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2005年9月30日 (金)

日誌九月二十九日

今日は在宅して原稿執筆、資料整理、書状作成などを行ひました。

最近読んだ本は、和辻哲郎氏の「風土」「イタリア古寺巡礼」と、梅原猛氏の「天皇家のふるさと日向をゆく」です。どちらも大変勉強になりました。

日本と西洋や支那の風土の違ひが、文化・文明の違ひとなってゐるといふことなのでが、特に西洋の宗教弾圧・宗教戦争の凄まじい歴史は日本では考へられないことです。キリスト教の歴史は凄まじい戦ひの歴史です。また自然観も人間観も大きく異なります。日本と支那とも風土が異なってゐます。同文同種などといふことは全く嘘なのであります。ただ、日本人が優秀でり包容力があるために、支那や西洋の文化・文明を摂取するのが上手なのだと思ひます。

日本と西洋や支那との基本的違ひを正しく認識すべきです。そして日本の伝統精神を正しく把握しそれに立脚して生きて行かないと、今後の日本は大変なことになると思ひます。日本は今後、アメリカと支那との狭間にあって独立を維持していかねばならないのですから。

梅原氏の本を読んで、あらためて皇室の歴史は、天孫降臨はじまり、皇室のふるさとは日向であるといふことを認識しました。これは考古学的にも裏付けられつつあります。皇祖は天照大御神であらせられ、皇宗は邇邇藝命以来の御歴代の天皇であります。井上毅は、皇祖を神武天皇としたのですが、これは大きな誤りです。神話の神々そして日向三代の皇統を否定することとなります。詳しくは「政治文化情報」をご覧下さい。

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2005年9月29日 (木)

日誌九月二十八日

午後二時より、プレスセンターにて、『マスコミ総合研究所研究会』開催。

屋山太郎氏が講演し、「日本企業はヤオハンや許文龍みたいに中国にしてやられる。東アジア共同体は中華圏に日本を引きづり込み日米離間を図る謀略。」「村上正邦は無罪になる可能性あり」「小泉の喧嘩殺法に亀井はしてやられた。」「小泉は経世會・解同・朝鮮総連を瓦解させた」「日中友好会館で葬儀をした後藤田はとんでもない奴」「官僚が立法府・行政府を握ってゐるといふ実態は未だ変ってゐない」「小沢一郎は政局の人であって政策の人ではない。小沢はもうオシマヒ」と語ったのが印象に残りました。

解同と朝鮮総連が瓦解したかどうかはわかりませんが、経世會は小泉氏によって瓦解されつつあることは確かです。小沢一郎が豪腕といはれましたが、小泉氏こそ本当の豪腕政治家でした。しかもやり方が正攻法ですっきりしてゐるやうに見えるから国民的人気があるのだと思ひます。

石原慎太郎氏に、東條英機元総理の自決未遂に関する「質問書」を提出しました。

夜は、原稿執筆。

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2005年9月28日 (水)

日誌九月二十七日

午後一時より、虎の門道場に出席。この会合は、東京財団が主催する講演會であります。

今日は、田代秀敏氏が「現代中国の深層」と題して講演しました。なかなか充実した内容で勉強になりました。「日本と中国は、経済面では相補関係にあるが、文化・文明の面では全く異質」「日本人は日本の尺度で中国を計り幻想を抱き裏切られ嫌ひになってゐる」「中国人は韓国人をまるっきり馬鹿にしている」「中国の少子高齢化は日本以上に深刻」「文化大革命は半分以上の国民が字が読めない時代に起きた」「「日中友好は絶望的」と語ったのが印象に残りました。今のままの支那共産政権とはとても友好関係をむすぶことはできません。支那の石油盗掘(石油を盗むことを盗掘と言って良いのかどうかわかりませんが…)を制止すべきです。

その後、出光美術館で開催されてゐる『京の雅ぴ・都のひとびと─琳派と京焼』展参観。

夜は、原稿執筆。(萬葉集講義の文章化)。

マスコミによる新人議員のアラ探しが始まりました。確かに問題のある人もゐるでせうが、それでは二世議員や官僚上がりの多い今までの政治家はみんな立派なのでせうか。新人議員にはそんな連中よりも新鮮な人が多いのではないでせうか。

