌十月八日

終日、原稿執筆及び資料整理をして過ごしました。

大変畏れ多いことですが、皇位継承問題について書かせていただきます。

報道によりますと、政府の『皇室典範に関する有識者会議』の吉川弘之座長が、「(皇族から)意見を聞くことは憲法に反する。象徴天皇制のいまの制度ではできない」と表明したそうです。

これはとんでもないことだと思ひます。天皇様は、信仰共同体である日本国の祭祀主であらせられるのです。権力機構としての国家の権力者ではありません。天皇の御地位や皇位継承について、権力機構としての国家の行政府が決めるべきでは絶対にありません。祭祀主であらせられる天皇様の大御心に帰一しそれに遵ふべきであります。占領軍に押し付けられた占領憲法などに拘束されて、天皇の大御心を無視するなどといふことは許されません。

天皇陛下は、日本伝統精神の体現者であらせられます。信仰共同体日本・祭祀国家日本の根本の関することは、天皇の大御心に随順し奉ることが、日本國體の永遠の隆昌の基本であります。天皇は祭祀主であらせられ、権力者ではないのですから、天皇の大御心に随順するといふことは、権力者に服従するのとは全く異なります。

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2005年10月 8日 (土)

日誌十月七日

午後、ある先輩の事務所を訪ね、懇談。

夜は、原稿執筆。

『論語』に、「父母の年は知らざるべからず、一は則ち以て喜び、一は則ち以て懼(おそ)る」とあります。「父母の年は何時も知ってゐなければならない。一つには父母の長寿を喜ぶためであり、一つには年老いたことを心配するためである」といふほどの意です。

孔子の言葉は実に含蓄があり、実行しなければならないことばかりです。わたくしの父母も、すでに八十半ばを過ぎてをります。まさに長寿を喜んでをりますが、また一方で、体が弱くなってゐることを心配してをります。何時までも元気で長生きしてくれるやうに祈ってをります。

このやうな素晴らしい教へを説く儒教を持ちながら、なにゆゑ今日の支那はあのやうな國になってゐるのでせうか。なにゆゑ日本に来て罪を犯す支那人が多いのでせうか。不思議です。

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2005年10月 7日 (金)

萬葉集勉強会

今月の「萬葉會」は、第二水曜の十月十三日に変更になりました。

「萬葉古代史研究会」は、いつも通りの第三水曜日で、十月十九日です。

詳しくは、「活動予定」欄をご覧下さい。

皆様のご出席をお待ちしてをります。

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日誌十月六日

終日在宅し、原稿執筆。

急遽依頼され、『皇位継承問題』について書いてゐます。

テレビ報道によると、北朝鮮の金正日の後継者に金正男がなるといふ情報が流れてゐるとのことです。その理由がふるっていて「人生経験が豊富だから」といふのです。たしかに金正男は人生経験が豊富でせう。我が国に何回も不法入国を繰り返し、国民が餓死してゐるといふのに、ブランド品をたくさん身につけキンキラキンの格好をし、女性二人を引き連れて、東京ディズニーランドへ行くとか言って不法入国しやうとしたのですから…。また、麻薬や武器の取引をして外貨獲得をしてゐるといふ噂もあります。

とにかく、北朝鮮はまともな国ではありません。近代国家なとどとはとても言へないと思ひます。こんな国と外交交渉をすること自体間違ってゐると思ひます。経済制裁を行なひ、それでも金正日専制支配体制が崩壊しない場合は、アメリカと協力して軍事制裁を加へるべきと思ひます。

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2005年10月 6日 (木)

日誌十月五日

午後は、原稿執筆(中村武彦先生への追悼文)。書類整理など。

午後五時半より、新日鉄代々木倶楽部にて、日韓文化協会主催「特別セミナー・日米同盟と六カ国協議の行方」開催。倉田信靖会長が挨拶。

森本敏拓殖大学教授が講演しました。「九月の六ヶ国協議は何も決まってゐない。共同声明は枠組みであり、具体的内容は十一月以降の協議次第」「北は外貨・食糧・エネルギーが逼迫してゐる。特に食糧は抜き差しならぬ状態」「世界最大のプルトニウムを持ってゐるのは日本」「アフガンのカルザイ政権は米欧軍が引いたら一ヶ月ともたない」「総選挙の後、官邸の言ふ事は全て通るやうになった。自民党の部会では何の反対意見も出ない。北朝鮮の労働党とあまり変らなくなったのではないか」などと語ったのが印象に残りました。

