2020年11月25日 (水)

千駄木庵日乗十一月二十五日

午前は、諸事。

午後は、明日からの入院の準備など。二週間ほど入院します。

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伝統と革新第三十七号 令和二年十月下旬発行

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伝統と革新37号目次原稿
37号/令和2年   目次

 

特集
皇室は危機にさらされているのか?
占領憲法と政治家・官僚の軛の下に置かれた皇室

 

・巻頭言
憲法の根本問題                       四宮正貴
・時事インタビュー
守ろう領土・主権・海洋国家
北方領土・竹島・尖閣諸島と憲法改正について語る        有村 治子
・インタビュー
新政権が抱える宿題                    長島 昭久
アジア外交と憲法改正、そして皇位継承への道づくり
安倍政権から菅新政権への課題              田久保忠衛
激変する世界で戦略的外交を発展させ、皇室の存在を
 確固たるものにせよー

 

天皇のあり方の本質を踏まえない憲法論議は方向性を誤る    高乗正臣

 

・聞き書き
男系の皇統維持のため、旧宮家から男子を養子に    百地 章
皇室祭祀の位置付けを巡って                茂木 貞純
・佐藤優の視点 
村上正邦先生を偲んで                      佐藤 優
南朝の里を訪ねた想い出

 

日本国憲法と題する文章と
天皇を戴く我が国の精神と國體             西村眞悟
『天皇の制度と日本共産党の立場』(志位和夫著)を読んで 筆坂秀世

 

世界の中の天皇                         田中英道
武漢コロナウイルスで見えた
我が国の独自性と今後の課題              永江 太郎
なぜ「天皇の永続」を願うか~世界の視野から      東郷茂彦
菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が、天皇である  荒谷 卓
~天皇と三島由紀夫についての一考察~
御歌所の再興と令和の「勅撰和歌集」撰進         中澤 伸弘
三島由紀夫と天皇論                      玉川 博己
「和」を支へる「承詔必謹」の道理             金子 宗徳
~その歴史的背景と現代的意義

 

・石垣島便り31
東南アジア戦没者慰霊に思う                    中尾秀一

 

「やまと歌の心」                         千駄木庵主人

 

保守を任じるも「ハレ」と「ケ」が
わからなくなった現代の位相                  木村三浩
    
・憂国放談 第八回
コロナ禍に問われる日本人の死生観             犬塚 博英

 

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「伝統と革新」バックナンバー一覧
編集後記 

 

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祖靈崇拝と自然崇拝が天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台

 日本民族は古来、祖靈と自然を神と崇め、祭って来た。わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台、言い換えれば日本國體の根幹を成している。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。

 わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められている神であらせられる天照大神は、皇室の祖先神であると共に、自然神である太陽神である。

 稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。また、祖先から稲の種と水田と農耕技術という恵み祖先から傳えられたので、祖先に感謝する思いが強かった。

 『日本書紀』に、天照大神は、邇邇藝命の天孫降臨に際し、「吾が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」と命令されたと記されている。これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。と共に、日本民族の生活の基本である稲作が、太陽の恵みと祖先から傳えられた農耕技術によって支えられていることを示している。

 皇祖神と太陽神が一體であるということは、わが民族の傳統信仰が祖靈崇拝と自然崇拝であることを端的に示している。これを<敬神崇祖>という。

 日本民族は、神に対して常に祭りを行ってきた。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。「まつる」という言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行う」「ものを献上する」「ものを奉る」というほどの意であるという。

 何のために、神のお側で奉仕し、神にものを献上するのかと言うと、神に靈力を発揮して頂くためであるという。神の御前に献上する「もの」は単なる「物質」ではなく、祭りを行う者たちの<まごころの結晶>であり<象徴>である。これを「神饌」という。

 天照大神が邇邇藝命に御命令になった米作りの成果として献上される米は、「神饌」の代表的存在である。神饌を神に献上することが「まつろう」ということである。天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを「まつる」という。

 天皇が行われる祭祀はまさに天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを御報告申し上げる重要なみ祭りなのである。

 このように、<敬神崇祖>というわが國の國民道徳の基本は、神學・教義という<抽象概念>として継承されて来なかった。それは、上は天皇から下万民に至る日本民族の生活の中の<神祭り><祭祀>という行事によって、古代より今日まで傳えられて来た。靖國神社の戦没者への祭祀は、そうした古来よりの日本民族の道義精神の典型である。