杉村太蔵議員を批判する人もゐるやうです。小生は好感を持ってます。普通の青年の感覚で政治家を続けてもらひたいと思ひます。杉村氏を候補者にした武部幹事長批判が起こるのを恐れて「反省記者会見」をさせましたが、痛々しい思ひで見てゐたのは私一人ではないでせう。

それよりも、「大統領制にすべきだ」と言った堀江貴文を自民党武部執行部が推薦したことの方が重大な問題です。

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2005年9月27日 (火)

日誌九月二十六日

終日、原稿執筆・資料整理・書状作成。

室生犀星の詩に「ふるさとは遠きにありて思ふもの」といふ言葉がありますが、小生は今住んでゐる文京千駄木の地が「ふるさと」であります。

厳密にいふと、出生地は父母の疎開先であった山梨県なのですが、生後すぐ東京に戻りましたので、山梨の記憶はまったくありません。

五十八年間千駄木で生活して来ました。これから此処から他所に引っ越すともまずないでせうから、一生この地で過ごすことになりそうです。実は、母親も千駄木で生まれで八十六歳の今日までこの地で過ごしてゐます。

千駄木は、文字通り「住めば都」でしてなかなか良い町です。下町情緒もあり近くには根津神社・谷中墓地など名所旧跡も多いのです。森鴎外・夏目漱石・児玉希望(日本画家)・高村光太郎千恵子夫妻・宝井馬琴・大平正芳などが住んでゐました。古今亭志ん生・金原亭馬生・古今亭志ん朝親子もゐました。

面白いことに、戦前には内務省警保局長(今の警察庁長官)官舎があり、且つそのすぐ前に共産党指導者の宮本顕治・百合子夫妻の家がありました。弾圧する方とされる方が目の前に住んでゐたのです。

戦後は、自治大臣国家公安委員長公邸も一時ありました。警察庁官舎もあり、小生の同級生には警察官僚の子供さんが何人かゐました。

「谷中根津千駄木」などといはれて、日曜日には散策する人が多いのです。どうか一度おいで下さい。御案内致します。(ただし、小誌「政治文化情報」購読者に限る)

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2005年9月26日 (月)

日誌九月二十五日

終日、資料整理およひ原稿執筆、そして書状作成をして過ごしました。

現下日本は、敗戦以来そして近代化以来の根本的矛盾がいっぺんに噴出してきているやうに思へます。

日本の存立基盤にかかはること、とりわけ「皇位継承」の議論について、これからますます問題が大きくなるのではないかと心配しております。

この事で、國體護持勢力が真っ二つになって相争ふ事態になりつつあるのは本当に心配です。さうしたことを喜ぶのは、國體破壊勢力です。

日本の傳統的な「國體観」「人間観「神観」に回帰することが肝要と思ひます。人間を単なる肉体ととらへ、しかも外来思想・宗教の女性蔑視思想に影響されてはなりません。

染色体などといふ事を持ち出すのは、人間を単なる肉体的存在だと思ってゐるからではないでせうか。人は、「日子」であり「日女」であります。天照大御神の分靈であります。まして、邇邇藝命以来の皇室の血統を継承される方は、男性であられやうと女性であられやうと、神の御子であらせられるのですから、女性が皇位につかれて皇統を継承されてもなんの不思議もありません。生物學的血統論のみで「皇統」を論じるべきではないと思ひます。

つまり、男系の男子が皇統を継承されるといふ神武天皇以来の傳統はでき得る限り守られるべきですが、万々が一、女系の御子が皇統を継承されても、「皇統断絶」とはならないと思ひます。

詳しくは『政治文化情報』今月号をご覧下さい。

小生の議論も、あるいは間違ったところもあるかと存じます。その場合はどうぞ、御指導下さいませ。

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2005年9月25日 (日)