帰宅後、原稿執筆(皇室典範改正問題)。

忙しい一日でした。我ながら良く頑張ると思ひます。体力・精神力は続いてゐます。問題は財力です。呵々。

何しろ、綿貫・亀井・平沼といふ反小泉の大物を党外に追放し、経世会を弱体化し、民主党を大敗させたのですから、小泉は大したものです。小泉ハリケーンとは良く言ったものです。しかし、それが国家・國民のために吉なのか凶なのか。それが問題です。

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2005年10月 5日 (水)

日誌十月四日

午後十二時半より、日本財団ビルにて、「虎の門道場」開催。稲垣大紀氏が『南京事件』について講演しました。「被害者の上限は四万人。これ以上は考へられない。減る可能性あり」「主に中国兵に対する処刑であり、一般住民を殺し尽くしたのではない」「南京攻略は上海戦の直後に行はれたため、日本兵は疲労してゐた。また一番乗りの栄誉を獲得せんとして焦ってゐた。」「中国軍司令官・唐智生が部下や市民を見捨てて脱出した」「資料を発掘し、冷静に読み解くことが大事。歴史の真実は一つ。」と語りました。

小生曰く「四万人の被害者といふが、日本と支那は戦争をしたのであり、相手国の首都攻略戦で四万人の死者が出るのは当然であらう。決して日本軍の犯罪行為ではない。虐殺・被害者といふ言葉の定義を明確にすべきである。長崎・広島への原爆投下、東京大空襲などこそアメリカ軍による大量虐殺以外のなにものでもない。しかし、アメリカの戦争犯罪は追及されてゐない」

午後三時より、九段會館にて、「山紫会」開催。板垣正氏が挨拶された後、西尾幹二氏が講演。「日本の政教分離は異常。欧米は、傳統信仰と政治の関係はゆるやか。ドイツにはキリスト教民主党といふ政党がある。日本にも、神道自由党といふ政党があっていい。カトリックとの戦ひがフランス革命だったので、フランスでは政教分離が厳格。」「日本は注連縄を張る範囲内を神域とする。つつましい。一神教は地球の果てまで布教する。日本近代はキリスト教が国家を利用したことを真似た」「日本文化は森林と石清水の中から生まれた。人に対するやさしさ、規律正しさ、緻密さ、礼節といふ美点がある。それを象徴してゐるのが皇室」「女性天皇を認めると三十年後に天皇制はなくなる。愛子天皇は万世一系ではないといふことになる」「小泉は横須賀育ちだからアメリカに弱い。株の持ち合ひ・談合・終身雇用は、良い事なのであり、これをアメリカは悪いことだと言って、日本の良さを壊してゐる」「小泉の言ふ官から民への民はアメリカ市民のこと。郵貯・簡保の金をアメリカに流す」と語った。

小生曰く「女性天皇を認めると天皇制がなくなり、愛子天皇は万世一系ではないとは、いかなる根拠に基づくのか。そもそも『天皇制』は共産党用語である。天皇中心の國體が破壊されたら日本はまさしく日本でなくなる。すなはち日本といふ国家が消滅するのである。西尾氏はご自分の発言に責任を持つ方であらうから、女性天皇のご即位には命懸けでこれに反対されるのであらう」

午後六時半より、日本財団ビルにて、「北京・東京フォーラム」開催。印象に残った発言は次の通り。<安斎隆アイワバンク銀行社長>「社会主義市場経済の『社会主義』とは中国的といふこと。お互ひの存在が無視できなくなったから日中関係は悪化した」<小島明日本経済研究センター会長>「中華人民共和国の建国の歴史は抗日から始まってゐる」

共産支那とは徹底的に対決するのか、それとも適当にに付き合ふのか、属国になり下がるのか、三つに一つの道がある。属国になるのは絶対に嫌である。適当に付き合ふなどといふ芸当はできないだらう。やはり徹底的に対決するしかないのであらうか。徹底対決とは武力行使も含まれるだらう。となると、日本も核武装をしなければならない。

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2005年10月 4日 (火)

日誌十月三日

午後は、永田町にて会議。

総選挙後初めて衆議院第二議員會館に行きました。

小生の永年の同志である渡辺篤氏が当選しましたので、そのお祝ひのためです。渡部氏は大変な愛国者です。国政における獅子奮迅の活躍が期待されます。

かねてより、会津で会った時も、電話で話した時も、議員会館で会いませうと言ってゐたので、今日議員會館の渡部氏の部屋で握手をした時は大変感激しました。

今回は比例での当選でしたが、選挙区では相手候補の渡部恒三氏と六千票差でしたので、次の選挙では小選挙区で当選する可能性大です。

議員会館の中を歩くと、ずいぶんと部屋のあるじが変っていることを実感しました。それだけ落選したり引退した人が多かったのです。

自民党の武部幹事長と堀江貴文氏が会談し、自民党の広報戦略や組織活動や政治資金調達について堀江氏が協力することになったといふ。堀江氏は我が国を「大統領制にしたい」と言った人物である。そして、天皇・皇室を無視するかのやうな発言をした男です。日本國體を解体するにひとしい思想を持ってゐる人物に、政権政党が協力を要請するなどといふことは以ての外のことであります。許し難いと思ひます。

