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2005年9月 1日 (木)

日誌八月三十一日

原稿執筆のための資料及び読書カード整理。

「尊皇」と「忠君」とは基本的に異なる。「尊皇」とは、現御神日本天皇への限りなき仰慕の心である。それは、神話の世界から継承されて来た精神である。

「忠君」とは、本来支那から入って来た道義精神で、封建領主とそれに仕へる武士との間の道義精神である。言ひ換へると権力者とそれに支配される者との関係における道徳である。記紀萬葉には「大君のみことかしこみ」といふ言葉はあったが、「忠君」といふ言葉はなかった。

明治以後になって、「尊皇」と「忠君」とが同じであると考へられるやうになり、『忠君愛国』といふ言葉も生まれた。この場合の「君」とは天皇様の御事である。

『忠君愛国』といふ場合の、『忠君』とは、徳川時代の封建支配体制下における儒教的意味の『忠君』ではないことを正しく認識すべきである。

われわれ日本人は、儒教的「忠君論」を超克し純化し、純日本的尊皇精神に立たねばならない。

詳しくは次号の『政治文化情報』で論じさせて頂きます。

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