日誌九月二十四日

終日原稿執筆。

「悪が栄えたためしはない」「因果応報自業自得」「剣を持つ者は剣にて滅びる」などの言葉があります。悪いことをすれば必ずその報いがあるといふ戒めの言葉だと思ひます。

しかし、つらつら思ひますに、旧ソ連のスターリン、共産支那の毛沢東、そして北朝鮮の金日成は、あれほど人を殺し粛清と独裁政治で民衆に地獄の苦しみを味はせたにもかかはらず、天寿をまっとうしました。これは本当におかしいと思ひます。しかし、きっとこの三人はあの世に行って報いを受けてゐるのでせう。

この三人は共産主義者であり共産国家の独裁者です。共産主義といふものがいかにひどい思想であるかは、歴史が証明してゐます。にもかかはらず、いまだに共産主義・社会主義を肯定するサヨクが日本国内にゐます。さういふサヨクたちは、東條さんを戦争犯罪人として弾劾してゐます。

また、共産支那は東條さんを縛りあげた銅像まで造って子供たちに唾をかけさせてゐます。数千万人にのぼる自国民を殺した毛沢東の残虐さを子供たちに教へず、他国の指導者を侮辱してゐるのです。共産主義体制維持のために反日を煽動してゐることは明白です。北朝鮮も同じです。

わが國は共産支那や北朝鮮の歴史の捏造をこそ糾弾すべきです。

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2005年9月24日 (土)

日誌九月二十三日

今日はお彼岸の中日でしたので、都内にある菩提寺の先祖のお墓にお参りしました。

先祖のお墓にお参りをしますと、本当に心が落ち着きます。お墓を清め、お花とお線香をそなへ、家族をお護り下さいとお願ひをしました。

また、ご住職の奥さまにもお礼の御挨拶をいたしました。

お彼岸とかお盆といふ行事は、日本人の先祖の御靈を尊ぶ精神の表れです。敬神崇祖といふ言葉がありますが、神様を敬ひ、先祖の靈を尊ぶといふのは、太古からの日本人の美風であると思ひます。

私宅近くには、谷中の墓地があります。今日はそこに多くの人々がお参りに来てゐました。また、私宅近くでは、夏から秋にかけては、お祭りも多く、日暮里の諏訪神社、本駒込の天祖神社、根津の根津神社と祭礼が続きます。

あらためて、日本の国に生まれてきて良かったと実感しております。日本の平和が長く続くことを祈ります。

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2005年9月23日 (金)

日誌九月二十二日

昼に、東京駅で北海道から来た同志先輩にお会ひし、色々懇談しました。北海道の不景気は相当深刻なやうです。この方は、鈴木宗男氏に期待してゐました。一方、武部勤幹事長のことは全く評価してゐませんでした。「大した人物ではないので、小泉は使ひやすいと思って幹事長にしたのだらう」と言ってゐました。武部氏が、吉田ワンマンの下で権勢を誇りやがて失脚した広川弘禅のやうな人にならなければ良いがと思ひます。

午後から深夜までは、原稿執筆。

今月号の『政治文化情報』について、お手紙やお電話を頂戴してゐます。皆様が読んで下さり、感想を述べて下さることは、有難いことです。

天皇論、皇室論ついては、それを論ずる人の國體観・天皇観そして人間観、神観がいかなるものであるかが、きはめて大切であります。

また、皇位継承について、國體護持を念ずる人々の論議が真っ二つに割れてしまふことを一番喜ぶのは、國體破壊勢力であります。冷静な論議が望まれます。

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2005年9月22日 (木)

日誌九月二十一日

午後は、ある会合に出席してスピーチをしました。

アメリカ覇権主義と中華帝国主義の狭間にあり、さらに、反日国家・南北朝鮮にも対処しなければならないわが國において、維新勢力の使命は重大であるといふことを論じました。明治維新の大変革に学ぶべきです。

