« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2005年8月31日 (水)

日誌八月三十日

終日、原稿執筆のための読書カードおよび資料整理。

西村眞悟氏、渡部篤氏、井脇ノブ子さんなど同志友人が何人か衆院選に立候補してゐます。皆さんの当選を祈ります。

思想信条は殆ど同じでも、政党は別々になってゐます。やはり政界再編成が必要です。

話は変りますが、「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方があります。これは西洋の立憲君主國家の考へ方でありまして、わが國には通用しないし通用させてはなりません。

わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を伝へる『のりごと』であります。法(のり)は宣(のり)であります。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせごと・大御心)が法なのであります。

天皇は権力者ではなく祭り主であります。わが國の國體は祭政一致であります。

天皇が「法」に反する行動をされたら退位を迫るなどといふのは日本の傳統に反した考へ方であります。

皇位継承など皇室関することは、国家の権力機構である立法府・行政府で決めるべきではなく、あくまでも天皇陛下の大御心に遵ふべきであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月30日 (火)

日誌八月二十九日

終日、原稿執筆と資料整理。

八代英太氏が自民党を離党して、東京十二区から無所属で立候補することになった。そして公明党の次期代表といはれる太田昭宏氏と激突することとなった。

小泉自民党と公明党とは、靖国神社・歴史問題・対共産支那外交問題・教育基本法・国防安保・憲法など国家基本問題で、理念・政策を異にしてゐるはずである。連立政権を組むこと自体がそもそもおかしいのである。

まして小選挙区で自民党の候補者を立てず公明党の候補者を自民党が応援するなどといふことが本来あっていいはずがないのである。

小泉に弄ばされ裏切られ追ひつめられた八代氏の決断は正しい。何とか勝利してもらひたいと思ふ。

創価学会公明党は、全体主義政党であり、池田大作に対する批判は絶対に許されない。そんなことをしたら元委員長だらうと何だらうと地獄に堕ちると責め苛まれ、追放される。今の小泉自民党も、小泉に逆らったら追放されるといふ状況がある。体質が似て来たのかも知れない。

しかし、前にも書いたが、創価学会公明党を最初に政権与党に引き入れたのは、小沢一郎である。小沢一郎の罪は深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月29日 (月)

日誌八月二十八日

終日、書状作成と原稿執筆をして過ごしました。

毎月小生が行ってゐる『萬葉集』講義を文章化し雑誌原稿にする作業です。

今月は柿本人麻呂の挽歌です。日本で火葬が行はれるやうになった時代の歌で、

「山のまゆ出雲の児らは霧なれや吉野の山の嶺にたなぴ゙く」

とふ歌があります。

「山の端から立ちのぼる出雲から来た娘の遺体を焼く煙は霧だ゚らうか、吉野の山の嶺に棚引いてゐるなあ」といふ意です。

年若く可愛い娘を火葬した煙を霧に見立てて、それが吉野山に棚引きやがて天にのぼって行くといふのです。これほど人の死を美しくうたった歌は少ないと思ひます。

日本人の霊魂観・死生観が、自然の美しさと共に表現されてゐます。悲しくも美しい歌です。

現代日本の醜悪な姿を見れば見るほど、『萬葉集』の世界に憧れます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月28日 (日)

日誌八月二十七日

終日、原稿執筆、書状作成などをして過ごしました。

堀江貴文が、テレビで、「日本は大統領制にした方が良い」と言ってゐました。

とんでもないことを言ふ男です。天皇を君主と仰ぐ日本國體を根底から否定する発言です。

また、どこかの神社で戦勝祈願をしてゐる姿が映ってゐましたが、ニタニタ笑ひながら参拝してゐました。神に対するかしこみの心は全くありませんでした。

こんな男を断じて国会議員にしてはなりません。

また、こんな男を支持し国会議員にしやうとしてゐる小泉と武部の責任も重大です。

日本の国もいよいよおかしくなっていくやうです。何とかしなければなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月27日 (土)

日誌八月二十六日

午後は、原稿執筆。

午後六時半より、池袋にて開かれたある勉強会に参加。

小泉改革の問題点などについて色々な意見が出されました。自公で過半数をとるだらうといふ意見が多かったやうです。

小泉自民党に色々問題点はあっても、國體観・歴史観・対支那姿勢に根本的欠陥のある岡田克也・菅直人が内閣総理大臣になるよりはましといふのが小生の意見です。もちろん自民党にもおかしな政治家は多いし、民主党にも良い政治家はゐます。しかし、民主党には自民党よりもサヨクが多いことは確かです。

