2019年9月17日 (火)

事大主義=韓国朝鮮の悲劇

事大主義(じだいしゅぎ・小が大に事(つか)えること)が韓国朝鮮の歴史的態度である。強い方に付く。近代以後も、支那・ロシア・日本・アメリカなど大国に仕えた。大東亜戦争後は、北は支那・ロシア。南はアメリカに仕えた。これが韓国朝鮮の本質なのだ。

新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、大陸の中原を制した国家に対して事大してきた。朴正煕は「自律精神の欠如」としてこれを批判していたが娘は確実に継承した。

漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた迎恩門とは、支那皇帝の臣下であり、冊封国であった李氏朝鮮の歴代の王が、明代および清代の支那皇帝の使者を迎えるための門である。迎恩門とは恩のある支那皇帝の使いが通る門という意である。

崔基鎬氏によると、迎恩門は朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって明代および清代の支那からの使者を迎えた場所である。その迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は、清の使節団が滞在する建物である。慕華館とは字面を見ても明らかだが『中華を慕う館』という意である。かくの如く李氏朝鮮は、支那の属国であった。

韓国朝鮮は血縁集団の集合体である。宗族とは男子単系血族で構成される同姓血縁集団である。全州李氏・慶州金氏とかいうのがある。この宗族が男系の子孫を確保するために他の異姓の血縁集団と婚姻関係を結ぶ。しかし、女性は婚姻によって他家に移っても、宗族の系図(族譜)に名が記されることがない。女性は男子単系血族の子孫を生む<道具>に過ぎない。従って、父系祖先の祭祀には通常、女性は参加できない。いわんや祭祀主になることはできない。古代日本では女性も一族の長になり、祭祀主となったのとは全く異なる。

日本と韓国朝鮮とは、文化的・宗教的相違点が大きい。日本と韓国朝鮮とは、近親憎悪していると言うが、本当に近親なのか。日本の韓国朝鮮は近親ではない。儒教・仏教の受容の態度も異なる。

また、日本はキリスト教を受け入れなかったが、韓国は受け入れている。キリスト教徒が多いのは何故か。しかもオカルト的なキリスト教があるのはどういうことか。再臨のキリストとかが何人も出た。

多神教、自然を神として拝み、八百万の神を拝むため、一神教が浸透しなかった日本と、一神教を信ずる人が多い韓国とは基本的に信仰精神・文化感覚が異なると思う。日本は包摂・包容の文化であり、韓国は排他・独善の文化である。

呉善花さんは、「韓国には日本の神社や神道というクッション(媒介)がないため、日本のように、多神教の持つエネルギーを現代市民社会のより高度な発展へと向かう力に変えることができていない」「韓国の多神教の伝統は、日本のようにクッションを通して市民社会の無意識層に浸透しているものではなく、市民社会とは別個に、田舎、あるいは前近代的な場においてだけ、各地に細々と生きているにすぎない。この点日本と大きく事情が異なっている。韓国は儒教、キリスト教という外来の器に自前のシャーマニズムを流し込んでゆくが、日本は神道という自前の器に外来の宗教を受け入れ飲み込んでしまうのである」と述べている。(『續スカートの風』)

また「日本語の文字には漢字、カタカナ、ひらがながあって、どんな外国語の受け入れにも対応できるようになっている。受け入れを身上とする日本文化ならではのものと言えるだろう。漢字で中国大陸から入った文化用語や形式的な言葉に対応させる。またカタカナで主に欧米からの外来語に対応させる。そして、平仮名によって固有語をそのまま残すことができる」と論じている。(『續スカートの風』)。

儒教は、「怪力乱神を語らず」という思想があるが、しかるに儒教国家と言われる韓国朝鮮にシャーマニズムが残っているのはなぜか。オカルト的宗教が多いのは何故か。

近年、日本に「ヘイトスピーチ」「レイシズム」が起きていると言うが、憎悪表現・人種差別は韓国の方がずっとひどい。李明博や韓国国会議長、天皇陛下に対する侮辱発言は許し難い。さらに、反日デモ隊が、天皇陛下の人形を路上で焼いたのは許し難い。「日韓友好」などという事は金輪際あり得ない。