午後七時より、『萬葉古代史研究会』にて、萬葉集巻十一の「正述心緒歌」を講義しました。

後藤田正晴氏が逝去しました。死者に鞭打つことは差しひかへたいのですが、この人に対して私は大きな批判を持ってゐます。そもそも、警察庁長官経験者でありながら、金権政治家田中角栄の番頭をつとめたことに大きな憤りを覚へます。そしてそのことへの批判をかはしマスコミ受けを狙ったのだと小生は思ふのですが、「反戦平和」「ハト派」のポーズをとったことにも嫌悪感を覚へます。

即ちこの人は、日本国に害を及ぼしたことはあっても、何の貢献もしなかったといふことであります。筑紫哲也のやうなサヨク的人物に誉められるといふことがそれを証ししてゐます。

「カミソリ後藤田」だなどといはれてゐますが、この人が本当にしっかりとした人物だったのなら、警察不祥事は起こってゐないはずです。

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2005年9月21日 (水)

日誌九月二十日

終日資料整理。

名前は忘れましたが、当選するなどとは全然思ってゐなかった青年が、当選した後、マスコミの取材に対して、歳費・文書費が高額なことや、鉄道もグリーン車にタダで乗れることなどに対する驚愕の思ひをしゃっべてゐました。これに対して、武部幹事長が『余計なことをしゃべるな』と注意したさうです。森元総理も例によって、他からの批判が出る前にパーティーで批判をしてゐました。

しかし、その新人議員は普通の青年が急に議員になったのですから、普通の青年の感想を素直に話しただけでせう。むしろ微笑ましいことだと私は思ひました。とがめだてする方がおかしいと思ひます。

国会議員は、様々な特権を持ってゐるのですから、それに見合ふだけのことはしてもらわねばなりません。それにしても、議員會館の中や選挙の宣伝カーの中で覚醒剤を吸引してゐた議員がゐたといふのですから国会議員の質の低下はひどいものです。

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2005年9月20日 (火)

日誌九月十九日

午後は、原稿執筆。

夜は資料整理。

アメリカのハリケーンは何故女性の名前が付けられるのでせうか。アメリカ占領中にわが国を襲った台風にも、女性の名前がつけられました。

アメリカはレディファーストの国、女性を大切にする国といはれますが、災害をもたらすハリケーンや台風に女性の名前を付けるといふの一体どういふことなのでせうか。

女性を怒らせるとハリケーンのやうに手がつけられないくらいの猛威をふるひ、男性が相当な被害を蒙るといふことなのかと愚考します。

戦前の日本は、男性が威張ってゐて女性の人権は侵害されてゐたといはれますが、『うちの女房にゃ髭がある』といふ歌謡曲がヒットしたのですから、実態はさうでもなかったのではないでせうか。

真紀子台風<田中>、清美台風<辻元>、たか子台風<土井>といふ名前をつけるのも一興かと存じます。

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2005年9月19日 (月)

日誌九月十八日

終日原稿執筆。

東條英機元総理の自決について書いてゐます。

石原慎太郎氏と佐々淳行氏は、殺傷能力のない玩具のやうな二二口径を使用したと言ってゐますが、どのやうな資料・書籍を読んでも、使用した拳銃は二二口径ではなく三三口径であったと書かれてゐます。

東條氏には、多くの批判があります。憲兵や特高警察を使った弾圧は小生も許し難いと思ってゐます。特に、東條さんに反対した人を前線に送るといふいはゆる「懲罰召集」は、大東亜戦争への冒涜です。

しかし、覚悟の自決をしやうとしたことは事実です。これを否定することはできません。また、東京国際軍事裁判における東條さんは立派だったと思ひます。

戦争行為の継続である軍事裁判の結果処刑された人は、やはり戦死者であり、靖国神社に合祀されて当然です。

東條さんの遺詠を記します。

「たとへ身は 千々に裂くとも 及ばじな 栄えし御世を 堕せし罪は」

かくの如き切実な反省をし、且つ、覚悟の自決をしやうとし、つひに敵國によって処刑された人を貶めることはできないと思ひますが、如何でせうか。

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2005年9月18日 (日)