國のために身命を捧げた人々の鎮魂は傳統信仰たる神社祭式によるのがあるべき姿である。

 「神道祭式=祭り」は、信仰共同體國家日本の根幹として悠久の歴史を経てきており、今日なお國民一般に根強くそして盛んに行われている信仰行事である。國のために身命を捧げた人々の御靈を慰靈し鎮魂するのは、日本國の傳統信仰たる神社祭式によるのがあるべき姿である。

 世界各國もその國のために命を捧げた人々の御靈を慰靈する方式はその國の國民の大多数が信じる宗教の儀式に依っている。

 祖國のために身を捧げた人々の御靈を靖國神社に神として祭りを行うことは、わが國の神話時代からの傳統に基づく慰靈・鎮魂である。一宗教法人・宗教団體による宗教行事ではない。

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2020年11月24日 (火)

千駄木庵日乗十一月二十四日

午前は、親族来宅。室内清掃。

午後は、資料整理・原稿執筆など。

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新嘗祭の意義

新嘗祭とは、新穀をまず神前に捧げてお祭りし感謝の報告をした上で、これを神よりの賜りものとして食する祭儀である。収穫感謝のお祭りであると共に、神のみたま・生命力を身に體して生命を養い強化する祭儀である。

宮中においては、毎年陰暦十一月中の卯の日に行はれると承る。その年の新穀を諸神に供へ、天皇ご自身も食されると承る。

「天孫降臨の神話」を拝して明らかなように、日本の神の最高のご命令は「稲穂を實らせよ」といふことである。天つ神は皇孫・邇邇藝命に稲穂をお持たせになって天降らしめられた。しかもその稲穂は、天照大神が御自ら高天原で収穫された「斎庭の稲穂」である。だから、祭祀には稲穂を實らせたことをご報告する意味で、必ず「稲穂」を神に献上するのである。

高天原の稲を地上に移し植えて日本國を「豊葦原の瑞穂の國」とするのが、天皇のご使命であり民族の使命であるといふことである。

これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。神々の米作りの手振り・くらしを、地上に生きる人々が神習ふといふ信仰である。神々の理想を地上において實現することである。その中心者が天照大神の「生みの子」であらせられる天皇なのである。

つまり、天皇は神意現成の祭祀主であり君主であらせられる。「高天原を地上に」「今を神代に」というのがわが國の國家理想である。こんなすばらしい國は世界に日本しかない。これを萬邦無比の國體という。

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千駄木庵日乗十一月二十三日

午前は、諸事。

午後は、書状執筆・原稿執筆・資料整理。

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2020年11月22日 (日)

『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くもので

天皇・皇室を「現行占領憲法」「皇室典範」などの現行成文法によって規制し奉ることは、断じてあってはならない。

中川八洋氏は、「傳統や慣習は”法”であるから、法律の上位にあって、この”法”に背理する法律についてはそれを無効にすることができる。英國のE・コーク卿が理論化した”法の支配”とは、このような、『傳統・慣習・先例・過去の判例、その他のコモン・ローは、國王の勅令に対しても、國會で採択された法律に対しても、優位する憲法原理』のことである。…日本も、英國と同じく、この古来より先蹤の積み重ね──古法──を”法”としてきた。井上毅は、これをしばしば”古格”とか”旧慣”とも称し、この”旧慣の尊重”の重要性を説き、西洋の法律をやたらに模倣する、当時の同僚や部下の法律家を諌めた。」(『皇統断絶』) と論じてゐる。

「國王といへども法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であるといふ。かかる法思想は、「王は力によって人民を支配する権力者であり、本来、国民と対立する存在である」とする西洋國家の考へ方であって、わが國には通用しないし、通用させてはならない。

一方、小室直樹氏は、「『大日本帝國憲法』第三条に、『天皇ハ神聖ニシテ侵スへカラス』とある。伊藤博文は、これを説明して、『天皇を、誰も非難したり批判したりすることはできない』(『天皇は指斥言義(しせきげんぎ)の外に在(あ)るものとす』(『憲法義解』)と言っている。即ち、政府も、裁判所も、一般國民も、天皇のいかなる責任をも追及することはできない。もちろん、法的責任を追及することはできない。天皇は、法の上にある。)(『天皇恐るべし』)と論じてゐる。

