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2005年9月19日 (月)

日誌九月十八日

終日原稿執筆。

東條英機元総理の自決について書いてゐます。

石原慎太郎氏と佐々淳行氏は、殺傷能力のない玩具のやうな二二口径を使用したと言ってゐますが、どのやうな資料・書籍を読んでも、使用した拳銃は二二口径ではなく三三口径であったと書かれてゐます。

東條氏には、多くの批判があります。憲兵や特高警察を使った弾圧は小生も許し難いと思ってゐます。特に、東條さんに反対した人を前線に送るといふいはゆる「懲罰召集」は、大東亜戦争への冒涜です。

しかし、覚悟の自決をしやうとしたことは事実です。これを否定することはできません。また、東京国際軍事裁判における東條さんは立派だったと思ひます。

戦争行為の継続である軍事裁判の結果処刑された人は、やはり戦死者であり、靖国神社に合祀されて当然です。

東條さんの遺詠を記します。

「たとへ身は 千々に裂くとも 及ばじな 栄えし御世を 堕せし罪は」

かくの如き切実な反省をし、且つ、覚悟の自決をしやうとし、つひに敵國によって処刑された人を貶めることはできないと思ひますが、如何でせうか。

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