日誌九月十七日

午前中より、『政治文化情報』十月号の発送作業。午後には完了。購読者の皆様には火曜(二十日)には届くと思ひます。

午後六時より、原宿東郷神社境内の水交會にて開かれた『憲法問題研究会』に出席。

現行憲法改正か、帝国憲法復元か、自主憲法制定かといふ論議も出ました。現行占領憲法無効・帝国憲法復元改正が理想ですが、実現の可能性の問題があります。

しかし基本的には、内容も制定過程も戦勝国アメリカの押し付けである現行憲法の全面否定でなければなりません。現行憲法の三原理を肯定した上での憲法改正は論外です。特に国民主権論は絶対に不可です。

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2005年9月17日 (土)

日誌九月十六日

午後は、資料整理。

夜は、『政治文化情報』十月号発送準備。

テレビで菅直人氏が「小泉政治が続くと、『゙ホリエモンかホームレスか』といふ世の中になる」と言ってゐました。確かにさういふことは言へると思ひます。リストラといふ言葉は恐らく英語なのでせうが、何か良い事のやうに使はれています。日本語でいへば「人員整理」あるいは「首切り」です。勤労者の職を奪ふといふことです。

昔なら大量首切りが行はれれば、労働組合が猛烈に反対してストやデモが頻発しました。今は、その労働組合も既得権益を守る組織のやうに言はれ元気がありません。

昔、三池争議で世の中が騒然としてゐた時、小生は小学生でしたが、愛国党の赤尾敏先生に電話して、「労働組合なんてない方が良いと思ひます」と言ったら、赤尾先生は「それは間違ひだ。労働組合は必要だ。ただ赤旗を振るのがいけないんだ。日の丸を振る労組でなければならない」と言はれました。

小生は、勿論反共産主義です。しかし、日本が優勝劣敗、強い者勝ちの世の中になり、アメリカのやうな、ハリケーンなどの大災害が起こると貧乏人・弱者・敗者が見捨てられてしまふ世に中にしてはなりません。

さういふ意味でも、いま日本は大変な分岐点に立ってゐると思ひます。今回の自民党の勝利を小泉ハリケーンと言った人がゐますが、ある程度当ってゐると思ひます。

『天孫降臨の神話』を拝して明らかにやうに、天皇を君主と仰ぐ日本国は、民の幸福と五穀の豊饒を実現する事が最大の目的とされてゐます。

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2005年9月16日 (金)

日誌九月十五日

午後一時半より、豊島区の千早社会教育會館にて「萬葉會」。萬葉集巻十一の作者未詳歌を講義。

萬葉集の歌を読むと本当に心がやすらぐ。できれば、萬葉集の勉強のみをしていたいと思ふ。しかし、祖国の現状を見るとさうはいかないのであります。

夜は、原稿執筆。東條元総理の自決未遂事件について書く。

色々文献を調べてゐるが、石原氏の「東條氏は殺傷能力がない二二口径のピストルを使った」といふ主張は、全く事実無根のやうである。石原氏は何を根拠にそのやうなことを言ってゐるのか。それが問題です。

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2005年9月15日 (木)

日誌九月十四日

午後は、明日の『萬葉會』講義の準備。

夜は、原稿執筆。石原慎太郎氏・佐々淳行氏の東條英機元総理誹謗発言を糾弾する文章で゚す。

国家安全保障・外交問題・危機管理で正論を吐露する二人を批判したくはないのですが、歴史問題の根幹に関はることであり、止むを得ません。

東條氏は戦前戦中色々間違った事をしたのは事実でせうが、東條氏の自決未遂が狂言であったなどといふのは、当時の占領軍が撒き散らした悪質なデマです。死者への冒涜は日本人としてもっともやってはいけないことであります。

石原氏は、昭和天皇に関することや三島由紀夫に関することなど根本のところでおかしな考へ方を持ってゐます。

武部自民党幹事長は、非公認候補を応援した岐阜県連や佐賀県連を処分すると息巻いているやうです。かつて吉田ワンマンの下で幹事長をやった広川弘禅といふ人も吉田氏の威光を背景に権勢をふるい、怨みを買いやがて失脚しました。

武部氏は、『大統領制』を主張した堀江貴文などといふ男を支援しました。これは大きな問題です。

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2005年9月14日 (水)