日本人は、韓国朝鮮が異文化・異民族であることをもっと確認すべきだ。日本と韓国とは近親でも身内でもない。別の国であり別の民族である。地理的には近隣でも文化的・民族的には決して近隣国家ではない。アジア・東洋で一括りにするのは誤りだ。

日本人そして日本文化は排他的ではないのに、韓国のそれは何故排他的なのか。包容力豊かな日本の近代は開国攘夷(外国の文化文明を大いに取り入れて自国の発展と独立を図る)であった。包容力の乏しい韓国近代は鎖国攘夷(外国文化文明特に西洋の文化文明を拒否して世界の進運に後れを取る)であった。それが、韓国が近代化できず独立を維持ではなかった原因と考える。

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千駄木庵日乗九月十六日

午前は、諸事。

午後は、室内整理、原稿執筆、資料整理など。

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2019年9月16日 (月)

わが國の韓国併合を「植民地支配」とするのは大きな間違いである

わが國の韓国併合を「植民地支配」とするのは大きな間違いである。朝鮮は日本の植民地ではなかった。九州・四國と同じに考えられた併合國家であった。だから朝鮮総督府は内閣に直属していた。

明治天皇の『韓國併合に付下し給へる詔書』(明治四十三年八月二十九日)に、「(朝鮮の・注)民衆は朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし。産業及び貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし。而して東洋の平和は之に依りて愈々其の基礎を鞏固にすべきは朕の信じて疑はざる所なり」と示されている通り、わが國には韓國・朝鮮を植民地にする考えは全くなかった。

また、大正天皇は、大正八年三月一日の独立運動事件の後に出された『総督府官制改革の詔書』に、「朕夙に朝鮮の康寧を以て念と為し其の民衆を愛撫すること一視同仁朕が臣民として秋毫の差異あることなく各其の所を得其の生に聊(やすん )じ斉しく休明の沢を享けしむることを期せり」と示された。
 
わが國が朝鮮半島において植民地搾取を行ったと言うなら、『数字』を根拠とするべきである。朝鮮統治三十六年間、朝鮮総督府の財政予算の一五~二〇%は日本中央政府から補助を受けていた。「日本は朝鮮半島の土地を収奪し、人の命を収奪した」と言うが、日本統治時代に朝鮮の土地の利用価値・生産価値を高め、三十七年間の自然・社會環境の整備によって人口を倍増せしめた。「合邦國家」の誕生は「侵略」でもなければ、「植民地支配」でもなかった。

朝鮮、台湾、樺太を外地と呼ぶことはあったが、植民地と呼ぶことは政府によって排された。そして民法、刑法を始め大半の法律は内地と同一内容で施行され、各種の開発や公共事業も進み、医療衛生制度や教育制度も整備され、内地の政府民間の負担も相当の額に達した。そして乱脈だった李朝末期の韓国社会を正し法治社会をもたらした。これは欧米列強の植民地支配・愚民政策・搾取行為とは全く異なるものであった。日本統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、李氏朝鮮時代の悲惨な状況から一足飛びに近代化したことは歴史的真実である。

朝鮮半島の歴史は、「中華帝國」への隷属の歴史であった。有史以来、李氏朝鮮は中華帝国の属国であった。李氏朝鮮王室は、朝鮮半島では絶対専制君主ではあっても、支那皇帝の臣下であった。李氏朝鮮の国是は大国・強国に仕える「事大主義」(『以小事大』(小を以て大に事〈つか〉へる)である。強い者を背景に弱い者をいじめるという体質である。「事大主義」は、李氏朝鮮建國以来の体質であり國策であった。

李氏朝鮮の国号は、李成桂が高麗王朝から政権を簒奪した後、明の皇帝から下賜された国号である。この国号は、日本が日清戰争に勝利し、大韓帝国になるまで五百年以上使われた。最初から言葉の真の意味における独立国ではなかったのである。李氏朝鮮は、「小中華」を名乗り、中華帝国の属国であることをむしろ誇りにしていたのである。

朝鮮は、文化的にも政治的にも軍事的にも支那の属國であり続けた。李氏朝鮮王室は、権力を維持し自らが生き延びるためには、ロシアについたり、支那についたりする芸当を続けて来た。その一番良い例が、困窮に喘ぐ農民の一斉蜂起である東學党の乱の鎮定を清にゆだねたという事実である。