小沢一郎がテレビによく出てゐます。しかし、コンチクショーの一人であり自民党利権政治の中心にゐて甘い汁を吸ってゐた小沢一郎が、自民党内の権力闘争に負けたら、自民党を割って出て、理念も政策も全く異なる八つの政治勢力を野合させて細川内閣をつくりました。そのことが、その後の政治・経済の混乱を招いたのです。近十数年の日本の混迷の責任の多くは小沢一郎にあります。

創価学会公明党や旧社会党を政権与党内部に最初に引き入れたのも小沢一郎です。当時最もまともな政党だった民社党を消滅させたのも小沢です。テレビでとくとくとしゃべってゐる小沢の姿を見ると、私はどうしても小沢といふ男を許せません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月26日 (金)

日誌八月二十五日

台風接近の中、終日、原稿執筆。

「尊皇精神」について書いてゐます。

近年、皇室を尊崇し、日本国を憂へる識者・評論家からの、皇室批判の論説が見受けられるやうになりました。

國體破壊を目指す輩の皇室批判と同列に論じることができませんが、果たして、天皇・皇室に対し奉り、雑誌新聞などであからさまなる批判を行っていいものでせうか。

その事について書いてゐます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月25日 (木)

日誌八月二十四日

午後、上野の東京国立博物館平成館にて開催中の『遣唐使と唐の美術』展参観。

支那西安市東郊で発掘された遣唐使・井真成の『墓誌』などを見ました。また、本館で開催中の『日本美術の流れ』『新たな国民の宝』展を参観しました。

閉館時間となりましたので、参観を終へて玄関に来ますと、多くの人々が並んでゐました。また、SPもゐました。

天皇皇后両陛下が御来臨あそばされるとのことでした。正門脇でしぱらくお待ちし、謹んでお迎へ申し上げました。両陛下には、御料車の窓を開けられわれわれに手をお振り下さいました。

両陛下は、一般参観者に迷惑がかからないやうにと、この時間にご来臨あそばされたと拝察申し上げます。まことに有難き限りであります。

小生は、毎年二回、新年と天長節に皇居で両陛下のお出ましを拝し奉りますが、本日まったく偶然にも、ごくお近くで龍顔を拝し奉る機会を与へられました。本当に有難い限りであります。

政治権力闘争が醜く繰り返されてゐる日本において、御皇室のご存在は尊いと思ひます。国の安定と統一は政治権力闘争を超越する清らかなる萬世一系の皇室・天皇によって保たれてゐると確信します。

夜は、原稿執筆のための資料・読書カード整理。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月24日 (水)

日誌八月二十三日

今日は、原稿執筆のため、後鳥羽上皇・承久の変に関する読書カード整理をしました。

後鳥羽上皇は、

奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと 人に知らせむ

といふ御製を詠ませられました。「奥山の道のないいばらの下も踏み分けて、本来、道のある世であると、天下の人に知らせやう」といふほどの意であると拝します。

承久の変は武家からの権力奪還の戦ひなどどいふ次元の低いものではなく、日本国本来の道を復興する戦ひであったのであります。それは後鳥羽上皇が推進せられた『新古今和歌集』の編纂に象徴されるやうに、和歌の復興をはじめとした文化文藝の復興と一体の戦ひでありました。

憲法・靖国神社・教育基本法・対共産支那問題など国家の最重要問題・基本問題で、小泉自民党と創価学会公明党はお互ひの理念と主張を貫くなら、絶対に相容れない。ゆゑに、この二つが何時までも蜜月関係を続けていくはずがないと思ふ。しかし、権力維持のためなら理念・思想・政策はどうでもいいと双方が思ってゐるとしたら、話は別だ。またその可能性も大いにあり得るのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月23日 (火)