日誌九月十三日

午後は、資料整理。書状作成。

夜は、十五日の『萬葉會』講義準備。

国会質問などにおける岡田代表・仙石政調会長のあまりにも共産支那寄りの姿勢を思ひ出すと、民主党が大敗して良かったと思ひます。

国防・安保・外交・歴史問題で、対立する国の側に立ち、自国政府を攻撃することは許されません。民主党の中にも、しっかりとした保守政治家・愛国政治家がゐるだけに、岡田の姿勢は許されません。

小泉氏は、野田毅・河野洋平など総理靖国神社参拝に反対する自民党議員の選挙区にも、対立候補(刺客)を立てたらよかったと思ひます。

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2005年9月13日 (火)

日誌九月十二日

午後は資料整理。

午後六時より、千代田区内で開かれた勉強会に出席。

出席者の一人が「共産党は『確かな野党』と言ってゐたが、自民党圧勝といふ情況下で、『確かな右翼』としての存在感を示さねばならない」と言ったのが印象に残りました。

石原慎太郎氏の東條英機元総理批判発言について批判が起こっております。糾弾運動が展開されるやうです。

また堀江貴文の「大統領制」発言についても相当な怒りの声があがってゐます。

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2005年9月12日 (月)

日誌九月十一日

午後、千駄木小学校に投票に行く。

深夜まで、資料整理・読書をしつつ開票速報を見る。

自民圧勝であった。小泉氏は政治家として相当な戦略家であり、喧嘩上手だと思ってゐたが、今回の選挙結果を見てますますさう思ふ。

しかし、外交・憲法・教育・国防・歴史問題などで、真の保守政治を正しく展開してもらいたい。

西村眞悟氏・井脇ノブ子さん・渡部篤氏など当選した同志・友人・知人の方々の今後のご奮闘を祈ります。

奈良の森岡氏や、静岡の城内氏などの真正保守政治家が落選したのは残念であった。

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2005年9月11日 (日)

日誌九月十日

午後は、原稿執筆。

午後六時半より、文京シビックホール研修室にて、『文京区の教育を考へる會』開催。

小生が開会の辞を述べた後、菅野二郎氏が「明治維新」について、杉本幹夫氏が「朝鮮近代史」について講演しました。

同じ、シビックホールで、深谷隆司氏の選挙戦打ち上げ大会が開かれ、小泉氏が来たので大変な盛況のやうでした。

わが國は、支那・朝鮮に対して、戦争終結以来、六十年間も謝り続けてゐます。また、支那・朝鮮は六十年間も我が国を断罪し続けてゐます。わが國は賠償もしましたし、経済・技術援助もし続けてゐます。しかるに、日本は未だ責任をとっていない、反省が足りないと言はれています。

しかも、すでに『戦争責任』とやらをとらされて処刑され殺された東條さんを慰霊することすら、駄目だと言はれています。

このやうなことは断じて承服出来ません。もうそろそろ日本は謝罪外交に終止符を打つべきです。そもそも戦争が終ってから六十年も経過したのに、『戦後』だなどと言ってゐる国は我が国だけでせう。

ともかく、支那・朝鮮に対してこれ以上の謝罪はする必要は絶対にありません。それよりも、支那・朝鮮のわが国に対する政治的外交的軍事的圧迫を跳ね除けなければなりません。

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2005年9月10日 (土)

お知らせ

今月の萬葉會は、九月十五日午後一時半よりです。

萬葉古代史研究會は、九月二十一日午後六時四十五分よりです。

詳しくは、活動予定をご覧下さい。

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日誌九月九日

午後は原稿執筆。

午後六時より、西新橋にて行はれた『黎明会』といふ勉強會に出席、小生が、井上毅の國體論について発表しました。

私の話の内容は、次号の『政治文化情報』に掲載されます。

なほ、石原慎太郎氏及び佐々淳行氏の「東條英機元総理の自決未遂は狂言であった」かのごとき議論について、大分批判が出ました。

深夜まで原稿執筆。

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2005年9月 8日 (木)