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2005年10月 3日 (月)

日誌十月二日

終日在宅して、書状作成、資料整理などをして過ごしました。日曜でなければできない仕事も多いのです。小生のやうな者には、まるっきりの休日といふのは殆どありません。

三島由紀夫氏は、『東大全共闘との討論を終へて』といふ文章で、「人は敵を愛することはできるが、背いた友を愛することはできぬ」と書いてゐます。まったくその通りと思ひます。小生の運動体験から言っても、同じ思想信条を持ってゐても、否、持ってゐればゐるほど、お互ひに背信行為をしたとか裏切ったと思ふ者同志の対立・闘争は深刻になります。多くの宗教団体が、口では『平和』や『文化』や『愛』や『慈悲』や『許し』を説きながら、分裂や内部抗争を繰り返してゐます。

これを近親憎悪といふのでせう。世界の共産主義革命運動の歴史もまさに近親憎悪の歴史だったと言っても誤りではありません。毛沢東と劉少奇、スターリンとトロツキー、宮本顕治と袴田里見、革マルと中核の争ひを見れば明らかです。創価学会による日蓮正宗・竹入義勝氏・矢野絢也氏攻撃も、「人は敵を愛することはできるが、背いた友を愛することはできぬ」の典型です。

何年か前の『朝生』のパーティーで、共産党の上田耕一郎氏のところに自民党の戸塚進也氏が寄って来て二人で何やら楽しげに話してゐました。そこに新左翼系の弁護士・故遠藤誠氏が来て、上田氏に「あんたは国際派だった」と大声で言ひました。上田氏は嫌な顔をしてゐました。

政治運動・宗教運動は、人々を幸福にすることが目的なのでせうが、むしろ、人を不幸にする闘争の歴史であったといふことができます。そしてそれは今後の世界においてもまだまだ続くどころか激しくなりそうです。

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2005年10月 2日 (日)

日誌十月一日

午後二時より、プレスセンターにて、「アジア問題懇話會」開催。

北村稔立命館大教授が講演しました。「一九二十年代に青年毛沢東は『中国を救ふ』と言った。しかしその八十年後の今日、多くの青年が中国に失望して海外に流れ出てゐる。」「中国は社会主義の衣を着てゐるが内実は封建王朝。人治や官僚の横暴は中国の本質。」「中国共産革命は、莫大な犠牲を払ったのに中国伝来の封建体制を再生産した」「中国における歴史の叙述は権力者にとって都合の悪いことは捨てる。政治権力が自分たちの正当性を主張するために歴史を叙述する。そんな国との歴史の共同研究は難しい」と語ったのが印象に残りました。

わが國民の共産支那に対する誤れる贖罪意識と支那文化に対する誤れる憧れが、対支那外交や対支那交流をおかしくしてゐると思ひます。これを払拭することが先決です。

「しきしまのやまとごころを人問はば蒙古の使ひ斬りし時宗」といふ歌がありますが、北条時宗のやうな政治家・外交官の出現が望まれます。何も支那と戦争をせよといふのではありません。もっと気概のある正々堂々とした対支那外交が行はれるべきであります。

靖國神社総理参拝について、おかしな傍論が書かれた判決がありました。根本は、日本の歴史伝統・宗教風土と相容れない「政教分離規定」のある「現行占領憲法」がおかしいのです。

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2005年10月 1日 (土)

日誌九月三十日

月末ですので、午前から午後にかけて色々月末だからしなければならないことに追はれました。

午後は、中村橋にある練馬区立美術館で開催されてゐる「佐伯祐三展─芸術家への道」を参観しました。佐伯祐三は、昭和三年に三十歳でフランスで亡くなった洋画家です。制作期間は非常に短かったのですが、大変気迫のこもった作品を残しました。その佐伯の作品の殆どが展示される展覧會はこれが初めてだと思ひます。

どの作品も、絵の中に引きずり込まれるやうな迫力があります。日本には多くの洋画家がゐますが、小生はこの人が一番だと思ひます。

佐伯祐三は、わたくしの文芸上の師である故中河與一先生と交遊がありました。大正十五年から昭和元年のかけての頃のことです。中河宅の応接間には、佐伯が中河先生を描いた「恐ろしき顔」といふ絵が飾ってありました。また中河先生の著書の装丁もしました。

中河先生はご自身も若きころ画家を志されました。その関係からかレオナルド藤田や木村忠太など画家との交流が多かったやうです。

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