日誌八月二十二日

午後は、読書カード作り。

午後五時より、港区愛宕山にて執行された『尊攘義軍十二烈士女六十年祭』に参列。

尊攘義軍十二烈士女とは、終戦に際し神州不滅を熱祷して國に命を捧げた人々である。

毎年参列させていただいてゐるが、今年も激しい蝉時雨が亡くなられた御霊の声のやうに聞こえてくる。

愛宕山は、井伊直弼を誅殺した桜田烈士が集結した所でもある。

維新回天の歴史を刻む愛宕山周辺は、高層ビルが立ち並び、文字通り砂上の楼閣の観を呈してゐるが、この愛宕山は樹木が鬱蒼と繁り、昔の面影をのこしてゐる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月22日 (月)

日誌八月二十一日

今日は、在宅して資料整理と久保田収氏著『建武の中興』の読書カード作りをして過ごしました。

小泉自民党の、反対派切り捨て・対立候補擁立は、よく言へば自民党が談合政党・権力維持のみを目的とする政党ではなくなったといふこともできます。『自民党をぶっ潰す』といふ小泉氏の言ってゐたことは嘘ではなかったといふことでせうか。

心配なのは、平沼氏や城内氏といふ真正保守派の人が窮地に立たされてゐることです。

また、郵政改革よりももっと大事なもっと緊急性のある憲法問題・国防問題・対南北朝鮮問題・対共産支那問題を蔑ろにされては困ります。

小泉氏は、「親米嫌中」と言はれてゐます。その姿勢は貫いてもらひたいものです。

もう一つ問題なのは、公明党です。公明党の協力なしで小泉政治が貫徹できないとしたら、人権擁護法や国立追悼施設建設など、亡国的な法律や施設がつくられてしまひます。公明党の動向を監視すべきです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月21日 (日)

日誌八月二十日

午前、『政治文化情報』九月号を発送しました。

月曜日には、購読者の皆様方のところへ届くはずです。

午後は、資料整理。

夜は読書。以前から読みかけだった武田清子氏著『天皇観の相剋』を読了しました。

「この國のかたち」といふ言葉があります。『かたち』といふとなにか即物的な感じがしますが、國柄・國體といふことでせう。天皇を君主と仰ぐ「日本國のかたち」があの未曾有の敗戦によっても覆らなかったのは、まさに世界史の奇跡であります。

そしてその奇跡が、日本國を救ったと思ひます。昭和天皇が退位され、國體が破壊されたら、その後の日本は分裂と闘争を繰り返し、亡國の道を辿ったでありませう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月20日 (土)

日誌八月十九日

今日は主に、『政治文化情報』九月号の発送準備をしました。

今月号の「皇都の一隅より」は、『維新と和歌』といふテーマで書きました。

和歌は、日本人の伝統精神を表現する文学であります。

日本伝統精神の復興は、和歌の復興と一体です。

さうした事を書かせて頂いた小誌九月号を多くの方々に読んで頂きたいと思ひます。

ホームページのメールでお申し込み下さいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月19日 (金)

日誌八月十八日

午後一時半より、豊島区千早社会教育會館にて、「萬葉會」開催。

『萬葉集』巻十一の作者未詳歌を講義。

夜は、『政治文化情報』九月号発送準備。

『萬葉集』を読むと、古代日本人の心の大らかさ明るさを実感します。もちろん、萬葉時代にも壮絶な戦ひや悲劇がありました。しかし、萬葉人は、神を信じ、生命の永遠を信じ、大君を敬ひ、自然を愛し、生きてゐました。

日本民族の中核精神は『萬葉集』に歌はれてゐると思ひます。

混迷する現代日本も、萬葉の精神に回帰して明るさ・大らかさを取り戻すべきだと思ひます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月18日 (木)

日誌八月十七日

午後は、明日の「萬葉會」講義の準備。

夜は、「政治文化情報」九月号発送準備。

今、小泉氏がやってゐることは、公明党創価学会や共産党なら当たり前の事です。

創価学会公明党は、池田大作に逆らったり批判した人物は絶対に許さず、追放します。竹入・矢野といふ元党首二人をかなり以前のことを取り上げて非難攻撃し、悪し様に罵ってゐます。

党首・最高実力者の政策や行動に反対したり非難すれば、組織から追放するといふのが公明・共産両党の体質です。

ただそれが日本の風土に合ってゐるかといふと私はさうは思ひませんし、かかるやり方を政権政党たる自民党がこれからも続けるとなると、自由国家の根幹を揺るがすことになると思ふのですが、如何でせうか。森氏や安倍氏は小泉氏の暴走を止められないのでせうか。