日誌九月八日

午前、森田邸を出発、森田氏運転の自動車にて、甲斐の国塩山市の恵林寺、景徳院、天目山、雲峯寺、慈雲寺、樋口一葉家墓所、戊辰戦争柏尾の古戦場跡などを巡る。

台風一過の晴れわたる甲斐の天地は実に美しいものでした。また、甲斐の國はお寺が多いことを実感した。森田氏の御厚意に感謝します。

ところで、ニュースを見てゐますと、堀江貴文が、外国人記者クラプの講演で、またまた「日本を大統領制にしたらいい。天皇制はどうでもいい」といふやうな発言をしてゐました。かかる人物を小泉自民党が刺客として立候補させたことに大きな憤りを覚へます。

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日誌九月七日

山梨県北斗市の森田塾訪問。森田忠明塾長と懇談。新しき塾舎にて、今後の活動についてお話を伺ふ。

高原地帯であり、気温も低い。

萬休院の舞鶴の松、実相寺の神代桜などを見学。

山梨市の森田氏邸に泊まる。深夜まで懇談。

台風が過ぎ去りつつある日に、南アルプスを背景にした雄大にして美しき天地自然を堪能し、心身を清める。

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2005年9月 7日 (水)

日誌九月六日

午後、久しぶりに「虎の門道場」に出席しました。

東京財団会長の日下公人氏が講演しました。

「日本は経済外交ばかりしてきた。経済一本槍の日本から脱却しなければならない。」と言ったのが印象にのこりました。

共産支那・南北朝鮮から侮られ続けるのは、我が国の外交が「カネ配り」に終始して来たからであります。共産支那・南北朝鮮は、「日本は歴史問題で脅かせばいくらでもカネを出す」と思ってきたのではないでせうか。

これまでの経済協力・経済援助を考へれば、わが國はこれ以上支那・朝鮮に謝罪する必要はまったくありません。

深夜まで、原稿執筆。

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2005年9月 6日 (火)

日誌九月五日

終日、原稿執筆。

今年は台風がよく来るやうです。

いろいろ被害が出て困りものですが、台風一過の晴天は気持ち良いものです。

日本人は清浄さ・清らかさを好みます。神道の行事に禊祓ひがあります。

心身の穢れを祓ひ、清浄にし、新しい生命を甦らせる行事です。

台風も、雨を降らせ、風を吹かせることによって、日本列島の穢れを祓ひ清めるはたらきをしているやうに思へます。

テレビで政党党首同士の罵り合ひを見てゐると政治の世界の禊祓ひが必要です。

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2005年9月 5日 (月)

日誌九月四日

終日、『政治文化情報』十月号の原稿執筆。井上毅の國體論について書いてゐます。

選挙戦も今のところ自民党が優勢のやうです。小泉氏には色々問題がありますが、私は共産支那の内政干渉を正当化するやうなことまで言って総理大臣の靖国神社参拝に猛烈に反対してゐる岡田克也といふ男を絶対に許すことはできません。また、岡田は国歌君が代は民主主義と矛盾するから国歌として不適当だと言った男です。

菅直人は、「昭和天皇は戦争責任をとって退位すべきだった」と言ひました。

民主党内の保守思想を持っている政治家は何故黙ってゐるのでせうか。

どう考へても民主党は反日政党であります。したがって、民主党が政権を握ることには反対です。

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2005年9月 4日 (日)

日誌九月三日

今日は台湾に関する講演会が二つありました。

午後二時より、日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話會』開催。台湾総統府資政(最高顧問)彭明敏氏が講演。

彭明敏氏は国民党独裁政権時代に、『台湾自救宣言』といふのを発表し、投獄され、一九七〇年にアメリカに亡命した国際法学者です。戦前に日本の旧制三高を経て、東大法学部を卒業した方です。台湾大学法学部長などを歴任されました。

日本語が実に流暢でした。台湾における超エリートであるぱかりでなく、台湾独立に命懸けで挺身された方です。初めてお目にかかりましたが、今まで会った台湾人の中でもっとも風格のある人物だと思ひました。