しかし、日清戦争の後の「下関条約」(明治二十八年)で、「清國は、朝鮮が完全無欠なる独立自主の國であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮國から清國に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)」事となった。すなわち、日清戦争における日本の勝利の結果、朝鮮半島は支那からの独立を獲得したのだ。

ところが、日清戦争の後日本が「三國干渉」に屈服すると、「日本弱し」と見た李氏朝鮮王室は、「清が駄目ならロシアがあるさ」とばかりに今度はロシアに接近し、日清戦争の翌年の一八九六年二月十一日、李朝国王・高宗は、宮廷を脱出して、何とロシア大使館に駆け込み、そこで政治をおこなうようになった。
このように日本に併合される以前の韓國は、ある時は支那の属國になり、ある時はロシアの属國となるという体たらくで、とても独立國と言える状況ではなかった。

日本が国運を睹して戦った日清、日露両戦争が韓国の独立保全を目的として戦われたことは両戦争の『宣戦の詔書』に明らかに示されている。

李朝は最早国家支配者としての資格を喪失した集団であった。朝鮮の悲劇の根源は、国王専制下の政治腐敗・農民に対する貪官汚吏の苛斂誅求にあった。また李氏朝鮮は國内の改革・近代化も全く進まず、経済的に破綻に近い状態にあり、権力者は腐敗し、政争を繰り返していた。そして國民は疲弊し李朝の圧政に苦しんでいた。   

ともかく、当時の朝鮮半島は、きわめて不安定な情勢であった。これはわが國にとって重大な脅威である。そこで、日露戦争に勝利した日本は、事實上ロシアの属國であった朝鮮を併合したのである。当時の國際感覚では当然の成り行きであり、文字通り致し方の無い選択であった。
 
日露戦争の後、韓国は『日韓協約』により我が国の保護国とされ、伊藤博文が初代統監に就任した。この協約締結に際しての伊藤博文の態度は今日批判を受けているが、その伊藤も本心は韓国を名実伴う独立国にすることにあった。韓国皇太子・李王垠殿下は伊藤博文を追慕して「伊藤は『自分は今、韓国を立派な国に建て直すために懸命の努力を払っておりますが、殿下はやがて韓国の帝位にお就きになる方ですから、それに相応しい御修行にお励みになりますように』と常々申していた」と語ったという。

しかしそうした伊藤博文の心が韓国民のよく理解するところとならず、ハルピン駅頭において伊藤博文は安重根の銃弾によって暗殺され、日韓併合に至るのである。

日本統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは歴史的真実である。日本が韓国統治において一方的な収奪したというのは大きく事実に反する。

日本の朝鮮統治により、朝鮮は多大な発展を遂げた。三○年間に、人口が倍増し、平均寿命は二四歳から四五歳に伸び、未開の農業国だった朝鮮は短期間のうちに近代的な資本主義社会へと変貌した。

日本本土から優秀な教師が赴任して朝鮮人を教育し、日本政府から莫大な資金が流入し、各種インフラが整備された。その他、文芸・美術など文化面でも興隆が遂げられた。
 
韓国・朝鮮人の独立運動が国内外において起こったが、限定されたものであった。韓国人の多くは日本統治体制に協力した。日本に協力し日韓融合に努めた多くの青年達が、韓国が独立した後、大統領・首相・閣僚・参謀総長・企業家・高級官僚・学者をはじめとする国家指導者となった。こうした事実を否定することはできないし、否定することはかえって韓国人の名誉と誇りを否定し傷つけることとなる。しかるに、かつて日本に協力し日韓融合に努めた人々を、「親日派」とか言って迫害している。
 
日本の台湾・朝鮮統治は、台湾・朝鮮を搾取の対象としたのでない。投資と開発、教育の普及を行うことによって、共存・共栄の道を歩んだのである。台湾・朝鮮の遅れた社会構造を解体して産業革命の基礎を作り出した。

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千駄木庵日乗九月十五日

午前は、諸事。室内整理。

午後からは、在宅して、原稿執筆の準備、資料検索整理、原稿執筆。

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2019年9月15日 (日)