国民新党のウラに小沢一郎がゐるとすれば、これも問題です。

また、私はライブドアのホリエモンは好きな人物ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月17日 (水)

日誌八月十六日

午後は、資料整理。

夜は、十八日の「萬葉會」講義の準備。

この日誌に午前中の事を記してゐませんが、毎日、部屋の掃除やら洗濯やらをしております。

新聞報道によると、共産支那の青年たちに「もう一回日本と戦争になる」と考へてゐる連中が多いとのことです。また、北朝鮮の政府要人が韓国の国立墓地や国会に行きました。また、金大中を見舞ひました。南北朝鮮が統一したら、核兵器を持つ反日国家が誕生します。

日本国は一致結束して国難にあたるべき時です。

軍事的にはアメリカの支援を受けなければ日本は守れません。上滑りな反米感情は危険です。

大東亜戦争後、日本が、旧ソ連・共産支那に分割占領されたらどうなってゐたかを考へれば、アメリカには戦中戦後ずいぶんひどい事をされましたが、今日唯今アメリカを敵に回すことはできません。

アメリカの経済的・政治的日本支配を食い止めつつ、共産支那・南北朝鮮から祖国を守るといふ実に難しい局面を迎へつつあります。

わが日本は、今こそ「尊皇攘夷」の精神を根幹として国難を打開した明治維新の歴史に学ぶべきです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月16日 (火)

日誌八月十五日

正午、靖國神社参拝。

境内で、奥野誠亮先生とお会ひしました。

九十二歳になられる奥野先生が炎天下お一人で参拝に来られたお姿に感激しました。

奥野先生は、正しい歴史観を持たれた立派な政治家です。

本来なら衆議院議長になられるべき方でした。正論を吐露される方であられるがゆへにその道を閉ざされたのではないかと小生は考へてゐます。

奥野先生は、内務官僚として後藤田正晴の一年先輩で、同じやうな人生を歩まれたにもかかはらず、國家観・歴史観には相当の開きがあります。

午後二時より、憲政記念館で開かれた『西村眞悟総決起集会』に参加。

西村氏は、今回はなかなか苦戦のやうです。

登壇した八尾市議会議員が、「小泉首相も、郵政改革に命を懸ける以上に拉致問題、対中國問題に命を賭けるべきだ」と言ったら大きな拍手が起こりました。同感です。

夜は資料整理。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月15日 (月)

日誌八月十四日

今日は、書状作成と資料整理をして過ごしました。

田原総一朗氏は、テレビで満州事変は侵略であったと断言しました。これは以前からの彼の持論です。無主の地であり軍閥・馬賊が民衆を苦しめてゐた満州に五族協和の理想国家を建設しやうとしたのが満州事変で゚あって、けっしてわが國の一方的侵略ではありません。

石原慎太郎氏は、東條元総理の自決未遂について、使用したピストルがどうのかうの言って、揶揄してゐました。田原氏も東條氏を揶揄しました。石原氏は、『諸君』九月号でも、佐々淳行氏と一緒になって東條氏批判をしてゐました。

小生も、東條さんには大きな責任もあり、間違ったこともしたと思ひます。しかし、彼は、『軍事裁判』といふ名の報復で敵と戦ひ、殺されたのです。立派な殉難者です。死者を冒涜し鞭打つことは許されません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月14日 (日)

日誌八月十三日

朝から『政治文化情報』の原稿執筆。

夜は、書状作成など。

このところ夕立がよく降ります。

夕立の後は、なにか天地が清められたやうに思はれます。

「天の下 清くはらひて 上古(いにしへ)の 御まつりごとに 復(かへ)るよろこべ」

これは橘曙覧の歌です。これが維新=日本的変革の根本精神だと思ひます。

清明心すなはち「きよらけくあきらけき心」が日本民族の伝統的道義精神です。

現代日本の穢れを祓ひ清め、神代のままの清く麗しい日本を回復する維新が求められてゐると思ひます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月13日 (土)

日誌八月十二日

午前は、ある先輩を訪ね、懇談。

午後は、永田町にて会議。

午後六時より、湯島にて『文京区の教育を考える會』の幹事会。

帰宅後深夜まで『政治文化情報』の原稿作成。

今日は忙しい一日でした。

議員會館及び國會周辺は人が少なく、静かでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月12日 (金)