「次の総統選挙で国民党の馬英久が勝っても中国との統一は出来ない」「中国人を一番殺したのは、外国人ではなく中国人だ。毛沢東は八千万人殺した。」「現在の台湾の基礎の一切は日本がつくった」といわれたのが印象に残りました。

午後六時より、文京シビックホールにて、『台湾研究フォーラム』開催。前交流協会台湾事務所長(駐台湾日本大使)・内田勝久氏が講演。

講演内容はなかなか興味深いものでしたが、オフレコとのことでしたのでここに書くことはできません。

アジアで最も反日的な国・北朝鮮とわが国が国交がないといふのは当然のことですが、アジアで最も親日的な国・台湾と国交がないといふのはあってはならないことです。

わが国は台湾を国家として承認し、国交を樹立すべきであります。

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2005年9月 3日 (土)

日誌九月二日

終日原稿執筆。

アメリカのハリケーン災害を見てゐて、日本の台風災害と比較して、アメリカは何事においてもやはりスケールが大きいことが分かりました。テロも然りです。九・一一テロでは超高層ビルが二つも叩き壊され、国防省も襲撃され、旅客機が落とされました。

また、世界で最も発展し豊かな国といはれ、且つ、国際社会で一人勝ちし、軍事的政治的経済的覇者といはれる国も、意外にもろいところがあることが分かりました。今回のハリケーンも救助が遅れてゐます。それは開発途上国並です。以前の大統領選挙の時の票の集計もお粗末なものでした。

アメリカは力に頼る国であり、その力も強大です。敵国に対してはその強大な力を遺憾なく発揮して叩き潰します。日本もベトナムも徹底的に爆撃されました。

アメリカは、本土が敵国から爆撃されたことはありません。まして敵軍に占領されたこともありません。しかし、自然災害やテロによって甚大な被害を蒙ってゐるのです。なんとも不思議な国であります。

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2005年9月 2日 (金)

日誌九月一日

早いものでもう九月です。今年も後四ヶ月になりました。

新聞報道によると、小泉総理の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が、「安定的な皇位継承者を確保するには、男系男子に限定する制度のままでは困難」とし、「女性・女系天皇を容認することでほぼ一致した」とのことです。

皇位継承は国家と皇室の最も大事な事柄です。権力機関としての国家ではなく、信仰共同体・祭祀国家日本の基本の問題です。権力機構たる行政府のしかも「私的諮問機関」とやらで方向性を決めてしまふのは問題です。

神代以来のわが国の傳統を遵守しなければならないと思ひます。神代以来の伝統の継承者であらせられる天皇陛下の大御心を第一とすべきであります。

小生が最も恐れるのは、この問題で国論が真っ二つとなり、罵り合ひが起こる事です。すでにその兆候は現はれてゐます。

皇位継承について、臣下があれこれ論議をすること自体、私は違和感を覚へますが、いかがでせうか。

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2005年9月 1日 (木)

日誌八月三十一日

原稿執筆のための資料及び読書カード整理。

「尊皇」と「忠君」とは基本的に異なる。「尊皇」とは、現御神日本天皇への限りなき仰慕の心である。それは、神話の世界から継承されて来た精神である。

「忠君」とは、本来支那から入って来た道義精神で、封建領主とそれに仕へる武士との間の道義精神である。言ひ換へると権力者とそれに支配される者との関係における道徳である。記紀萬葉には「大君のみことかしこみ」といふ言葉はあったが、「忠君」といふ言葉はなかった。

明治以後になって、「尊皇」と「忠君」とが同じであると考へられるやうになり、『忠君愛国』といふ言葉も生まれた。この場合の「君」とは天皇様の御事である。

『忠君愛国』といふ場合の、『忠君』とは、徳川時代の封建支配体制下における儒教的意味の『忠君』ではないことを正しく認識すべきである。

われわれ日本人は、儒教的「忠君論」を超克し純化し、純日本的尊皇精神に立たねばならない。

詳しくは次号の『政治文化情報』で論じさせて頂きます。

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