しかし、天皇は法の上におられるとか下におられるとかではなく、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。わが國においては、現御神日本天皇の「勅」(みことのり)が絶対にして最高の法である。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる『のりごと』である。法(のり)は宣(のり)である。天皇の上に「法」があるのではなく、天皇の宣命(おほせごと・大御心)が法なのである。

そもそもコモン・ロー(common law)とは、大陸法系と区別された英米法系に属する法制のことであり、特にイギリス普通法裁判所の判例法として歴史的に発達してきた一般國内法のことであるといふ。日本と英國とは國體・歴史・傳統・風俗・習慣がまったく異なるのであるから、英國の法思想をそのまま日本に取り入れることは出来ない。

 天皇が祭りを執行され、神の御心をお知りになり、臣下は天皇がお知りになった神の御心に基づきそれを実現するために実際の政治を行ふといふのがわが國の古来からの「まつりごと」のあり方である。これが「しろしめす」といふ天皇統治の実相である。これを「祭政一致」といふ。天皇が祭祀を執行されて神意をうかがひ、臣下がその神託(のりごと)に基づいて政治を行ふといふのが祭政一致の姿である。

古来、我が國では、宮廷其他の法律・命令はすべて「のり」といふ語で表されてゐて、「のりと」と法律・命令とは根本は同じである。御歴代の天皇は神のご意志をよくお知りになって神のご意志を実現させることを使命とされる。祭り主・日本天皇が、神を祭る時にうかがった神の意志を告げることを『ノル(告る・宣る)』といふ。「ノル」は名詞にすると「ノリ」であり、「法」を「ノリ」といふのは、祭り主たる天皇が「告る・宣る」ことがすなはち法となるからである。

祭政一致のわが國の傳統においては、天皇の仰せごとは即ち神のご意志であり、民が守らなければならない「法」なのである。天皇の上に「法」があるなどといふことは絶対にあり得ないしあってはならない。

三潴信吾氏は、「我が御歴代の天皇の下における一切の認定法は、天照大御神と一体たり給ふ 天皇の大御心の発現であって、神定即人定と云ふべきもので、ここにわが國法の神聖性の根拠があり、従って又、そこに日本民族の尊皇遵法の根拠があるのである。」(『日本憲法要論』)と論じてゐる。

「天皇は『憲法』『皇室典範』よりも下位にある機関」などといふ説はまったくわが國體と相容れない。天皇國日本の「法」の尊厳性は、「天皇の仰せごと」といふことにある。天皇國日本においては憲法を含め全ての「法」の正統性は、天皇の神聖権威によるのである。なぜなら天皇は現御神であらせられるからである。天皇の正統性は憲法によるのではない。現御神日本天皇以上の権威は日本には存在しない。

『大日本帝国憲法』第七四条には、「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」(皇室典範の改正は、帝国議会の議を経る必要はない)と書かれている。

これについて伊藤博文はその著『憲法義解』の「憲法第七四條」の「註」で、「皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり」と論じている。

また明治天皇勅定の『皇室典範』六十二条には、「将来此ノ典範ノ条項ヲ改正シ又ハ増補スヘキノ必要アルニ当テハ皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ勅定スヘシ」と書かれている。

伊藤博文著の形をとる『皇室典範』の逐条解説書『皇室典範義解』(明治二十二年六月一日公刊)の「前文」には、「皇室典範は皇室自ら其の家法を条定する者なり。故に公式に依り之を臣民に公布する者に非ず。而して将来已むを得ざるの必要に由り其の条章を更定することあるも、また帝国議会の協賛を経るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け子孫に伝ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。また臣民の敢て干渉する所に非らざるなり。」と書かれている。さらに『皇室典範義解』の第六二條の「註」において「皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり」と言っている。


さらに明治二十一年五月二十五日から六月十五日にかけて、枢密院で『皇室典範』について審議が行われた。そこにおいて次のような発言があった。

井上毅(法制局長官・枢密院書記官長)「皇室典範を以て国会の議に附するときは、人民相集まりて、皇室の家格を妄議し、却て皇室の尊厳を冒瀆するに至る虞あり」と発言している。

山田顕義(司法卿)「皇室典範は特別重大の法典にして尋常の法律命令と混同すべきに非ず。故に別段の勅令を以て之を発布し、普く人民をして之を恪遵(忠実に守る意)せしめざるべからず。」