日誌八月十一日

午後は、自宅にて『政治文化情報』の原稿執筆。

午後六時より、千代田区内で行はれた会合に出席。

帰宅後も原稿執筆。

小泉氏の戦ひのやり方はなかなか見事なものと思ひます。

願はくば、内外の反日勢力・反日国家に対しても、見事な戦ひをしてもらいたいものです。

郵政民営化法案に反対した議員の選挙区に対立候補を立てやうとしてゐますが、これはかつて田中角栄もやったことです。

いはゆる「日中国交回復」に反対した賀屋興宣氏の選挙区に小坂徳三郎を立て、愛人を金庫番にしてゐる事を批判した田中派の大長老・西村英一氏の選挙区に建設官僚を立てました。もっとも後者はその愛人が画策したやうですが…。

小泉氏を全面的に支持するわけではありませんが、どんなに批判されても靖国神社に参拝し、共産支那を訪問して土下座外交をしない彼の姿勢は評価します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月11日 (木)

日誌八月十日

今日は終日家にゐて『政治文化情報』九月号の原稿を書きました。

この定期刊行物は、小生の生甲斐と言っていいでせう。

このホームページをご覧になってゐる方で未購読の方はどうか定期購読して下さいませ。

小生が一生懸命つくっております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月10日 (水)

日誌八月九日

午後は、『政治文化情報』九月号の原稿執筆準備をしました。

夕刻、学生時代の同志の通夜に参列しました。

同年代の友を失ふのは本当にさみしいことです。

心より御冥福を祈ります。

久しぶりに多くの旧友に会ひました。

帰宅後も、原稿執筆準備をしました。

世の中は選挙一色ですが、憲法・国防・教育といふ国家基本問題をもっと論じてもらひたいと思ひます。

この三つのことを考へると、民主党には政権担当してもらひたくないと小生は思ひます。

もちろん、自民党も駄目ですが、総理の靖国神社参拝にあれほど反対する人物が党首の政党よりはましでせう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 9日 (火)

日誌八月六日・七日・八日

八月六日は、午後三時より、郡山ビューホテルにて、『新樹會研究會』が開催され、渡邊五郎三郎先生の挨拶の後、小生が「日本傳統精神と現代の危機」と題して講演させて頂きました。たいへん盛會でした。

八月七日は、會津若松に赴き、総選挙に出馬する渡部篤福島県会議員事務所を訪問し、渡部篤氏を激励し懇談しました。渡部篤氏は、愛国の士で永年の同志です。同姓で民主党の渡部恒三を相手に苦闘してゐます。

八月八日は、會津若松にて歴史探訪を行ひ、戊辰戦争の悲劇を偲びました。

會津藩家老・西郷頼母の夫人・八重子の歌

「なよ竹の 風にまかする 身ながらも たゆまぬ節の ありとこそ聞け」

は何回読んでも涙が出ます。

いよいよ総選挙です。小泉自民党を支持するわけではありませんが、國體観・歴史観・共産支那への姿勢がまったくおかしい岡田克也・菅直人が主導し、且つ亡国政党だった旧社會党が混入してゐる民主党政権は阻止しなければなりません。

この選挙を機會に、真正保守勢力の結集が実現できればいいと思ひます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 6日 (土)

日誌八月五日

午後は、資料整理。

午後六時より、西新橋にて、宗教問題の研究會があり、出席しました。

日本の傳統信仰の世界性について色々話し合ひました。

一神教同士の戦ひが永く続いてゐますが、日本傳統信仰の一即多・多即一の寛容性・柔軟性が、何とかさうしたことをなくすことができないかといふことです。

中曽根弘文氏が、郵政民営化法案に反対する意向を表明し、参院で否決される可能性が高くなりました。

小泉氏が先の総選挙で、父親の中曽根康弘氏を比例候補として公認せず衆院議員の地位を奪った事への報復ではないでせうか。

中曽根氏には小生も大きな批判がありますが、あれはやはり小泉氏のやり方が少しひどかったと思ひますが、いかがでせうか。

しかし、いまの日本はこんな争ひをしてゐる時ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 5日 (金)