お知らせ

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オピニオン雑誌『傳統と革新』第三十三号


オピニオン雑誌『傳統と革新』第三十三号
 たちばな出版発行 四宮正貴責任編集
[特集] 特集 「令和の御代と皇室」
―大嘗祭・皇位継承・憲法第一条について考えるー
巻頭言 天皇が勅定あそばされるべき「元号」が内閣によって決められたのは國體隠蔽である               四宮正貴 
「インタビュー」
神話の時代から語り継がれる日本の歴史が、現代の愛國心を生み出す       深谷隆司 
伝統や國柄を守りつつ、かつ創造・革新を断行する。それが日本のあるべき道である 
稲田朋美 
日本國民は何によって生かされているのか理解すれば、死守すべきものが見えてくる 
和田政宗 
[講演録]  令和の即位礼と大新嘗祭ーー高御座と米・粟に見る日本の伝統文化  所功   
[佐藤優の視点]令和時代の日本外交―                     佐藤 優
改元なった今だからこそ、「日本國憲法」の無効と、「大日本帝國憲法」の甦りが必要だ 
西村眞悟
「令和の時代」は、日本人とは何か、の原点を考える時代            宮本雅史 
無形民俗文化財にみるーー伝統と変容                     神崎宣武 
天皇とともに令和の御代を創る                        荒谷 卓 
日本文化の特殊性を考える                         久保田信之
日本武尊は誰であったか(前篇)                       田中英道 
日本人居留民に対する中國共産党の大量虐殺の実相               岡村青  
[特別再掲載]天皇陛下靖國神社御親拝実現は、現代を生きる私たちの責任である  沼山光洋 
「連載」
[やまと歌の心]                             千駄木庵主人
石垣島便り27 穏やかな海。コーヒーを飲みながら考える。自衛隊配備が未だ決まらない。
その裏で見え隠れするものは                         中尾秀一                            
トランプ大統領発言を奇貨として、自主國防体制の確立を!           木村三浩 
[憂國放談]第五回 敵は何処に                        犬塚博英 
「伝統と革新」バックナンバー一覧         
「伝統と革新」取り扱い書店様一覧           
「編集後記」 
定価 本體価格1000円+税。 168頁                  
168〒167―0053 東京都杉並区西荻南二-二〇-九 たちばな出版ビル
 たちばな出版  ☎代表03―5941―2341 FAX5941―2348

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西岡力麗澤大学客員教授による「第二回米朝首脳会談と日本」と題する講演内容

〇三月二日午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、開催された『アジア問題懇話会』における西岡力麗澤大学客員教授による「第二回米朝首脳会談と日本」と題する講演内容は次の通り。

「三・一運動の死者は七千五百人というニュースがあった。韓国の国史編纂委員会のデータベースは今年二月二十日に九三四人死亡と発表。自国の研究成果に大統領は従わなかった。『独立運動血史』も朝鮮総督府の調査も同じ数で、死者は千人を超えてない。しかるに文在寅大統領は七千五百人死亡したと言った。『朝日新聞』も七千五百人死亡と書いた。『朝日』のソウル特派員が書いた。何故、国史編纂委員会の数字を無視するのか。最近の研究成果を文在寅も朝日新聞も無視した。安重根は日本人にとってテロリスト。韓国人と評価が違うのは当たり前。

北朝鮮への経済制裁が効いている。北は外貨の九割を失った。中国に対しては石炭・水産物・医薬品・鉄鉱石を売っている。二十五億円が制裁の対象になった。中国は今のところ制裁を守っている。湾内で烏賊を釣る烏賊釣り船が大和堆まで出て来て漂流する。北は漁業権を中国に売った。だから近海で烏賊釣り船が操業できない。

去年六月の米朝首脳会談でトランプを騙せた。北の言う非核化とは米軍基地の核もなくせということ。北朝鮮の非核化ではない。国連の制裁には罰則規定はない。アメリカは独自に二次制裁という方法を持っている。北と取引をしている第三者に対してドル取引を停止できる。中国の銀行に対して北と取引をしたということでドル取引を停止した。トランプが何をするかわからないから中国は制裁を守っている。ドル取引を停止されればその企業はもたない。

北の人民に金正恩に対する不満の声が高まっている。地方では配給は殆ど止り三百万人が餓死。弱者が死んでいく。共同農場の農民も食えなくなっている。外貨はどんどん無くなって行く。北は近くもっと折れて来る。大陸間弾道弾は完成していない。アメリカの安全はぎりぎりのところで担保されている。

米朝関係がうまくいったのに拉致問題が進まないということはない。トランプは、拉致問題をとりあげている。文在寅には日韓関係を良くする気はない。『朴槿恵は親日派の代表。朴正煕は親日派の代表なのにクーデターで大統領になった』と言っている。保守派は『文在寅はアカだ』と言っている。自由民主体制が弱体化すると、必然的に対米・対日関係が悪化する。日本は謝る事しかやって来なかった」。

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第99回 日本の心を学ぶ会

第99回 日本の心を学ぶ会

テーマ 明治維新と尊皇攘夷思想を考える。

明治維新とは幕末期から明治初期に行われた政治的な改革と一般的には言われます。
最近では従来の歴史観に異議を唱え明治維新を薩長によるクーデターであり維新の志士はテロリストであると評する歴史観も流布されております。確かに明治維新に権力闘争の側面があったことは否定できません。
しかし維新の原動力となった思想を正しく理解しなくては明治維新をも正しく理解することは到底できません。維新の原動力となった思想は尊皇攘夷思想です。
天皇を唯一の君主と仰ぐ日本國體を明らかにして内憂外患交々来たる国難を乗り越えたのが明治維新です。我が国本来の姿を顕現する事によって国家を変革することが維新であります。
ところが現在、尊皇攘夷という思想は正しく理解されておりません。それどころか攘夷という言葉は偏狭な排外主義であるという誤解すら広がっております。
幕末と同じく今日の日本も内憂外患の情勢のなかにあり、維新についての正しい理解が求められています。そこで今回の勉強会では明治維新とその原動力となった尊皇攘夷思想について考えてみたいと思います。
ます。
【日 時】令和元年9月29日 午後6時から

【会 場】文京区民センター 2-B会議室
http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/kumincenter.html
文京区本郷4-15-14/03(3814)6731都営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分/東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分/都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩2分

【演 題】明治維新と井伊直弼

【講 師】四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

【司会者】林大悟

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(2千円くらいの予定です)

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395


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2019年9月14日 (土)

徳川幕府の鎖国と明治維新の理念たる尊皇攘夷との違い

徳川幕府は開設以来鎖國政策を取り、頑なに外國との接触を拒否していたにもかかわらず、アメリカの恫喝に遭遇すると、屈辱的な開港を行ってしまった。明治維新の志士たちはこうした徳川幕府の軟弱な姿勢を批判し否定したのであって、外國との交渉・開港を一切否定したのではない。ここが徳川幕府の封建的な鎖國政策と維新者の攘夷精神との決定的な違いである。

吉田松陰や坂本龍馬らは、日本の自主性を保持し日本の真の発展に資する外國との交渉を望んだのである。だから、松陰や龍馬など多くの維新の志士たちは外國の文物を学ぶことに熱心であった。松陰などは下田港から黒船に乗り込み密航してまで外國に渡ろうとした。

真の攘夷精神を端的に示しているのが土佐藩士・中岡慎太郎が慶應二年(一八六六)に書いた次の文章である。「それ攘夷と云ふは、皇國の私言にあらず。その止むを得ざるに至っては、宇内(世界中仼)各國、皆これを行ふものなり。米利堅(アメリカ仼)かつて英國の属國なり。時に英吉利(イギリス仼)王、利を貪る日々に多く、米民ますます苦しむ。因って華盛頓(ワシントン仼)なる者、民の辛苦を訴へ、是に於て華盛頓、米地十三邦の民を帥(ひき)ゐ、英人を拒絶し鎖國攘夷を行ふ。此より英米連戦七年英ついに不勝を知りて和を乞ひ、米利堅是に於て英属を免れ独立し、十三地同盟、合衆國と号し一強國となる……皇國当今、和親開港の如きは、幕吏彼の兵威に怖れ、上天子の勅意に違ひ、義理の当否、國の利害を計らず、……往々彼(外國仼)の命ずる所のまま(関税権を奪われたこと仼)にて、萬民殆ど途端に苦しむ。……是故に萬々願くば天下の士民、……薪に座し胆を嘗むるの思を為し、……吉田松陰の攘夷の志によって海外に渡り、彼の長を取らんと企てしことなどを思ひ、その心を心とし、上下一致学術に励み、兵力を養ひ、早く攘夷の大典を立て、諸港の条約を一新し(仼不平等条約を改正すること)……会稽の恥(仼外國から受けたひどい辱めのこと)を雪(そそ)がざれば、死するとも止まずと決心する…」(『愚論ひそかに知人に示す』)。

この文書は、攘夷とは外國の侵略から祖國を守るために戦うことであり、徳川幕府それを実行できなかったのであり、日本中の人々は上下一致して、耐え難きを耐えて努力し、外國の長所を取り入れてみずからの國を強國にして、外國からの辱めを晴らして名誉を挽回しなければならないと論じているのである。真の攘夷のためには海外の接触し「彼の長を取る」事も必要であるというのである。これが明治維新を目指した人々の「攘夷」であった。

だからこそ、徳川幕藩体制が崩壊し、明治維新が断行された後の日本では、外國との交際を一切行わないという頑なな攘夷論は姿を消し、外國の侵略を撃退し日本の自主独立を守るために西欧の文物を学ばなければならないという強い意志を持った。これを「開國攘夷」という。ここに日本民族の柔軟性・優秀性があると言える。

徳川幕府中枢部に柔軟な考え方を持つ人がいた。ペリー来航の翌々年の安政二年(一八五五)に老中首座となり対米交渉に当たった堀田正睦(まさよし・佐倉藩主)は、安政四年(一八五七)十一月に、評定所(徳川幕府最高の司法機関・老中、寺社・町・勘定奉行、大小目付らがここで事件を合議した)に下した意見書に、

「…広く萬國に航し貿易を通じ、彼が長ずるところを採り、此の足らざるところを補ひ、國力を養ひ、武力を壮にし、漸漸(ようよう)全地球中御威徳に服従致し候様の御國勢に相成り、世界の害を成し候暴國は、同盟与國を率ひ、征伐を加へられ、善良孤弱の國を撫せられ、実に天心に代て天討を行はせられ、世界萬邦恵治の恩沢を蒙り、彼此相犯す事なく、兄弟臣子の情を結び、終に世界萬邦の大盟主と仰がれ、我が國の政教を奉じ、我國の裁判を受け候様相成り候…」(広く萬國と交流し、外國の長所を取り入れて我國の足らざるところを補い、國力を養って、軍事力を増強し、次第次第に全地球が天皇の御威徳に服従するような國の勢いになり、世界の害になる暴虐國家は同盟國を率いて征伐し、善良にして孤独で弱い國を援助し、天の神の心に代わって天の討伐を行い、世界萬國が恵みの政治の恩恵を蒙り、國家同士が互いに侵略し合う事なく、兄弟・君臣・親子の情を結び、終に日本が世界の盟主と仰がれ、萬國が我國の政治の在り方と信仰精神奉じて、我國の裁判を受けるようになる…、というほどの意)

ここで堀田正睦が論じたことは、明治天皇の『五箇条の御誓文』に示された「智識を世界の求め大に皇基を振起すべし」という御精神、そして明治新政府の「富國強兵・殖産興業」政策と同じであり、先見の明に満ち溢れている。

堀田正睦はさらに言う。「神州は、天地剖判以来、國祖天神皇統綿々、古往来今に亙り、君臣の名前正敷(ただしく)、國家の綱常明らかにして、其時に九鼎・風教を革(あらたむ)る如き國々と日を同じくして論ずべきにあらざれば、天孫豊葦原の中津國に降誕以来、時々の変革なきを以て、世界萬國第一の旧域、天帝血統の御國にて、天心の眷顧祐護之無き筈之無く、即今乾坤一変の機会に乗じ為されられ、祖宗の御遺法を御変通為されられ、却って御遺志に叶い為され候御処置を以て、世界萬邦の大盟主と仰がれ候様之有りたく。…」(神州日本は、天地が始まったときから、國の祖であられる天照大神の皇統が途絶える事なく続き、昔から今まで、君と民との名分は正しく、國家が守るべき大道は明らかであって、その時その時の状況によって貴重な伝統や事物を改めてしまう國々と同列に論じるべきではないので、天孫邇邇藝命が地上に降臨されて以来、その時その時の変革は無かったがゆえに、日本は世界萬國第一の古き國、天の神の血統を継承する國にて、天の神が日本を心から愛され目にかけられて助け守られないはずはない。今日只今は、天と地とが一変する機会に乗じられて、徳川家康の御遺法(鎖國政策のこと仼)を変えられ、かえって御遺志に叶う処置を以て、世界萬邦の大盟主と仰がれるようでありたく…、というほどの意)
 
堀田正睦はここで日本國體と外國との違いを正しく論じ、日本の神への篤き信仰心を表白している。

「(アメリカが開國を求めて来た仼)此機会に乗じ、此御國を以て一世界の大盟主と仰がれ候様精忠を抽(ぬきんで)候は、即ち國祖天神えの御忠節、天朝御尊崇の随一、御祖三百年の御恩沢を報じ奉り候も、此時に之有る可く候間、当今外國人御取扱ひの義は、即ち他日宇内統一の御手始めの義に付き、…」(この機会に乗じて日本を世界の盟主と仰がれるように真心を尽くすことは、國の祖である天照大神への忠節であり、最高の皇室への尊崇であり、徳川家康の三百年の恩に報じることも、この時であるべきである。今日只今の外國人取扱いのことは将来日本が世界を統一する手始めのことであるから…、というほどの意)
 
堂々たる八紘一宇論であり、皇室の尊厳性を基本にした世界統一を論じている。堀田正睦はこうした考え方に立って開國政策を推し進めようとしたのである。しかし、将軍継嗣問題で井伊直弼と対立し、井伊直弼が大老に就任した後失脚する。

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千駄木庵日乗九月十四日

午前は、諸事。室内整理。


午後二時より、内幸町の日本プレスセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。興梠一郎神田外語大学教授が「最近の中国情勢―米中対立と日本の役割は」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。

帰宅後は、原稿執筆、書状執筆など。

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お知らせ


オピニオン雑誌『傳統と革新』第三十三号
オピニオン雑誌『傳統と革新』第三十三号
 たちばな出版発行 四宮正貴責任編集
[特集] 特集 「令和の御代と皇室」
―大嘗祭・皇位継承・憲法第一条について考えるー
巻頭言 天皇が勅定あそばされるべき「元号」が内閣によって決められたのは國體隠蔽である               四宮正貴 
「インタビュー」
神話の時代から語り継がれる日本の歴史が、現代の愛國心を生み出す       深谷隆司 
伝統や國柄を守りつつ、かつ創造・革新を断行する。それが日本のあるべき道である 
稲田朋美 
日本國民は何によって生かされているのか理解すれば、死守すべきものが見えてくる 
和田政宗 
[講演録]  令和の即位礼と大新嘗祭ーー高御座と米・粟に見る日本の伝統文化  所功   
[佐藤優の視点]令和時代の日本外交―                     佐藤 優
改元なった今だからこそ、「日本國憲法」の無効と、「大日本帝國憲法」の甦りが必要だ 
西村眞悟
「令和の時代」は、日本人とは何か、の原点を考える時代            宮本雅史 
無形民俗文化財にみるーー伝統と変容                     神崎宣武 
天皇とともに令和の御代を創る                        荒谷 卓 
日本文化の特殊性を考える                         久保田信之
日本武尊は誰であったか(前篇)                       田中英道 
日本人居留民に対する中國共産党の大量虐殺の実相               岡村青  
[特別再掲載]天皇陛下靖國神社御親拝実現は、現代を生きる私たちの責任である  沼山光洋 
「連載」
[やまと歌の心]                             千駄木庵主人
石垣島便り27 穏やかな海。コーヒーを飲みながら考える。自衛隊配備が未だ決まらない。
その裏で見え隠れするものは                         中尾秀一                            
トランプ大統領発言を奇貨として、自主國防体制の確立を!           木村三浩 
[憂國放談]第五回 敵は何処に                        犬塚博英 
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「編集後記」 
定価 本體価格1000円+税。 168頁                  
168〒167―0053 東京都杉並区西荻南二-二〇-九 たちばな出版ビル
 たちばな出版  ☎代表03―5941―2341 FAX5941―2348

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«時事通信社 編集局総務・解説委員 梅本逸郎氏による「トランプのアメリカ」と題する講演内容