河野敏鎌(枢密顧問官)「(『皇室典範』を)公布するとも、別に議院の干渉を容るゝの虞毫厘もあることなし。如何となれば、向来皇室典範を改更することあるも、皇族幷(ならび)に枢密院に諮詢する等の明条(注・『皇室典範』第六二条)あるを以て、更に議院の容喙を許さゞればなり。」

以上のごとく、『皇室典範』は本来「勅定」であり、議会が干渉することはあってはならない。『皇室典範』を衆参両院において審議し改定することは、わが国の伝統を侵すこととなる。戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承という皇室の重大事が権力機構である国会で決められてしまうようになったのは、重大なる國體隠蔽、激しく厳密・厳格に言えば「革命」「國體破壊」への道を切り開くものである。

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千駄木庵日乗十一月二十二日

午前は、諸事。

午後は、資料整理。室内整理など。

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2020年11月21日 (土)

天皇の「國見」の意義

萬葉人は「見る」といふ言葉を大事にした。『萬葉集』には、「見ゆ」といふ表現を用いた歌が多い。柿本人麻呂が石見の國からの帰途、明石海峡を通過した時に、

「天離(ざか)る鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ戀ひ來れば明石の門(と)より大和島見ゆ」(二五五)と詠んだ。

瀬戸内海を航行して明石海峡にさしかかると彼方に金剛山地・葛城山脈が見える。その山の向かふが大和である。ああこれで故郷に帰って来たなあといふ感慨を歌った。

逆に大和を後にして石見に向ふ時に人麻呂は、

「ともし火の明石大門(おほと)に入らむ日やこぎ別れなむ家のあたり見ず」と詠んだ。明石海峡に入って来て、後ろの方を見るともう故郷は見えなくなるなあ、といふ歌である。

萬葉人は「見る」といふ言葉を大事にした。「見る」といふ視覚が、人間が外界や環境を捉へるのに最大の感覚なのである。見ることによって環境を正しく捉へ対応することが出来る。「存在」は本質的に「見る」ことを前提にする。見えないものは存在しない。霊魂や魂は見えないが、肉眼では見えないだけであって、霊眼では見えると信じられた。

「見る」といふ言葉と感覚がいかに重要に考へられているかは、「味を見る」「触って見る」「やって見る」「話して見る」「嗅いで見る」といふやうに視覚以外の感覚を表現する場合にも「見る」といふ言葉が使はれることによっても明らかである。

従って、「見る」とは単に視覚の事だけではなく、対象物と一体になる、支配する、といふ意味も含まれる。上御一人の行はれる「國見」とはまさにそれである。


「國見」とは単に天皇が日本國の景色を眺められるといふのではなく、國土と一体となられ、國土を祝福し、そこに住む國民をの幸福を祈られる行事なのである。「國見」とはただ単に景色を眺めるのではなく、天皇が國を見渡して五穀の豊饒と民の幸福をお祈りし祝福する行事である。

 天皇が神聖なる天香具山に登られて「國見」をされることは、天皇が行はれる國土讃嘆の農耕儀礼・祭祀である。新しい年の始まりを知らせる「春のことぶれ」(春が来たことを広く知らせること)・天地一新の行事である。

祭祀主であり現御神である天皇が「國見」をされ祝福されることによって、國魂・國土が新たなる靈力を発揮し吹き返し新生する。國土が國が始まった時の若々しい命の姿に復元し新生し豊かな稔が約束されるのである。天皇が「國見」をされることによって國土の新生と五穀豊饒が實現する。

 つまり、「國見」は「天皇の祭祀」と同一の意義があり、天の神の地上における御代理即ち現御神(あきつみかみ)たる天皇が、國土に稲穂を豊かに實らせるといふ天の神から命じられた最大の御使命を實現するといふ天皇の統治にとって重大意味を持つ祭祀なのである。  

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千駄木庵日乗十一月二十一日

午前は近親者来宅。室内清掃。来週からの小生の入院・療養生活について相談、打ち合わせ。

午後からは、資料整理。

夕刻、動坂下にて、地元の方々と懇談。

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«わが祖国 日本は永遠の生命を保ちつつ革新を繰り返してきている国である。これが世界に誇るべき日本の素晴らしさである