日誌八月四日

午後は、永田町で會議があり、出席しました。

夜は、福島新樹會での講演の準備をしました。

杉並区教育委員會の教科書採択で、左翼が妨害と威圧と嫌がらせをしてゐます。

教育委員の人々へも大分脅迫が行はれてゐるのです。

もしも「右翼」といはれる人々がこうしたことをしたら、マスコミは「妨害だ」「暴力行為だ」「脅迫だ」と大騒ぎをするでせう。

偏向マスコミは、いはゆる「右翼」がやる抗議活動は「嫌がらせ」、左翼がやると「抗議運動」と報道します。しかも「左翼」といふ言葉は絶対に使ひません。戦後、「右翼」によって殺された人よりも、内ゲバも含めて左翼によって殺された人々の方がずっと多いのです。こうした事も偏向マスコミは正しく伝へません。

小生の友人が、左翼に対抗して戦ってゐる姿がテレビに映し出されてゐました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 4日 (木)

日誌八月三日

昼間は、福島新樹會での講演の準備をしました。

「日本伝統信仰と現代の救済」といふとても大きなテーマを与へられました。

午後六時半より、靖国神社境内で行はれた『野外劇・同期の櫻』(榎本滋民作)を鑑賞しました。

若い俳優たちが熱演してゐました。

この劇は大学生時代『新国劇』で見たことがあります。

「ますらをの かなしきいのち つみかさね つみかさねまもる やまとしまねを」といふ三井甲之の歌を思ひ起こしました。

「上演する会」代表である西村眞悟氏にお会ひしました。

夜の靖国神社境内はとても美しく、感激しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 3日 (水)

萬葉會

今月の『萬葉會』(豊島区千早社会教育會館)は、八月十八日(第三木曜)です。

多くの方々のご参加をお待ちします。

初めての方でも決して難しくはありません。

詳しくは『活動予定』をご覧下さい。

なほ、第三水曜の『萬葉古代史研究會』は今月はお休みです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日誌八月二日

午後は、外出し、学生時代の友人としぱらくぶりに会ひました。

夜は、資料整理。ともかく書類・新聞・雑誌・書籍が毎日増え続けます。

新聞雑誌は切抜きをしますが、今度は未整理の切抜きがたまります。

少し大袈裟ですが、原稿書き・読書と共に資料整理の作業は小生の人生の大きな部分を占めます。

小生にもっとも不足してゐるのは時間とお金であります。

この日誌をホームページに掲載するやうになってから、アクセスが増えました。有難い事と思ひます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 2日 (火)

日誌八月一日

終日、書状書きなど色々な仕事をして過ごしました。

苗代清太郎氏著『古事記大鏡』を読んでゐます。

仙覚や宣長の古事記論・萬葉論を全面否定した面白い本です。

苗代氏は故人ですが、昭和四十年代後半にお目にかかり、古事記講義を拝聴したことがあります。

最近、太田龍氏が苗代氏を高く評価してゐるやうです。

小泉純一郎といふ政治家は、権力闘争をゲーム感覚で行ってゐるやうに思へます。

そこらへんの政治家が束になってもなってもかなはないしぶとさと強さがあります。それは小沢一郎以上でせう。

さういふ意味では、良きにつけ悪しきにつけ中曽根康弘以来の内閣総理大臣だと思ひます。

ただ、郵政民営化についてはもっと説明責任を果たすべきです。

マスコミも権力闘争を面白おかしく報道するだけではなく、郵政民営化の是非をもっと詳しく報道すべきです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 1日 (月)

日誌七月三十一日

午後一時半より、千葉駅前のパルルホールにて、「千葉建国塾第二回シンポジウム」開催。

パネリストは、湯澤貞前靖国神社宮司、小林幸子二宮報徳会会長、小生の三人でした。司会は石戸谷慎吉氏でした。

小生は、日本國體精神・復古即革新・靖国神社遊就館について語らせて頂き尊皇精神が日本の伝統的倫理の根幹である事を強く訴へました。

なかなか活発な論議となりました。

湯澤先生が宮司退任後、色々な場で一生懸命靖国神社について語っておられる姿に敬意を表します。

千葉県の地方議員の方々が数多く参加しておられました。建国塾は、千葉県の真正保守の地方議員及び有志の方々で結成され、千葉県下で活発に活動しているとの事です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »